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心中物語  作者: 小崎 未羽
3/4

一凛の彼岸

「やばい、遅刻する。」

いつもよりも慌ただしい朝だった。

私が寝坊をするなんて珍しい。

「そういえば、昨日飲むの忘れたな。」

相変わらず血を飲み続けてはいるが、毎日ってわけじゃない。

今はせいぜい週一くらいだろうか。

だからといって油断はできない。気づいたら人を殺していたなんてことになり兼ねないからだ。

「仕方ない、時間もないし大学で飲もう。」


この選択がのちに大変な事態を招いてしまうことなんて、私は知る由もなかった。


「なんとか大丈夫だったみたい。」

時刻はお昼の12時半。何とか持ちこたえた。

食堂は今日もにぎやかだ。学生たちの楽しそうな声で溢れかえっている。

私は保冷剤入りの保冷バッグから、例のそれを恐る恐る取り出してゆっくりと口へ注ぐ。

甘い。とても甘い。何度も飲んで慣れはしたが、こんなにも甘いのは初めてだ。疲れているのだろうか。

「ちょっと、美味しいかも……。」なんて思ってみたりする。

「あー、希何飲んでるの?ちょっと頂戴。」

近くにいた友人の手がそれに触れる。

私はびっくりしてしまって……。

「だめ、あっ。」

まるで時間が止まっているようだった。ゆっくりと赤色が舞っている。こんなにもゆっくりなのに、どうすることもできない……。

「希……、これって……。」

友人の一言で世界はまた時を刻み始めた。

また何かが変わろうとしている。もう大学には二度と来れない。


私は、もう人間ではいられない。


たくさんの人が私を見ている。鉄生臭さがその場を包む。

私は、自分の意思よりも先に足を動かしていた。


早く行かなきゃ。早く。

でも、いったいどこへ?もうこの世に私の居場所はないのかもしれない。


誰かの叫び声が聞こえる。私を呼ぶ声が聞こえる。

でもそれは、すぐに聞こえなくなった。




「はあ、はあ……。」

逃げなきゃ。

自分の部屋に戻った私は、必要最低限の物と血をリュックに詰め、逃げ出す準備をしていた。

遠くに行かなければならない。できるだけ遠くへ。


準備を済ませた私は部屋を出て、とにかく歩いた。

もうどれだけの時間がたったのだろうか。

歩きすぎて時間の感覚がおかしい。まだ数十分しかたっていない気もするし、もう何時間も歩いている気さえする。

空はすっかり闇色に包まれていた。

「疲れた、少し休もう。」


通りがかった公園のベンチに腰かける。

なんだか隣に違和感がある。もう見なくてもわかる。

「随分と暗い顔をしているね。」

「私はやっぱりあの時死んでおくべきだったわ。」

「僕を恨んでいるかい?」

「そんなこと、なんの意味もない。もう時間は戻らないんだから。」

「君はどうしたい?」

「今なら、あなたの言ったあの言葉の意味が分かる。私は、もう人じゃない。こうなることは、自分でもきっと分かってたはずなのに。」

「受け入れられなかったんだね。死ねないということを。」

「……。」

「じゃあ、君はこれからどうしたいんだい?」

「私は……」


目を閉じた。たった一言が、こんなにも重たいだなんて思ってもいなかった。ああ、私自分のことなんにもわかってなかった。ただ、居場所が欲しかった……。


「私は、今の自分を受け入れる。」

「そうか。」

彼はそう言いながら私の頭をそっと撫でた。

「よくここまで頑張ったね。辛かったね。」

変な人だ。私のことなんて、何も知らないくせに。

気付けば私は泣いているようだった。彼は涙を拭いてくれた。彼の指はとても冷たくて……

でも今は、その冷たさに溺れていたかった。



鳥のさえずりが聞こえる。どうやら眠ってしまったようだ。

「起きたね。」


公園のベンチ。彼はずっとそばにいてくれていたようだった。

「私、今日からちゃんとするよ。死ぬために。血も、自分で確保する。朝と昼は寝る。」

「そうか。なら僕も手伝うよ。血は夜でなきゃ確保できない。この公園の近くに有名な自殺スポットがあるから、夜になったら行こう。採り方を教えてあげる。」

「ありがとう。そういえば……」

わたしは彼の呼び方をまだ決めていないことを思い出した。

辺りを見渡すとふと一凛の花が目に留まった。

「きれい。あなたの目の色とそっくり。」

真っ赤で美しいが、どこか影がある彼岸花が寂しそうに咲いている。そういえば、彼岸花は英語で……

「クラスターアマリリス。リリスなんてどう?あなたの呼び名。」

「まるで女みたいな名前だね。でも嫌いじゃないな。今日からそう呼んでくれ。」

気に入ってくれたようだった。


彼は優しく笑っていた。いつもと同じ顔のはずなのに、なんだかいつもと違う気がした。

わたしは昨日の夜のことを思い出した。彼は私に何があったのか全てわかっている風だった。でも、何も聞いてこなかった。ただ、私の頭を撫でて涙を拭いてくれた。たったそれだけなのに、どうしてかそれが嬉しくて。

いや、きっとそれだけでよかったんだ。

「名前気に入ってくれてよかったな。」

「何か言ったかい?」

「ううん、何でもないよ。」



夜までまだ時間がある。

夜行性になるためにも今のうちに眠ることにした。いつのまにか隣では彼が眠っている。

目を閉じている姿もとても美しかった。彼が私に呪いをかけたんだ。不死身の呪い。

はじめは自分が死ねなくなってしまったなんて信じられなかった。けれど、人間極限まで病んでしまうと意外とどんなことでも受け入れられるようだった。それよりも今不思議なのは、彼だ。いくら取引とはいえ、どうしてここまで私に良くしてくれるんだろう。今も一緒にいてくれる。まあそれは、自分が死ぬための手がかりを私に集めさせるためだと思うけど。夜になったら血の確保に付き合ってくれるという。わたしのことなんか、放っておけばいいのに。自分のいいように使って、捨ててしまえばいいのに。

「変な人。」

人じゃないけど……。


人間としての居場所は無くなってしまった。いつも隣にいてくれた友達にも、嫌なものを見せてしまったな。さよならも言えなかった。まあ、首を吊る前にさよならを言ったのかと聞かれると、言ってないけど。

もう二度と会うことはないけれど、別に悲しくはなかった。あの人には友達がたくさんいるし、多分大丈夫だと思う。

今日からはヴァンパイアとして生きていかなきゃ。死ぬための手がかりも見つけなきゃいけないし。今は彼もいることだし、なんとかやっていけるかな。一人ではやっていけないだなんて、自分がとても情けない。でも、心のどこかに彼がいることで安堵している自分がいるようだった。

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