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Battle of Cold&Wind

『練習いきま~す!』

 カメラのある駅構内からハンドマイクによってリハーサルの合図が轟く。

『練習です!』

 我らが準備している連絡通路に立っているADさんも叫んでいる。

『練習!』 

『練習いきま~す!』 

 ADさん達が伝言ゲームのように、メインスタンドの建物の中にいるエキストラさんにリハーサル、練習の合図を橋渡しする。


 そう、先に述べたADさんやスタッフさんのほとんどが合図を叫んでいるのはこのためである。

 あと、気がついたことは、なぜ『リハーサル!』より『練習!』の掛け声なのか?

 一般人のエキストラが大勢いるため、こっちの方が聞き取りやすいからかも? 


(は、早くしてくれぇ~!)

 着物の裾をアメリカのセッ○スシンボルの女優のようにはためかせながら、軽く地団駄を踏む俺様。

 くやしいのでもトイレに行きたいのでもない。単純に寒いのである。

 たとえ数メートルの距離を歩くだけでも体が温まり、体の感覚は寒さから気をらせられるからである。 


 今思えば、この連絡通路に立っている我ら三人が全員男性なのも、ここが一番寒い為なのかもしれない。

 ましてやこの俺様の体はBMI30オーバーのメタボバディである。

 多少の北風なぞ、分厚い脂肪で跳ね返せるとスタッフの方に思われたかもしれない。


 ちなみにメインスタンドの建物の中も通路にはなっているが、そちらはそれほど風は吹き込んでこないであろう。

 なぜならそこには女性のエキストラさんがいるからである……。


『用意! スタート!』

 合図と同時に俺様がサラリーマンさんの方へ歩く。

 以下、先に記した順番に歩くあとのお二人。

 寒い! 

 それしか感想は出ない。

 誰だ! 動けば少しは暖かくなるってほざいた奴は! ハイ! わたくしです。


 逆に、歩くスピード分の風速がプラスされて、貴重な体温が吹き飛ばされるじゃねぇか!

 暑さでのぼせて、もうろうとするのは聞いたことがあるが、人間、寒いと今度は逆ギレするのである。

 もっとも、防衛本能で、わざと怒って体温を保持するためかどうかはわからない。


 こうして、一通り我ら三人が通路を横切ったところで

『ハイ! オッケーです!』

 ハンドマイクの声が、我ら通路組のエキストラまで響く。

 再び南極のペンギンのように、ブリザードの最中(さなか)、立たされる三人。


 年配の人が慌ててグリーンスタンドの建物の陰へゆく。

 その手があったか!

 確かに、次のリハや本番まで、南極の極寒の中、卵を温めている雄ペンギンよろしく突っ立ている義理はないのである。


 すぐさま、着物の裾をはためかせながら年配さんの後をついて行く俺様。

 サラリーマンさんは別の場所に行ったのか、ついてはこなかった。

 年配さんの目的地は、虎柵(とらさく)やパイロンが集められている場所。

 俺様もご相伴させていただくとしよう。


 ……甘かった。


 そう! ここはグリーンスタンドとメインスタンドの建物と建物の間!

 通称、ビル風が吹き荒れるところである。

「……な、なんか……この場所……あまり風よけにならないっすね」

 つい、年配さんに話しかける俺様。

 人間、体温が極限状態におちいると、せめて人と心の交流をして、たましいのぬくもりだけでも欲しがるモノである。

「そうだね。やっぱり、あの人のように建物の中の方がいいか」

 そう、サラリーマンさんはちゃっかり、建物の中に隠れていたのである。

 

 この男……できる!

 

 いや、普通そう考えるだろうって?

 仕方なかろう。端から見ればそう思うだけで、極限状態に陥った人間の取る行動なぞ、ハリウッド映画のパニック物やホラー物を見ればわかるじゃないか!。

 俺様や年配さんは、真っ先にゾンビに喰われたり、あらぬ方向へ逃げてそのまま崖下へ転落するモブキャラそのものだ。

 ……いかん、なんの撮影だったっけ、これ?

 

 さらに、気持ち長く待たされているなぁと感じている俺様。

 そして、やっと! というほど長くはないが、ハンドマイクから

『練習いきま~す!』

の声が轟き、震えながら我ら二人は配置についたのである。

 こうして何回もリハをする。

 

 この時、俺様は女優さんが撮影している駅構内からかなり離れていたため気がつかなかったが、さすがにオープニングクレジットに名前が載る女優さんの撮影シーンだけあって、いつの間にか監督さん以下、主要スタッフの方々も撮影現場にいらっしゃったのである。


 さらに、車券売場の後ろにモニターやら機材をいくつも並べ、撮ったそばからチェックし、女優さん、スタッフさん達に指示をしていたのである。

 なるほど、道理で待たされたわけだ。

 もっとも、我ら一般人がチェックに同席するのはお門違いであるが、プロのエキストラさんでさえ、監督さんと一緒に映像をチェックされ、指示を受ける立場ではない。


 監督さんを中心に輪になって、俳優さんや主要スタッフさんが映像をチェックするそのエリア。

 俺様のような素人が気を回すのもおこがましいが、ADさんやプロのエキストラさんの中には、


『いつか自分もあの輪の中に!』

『いや! 自分が輪の中心に!』 


と思っていらっしゃる方がいるかもしれない……。

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