童話世界の白雪姫は近頃リンゴがお嫌いのようです
色々な童話の住人たちが暮らす世界。その世界の住人たちは神さまに自由に暮らすことと引き換えに一年に一度それぞれの物語を再現することを約束させられています。
しかし、近頃白雪姫はリンゴを見るのも嫌になったそうで────
ここは童話の世界の住人たちが暮らす世界、メルヘンでファンタジックなあらゆる童話の住人たちが暮らす世界です。
彼らは年に一度、それぞれの物語を再現するとき以外は色々な童話の住人たちが交流する街で過ごしています。
そしてここはそんな街にある、とあるバーの一角。そこで狼2人、いえ2匹でしょうか? が飲み交わしていました。
「かぁ〜〜〜〜〜っ、やってらんねーよもう」
「どうしたどうした、赤ずきんの」
「昔はよぉ〜、ただ赤ずきんをムシャムシャってやって終わりだったのにさぁ〜。今じゃ丸呑みした後、猟師にバーンてされてお腹裂かれるんだぜ?」
「それこの前も言ってたじゃねーか。俺の場合は裂かれたお腹に石詰められて川にドボーンだぞ? いい加減諦めろって」
「そうだけどさー、7匹の」
「お前だって昔はただ赤ずきんが喰われて終わりなんて救いがないって言ってたじゃないの」
「それでも役まわりがしんどいと愚痴りたくなるもんじゃない?」
「けど問題なく再現が終わるだけマシだろう? 聞いた話だとあの白雪姫がリンゴ嫌いになったそうでさ、今年の再現がうまく進んでないんだとよ」
「マジかよ。……まあ何度も毒リンゴかじってぶっ倒れるのは辛いんだろうなぁ。糸車の針のせいで先端恐怖症になった娘だっているしなぁ」
「ああ、あの娘。何でも、尖ったものに触れるだけで倒れるらしいな」
「不憫だねぇ」
「全くだ。どうして神さまは俺たちにこんなことをさせるのか……」
こうしてこのあとも2匹は語り合いながら夜は更けていきました。
◯◆◯◆◯◆◯◆◯
ところ変わってここは白雪姫の世界、7人の小人が住む森の小屋。
「いやよ、もう私はリンゴを見たくもないわ」
「そうは言ってもね、白雪姫。君がリンゴを食べくれないと物語が進まないんだよ」
白雪姫と呼ばれた美少女は静かに拒絶を告げます。そんな白雪姫に声をかけているのは絶世の美青年と言ってもいい煌びやかな格好の青年、隣国の王子です。
しかし……
「あなたはホント顔だけね! 私の気持ちを少しも考えてくれない!」
「だぁーーーっ、何なんだよっ!? お前1人のせいで再現が止まっちゃってんの! どれだけ迷惑かけていると思ってんだ!」
「ほら、化けの皮が剥がれた! あなたにはほとほと愛想が尽きたわ」
「そりゃコッチの台詞だ」
「「ふん!」」
解決するどころか、物語で結ばれる2人の仲違いまで起こってしまいました。
それを見ていた7人の小人たちは、もうどうすればいいのかと困り果てています。
そのとき1人の小人が言いました。
「もう別にリンゴじゃなくてもいいんじゃない?」
「えぇー」
別の小人が否定を示します。
「だって僕たちだって山賊だったり殺し屋だったりしたんだよ? 死因がリンゴじゃなくたっていいはずさ」
これまた別の小人が反論します。
「それを決めるのは下の世界の人たちじゃないか」
「僕たちが勝手に変えたらダメだよ」
「もう白雪姫といったらリンゴってくらいにイメージが固まっているじゃないか、待ってても変わらないよ」
「そーだよ、今年なんとかしても来年、再来年はどうするのさ」
「そーだ、そーだ」
「そもそも神さまが再現をしないと僕たちの自由意志を封じてしまうとか言うのが悪いんだ」
「そーだそーだ」
意見を交わす小人たち。しかし、なんだか不穏な流れになってきました。このままでは小人たちは神さまにボイコットしに行きそうです。
「お待ちなさい」
そこに、凛とした威厳を感じる女性の声がかけられました。
小人たちが声のした方を見ると、白雪姫とはまた別の美しさを持つ妙齢の女性がいました。白雪姫を殺そうとする継母の王妃さまです。白雪姫の説得が難航しているので老婆の変身を解いていました。
その継母の王妃さまは小人たちに諭すように語りかけます。
「神さまはね、私たちに自分たちの本質を忘れて欲しくないのです。私たちはたくさんの人たちに何度も読まれ、語られたりしているうちに意思が宿り、今では自由に動けるようになりました。
それは、私たちが何度も何度も読まれているだけじゃなくて読む人たち、聞いてもらう人たちのために何度も何度もアレンジされてきたからです。
けれど、あまりに逸脱してはそれは私たちではなくなってしまいます。だから神さまは私たちが自分たちが何なのかを忘れないようにこうして再現させるのです」
「でも、でも、それじゃあ白雪姫が不憫だよ。僕たちは本当に死ぬことはないけれど、実際に死ぬ思いはしているんだ。何度も何度も急に意識が遠のいて倒れるのは怖いんだ」
しかし、小人たちはそれでも納得できません。
けれど王妃さまはそれをわかっていたのか、微笑みながらこう言いました。
「大丈夫よ。あのね、私たちが毎年いつもいつも同じことを繰り返しているのはそのお話が単純で、同じ内容ならみんなが簡単だからなの。いつの間にかコレじゃないとダメだと思っているみたいだけれど、本当は白雪姫でさえあればどのお話を再現してもいいのよ?」
「え?」
「でも、私たちがつくるのはダメ。私たちを読んでくれる、語ってくれる人たちがつくったお話」
「うーん、でもリンゴが出ない白雪姫のお話なんてあるのかなぁ」
先ほど小人たちは白雪姫といえばリンゴだと思われているという話しをしていました。
すると王妃はうふふと笑うと、面白そうに言います。
「それがね、今『もし、白雪姫がリンゴが嫌いだったら』なんてお話を考えるお祭りをしている人たちがいるの。きっとその人たちなら素敵なお話をつくってくれるわ。
神さまには私から少し待ってくれるように頼んでおきますから、みんなで白雪姫がリンゴを食べなくてもいいお話を探しましょう」
その話を聞いて小人たちは喜びました。早速ケンカしている白雪姫と王子の元へと向かいます。
きっと彼らの探しているようなお話が見つかることでしょう。何故ならそのお祭りにはたくさんの人たちが参加して、みんながめいいっぱいに楽しんでいるのですから。
〜おまけ〜
童話の世界、とあるバー。その一角。
「かぁ〜〜、なんでマッチ売りの少女が私のアイデンティティを付けてるのよっ!」
真っ赤なずきんをかぶった少女がミルクを片手に盛大に愚痴を言っていました。
「いやいや、それはそれだけ女の子といえば赤ずきんをイメージする人たちが多いってことじゃないか。だからここは、ね、先輩としての寛容さを見せようよ」
「あなたが、寛容さを説く? 物語に救いがないとか言いながら私を容赦なく食い散らかしたあなたが?」
その愚痴を聞いていたのは狼です。
「いや、それ俺じゃないから。俺7匹の子ヤギの狼だから」
しかも7匹の子ヤギの方の狼でした。
「え、貴方たち兼業してるんじゃないの? ほら、桃太郎の家来の犬が花咲じいさんにでてたり、猿がさるかに合戦に出てたりしてるじゃない」
「それは下の世界のテレビコマーシャルだから! ちゃんと花咲じいさんの犬も、さるかに合戦の猿も別にいるから! あんた、さっきまでマッチ売りの少女が赤ずきんと同一人物説に怒ってただろ!?」
「はぁ? 私とあんたたちのようなモブを一緒にしないでくれない?」
「あんた、ミルク飲むまでそんな性格じゃなかったよね!? 酔ったの? 酔ったの? ただのミルクで酔っちゃったの!?」
「うるさいわよっ! イメージを壊さないためのミルクに決まってるじゃない。中はお酒に決まってるでしょ? そんなこともわからないの、これだから狼は────」
「酔って愚痴っている段階で意味ないだろ!? もうやだぁ……」
後日、狼は用事があるからと赤ずきんの相手を自分に頼んだ友人の家に殴り込みをかけたとか、かけなかったとか……