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贖い01

 死にかけの奴隷を買った。そう高くない買い物だった。


 その奴隷は、町の外郭に沿うように立った市場の、さらに外れのあたりで見つけた。近隣の街を回っている奴隷売りが広げる敷物の上で、ぐったりとしていた男。がりがりに痩せていて、しかも手足の骨は変な方向へ曲がっている。一度折れてろくに固定もしないまま固まってしまったのだろう、もしかしたらまだ繋がってすらいないのかもしれない。あのような様では自力で歩く事すら叶わないだろう。よく処分されずにこんな地方の街まで来れたものだ。奴隷はただ飼っているだけでも食費がかかるのだ、使い道が無くなるほどいたんで、金にならなくなれば早々に処分される。悲しいかなそれが現実。

 そんなクソの役にも立たなそうないたんだ奴隷から、私は目が離せなくなった。ぼんやりと中を見る彼の目が、とても美しい海の色だったからだ。彼の前にしゃがみ込んで瞳を覗き込む。もう少し目を見開いてくれればいいのにと思ったが、何の反応もなかった。


「おやあんた、そいつが気になるのかい」


いつのまにか奴隷売りのおやじがそばに立っていた。


「そいつはもうだめだぜ、死ぬよ」

「たしかに、そうみたい」

「おなじくらいの歳の男なら、もう二人ほどいるけどどうだい。どっちも見目は悪くないよ」

「これください」

「‥‥本気かい」


私もだれかがこの男を買おうとしていたら止めるだろう。見るからに死にそうで、みるからに役に立たなさそうで、見るからに安そうだ。よさそうなところは瞳の色くらい。


「うん、これを買う」


そうして、私は生まれて初めて金で人間を買った。ちょっといい鞄くらいの値段だった。




 奴隷の男は自力で歩けなかったので、奴隷売りのおやじに自宅まで運んでもらった。こんな粗悪品を売りつける罪悪感なのかなんなのか、おやじはいやに親切で、わざわざ家の仲間で運んでくれたけれど、部屋の中をじろじろと見てきてちょっと気味が悪かった。

  私の家は街の北に広がる森と街の境目から、少し森に入ったところにある。店の多い街の中央からは少し距離があるけれど、薬草取りに便利だからこの場所はそう悪くない。小さなボロ小屋だけど、一人で暮らすにはこのこぢんまり感がちょうど良いし、長年丁寧に手入れされてきたから、見た目ほど住み心地は悪くないのだ。

 奴隷の男は、とりあえず物置として使っている部屋に入れた。そこにはもう使っていないベッドがあったが、今はシーツも剥いで木の板がむき出しになっている。あちこち埃っぽいし、雑多に荷物が積み上がっているし、ベッドはベッドというよりも木枠と呼んだ方がいい有様だったけれど、まあ掃除は追々でいいだろう。とりあえず仕舞い込んであった布団を適当に敷いて、男を寝かせた。


「じゃあ、あとはお好きに」

「どうも」

「俺は明日にはこの街を出るから、返品はきかないよ」

「はい」

「……っと、そうだ、最後にこれにサインと血判を」


 おやじが出した書類は一見ただの契約書だが、よく見ると透明な魔力が紙の上で文様を描いている。正統な手段を用いなければ解除できない魔術契約だ。おやじが差し出したナイフで指を切り、判を押した。


「よし、これで契約完了。書類は俺が役所に出しておく。奴隷契約を解除しようと思うなら、条件を満たした状態で役所に届け出るようあの奴隷にも伝えておくんだよ、一応ちゃんと伝えるのも飼い主の義務だから」

「あとで言っておくけど、聞ける状態かな」

「まあ義務って言っても有ってないようなモンだからな、まあ適当にやっときな」

「そうする」

「じゃあ俺はこれで。まいど」


 そそくさと去って行くおやじを見送り、さっさと先程の内容を伝えようと男のいる部屋に戻った。

 奴隷は相変わらずベッドの上でぼんやりと中を見ていたが、その様相にはひとつ変化がある。薄汚れた上衣の襟元から、赤く目立つ紋様が見て取れたのだ。特に反応がないのをいい事に男の衣をはぎ取ってよく確かめると、左の胸元から鎖骨、首と肩にかけて赤い紋様が広がっている。契約を結ぶ主人の魔力の質と形によってこの紋様は変わるという。

ミオの奴隷には、赤い花びらを何枚も重ねたような紋様が浮いていた。


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