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05

 魔術師の仕事は、ミオにとってはそう難しい事ではない。もともと素養が高かったようで、魔術を教わり始めたころからどんな術も大して苦労無く覚える事が出来た。難しかったことと言えば、長ったらしい聖言や植物の名前を覚える事くらいだろうか。座学はそれなりに苦労したが、実技は子供が新しい事を覚えるように次々と扱えるようになっていった。

 そして現在。街に三人いる魔術師の一角として、独り立ちをして森で暮らしている。ミオの歳からすると、魔術師としては破格の早さで独り立ちしたと言えるだろう。この街の魔術師としか会った事はないから、自分の実力が世間一般からしてどれほどかは図りかねるが、それでも街の魔術師二人からは十二分な能力を持つとお墨付を貰えているので、覚えの早さだけでなく能力の質もそれなりに良い方なのだろうと自覚していた。

 この街に住む魔術師二人はミオと違って市街地に住んでいる。一人は老婆、森に分け入り木の実や薬草を摘む作業に苦労するような歳だが、代わりに腕のいい産婆として街では引っ張りだこだ。もう一人は中年の男、天候や大地の気脈を読む事に長けていて、魔道具作りも得意。彼には魔術でしか解決できない厄介事が日夜持ち込まれている。ミオはもともと森の小屋に住んでいた事もあり、二人は街で出来る事を、ミオは森で出来る事をと自然に分担がされるようになった。




「犬、私外に行ってくるから」


 薪割りをする為の切り株に腰掛けて、鉈の錆落としをしていた犬に一声かける。犬は勝手に好きな事をするようになったが、同時にミオの行方と動向を気にするようにもなっていた。危険な所へはついてくるし、己に出来る事ならなんでもミオの代わりにやってしまおうとする。自分なりに奴隷っぽくしようとしているみたいだった。ちなみに最近はもっぱら犬が飯の支度をしている。ミオは家事能力で負けたみたいで悔しかったが、如何せん犬の飯はうまかった。


「どこへだ」

「森の西へ」

「岩場のあたりか」

「そうそのへん」

「俺も行く、少し待て」


 広げていた道具を手早く片付けると、先程まで手入れしていた鉈をむき身でベルトに下げる。小さくたたんだ麻袋をこれまたベルトにくくり付けて準備は完了だ。これはあれだ、また何かいい獲物があれば持って帰る気だ。


「岩場には何も居ないと思うけどなあ……」

「その道すがらいくつか罠を仕掛けてある。何かかかってたら持って帰らないといかんだろ」

「ああ……既に仕掛けてるの」


 自分一人用の冬の蓄えは既に準備してあったが、もう一人分は買って賄えばいいと思っていた。しかしこの調子でいけば、買うどころか売りに回せるほどの蓄えまで作ってくれそうだ。




 西の岩場には、人の背丈よりも大きい岩がごろごろと転がっている。川の近くでもないのに、巨大な岩が大木の間に転がっているのは不思議な光景だが、そんな光景がミオは嫌いでなかった。なんだかクッキーを食べて縮んでしまった少女になったみたく感じられておもしろい。日が落ちてくると、岩陰から誰かが現れそうで少し怖いが、そのどきどきすらも平凡な日常へのちょっとしたスパイスだ。


「わたし暫くこのあたりにいるから」

「分かった。俺も周辺を見て回っているから、遠くに行くときは声をかけてくれ」

「うん」


 そう言って犬と分かれると、ミオは岩の割れ目から生えている花をむしり始めた。乾燥させて、冬の間にポプリに加工するのだ。どうせ最終的には布でくるむのだから多少傷ついても構いやしないと、豪快に引きちぎっては手かごに放り込む。岩と岩の間を縫うように歩きながら、花が咲いていればむしり、薬効のある草を見つければちぎり、おやつになりそうな果実があれば口にする。


 ひときわ鮮やかな薄紅色をした花が目に入ったので、それも迷わず摘み取った。八枚の花弁が円を描いた、女性らしくはなやかな花だ。この花を髪にさして、しなを作ってみれば、自分も年頃の娘のように見えるだろうか?自分の今の姿は、機能性を重視した生成りのシャツにズボン、真っ黒なローブ。そして目の前に垂れるこれまた真っ黒な髪。犬のように瞳の色だけでも鮮やかだったらいいのに、自分の瞳は没個性的なこげ茶だ。首から魔石を下げてはいるけれど、石に紐を巻いただけの実用性重視な無骨な品なので、とても装飾品とは言えない。こんなではとてもじゃないが、誰も愛を乞うてはくれないだろう。まあそもそも、こんな森でおしゃれをしたって仕方が無いのだが。

 遠くでキャーアキャーアと鹿の鳴き声が聞こえる。今は発情期の終わり時期だから、牡鹿同士が最後の喧嘩をしているのだろう。獣ですら愛を乞うて争っているというのに、自分は獣以下か。まあいいさ、どうせ誰かと恋愛したいなんて思っていないし、今は犬の世話で手一杯だ。一人暮らしはすこし寂しくて、恋人でも居ればいいなと思う事もあったが、ペットが居るとそれほど寂しくはない。


 なんだかくさくさしてしまった気分のままため息をひとつ吐き、かごに花を投げ入れた。次に町に出たときは、久しぶりに装飾品でも見に行ってみようか?いや、だがそれより先に犬の冬服を用意してやらないといけないか。今は小屋に残っていた前居住者の服を着せていて、かろうじてサイズは合ってはいるが、これから先犬の体つきが元通りになったらとても着られなくなるだろう。それに服だけではなくて、雑貨類もそろえなければ。ああ、次はいつ町に行こう。


 そうやって先々のことを考えながらぶらぶらと歩いているうちに、いつの間にか岩場周辺をひと回りしてしまっていた。まだ日は高いけれど、この足で場所を移してまた違う物を採取しに行ってもいいし、小屋に戻って摘んだ物の選別をしてもいい。犬はどこで何をしているんだろう。彼が行きたい所が有るなら付き合ってやるのだが。とりあえずはまず合流だ。

 そう思った矢先。岩と岩との隙間の先を、誰かが横切る影が見えた。多分犬だ。


「おーい、犬!こっちだよお」


 返答がない。影を駆け足で追いかけながらも呼び掛け続けるが、聞こえているのかいないのか。岩と木々のせいで視界が悪く、どこにいるのかがちゃんと見通せない。追いつけないのなら回り込もうと、人一人の幅しか無い岩の隙間に駆け込んだ。細道を抜け、巨岩の角を勢い良く曲がると、そこには追いかけていた影が。


「犬!お前人の声聞こえて……」


 眼前に現れたもの。人ではなく、驚くほどに雄々しい生き物。

 ミオの肩ほどまでもある背丈に、そこからさらに天を指して伸びる二対の角。荒々しく地面を掻く蹄。そして真っすぐこちらを射抜く黒々しい瞳。


 そう、それは。




 見事なまでに立派な体躯をした、牡鹿。




「しッ!?」


 ミオは駆けた勢いを殺しきれずたたらを踏む。牡鹿は興奮しているのか、狭い岩場の空間をあちこち飛び跳ねた。手かごの中の花がこぼれ落ちるのを構う余裕も無く、ただよろけながら後ずさる。


 こんな時どうすればいい!?魔術!?どういう魔術を使えばいい!?

 魔術を使う時は冷静な思考でなければいけない。いくら優秀な魔術師であるといっても、こんな状況でとっさに効果的な術が使えるほどミオは場慣れしていなかった。

 牡鹿は地面を蹴り上げる。壁のようにそそり立つ岩を足場に飛び越えるつもりなのか、ミオの左側の岩壁に向かって飛び上がった。ミオは思わず腕で顔を庇う。距離が、近い!



 瞬間、頭蓋に走る衝撃。


 鹿の後ろ足が、ミオの頭を蹴っていた。



「ッア゛!」


 眼前が白く明滅し、ぐわんぐわんと世界が回る。蹴られた衝撃のまま地面に倒れ伏した。

 起き上がって、自分の頭がどうなっているのか確認したいのに、体が動かせない。魔術を使って治す?まじゅつ、まじゅつ、どうすればいい、わからない、うまく思考できない。顔面を生暖かい物が伝っている感触がするのに、それが何なのかすらわからなかった。

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