表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

04

 それから、犬は時々言葉を発するようになった。自分から何かを訴えかけるようなことはないけれど、ミオが料理の味だとか、体調だとかについて問いかけると「うまい」だとか「ああ」といった簡素な返答が返ってくる。良い兆候だった。

また、犬はミオがする仕事を手伝うようにもなった。床に広げた敷物の上に薬草を並べて大きさや鮮度ごとに選別していると、犬はミオの隣に座り込んで見様見真似で同じように選別を手伝い、外に魔石探しに出れば後ろを付いて歩いてそれっぽい石を拾う。そのほとんどはミオが選別し直したり、口を出してやり直させるかしないといけないようなありさまだったので、犬はミオが普段している仕事には役に立たない事がよくわかった。

けれど、意外に立ったこともある。いつも後ろを付いて回っているかと思えば、そのうち自分で勝手にその辺を歩き回るようになり、気付けば薪が割られているし、裏手の畑を囲む柵が補修されていた。ミオが面倒くさがって放ったままにしていたり、仕方なしに魔術でやってしまうことを、犬はいつの間にかやってくれていた。

ミオが犬を買ってから、およそ二ヶ月。そうやって動き回るうちに、犬は骸骨状態からちょっと痩せ気味の男性にまで回復していた。




「……これ、獲って来た」

「う、うさぎ」


 そう言って犬が差し出したのは肉の塊だった。サイズと形状からかろうじてうさぎと分かったが、皮が剥がれて頭も落とされたそれはまさに肉の塊。犬は「獲って来た」と言ったけれど、こんな肉のかたまりが森の中でびちびちと跳ねているわけが無い、一体どこから持って来たんだ。


「ま、まって、それどこから持ってきたの」

「森で……」

「いや、だってそれ、お店で売ってる状態でしょ!」

「納屋にあったナイフを借りた、すまない」


 納屋に放置していたナイフを見つけた犬は、これまた放置されていたロープを使って森の中に罠をしかけ、かかった兎を小川で血抜きし、ミオが気付かぬうちに納屋で熟成させていたという。なんという隠れ技だ。


「えっと……そう……でも私、うさぎなんて料理した事ない……」

「俺がやる」


 激しく不安だったが、うさぎを捌いて調理する自信はなかったので犬に任せてみることにした。台所に立つ背の高い男。いかにも不釣り合いである。犬は早速調理を始めようとしていたが、ミオは一旦家の外へ連れ出した。


「お前、その髪のまま料理なんかしたら不潔だよ」

「……」

「今から切る」

「……!?」


 犬の髪は肩甲骨に届きそうなほど伸びていて、しかも手入れをしていないからぼさぼさとしている。ひげはそんなに濃くないようであまり気にならなかったが、髪はいい加減切らないといけないタイミングだろう。嫌そうにする犬をご主人様権限で押さえつけ、無理矢理肩にボロ布を巻いた。じゃきん、じゃきん。遠慮なく髪に鋏を入れる度、犬はびびって肩を震わせる。


「あっ」

「……!?」

「まだ大丈夫、うん」


 じゃきん、じゃきん。男はロン毛よりもちょっと短めくらいの方が格好いいのだ。だから問題ない。大丈夫大丈夫、ほんとだよ。


「よし、できた。うーん……うん」


 まあ出来映えには何も言うまいよ。犬は既に無我の境地に至っていた。




 その夜犬が作った料理は、うさぎ肉と畑で取れた野菜の煮込みだった。食器棚の中の食料庫を見せて中の物好きに使っていいよと言うと、やはり物珍しかったのだろう、何度も開け閉めしてひんやりとした空気を確認していた。冬の間は必要ないけれど、春が来たら納屋にも同じものを作ってやろう、きっとこれからも狩りをするだろうから。

 犬はミオよりも手際良く調理をし、普段ミオが使うよりも多くの種類のスパイスを使って料理を作り上げた。


「お、おいし……なんで、こんな料理上手なの」

「……昔、よく狩りをして料理していた」

「そうなの。すごいね」


 そういえば犬が自分のことを話すのはこれが初めてだなあ、と思いつつ、肉をほおばる。もぐもぐ、おいしい。

 お互い黙って目の前の物を咀嚼する事に集中していると、皿が半分ほど空いた頃犬が口を開いた。


「お前、いや、あー……あなた、ご主人様、は」

「ミオでいいよ」

「いやしかし」

「今更でしょ」

「……ミオ、は。どうして俺を買った。どうして俺を、こんな風に扱う」


 どうして、か。そう聞かれると困る。自分でもよくわからないからだ。


「うーん……そうだな……犬が、欲しかったからかなあ。私はお前を犬だと思ってるし、だから犬を飼うように扱ってる」

「犬が、欲しかった」

「そう」

「そうか……犬が……はは、そうか!」


 犬はくつくつと声を抑えるように笑った。笑う犬を見たのも初めてだ、今日は色んな犬が見られる日だ。


「俺は、奴隷だ。罪を犯し見せしめに奴隷に落とされた罪人だ。けれど、ご主人様が俺を買い、飼うというなら、俺はお前の忠実な犬になる。命を救われたからには、命で返す。どうか俺を犬としてここに置いてくれ」

「律儀なんだね、犬。いいよ、もとからそのつもりだもの」

「感謝する、ご主人様」

「ミオだって」

「……ミオ」

「うん。でも私が鞭打ったり、納屋で寝ろと言ったりしたらどうするの」

「するのか?」

「しないよ、多分」


 前科があることは黙っておく。棍棒を取り出す機会はきっと今後ないだろうし。


「多分か。まあいい……冬でなければ、外で寝るのも慣れている」


 それは奴隷時代を思っての自虐なのだろうか?それともそういう過去が?よくわからないけど、まあいい。過去を詮索して全て語らせようとは思っていない。ミオが根掘り葉掘り聞き出さないように、犬もミオの事には深く触れて来ない。その距離感が好ましかった。


「……そうだ、ミオ。実はまだ納屋にキジが吊るしてある」

「き、キジ」

「それも俺が調理しようか」

「い、いや!鳥なら!鳥なら大丈夫、たぶん!」


 この日を境に、犬は無気力な犬からよく喋り働く犬に変わったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ