そうですみんなサトウさんッ!
翌日、ケイは有給を取(=さぼ)ってシュヴァ・マギにログインするという自堕落な生活を始めた。勤務開始の9時を狙って支店長から貰った電話番号に連絡を入れる。
「はい、サトウ札幌支店 茂木です。」
「支店長、おはようございます。相生です。今お時間大丈夫でしょうか?」
まあっ、相生さん、と喜色を呈する支店長に電話越しでも呪いが発動しているのだろうかと若干恐怖するケイ。だが都合がいい。
昨日竪倉と話した「冒険係」の話をそのままストレートにぶつけた。探索して得られたアイテムのうち、会社が求める物を上納するという形式だ。
「なるほど…。係長までなら支店長権限で決められるから、そうしたら相生さんに冒険係の係長をお任せしようかしら。」
「えっ、昇進すか?」
「ただ係長は報告義務が発生するわ。あと一応ノルマも決めさせて貰う。実は冒険係という名前ではないけれど、シュヴァ・マギ内のダンジョンを攻略するチームを札幌支店で作る予定はあったのよ。立候補で人員を決める予定だったから、あなたと竪倉さんの2人でチームを組むなら、それでいいわ。」
ちょうど会社のプロジェクトに乗る形の提案になったようだ。
「それで、有給を取って朝からこんな電話をしてくるあなたは何してるの?」
「それが…シュヴァ・マギ内で呪いのアイテムを拾ってしまってまして…。」
ケイは呪いの属性のために人心が惑い、それで出勤困難になっている事を正直に伝えることにした。
「な、なるほど…それで昨日の乱闘騒ぎだったわけね、噂通り凄いわね、シュヴァ・マギのアイテムの効果は。」
さすがの支店長も驚いたようだ。
「でもそれならなおさら、出勤して支店が混乱するよりは冒険業務に集中していいわよ。報告は竪倉さんに任せても構わないから、私から竪倉さんに伝えておくわね。」
冒険業務…なんだろうこの、そこはかとなく漂う社畜感。いや、そんなことはない。冒険だ。ケイは自分に言い聞かせる。
「はい、よろしくお願いします。」
竪倉はちゃんと出勤したようだ、良かった。辞表を叩きつけられた課長はイラついているだろうが、支店長には逆らえまい。こうしてケイはサトウ札幌支店 冒険係係長へと昇進を果たしたのだった。
良かった!社会性を失わずに済んだ!とガッツポーズはするものの、ただ肩書きを手に入れただけで社会生活が困難であるという事実は変わっていないのであった。
そんな事は全て忘れて「名刺作らなきゃ〜」などとニコニコ顔をしているケイは始まりの街でニヤニヤしている変な男な訳だが、そんな妙な男に果敢にも声を掛ける女性がいた。
「あ、あのう、先日はありがとうございました…。」
後ろから掛けられる涼やかな声に振り向くと、見知った茶色のショートヘアー。美人だからすぐに思い出せた。
「お久しぶりです。柏原さん。」
久しぶりに出会う柏原はアカウント登録をしたようで、所有スキルに短剣 1が追加されていた。
「アバター登録していないんですか?」
「アバター?」
ケイの質問に?を顔色で表す柏原。聞けば本名そのまんま、キャラメイクも実物そっくりに作ったためアバターにしようがリアルキャラでログインしようが変わらないようだ。
「そ、そうですか。でも柏原さん美人ですもんね。そのまんまで十分ですね。」
何を言うべきか分からず、適当に口走ったケイであったが、呪いに加えて褒め言葉は禁物であった。
「あ、あの…アカネ…とお呼び下さい。」
「は、はい…アカネ…さん。じゃあ、俺のことはケイで。」
「は、はい…ケイ…さん。」
2人して顔を赤くしてもじもじと街の真ん中で立っている所にちょうどログインしてくる男。
「うわっ、ケイか!おはよう。…ん?」
守であった。すぐに守はアカネに気付き、手を取ろうとにじり寄る。そんな守に恐怖したのかケイの背後に隠れるように移動するアカネ。
「くっ…呪いか…呪いなのか!」
守の気持ちが痛いほど分かる。男ならその気持ちは良く分かる。
「あ、ああ…その通り…。」
ケイは引きつった笑顔を浮かべるだけで精一杯であった。
そこに竪倉もログインして来た。
「あっ、おはようケイ。支店長説得してくれてありがとう!私も冒険係になれて、もうシュヴァ・マギにログインしていいって言われちゃって、ほんとラッキー!」
ハートマークのつきそうな声色で擦り寄ってくるシルヴァ。ログインと同時にすぐにアバターに変身したのだろう。美女に擦り寄られるケイにあからさまに不満顔の守。
事情の説明にしばらくの時間を要した。
「守、今日は大学は?」
「あー、テスト終わって春休み。来年から4年だから大して講義もないし、シュヴァ・マギの冒険できる会社を探してるとこ。」
まさか…うちに来ないよな、と恐怖するケイであったが
「おおー、それは丁度いい。北大生?優秀なんでしょ。サトウは?今日からケイがサトウ札幌支店の冒険係の係長なんだよ!」
あっさりとシルヴァがネタバレしてしまった。
「おおっ、まじっすか!ケイ!いや、ケイ係長!是非よろしくおなしゃーっす!」
ケイ係長!思わず鼻の下が伸び放題になるケイであった。しかしよく考えるとシュヴァ・マギの探索が職業として認められているということは、現役の冒険者はシュヴァ・マギにログインしている訳だから職探しにシュヴァ・マギにログインするのは有効な就職活動という訳だったか。守め、何も考えていない訳ではないな…?
「優秀な冒険者はヘッドハンティングとか本気で今後掛かりそうだね…。」
「くびかり!?こわいー!」
ベルが変なまぜっ返しをして来たが、ケイにしても冒険者として鍛え上げる事が今後の自分の立場の改善に有効であろう、という事は容易に想像がついた。
「サトウ札幌支店…?あ、あの私、サトウ横浜支店なんです。」
「えっ、あなたもサトウさん。」
「そうです私もサトウさん。」
どこにも佐藤さんはいないのだが、サトウの人だらけであった。アカネはというと、横浜支店もVRテーマパークが近い立地のため冒険係が創設されるらしく、その開設準備局という位置づけでシュヴァ・マギを仕事で探索することになったらしい。
「同じ支店同士、連絡も密にできていいね。お互い頑張ろう。」
『はーい』
という事で立場的には係長のケイがリーダーなのだけれどもレベル的にはシルヴァが一番上でリーダーということになった。
「それじゃあ、初心者ダンジョンでレアモブゲットしてレアドロップ掘りに行きましょう!」
威勢良くシルヴァの掛け声と共に5人が進んで行くのだった。
しかしシュヴァ・マギが職業冒険者を生み出してわずか数日なのだが、ダンジョン内は混雑がすでに始まっていた。1階はソロの冒険者で溢れ、2階も同様だ。これではレアモブなど期待できない。5人は4階で狩りを始めた。いきなりレベル1のアカネが行くにはハードルは高いのだが、ケイのタンカー性能とシルヴァの攻撃力があれば4階のモンスターを複数相手取っても力負けは起こらない。
4階まで行くと流石にソロの冒険者ではそれなりの力量を要求されるため、モンスターのポップに出会えるようになる。
テストだったのかサボり気味だった守も2レベルアップ、レベル1だったアカネは午前中だけでレベル4になっていた。
そろそろ昼食時となり、5階への階段前のボスエリアだけ探索して帰還しようと予定した際、運良くポップしたボス、つまりウェアウルフに出会ったのだった。レベル、スキルは前回と同様だ。
「よし、任せて。」
ケイが自信たっぷりにラウンドシールドを前面に押し出して進む。ウェアウルフは咆哮し、ケイに向けて鋭い爪を突き立てようとする。前回の戦いで攻撃パターンを少し掴んでいたケイは高い盾スキルを用いて右へ左へと変幻自在の爪の攻撃をうまくいなす。後ろから飛んで来たクロスボウの矢をウェアウルフがスウェーで躱した瞬間を狙い、
「ダークネス」
またまたこっそりとウェアウルフの視界を奪い、ウェアウルフをミスリルソードの柄で殴りつつ
「格闘 5 奪取に成功しました。」
今度は一発成功だ。そのまま回避も狙う。
「回避 5 奪取に失敗しました。」
「回避 5 奪取に失敗しました。」
「回避 5 奪取に失敗しました。」
「回避 5 奪取に成功しました。」
よし、ケイは満足してウェアウルフをミスリルソードで滅多斬りにする。視界も回避スキルも失ったウェアウルフに対してその全てが有効打となる。程なくウェアウルフが倒れ、また素材として牙 2 爪 10を手に入れた。
「うーん、なんか弱かったわね。でもレアドロップもあるからいいわね。」
レアドロップは杖だった。
「名前は…なんだ?聞いたことない。ワンド・オブ・セイブ。」
「ちょっとwikiで調べてみるか。えっと…おっ、?凄いんじゃないか。必要消費マジックポイント2減る杖らしい。ハイレアだ。」
守がテキパキと調べる。
「うーん、魔法を使えるのは私だけ?だけど、私は弓の方が合ってるからなぁ。」
シルヴァが残念そうに言うが、アカネが恐る恐る手を挙げる。
「あ、あの、私、魔法が使えます。」
『えっ!?』
アカネの台詞に一同驚きの声をあげる。
「会社の方が拾った土魔法の指輪だったんですが、開設準備局に就任した時にがんばれって、もらったんです。MPがなくて使えなかったんですが…。」
その情報はケイは知らなかった。アカネに魔法スキルは模倣で現れなかった。つまり、リングなどの後付けのスキルは模倣スキルで看破できないという事だ。
つまり、模倣スキルでケイを見ればケイが窃盗・模倣スキルを持っていることがすぐにバレる。いや、むしろプロの冒険者になるのならば窃盗、模倣スキルを持っていると公言した方が良いか?だめだ。入手方法について明確に答えられない。チートだと言われると困る。いや、実際チート同様なのだが。
模倣スキル持ちには気をつけた方が良い。掲示板で模倣スキル持ちを調べて注意するようにせねば…。とも思ったが、模倣スキルを有するアイテムを持つチーム全体が警戒の対象、か…。ハードルが上がった。
「土魔法…相性いいわね。アース・プロテクションがMP 2じゃなかったかしら。その杖を使えば防御魔法を使い放題になるわ。アカネに杖をあげるのでいいかしら、ハイレアだけれどニッチだからそこまで高い杖でもないと思うし。」
ケイの頭の中の焦燥は別にして、その件に関しては一同、特にシルヴァの案に不満な者はなかった。
「あ、じゃあ私今レベル上がったので杖スキル振りますね。」
そしてアカネはレベル5にして強力な土魔法使いとなったのだった。
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