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女優さん登場!

 再び撮影現場中央に集められる我らエキストラ。

 現れたのは髪を結い、黒の着物を召した女優さんであった。


 失礼な話だが正直、名前どころか年齢もわからないため、せっかくの女優さんをこのような簡素な表現にしてしまったのは非常に残念であり、また申し訳ない気持ちでいっぱいである。


 番組ホームページで確認したが、さすがに役柄の衣装をまとってキャストの集合写真を撮るというわけではないので、誰が誰だかわからない……。

 おそらく主人公の母親役の方だと思う。……自信はないが。


 こんな曖昧な表現しかできないもう一つの理由は、私の語彙(ごい)が乏しいのは置いておいて、この女優さんの撮影の時、私は全く違う場所へ移動させられたのである。

 だからこの女優さんが演技をしている姿をリハーサルや本番中、ほとんど見ていない。

 本編放送で知ったのだが、主人公の母親が上野駅に着いた場面を撮るためらしい。


「おはようございます。このたび、朝の連続テレビ小説、ひよっこの○○役をやらせていただきます○○と申します。本日はお寒い中お集まりいただきまして……(うろおぼえ)」

 女優さんは我々素人に向けて、深い礼と腰の低い挨拶を向けてくださる。


 俺様は撮影現場なんて初めてだが、テレビ、しかも天下の公共放送の看板番組に出演なさる女優さんなんて、映画やテレビ等、物語の中で映し出される撮影現場での振る舞いをするとばかり思っていた。


 たとえば、平気で遅刻するとか。

 たとえば、お昼のお弁当に文句を言ってマネージャーさんに八つ当たりするとか。

 たとえば、撮影や共演者が気にくわないとすぐさま帰ったりするとか……。


 それこそプロのエキストラさんどころか、我ら一般人のエキストラなんて歯牙(しが)にもかけられないと、この撮影現場に来るまでずっと、いわば偏見を持っていたのである。

 それが我ら一般エキストラにわざわざ挨拶してくれるなんて、逆に恐縮する次第である。

 同時に今まで思っていた偏見を恥じずにいられない。


 誰だよ、役者さんなんて撮影現場でわがままし放題の、ステレオタイプのフォーマットを最初に創った人は?

 もっとも、これが公共放送のドラマに出演なさる役者さんのルールなのか?

 単純に、俺たち視聴者に向けての挨拶なのか?

 素人の俺様には想像することすら失礼な想いである。

 

 本編の時間にして数分もない上野駅の撮影のため、遠く浜松まで足を運び、メイクをして着物を召し、万全の体制で現場に現れたのだろう。

 さらに、北風さんが爆走するこのオートレース場にいらっしゃるのも、お仕事とはいえこうべがたれる想いである。


 誰かの言葉なのか、今、俺様が思いついたのか定かではないが、

《料理人と役者は、客の一口(ひとくち)一目(ひとめ)を満足させる為には、多大な時間と労力を惜しまない》

と書き記しておこう。

 簡単に言えば、《一期一会》だ。

 だったら格好つけず最初からそう言えよ。ヲイ!


 脱線して申し訳ない。話を戻す。

 先に書き記したとおりだが、この女優さんの撮影の時、サラリーマン姿の男性、俺様、そして俺様と同じように着物を召していらした年配の男性計三人は、スタッフさんに連れられて、駅構内から別の場所へ移動させられたのである。


 場所は撮影現場である第7券売場のあるグリーンスタンドと、すぐ隣のメインスタンドの間の連絡通路。

 距離にして数メートル程度。 

 

 なぜそんな場所というと、その連絡通路がいわばホームと駅構内をつなぐ通路に見立てており、そして女優さんはホームの方から駅構内へ向かってくるため、どうしても奥の方までカメラが向く。

 つまり、その女優さんの遙か後方にも人がいないとおかしいため、我らが呼ばれたのである。


『日も当たらない車券売場で、北風さんに体中をなめ回されるより遙かにましだ!』 

と喜んだのもつかの間……甘かった。

 連絡通路とは名ばかり、そこは屋根も壁もない吹きっ晒しである!

 快晴? 偉大なるお日様の光? 赤外線? 紫外線? 

 そんなモン、マッチ売りの少女がともはかないマッチの火の方が地獄の業火に思えるほどの気休めである。


 我らが三人はそんな連絡通路を垂直に横切るように助監督さんに指示を受ける。

 当然、一度に横切れば最初のリハーサルのように誰もいなくなってしまう。

 かといって、一度の撮影に何往復もすれば、

『あいつら、上野駅の通路で反復横跳びやってやがる』

と助監督さんやADさんが、監督様やプロデューサー様からきついおしかりを受けてしまうのである。


 よって、俺様と年配の着物男性は駅構内から見て連絡通路の左側、サラリーマンの方は右側に配置される。

 動く順番は

 

 一、俺様がサラリーマンさんの立っている場所へ。

 二、俺様が近づくと、今度はサラリーマンさんが年配さんの立っている場所へ。

 三、サラリーマンさんが近づくと、年配の男性さんが俺様の立っている場所へ。

 四、そしてまた一へと繰り返す。

 こんな案配(あんばい)で、女優さんの後ろを横切る通行人となるのである。

 

 女優さんの後ろといっても、女優さんの姿なんて見えない、十メートル以上後方である。

 もっとも、まず、いや絶対写らない、写っても本編には登場しないがそこまでこだわるのが撮影というのである。

『たとえお客さんが家に来ようが、掃除なんて見えるところだけやっておけばいいや』

と常々思っている俺様とは大違いである。


 実は、別の場所に移されたのは我々だけではない。

 そう、俺達が女優さんの後ろを横切る役なら、当然、女優さんと平行、逆行して歩く人もいないとおかしいのである。


 その人達はグリーンスタンドから連絡通路を越えて、メインスタンドの建物内から駅構内へと向かったり、その逆方向に歩いたり走ったりするのである。

 その距離は駅構内からみて最大数十メートル先である。

 ADさんもカメラに写らないように配置される。


 そして、女優さんを交えたリハーサルが開始された。

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