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「ガリ、くろ、ほねおり、ひと、うーん……ぽち、たま……たまは無いな……いぬ……犬か……」


 奴隷の身体を濡れ布巾で拭いてやりながらぶつぶつと呟く。ミオが考えているのは、この奴隷の名前であった。

 この男本来の名前を呼んでやろうと思ったのだが、本人はろくに反応を返さないし、奴隷売りのおやじも「奴隷は番号で呼ぶから名前はわからない」としか言わなかった。じゃあ役所に出した書類はどうしたんだと思わなくもないけれど、まあ無いなら無いでいいかと深く考える事も無い。


「うーん、犬でいいか」


 そう、何を隠そうほんとうは犬が欲しかったのだ。森の動物を狩って自分で腹を満たし、番犬の役割も果たし、放し飼いにしてもちゃんと家に帰ってくるような賢い犬が。でもまあ、人間も悪くない。風呂も飯も洗濯も教えれば自分でやるだろうし、犬みたいにうるさく吠える事も無い。今はまだその状態にないけれど、そのうち出来るようになるだろう。それに何より、家に上げても毛が落ちないのがいい。

 男は黒髪だった。太くてコシの強い髪で、少しくせ毛。今は伸ばしっぱなしになっているからマシだけれど、短くしたらあっちこっちくるくると飛び跳ねそうだ。その様相を想像すると、なんだかほんとうに犬っぽかったので、犬と呼ぶ事にした。


 犬はとても無気力だった。手足がろくに動かせないのだから致し方ないのだろうが、未だ身体を苛んでいるはずの痛みや熱にすら鈍感になっているのは良くない。ミオはまず怪我を治してやる事にした。

 怪我を治すと言っても、まずしなければいけないのが体力作りだ。日に五度、沢山の野菜と少しの肉を柔らかく煮込んだスープを、匙で潰しながら与える。自分では匙を握れてもうまく口に運べないだろうから、ミオが手ずから食わせてやった。手首と肘の中程で大きく折れ曲がった腕でも、慣れれば食事くらいできるだろうが、まあ真っすぐになるならそれに越した事は無い。食事を与えつつ、どうやって治療しようかと考える。

 犬は食事にがっつきはしなかったが、与えれば与えるだけ食べた。


 五日も過ぎれば、がりがりにこけた頬もいくばくか肉が付き、無気力で寝てばかりだった犬も時折身体の痛みに顔をしかめるようになった。そろそろ手足の治療を始めてもいいだろう。

 犬の身体は、よくこれで生きていたなと思うほどの有様だった。いっとう酷かったのが、両の手足。手首と肘の間、足首と膝の間で折られた骨はいずれも変な方向を向いて癒着を始めている。どう考えても人為的に折られた怪我だ。完全に治り切っていないせいでいつも発熱していて、とくに患部は真っ赤に腫れていた。それに、体中に殴打と切り傷の痕がある。今でこそ痩せているが、これだけの大怪我に耐えたという事は、以前はそうとう身体を鍛えていたのだろう。背も高いし、顔も精悍な感じだ。まあ今は骸骨顔だが。


「犬、これからあなたの手足の治療をするからね」


 聞いているのかいないのかは分からないけれど、とりあえず声をかけておく。まずは一番腫れのひどい左足からだ。

 犬の背後からから身体に腕を回して、ベッドから床へ、ふうふういいながら引きずり出す。痩せてもなお私よりも体重が重い。犬をベッドにもたれさせるように座らせると、左足を伸ばさせた。ズボンを膝上まで捲り上げて患部をさらすと、あまりに雑に扱うから痛かったようで犬がうめき声を上げた。ごめん。

 さて、ここからが大変だ。ミオは壁に立てかけてあった木の棒を手に取る。丸太と呼ぶには細いけれど、枝と呼ぶには太めな、長めの棍棒のような棒だ。昨日のうちに森で拾っておいた。

 ミオはついと棒を振り上げると、犬の足めがけて力一杯振り下ろした。


ごぼん


「ぎ」


ごぼん


「がっ」


ごぼんごぼんごぼん



「ぎっ、ぎゃっ、ああああぁあぁあぁあ!!!!!!ゔぁあひっああああああひああああああああっああああああああああああ!?!??!!!!!」




 同じ場所をめがけて何度か振り下ろす。断末魔のような犬の悲鳴を聞いても手加減はしない。犬は痛みに暴れたいのだろうが、暴れられるほどの体力も無く床の上でびちびちと跳ねていた。

 振り下ろす棒の感覚で足の骨が完全にくだけたろうことを確認。拷問みたいだけれどこれが一番手っ取り早く治せるのだから、仕方が無い。ミオは床に膝をつくと、犬の折れた足を己の腿の上に抱え上げた。犬がまた叫ぶ。無視する。

 犬の足に魔力を通すと、骨が粉々に、筋はとぎれとぎれになっているのがわかった。ミオは犬の足に己の唇が触れるギリギリまで近く顔を寄せると、小さな声に魔力を乗せて吐き出した。癒しの力があると言われる聖言を繰り返し呟きながら、骨と骨がくっつき合い、正しい形状を作り上げるように想像する。


 魔術とは想像の力だ、現実を魔力で歪め、明確に想像したビジョンへと近づける術。変な方向へ曲がった骨を一度断ち切り、再度繋ぎ直すより、粉々になった骨を真っすぐに並べ直す方がより想像が容易く、かつ綺麗に治す事が出来るとミオは考えた。それ故のこの拷問じみた行いである。

 暫く唇を寄せている間に、犬は気を失っていた。

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