プロローグ
地球に、1つの隕石が接近していた。
やがてそれは、ヨーロッパ近海に落下し、その場所を中心に青白い光を放出し、光は地球の40%を包み込んだ。
それから50年後・・・
それほど遠くない未来
北欧のとある町・・・
月の光が照らされた夜空の下、武装した集団が、数台のバスの中に何人もの人を無理矢理押し込んでいた。
その中から数名が隙を見て逃げ出そうとした。が、瞬く間に武装した兵士達が発砲したマシンガンの標的となり力なく倒れてゆく・・・・・・
その最中、その騒動から逃げる様に二人の幼い少女が町から離れようと走り続けていた。1人は銀髪のショートカットに銀の瞳、黒のコートに黒い半ズボン、黒いブーツ。その少女に手を引かれる様にもう1人の少女。その少女は水色のセミロングの髪にライトブルーの瞳、白いワンピースに水色のコート、青いブーツ姿。そして、両手に白い手袋を付けていた。
水色の髪の少女が地面の段差に躓き転倒した。すぐさま銀髪の少女が駆け寄る。
「ディアドラ、大丈夫!?」
ディアドラと呼ばれた水色の髪の少女が転倒した際、左膝を擦りむき、微量の血を流していた。それに気付いた銀髪の少女は首に巻いていた山吹色のスカーフをほどき、ディアドラの左膝に巻き付けた。
「ありがとう、ディーリア義母様。」
ディアドラは銀髪の少女に対して何故か『義母様』と呼んだ。明らかに自分とさほど歳が離れていない、むしろ姉妹位の年齢差にしか見えない彼女に対して。
その時、数十メートル先から数名の足音が響いてきた。その足音に気付いたディーリアは反射的にディアドラの手を引っ張りあげた。
「ディアドラ、逃げるよ!」
ディーリアはディアドラの手を握りしめ走り出した。
二人はひたすら走り続けた。この時の彼女達にはもうどれぐらいの距離を走ったか、分からなくなっていた。
二人が1軒の家の前を通り過ぎようとした時、突如玄関の扉が開き、茶色の髪にライトグリーンの瞳の壮年の女性が出てきた。
「こっちよ、早く中に入って!」
ディーリアは躊躇した。
「待って下さい。私達は・・・」
女性はディーリアの言葉を遮る様に話し続ける。
「話は後よ、とにかく先ずは入って!」
ディーリアはやむなくディアドラの手を取り女性に続く様に家の中に入っていった。
女性は室内の奥の通路に行き着くと、通路の側面の額縁を外しスイッチに触れた。すると、通路奥の壁から隠し扉が現れた。
「さあ、付いてきて。」
ディーリアとディアドラは、女性に言われるままに付いて行く。
「あの・・・助けてくれた事には感謝しますけど、このままだとあなたにも迷惑がかかります。私達は・・・」
ディーリアが何かを言おうとした時、女性がその言葉を遮った。
「分かってるわ。あなた達、ミュータントでしょう?」
女性の突然の言葉にディーリアは驚きの余り絶句した。「何故分かったのだろう?“力”をみせてもいないのに・・・」彼女の脳裏にはそんな思いが過っていた。そんなディーリアの心中を理解したかの様に女性は言葉を続ける。
「武装した連中に追われていたのでしょう?今までにも何人ものミュータントがあの連中に強制的に連行されるのを見てきたからね・・・すぐにわかったよ・・・あの連中に追われていると、そしてお嬢ちゃん達もミュータントだと・・・」
そこまでい言い終えると、女性は二人を隠し扉の中に入る様促す。ディーリアはディアドラの手を取り女性に続く様に入っていった。
隠し通路は入口から2~3メートル先から地下へと続く階段になっていた。階段を懐中電灯を照らしながら下る三人。そんな中、女性がおもむろに口を開く。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私はベイル、バーバラ・ベイルよ。」
バーバラ・ベイルと名乗った女性に対してディーリアが応える。
「ノディオン・・・ディーリア・ノディオン。この子はディアドラ・インガルスです。」
二人の名前を聞いたバーバラは、少し驚きの表情を見せた。
「あなた達、姉妹じゃなかったの?」
ディーリアは頷きながら説明を続ける。
「元々は家が隣同士だったんですが、この子の両親が亡くなった後、私の両親が引き取ったんです。」
ディーリアはさらに言葉を続ける。
「でも、どうして私達をミュータントとわかってて助けてくれたんですか?こんな事があいつらにばれたらあなただってただじゃ済まないのに・・・」
「私はあの連中とは違う。嫌悪する理由もないから・・・人と違うというだけで迫害するなんて間違ってる・・・」
バーバラは悲しそうな、それでいて落ち着いた表情で語った。
「さ、ここなら安全よ。」
三人が辿り着いた場所は、約10メートル四方の一室だった。そしてその室内に10数人の幼い男女がいた。過半数はディーリアやディアドラと同じく外観は人間と同じ容姿をしていたが、一部の子供達は肌の色が普通では考えられない色、身体の一部分が異形の容姿をした子もいた。
「心配はいらないわ。この子達もあなた達と同じミュータントよ。」
ディーリアとディアドラは子供達に目を向ける。どの子供も怯えた様な表情だった。
「50年前のあの隕石落下がなければ、こんな事にならなかったのに・・・」
バーバラはその言葉を口にした直後、一瞬落胆した様な表情となった。彼女だけでなく、ディーリアも“隕石”というキーワードを聞いたとたんに落胆していた。50年前と言えば、当時は彼女は生まれていないはずだが、まるでその“隕石”というキーワードについで意味を知っているかの様に・・・
バーバラは、気持ちを切り替える様にディーリアに話しかけてきた。
「ディーリアだったわね?あなたのご両親はどうなさったの?」
ディーリアは意を決して話し始めた。
「私の家にも政府の人達が来たんです。私がミュータントである事が政府にも知られてしまって・・・無理矢理私を連れて行こうとしたんです・・・」
そこまで話し終えると、ディーリアは突如目から涙を流し出した。
「お父様とお母様が私とディアドラを庇って逃がしてくれて、でも・・・二人共機関銃で・・・撃たれて・・・死ん・・・」
その時の事を思い出したのか、ディーリアは耐えきれずに泣き出した。ディーリアだけでなく、ディアドラもいつの間にか泣き出していた。バーバラはそんな二人を優しく抱き締めた。
「辛かったよね・・・しばらくここで皆と一緒にお休み・・・」
バーバラに促される様にディーリアはディアドラを連れて部屋の隅に座り込んだ。ディーリアはディアドラを優しく抱き寄せながら、彼女が眠りにつくのを確認すると、自らも自然に眠りについた。バーバラは二人に毛布を掛け、部屋を後にした。
1週間後・・・・・・
ディーリアとディアドラは食堂で朝食を終えた子供達の食器を集めて行く。子供達の中から1人、アイスブルーの髪と瞳をした少女が率先して二人の作業を手伝い出した。
「ありがとう、アイラ。」
ディーリアはアイラと呼んだ少女に対して微笑みかけながら礼を言った。
「気にしないで下さい、ディーリア様。死んだ私の父もノディオン家に使用人としてお仕えしていました。父もきっとこうしたと思います。」
「私とディアドラがここに来て2日後にあなたを偶然見つけた時は本当に嬉しかった。あの時の騒動から行方がわからなくなって心配だったから・・・」
和気藹々と二人が話している最中、背後で大きな音が鳴った。二人が振り替えると、ストーブが横転し火が燃え上がっていた。ストーブの側に転倒し、泣いていた幼い男の子に気付いたディーリアは、すぐに状況を理解した。
アイラが燃えているストーブに両手をかざした。すると、アイラの両手から冷気が発生し、火を消して行く。冷気を発生させ、氷を自在に操る、それが彼女の“力”らしい。だが、火の勢いが強く中々消えない。そこへ、ディアドラがアイラの側に駆け寄り右手の手袋を外し、アイラの左肩に触れた。ディアドラの右手が発光すると、彼女は直ぐ様アイラと同じ様に両手をストーブにかざす。ディアドラの両手からもアイラと同じ様に冷気が発生し、アイラと二人がかりでストーブの炎に向ける。素手で触れたミュータントの“力”をコピーして一時的に自らの“力”として使用する、それがディアドラの“力”、彼女が手袋をはめていたのは、その“力”を制御する為だったのだ。
炎が完全に消えたのを見届けたディーリアは男の子に怪我がない事を確認した後、ストーブに目を向けた。
「このストーブ、金属ね・・・」
言うと同時にストーブに片手をかざした。みるみる内にストーブが有り得ない形に変形していく。磁力を発生させあらゆる金属を操るのがディーリアの“力”。
「ディアドラ、窓を開けて部屋を換気しておいて。」
ディーリアの言葉とほぼ同時にディアドラは速やかに窓を開けた。そして、サッカーボール程のサイズに圧縮させたストーブの残骸を手に取り全身が発光した後、跡形もなく消えた。次の瞬間、キッチンにいたバーバラの目の前に現れストーブの残骸を見せた。別の場所へテレポートする、それがディーリアのもう1つの“力”。バーバラは突然のディーリアの出現に少し驚きながらも、勝手口を開け、ストーブの残骸を外へ置く様、ディーリアに指示した。
「ディーリア・・・あなた、テレポーターだったのね。道理で連中の追撃から逃げ切れた訳だわ・・・」
ディーリアはバーバラの言葉に対して返答する。
「でも慣れてないせいか、移動する範囲には限りがあるんです。それに、テレポートは結構体力を消耗するから・・・」
ディーリアがそこまで話し終えると、突如玄関の扉が勢いよく開き、外から一人の女性が息を切らせながら入ってきた。歳はバーバラと同年代くらい、バーバラと同じ茶色の髪にライトグリーンの瞳をしていた。
「ミーガン、そんなに慌ててどうしたの?」
ミーガンと呼ばれた女性が息を整えた後、口を開いた。
「姉さん!政府の連中が来たわ!子供達の事を知られたみたい、今全ての家を捜索してるわ!」
それを聞いたバーバラは直ぐ様ディーリアや他の子供達に呼び掛けた。
「皆すぐに地下に隠れて!」
家中にいた子供達が次々に地下に逃げ込む。全ての子供達が地下に入り込むのを見届けた後、バーバラとミーガンは隠し扉を閉めた。そこへ玄関から数人の足音が聞こえてきた。二人が玄関に駆け付けると、仰々しい制服を身に纏った集団が入ってきた。その集団のリーダーらしき男が、バーバラとミーガンに話し掛けてきた。
「銀色の髪と目をした小娘がこの町に逃げ込んだという情報があった。そいつはミュータントである可能性がある。この家も調べさせてもらうぞ!」
言うと同時に制服の男達が家中をくまなく捜索していく。
バーバラは、男の言動から彼等が捜しているのがディーリアだと直感した。彼女が隠し扉に通ずる地下室がばれない様祈る中、男達の捜索は続く。だが彼等は、隠し扉に気付く事なく捜索を断念した。
「これで疑いが晴れたと思うな!また捜索に来るからな!」
一団が家から出ていくのを見届けた二人は玄関の扉を閉め、地下室へ向かう。子供達は気付かれる事はなかったが、やはり皆怯えた様な表情だった。中でもディーリアとディアドラの動揺は尋常ではなかった。バーバラが問う前にディーリアが口を開いた。
「あの男の声・・・忘れない・・・忘れられるはずない!お父様とお母様を殺した男!」
バーバラは先程の武装集団のリーダーの言っていた『銀色の髪と瞳』とディーリアの発言で彼等が捜していたのがディーリアである事を確信した。バーバラと同様にディーリアとディアドラを見つめていたミーガンが口を開く。
「姉さん、子供達、特にディーリアはしばらく地下室に匿って外に出さない方が・・・」
バーバラも「今はそれしか手はない」と言いたげなの表情で子供達を見つめていた。
一方、ディーリアは脳裏に様々な思いが過っていた。
「《私がいつまでもここにいたらバーバラやミーガン、他の子達も危険な目に逢ってしまう・・・何よりこのままだとディアドラもミュータントだという事があいつらにばれてしまう・・・》」
ディーリアはディアドラやアイラ、他の子供達を見つめながら1つの答えを導き出した。
「《ディアドラは私が守らなきゃ・・・でも今のままでは守りきれない・・・もう私があいつらの注意を引き付けるしか・・・》」
ディーリアが心の中で決意した直後、ディアドラが動揺しながらディーリアに寄り添って来た。
「だめ!ディーリア義母様!そんな危ない事しないで!!」
ディーリアはディアドラの言動に驚きを隠せなかった。
「《まさか、この子・・・私の心の中を?》」
ディーリアの驚きをよそにディアドラはなおもディーリアに訴えかける。
「そんな事したらディーリア義母様が殺されちゃう!行かないで!私を1人にしないで!!」
ディーリアはディアドラの言葉に確信した。
「《間違いない!この子、テレパシーが、私と同じ様に『三つ目』の力が覚醒し始めてる!だとしたら、尚更この子を守らなきゃ!この事をあいつらが知ったら私や他の子達以上に危険な存在として殺されるかも知れない・・・》」
ディーリアは自分にしがみついてくるディアドラをおもむろに、そして強く抱き締めた。
「ディアドラ・・・ごめんね!今はこうするしかないの・・・」
ディアドラを抱き締めるディーリアの目から涙が溢れ出ていた。ディーリアだけでなく、ディアドラの目にも涙が溢れていた。
2人の様子を見ていたバーバラは何かに気付いた様にディーリアに語りかける。
「ディーリア・・・あなたまさか、自分が囮になって政府の連中の注意を引き付けるつもりじゃ?」
ディーリアは涙を拭いさり、バーバラの問いに対し説明する。
「あいつらの狙いは私。幸いディアドラの方はまだミュータントだという事はあいつらにばれてないわ。ディアドラを匿って!」
「馬鹿な事言わないで!そんな危険な事させられるわけないじゃない!殺されるかも知れないのに!」
バーバラはディーリアの思いもよらぬ言動に対し声を荒げた。それでもディーリアは一歩も引く事なくバーバラに訴えかける。
「今一番危険なのはディアドラの“力“があいつらに知られてしまう事。ディアドラはテレパシーが覚醒し始めてる・・・その事に限らずディアドラの“力“は危険性よりも興味を引いて研究されて色々と利用されてしまうかも知れない・・・」
バーバラとミーガンは一瞬沈黙したが、それでも『子供を危険にさらす事は出来ない』という思いの方が勝ったのか、ディーリアを止めようと近付く。その時、壁が亀裂し数十本の鉄筋が出現した。ディーリアの“力“によって引き寄せられたのだ。内数本の鉄筋がみるみる内に変形し、バーバラとミーガンの身体に巻き付き壁に固定されていった。続いてディーリアは残りの鉄筋を全て操り、ディアドラやアイラ、他の子供達の周りに突き立て、鉄格子を形成させ閉じ込めた。
ディアドラが鉄格子の隙間から手を伸ばし必死にディーリアに訴えかけた。その瞳にはなおも涙が溢れ続けている。
「ディーリア義母様!お願いやめて!」
ディアドラに寄り添いながらアイラもディーリアに訴えかけていた。
「無茶です!ディーリア様、やめて下さい!ディアドラ様を独りぼっちにするつもりですか?」
ディーリアは涙を流しながらも微笑みながらディアドラに語りかける。
「確かに私は死ぬかも知れない・・・でも、ディアドラを守れるなら悔いはないわ。あなたは強く生きて。いつかきっとあなたを理解し共に進んでくれる人に出会える!」
そう言うと、ディーリアは次にアイラを見ながら彼女に語りかける。
「アイラ、これからはあなたが私の分までディアドラを守ってあげて。」
「ディーリア様・・・」
いつしか、アイラの目にも涙が溢れていた。
バーバラとミーガンはディーリアの考えに納得がいかず、必死に鉄筋の拘束を外そうとしていた。
「ディーリア!早まってはダメ!これを外しなさい!!」
ディーリアはバーバラの訴えに振り向くと、涙を拭きながら彼女に語りかけた。
「バーバラ、ミーガン、今までありがとう。ディアドラをお願いします。」
言うと同時にディーリアの身体が発光し、消えた。その直後、ディアドラが立ち上がった。
「ディーリア義母様!」
すると、鉄筋を素通りし、鉄格子の外へ出た。他の物質と同調し、あらゆる障害物を素通りする、それがディアドラのもう1つの力。さらに、ディアドラ鉄格子の隙間に手を伸ばし、アイラの腕を引っ張った。するとアイラの身体も鉄格子を素通りした。どうやらディアドラのこの力は接触した人物にも同じ効果が表れるらしい。ディアドラはバーバラとミーガンの側に駆け寄り、二人の身体を引っ張り、拘束から自由にした。
「早くディーリアを止めないと!ミーガンは子供達をお願い!」
バーバラは言うと同時に家を飛び出して行く。ディアドラとアイラもそれに続く様に飛び出して行った。
武装集団の捜索はなおも続いていた。リーダーらしき男が部下に各建物への捜索を命じていた。
「必ずどこかに居るはずだ!隅々までくまなく捜せ!」
街の人々が武装集団に怯えている中、突如街中に少女の声が響いた。
「私ならここにいる!!」
武装集団が声が聞こえた方向に目を向けると、銀色の髪と瞳の少女が立っていた。ディーリアだ。
「捕らえろ!」
彼女の姿を確認した武装集団のリーダーが兵士達に命令を下した。数人の兵士達がディーリアに近付こうとしたその時、突如ディーリアは地面に両手を添えた。次の瞬間、彼女の両手から青白い光と共に稲妻が迸った。その稲妻は兵士達をたちまち感電させて気絶させていった。稲妻を発生させて自在に操る、それがディーリアの3つ目の力。
武装兵達が一斉に機関銃を構え、ディーリアに銃口を向けた。ディーリアは武装集団だけでなく、周囲の人々にも気にかけていた。
「《ここではあの人達を巻き込んでしまう・・・こいつらを遠くへ引き離さなきゃ!》」
ディーリアは発光と同時に消え次の瞬間、武装集団の進行方向から数10メートル距離の離れた位置にテレポートしていた。
「あそこだ!逃がすな」
武装集団はすぐさまディーリアに気付き飛び掛かって行く。だがディーリアは捕まる寸前の所でテレポートにより瞬時に消え、武装兵達と距離を取る。その様な応酬が何度か続く中、いつしかディーリアは息を切らし始めていた。度重なるテレポートの使用によって体力を消耗していたのだ。
バーバラ、ディアドラ、アイラの3人はディーリアを探していて、ようやく数メートル先で武装集団から逃げている彼女を見つけた。3人には遠目からでもディーリアが疲労している事が感じて取れた。それを見たバーバラはディーリアの言葉が脳裏に浮かんだ。
「《でも慣れてないせいか、移動する範囲には限りがあるんです。それに、テレポートは結構体力を消耗するから・・・》」
「テレポートを使いすぎたんだわ!このままでは危険よ!」
バーバラが走りだそうとしたその時、ディーリアが立っていた位置から数メートル離れた場所の瓦礫の陰から1人の幼い少女が泣きながら出てきた。
「ママ・・・どこ・・・?」
どうやら親とはぐれたらしいその少女に目を付けた武装集団のリーダーは、邪な笑みと共に銃を向けた。それに気付いたディーリアはリーダーめがけて稲妻を放った。だが、ディーリアの体力の消耗に反映されていたのか、稲妻のパワーが弱く、リーダーを気絶させるには至らなかった。ディーリアの疲労を悟ったリーダーが高笑いする。
「ハハハハハ!“力”が弱まってきた様だな!何も出来ぬまま子供が殺される様を見て絶望するがいい!!」
武装集団のリーダーが再び少女に銃を向けた。それに気付いたディーリアは自らの身体のダメージを圧し殺してテレポートを行い少女の側に駆け寄った。そして、少女を抱き締めテレポートを試みたが思うように行かない。リーダーが二人めがけて発砲した。それに気付いたディーリアは残った力を振り絞り、少女を突き飛ばした。その直後、ディーリアの背中に弾丸が直撃した。傷口からおびただしい血が流れ出し、力なく倒れて行く。
「ディーリア!」
ディーリアが倒れて行く様を目の当たりにしたバーバラが叫ぶ。その光景を横で見ていたディアドラが突如呼吸困難に陥った。苦しそうに喉を押さえ膝を付く。必死に何かを言おうとしていたが思うように言葉に出せない様子だった。
「ディアドラ様!」
ディアドラの異変に気付いたアイラが寄り添うが、ディアドラはなおも苦しそうだった。バーバラもディーリアを気にかけながらもディアドラに寄り添う。
ディーリアは横たわりながら少女に目を向けた。
「逃げ・・・て・・・」
今にも消えそうな声で、少女を逃げる様、促し続けた。武装兵達が追い打ちかけようとディーリアに銃を向けた。だが、突如周辺に霧か発生し、武装兵達の視界を奪った。アイラが冷気によって霧を作り出したのだ。その隙を狙ってアイラがディーリアの側に駆け寄った。
「ディーリア様、今の内に逃げましょう!私の肩につかまって下さい!」
アイラはディーリアの腕を自分の肩にまわした。だがディーリアはアイラの腕を振りほどいた。怪訝な表情をするアイラにディーリアは語りかける。
「アイラ・・・私はこのまま置いて行って。」
アイラはディーリアの言葉に驚きながら反論する。
「そんな事出来るわけないじゃないですか!諦めないで下さい!」
アイラの反論をよそにディーリアは語り続ける。
「このまま私まで一緒に逃げたらまたバーバラの家に押し寄せる・・・そしたら今度こそディアドラやあなた、他の子達が捕まってしまう・・・でも私がここにとどまればあいつらの注意を私にだけ向けさせられる・・・さ、早くその子を連れて逃げて・・・」
自分の側で怯え泣いている少女を指差しながら、アイラに逃げる事を促すディーリア。アイラはもはやディーリアは何を言っても応じてくれないと感じ取った。
「ディーリア様・・・」
ディーリアは涙を流しながら自分を見つめるアイラに対し、自らも涙を流しながらも微笑みかけた。
「ディアドラをお願いね・・・」
アイラは涙を拭いて、少女を抱き抱えて走り去った。
ディアドラは、喉を押さえながら出せない声を必死に出そうとして、もがいていた。
「ディアドラ!落ち着いて!」
バーバラが必死にディアドラを抱き締めながら彼女に語りかける。ディアドラはしばらく乱れた呼吸をしていたが、やがてそれも少しずつ治まり、バーバラの腕の中で意識を失った。
「バーバラ!」
アイラが少女を抱き抱えながらバーバラのもとに駆け寄った。バーバラの腕に抱かれているディアドラに気付き彼女に問いかけた。
「バーバラ、ディアドラ様は!?」
「大丈夫。気を失ってるだけよ。」
バーバラは、アイラが少女を抱き抱えている事、ディーリアがいない事に気付き、「まさか」と思いながらアイラの問いかけた。
「アイラ、ディーリアは?」
アイラは悲しそうな表情で、目を閉じながら首を横に振った。バーバラはやりきれない気持ちでいっぱいだった。許されない罪を犯した訳でもないのにミュータントというだけで子供達が迫害を受けている現実に。
アイラがバーバラに語りかける。
「バーバラ、早くここを離れましょう。この霧も時間が経てば消えるわ。あいつらに気付かれない内に!」
バーバラは頷きながら気を失っているディアドラを抱き抱えて立ち上がり、アイラと彼女が助け出した少女を伴って、その場を後にした。
武装兵達の視界を遮っていた霧も時間の経過と共に晴れていき、次第に辺りの状況が見える様になってきた。武装兵のリーダーは、辺りを見回し両膝を着いて俯いているディーリアに気付いた。リーダーはディーリアに拳銃を向け発砲した。弾丸がディーリアの額に直撃し、ディーリアはその場に倒れ込んだ。
「よし、遺体を運べ。」
二人の兵士達が各々ディーリアの腕を取り、動かないディーリアの身体を引きずりながら移動を始めた。武装兵のリーダーが他の兵士達に指示を出す。
「確かこの娘には連れ添っていた小娘がいたはずだ!未確認だがそいつもミュータントの可能性が高い!絶対に見つけ出せ!」
その時、引きずられていたディーリアの閉じられている瞼が微かに動いた。彼女にはまだ意識があったのだ。武装兵のリーダーの言葉を耳にした途端、彼女の両腕から青白く発光し、稲妻が迸った。ディーリアの腕を掴んでいた兵士二人が瞬く間に全身に感電し、瞳孔を開いたまま倒れていった。
「ま、まだ生きていたのか!撃てぇぇぇぇ!!」
武装兵のリーダーは驚きながら兵士達に発砲命令を下す。兵士達が一斉にマシンガンを構え、ディーリアめがけて乱射した。だが、弾はどれもディーリアに直撃する事なく彼女の半径1メートル周辺で静止した。それどころか、彼女の額や背中に直撃していたはずの弾も出始めた。出血こそしているがディーリアの磁力を操る力により、弾は皮膚の表面に食い込んだだけで致命傷を免れていたのだ。痛みに耐えながらもディーリアは自分の身体に食い込んだ弾を出しきった。そして、浮遊していた無数の弾と共に武装兵めがけて勢いよく飛んでいった。無数の弾の直撃を受け、兵士達はおびただしい量の血を流しながら次々と倒れて行く。
生き残った兵士達が一斉にディーリアに襲いかかった。だが、ディーリアは磁界の範囲を拡大し、周辺の廃墟となった建造物から飛んできた鉄筋が兵士達を次々に串刺しにしていく。更に、磁界の力によって引き寄せられた10メートル以上もある2枚巨大な鉄板が兵士達が身に付けていた金属製の装飾物を引き寄せ、磁石の様に兵士ごとくっついていく。ディーリアはその2枚の鉄板に両腕をかざし、勢いよく互いの鉄板を接触させた。兵士達がサンドイッチ状態で鉄板に押し潰された事で、鉄板の隙間からおびただしい量の血が吹き出し、その反り血はディーリアの顔から胸部かけて降りかかった。
最後に残った武装兵のリーダーは、恐怖の余り逃げようとしたが、それに気付いたディーリアは、そばに落ちていた鎖を磁界の力で操り、リーダーの身体に巻き付けた。巻き付いた鎖は、なおもリーダーの身体を締め付けていく。苦しみもがくリーダーを他所に、鎖に締め付けられた彼の身体から骨の軋む音が鳴り出し、口から血を吐いていた。
「た・・・助けて・・・く・・・れ・・・・・・死にたくない・・・」
その言葉を聞いたディーリアは、リーダーに対し更に怒りがこみ上げてきた。リーダーに1歩ずつ歩み寄りながら静かに呟く。
「助けて?・・・死にたくない?・・・」
リーダーの目の前に辿り着いたディーリアは彼の身体に巻き付いていた鎖の先端を左手で握り締め、少しずつ口調が荒々しくなっていった。
「勝手だよね・・・父様も母様も、そんな言葉・・・」
ディーリアの脳裏に父と母の死が蘇り、その瞳に涙が流れ出した。同時に目の前の男に対する怒りが頂点に達した。
「そんな言葉!一言も言わずに、私を守って死んだのに!!」
鎖を握り締めていたディーリアの左手が発光し、稲妻が迸った。その稲妻はディーリアが握っていた鎖を伝わり、鎖に巻き付かれていた武装兵のリーダーの全身に流し込まれる。
「ぎゃあああああああ!」
武装兵のリーダーは、原型もとどまらぬ程黒焦げとなり息絶えた。
ディーリアは少しずつ我に返り、周りの状況を眺めていた。鉄筋で串刺しにされた兵士達の死体。鉄板の隙間から溢れ出る血。黒焦げになった判別もつかぬ死体。そして、自身が浴びた血。血の降りかかった顔に手をあて、手に付いた血を確認したディーリアの手は少しずつ震え上がっていた。そして、再び周りの状況を見渡しながら静かに呟く。
「これ、私がやったの?」
ディーリアは思考を整理しながら自分がしたことを理解し、身体の震えが激しさを増していった。
「私、人を殺した・・・?」
身体の震えはなおも激しくなり、いつしか呼吸も荒々しくなっていた。
「私が、人を殺した・・・!」
ディーリアは自分の目の前の現実に衝撃を受け、叫び出した。
「うああああああああああ!!!」
その叫び声は、絶える事なく響いた。
TO BE CONTINUED