影からこんにちは。
「マサハル、ちょっと来い!」
マサハルの手を引いてミキウシから離れようとする。
「僕、まだミキウシに触ってないです。ユキさんだけずるいです」
マサハルがイヤイヤをする。
「言うこと聞かないと、メガネを壊しちゃうよ」
あのミキウス、なんか変だよ。
お願いだから言うこと聞いてよ。
ユキの剣幕に押されたのか、マサハルは渋々とミキウシから離れた。
周りに人がいないのを確かめて、マサハルに話す。
「あのミキウシ、靴に穴が開いてんの。それにカシャッて音がしてる。たぶんカメラだよ」
「はい。気付いてましたよ。だからメガネをわざと落として近くで見てやろうと」
そ、そうなの?
「ユキさんも気が付いていたから、最初は警戒して近づかなかないで観察していたんですよね?」
「あ、あたりまえじゃない。のこのこ変態に近づくようなことはしないよ」
「それにしても、あれで変装しているつもりでしょうか。スカーフの色が間違ってますよね」
驚いた。マサハルはヌケているように見えて、しっかり見ているんだ。
それに比べて、あたいはミキウシに抱きつかれて舞い上がってた。
「あいつ、変態怪人かもしれない」
「毛並みの自然さ。おそらく着ぐるみではありませんね。変身しているんだと思います」
そうか、髭マッチョと同じで変身する変態か。
目があった感覚は間違いじゃなかったんだな。
「変態怪人やっつけるぞ」
「はい!」
女の子を盗撮するなんて、絶対許さない。
「ところで、戦うにも、武器がないですよ?」
そうだった。
いつもの笛を今日は持ってきていない。
指でやるか?それとも拳か?
「武器ならありますよ。ユキネェ、マサハルさん」
この声は、近所のユタカじゃない?
あたりを見渡すが、声の主はどこにもいない。
マサハルも首を傾げている。
「ここです。ユキネェの影です」
影だと?
とりあえず、自分の影を見てみる。
太陽が正面にあったので、影は背中の方へと伸びていた。
振り返って見てみると、異様な光景だった。
ユタカの顔が地面から生えていた。
まるで草のように。
「マ、マンドラゴラ…」
マサハルが呟く。
オカルト用語かな?
前も「ケンタウルス」とか言ってたな。
あたいは一旦、気が逸れると、どんどんそっち側に進んでしまう。悪い癖だ。
でも、お陰で今の状況を冷静に判断できるようになった。
ユタカが地面、と言うよりも、あたいの影から顔を出している。
これは人間業ではない。
つまり…怪人ということか。
数日前までのあたいなら、たぶん見なかったことにして走って逃げただろう。
でも、今なら。HKBの一員になった今なら、この状況も理解はできる。
「ユタカは、、、怪人なのね?」
弟のように接していたユタカの正体が怪人だったというもは、やはりショックだ。
あたいが、怪人を人間の一部であると心から思えていないからなんだろうな。
心のどこかで「怪人って何ですか?」って返してくれるのを期待している。
「ユキネェ、黙っててごめんなさい。僕も、自分が怪人だと知ったのは最近なんだ」
ユタカも、最近まで怪人のことを知らなかったのだ。
あたいより年下で、その事実を知ったときの衝撃は大きかっただろう。
それなのに、ユタカは受け止めて、そして今、目の前で笑っているのだ。
「ユタカさん、影には入れるんですか?かっこいいなぁ」
マサハルの頭は柔軟と言うか、単純と言うか。
でも、強ばっていた気持ちはほぐれた。
「ところで、武器があるって?」
「髭マッチョ先生から預かってきました」
ユタカは階段でも上るように影から出てきた。
手には縦笛を持っていた。
「特注だそうです。像が踏んでも折れません。」
ユタカから笛を受け取る。
昔から持っていたような、手にしっとりと馴染む感覚。
所々傷が付いているが、汚れはなくピカピカに磨かれている。
誰かが大事に使っていたのかな。
「髭マッチョ先生が言ってました。これはパイルバンカーという武器だそうです。
いつでも持ち歩けるように、見た目は縦笛にしているそうです。」
そうか。つまり。。。縦笛だな。
「よっしゃ!この縦笛で突いてやるぞ!」
「おー!」