正しい老後....
時間通りのアラームで目が覚める。月曜の朝は起きたくない。目覚ましを止めて寝床でもぞもぞしているとPCモニタが点灯してスピーカーから呼びかけてくる。
「シンイチ、早く起きれよ?」
ばあちゃんがしびれを切らして声をかけてくる。時間を確認するとけっこうギリギリな時間だ。布団をはねのけて身支度をし冷蔵庫から適当なジュースを持ち出して家を出ようとする。
「気を付けていくんだぞ?」
ばあちゃんの見送りだ。家のカギをかけて会社に向かう。
早いうちに事故で両親を亡くした僕は祖母に育てられた。祖母は若いうちに祖父を亡くしていたがそれでも一人で僕を大きくしてくれた。そんな祖母も年には勝てず三月ほど前に倒れてしまった。担ぎ込まれた病院で祖母の病状を聞いた・・・脳卒中だった。まともに意識もなく寝たきりってことだった。頼れる身寄りもなく自分と祖母二人で生活は手一杯で入院することもほかの施設に入る金もなかった。
倒れた当日に介護施設員を名乗る女性がやってきた。なんでもばあちゃんはあらかじめ倒れることも想定していたらしい。女性はこう話してきた
「こちらでお引き取りできるように手続きが済んでおります。費用も問題ありません。あとはシンイチ様のサインだけですが」
多少事務的に言われたが断る理由も金もなかった。ほかに当てもなかったし会社勤めで自宅にばあちゃんをおいて介護なんてできなかった。一通りの書類にサインをすると女性が尋ねてくる。
「パソコンはお持ちですか?ネット環境は?」
このご時世、PCぐらいは持ってるしネットだって繋がってる。もっともPCがなくてスマホだけの人も増えてるらしいが。手持ちの状況を伝えると
「ではこちらをどうぞ」
USBメモリを渡してきた。
「説明は中にありますので確認をお願いいたします。では」
軽く会釈してさっさと女性は帰っていく。あっけにとられて聞きたいことも聞けなかった。帰りに病院窓口で確認したところ、今日にもばあちゃんは施設に移されるから心配はないらしい。さすがに今日は休めたが明日は仕事に行かないと。自宅に帰って早々に寝ることにした
何となしに朝を迎え仕事を終わらせて自宅へ帰ってくる。ばあちゃんはもういない。あぁそういえばと渡されたUSBメモリをPCに挿してみる。なんてことのないソフトの起動画面がでて「はじめに~」と表示された文字をクリックする。長ったらしい説明と規約の同意をチェックしてソフトのインストールが始まる。飛ばし読みした感じはばあちゃんのいる施設に繋がるようになってるんだかなんとか。詳しいことはよくわからないが家族の安否をPCで確認できるようにでもしてあるんだろう。ただ寝たきりになったばあちゃんを見ても正直悲しいだけだ。インストールが終わると入力画面が出てくる、どうやらばあちゃんの名前と生年月日を入力するようだ。名前はわかるが生年月日がうろ覚えであちこち書類を探してみる。ふるめかしい柄の巾着に入っていた保険証を見つけ出し入力する。少しのアクセス時間のあとばあちゃんの名前と写真が表示され確認の選択肢、はいを押す。また少しアクセスしてパッと画面が切り替わる。
「おっシンイチか?元気か?」
えっ、ばあちゃん?寝たきりじゃなかったのか。びっくりして何もしゃべれずにいるとばあちゃんが色々話してくれた。施設を予めて手配していたこと、自分の面倒を見れなくて申し訳なかったこと。ばあちゃんは悪いことをしてしまったかのような謝罪をしてきた。自分にしてみれば子供のころから面倒を見てもらったばあちゃんに感謝しかない。ましてや老後の面倒すらまともに見れなかったんだ、謝るのはこっちのほうだ。そういった話を少ししてから尋ねてみた、そこはどこなのか、と。ばあちゃんはバツが悪そうにこういった。
「言えねんだ、約束なんだよ。でも心配しなくてもいいんだ」
言えないとはどういうことなんだ。家族が行ってはまずいのか?大体寝たきりでまともに喋れるはずがないという診断じゃないのか。
「こうしてくれればいつでも会える、気にしなくていんだよ」
ばあちゃんは答える。確かにそうだ。施設に行くのだって大変かもしれない。場所が遠ければ休みを取ってで行くしかない。仮に元気なばあちゃんがいても引き取ることもできない。自分で自分を納得させようと頭の中で問答した。
「もう遅いから寝たほうがええ、またな」
ばあちゃんがいうのでその日はモヤモヤしながら寝ることにした。
「シンイチ、早く起きれよ?」
いつもの朝だ身支度を整え適当に朝飯を食べて出かけようとする
「気を付けていくんだぞ?」
いつもの見送りを受けて家を出る。
仕事が終わり自宅に帰る。
「シンイチ、お帰り」
ばあちゃんが声をかける。帰りがけのコンビニで買った弁当を温めながらぼんやりばあちゃんの映っているモニタに目をやる。やっぱり気になる。以前サインした介護施設の書類を探し始める。あった、住所を見てみると都内になっていた。施設って郊外じゃないのか?まぁいいか、これなら普通に休日一日で行って帰ってこれるだろう。
当日、予め調べておいた最寄駅に向かうために電車に乗る。小一時間の距離だ。
ぼーっと電車に揺られて施設のある駅を目指す。通勤以外で電車に乗るなんてひさしぶりだ。住所にあった最寄り駅に着いた。構内からでて見回す、なんてことない都内駅前だ。初めて来た駅だけど最近はナビアプリで案内できるし迷うことなく施設に着いた。着いたが...どう見ても雑居ビルの1フロアで老健施設には見えない。看板を確認するが間違っていないようだ。中にいる社員らしき人に思いきって声をかけてみた、祖母に会いに来たと。
話しかけた相手はきょとんとしていたが、少し事情を話すと納得したようで
「お調べしますので少々お待ちください」
と言い奥に入って行った。
5分もかからず戻ってきてこう話す
「お客様のデータはこちらではお預かりしていないですね」
データ?いや祖母に会いに来たのにデータを預かってないって返答は意味が通じないだろう。
「お客様のプランは元データを写すだけですので本体やデータのバックアップは行っていないですね」
元データ?バックアップ?だんだん頭の中で整合性がとれてくる。もしかして...
「こちらの営業所は都内社員用でしてお客様管理施設ではないんですよ...お客様?」
少しショックを受けて茫然としていたが我に帰って社員に礼を言う。自分で納得いく答えが見つかり帰宅することにする
自宅に戻ってあの会社を調べてみた。つまりこういうことだ。ばあちゃんは今やデータだけだ。記憶のデータ化。PCで再構築しているだけ。本体やバックアップっていうのはプランによって生身を保存してくれることやデータを複数バックアップしてくれることもできるらしい。ばあちゃんのプランは一番安いプラン。あのメモリに入っているデータだけ、あれがばあちゃん。バックアップは無し。しかし本当にばあちゃんの記憶は全てデータ化されてるのか?...考えるだけムダか、確かめようがない。何せ元データはないんだ。まぁ、いいや。ばあちゃんはいる、偽物か本物か欠損データか、そこにあまり意味はないだろう。もう寝てしまおう、明日も仕事があるんだし。
「シンイチ、起きれよ?」
ばあちゃんが声をかけてくる。一通りの身支度をして出掛けようとする
「気をつけてな?」
いってきます、ばあちゃんに挨拶して家を出た。いつも通りの日常が続けられる。ばあちゃんはそこまで考えてくれてたのか?わからない、ただ自分一人でばあちゃんの介護が出来たか?といえばそれは無理だったろう。そこそこ正しい選択だったと思う。もっと言えばPCを持っていたのは正しかった。あのデータ化サービスにはPCを持ってない人向けにスマホアプリに対応しているサービスもあった。スマホにばあちゃんはいてほしくない。