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4.違って、通って?その3

 午後の講義が終わると、青達は教室を出た。ふと、ミチルが中庭に目をやって、ある一点を指差す。


「あ、あれ」


 その声に釣られて、何人もの生徒が窓の外に視線を向ける。

 そこにあるのは、平和な一家の姿。子供を高々と掲げるジンと、それを静かに眺めるマリの姿。

 子供の笑い声が、中庭に反響している。


「変なもんだよね。人間って、心が違ったり、通ったりして、色々な形があるんだろうね」


「なんか複雑そうな家庭環境については耳にしたが……なんであの二人に子供ができたかなあ」


「わかんないよ。けど、有名だよ。五剣聖のジンとマリは、夫婦だけど不仲だって。心は違ったり、通ったりするんだよ」


 その情報は、青にとっては初耳だった。ジンの嫁も五剣聖とは、聞いてはいない。道理であの身体能力に優れた男が、腹部に鋭い一撃を食らったわけだ。


「奥さんも五剣聖ってことは、ジンさん並に強いのかな」


「先生が言うには、先生より強いらしいね」


「なんつーか、上には上がいるもんだな」


 呆れたように呟く青だった。

 その後、青は校舎の裏庭に向かうことにした。居残り授業とやらを受けるためだ。自然と、ミヤビと並ぶ形になった。

 ミヤビは、片手に木剣を持っている。刀身の部分を握って、人にぶつからないようにゆったりと歩いていた。


「居残り授業、楽しみですわね」


「……そうだな」


「貴女と私の一騎打ちになったら、ついに私達の関係に決着がつくことでしょう」


「そう、一々突っかかってくれないでくれるかな」


 ミチルが言うには、人と人とは心が違ったり通ったりするという。けれども、この女と心が通うことはないだろうと青は思う。

 この女にあるのはプライドだけだ。全てにおいてプライドを優先するこの女を、青は好きになれそうにない。


「お前は自分が特別だと思ってるみたいだけど、特別な人間なんて案外少ないもんだぜ」


「それはこっちの台詞よ、オキタアオ。貴女こそ、自分を特別だと思い込んでいる。たまたま与えられた才能で舞い上がっている、嫌な人よ」


「どういう色眼鏡かけて見ればそういう結果になるんだよ。俺は自分の才能を鼻にかけたことなんて一度もないぜ」


「男言葉を使って違った自分を演出している癖に」


 青は辟易としてしまった。この女と一緒になる剣術の居残り授業とやらを、青は好きになれそうになかった。ただ、自分には必要だとは感じていたのだが。

 そうして、裏庭に出た時のことだった。

 少女の悲鳴のような声が、青の耳に入ってきた。


「やめてください」


 ミヤビもそれを聞いたようだ。木剣の柄の部分を握って、前を歩き始めた。


「良いだろ? 俺の家系は上級剣士だぜ。付き合えば、後々得しかない。なあ、良いだろう?」


「やめてください。私は、寮に帰るんです」


 三人の男子生徒が、一人の女子生徒を囲んでいる。男子生徒達の腰には、木剣がある。剣術科の生徒なのだろう。

 女子生徒は、縋るような目で青を見ていた。


「おやめなさい!」


 叫ぶように言ったのは、ミヤビだ。両手で木剣を構えて、既に臨戦態勢に移っている。


「なんだ、お前は」


「私はやめなさい、と言っているのです」


 三人の男子生徒の目が、ミヤビに向く。その隙に、女子生徒は意を決したように駆け出した。

 それを見て、青は少し安堵する。けれども、目の前の状況は予断を許さない。ミヤビと男子生徒達は睨み合っている。一触即発の空気がそこにはあった。


「余計な手出ししやがって。代わりに、お前が相手をしてくれるのか?」


「ええ、お相手しましょう。この木剣で、丁寧にね」


 ミヤビは、余裕を崩さない。それが面白くなかったのだろう。男子生徒の一人が、木剣を腰紐から抜いた。

 そして、彼は無言で打ちかかってくる。それを、ミヤビは半身をずらしただけで回避し、男子生徒の足に自分の足を引っ掛けて転ばせていた。そして、相手の首筋に木剣を突きつける。

 やはり、ミヤビの腕は一般人の範疇で考えれば飛び抜けている。


「自分の身の程を知ってから相手を選ぶことね。ここは遊びの場ではないわ。自分を磨く場よ。軟派な気持ちで来たならば帰りなさいな」


 男子生徒は立ち上がる。その表情は、まるで今まで叱られたことがなかったかのように、真っ赤になっている。


「お前ら、全員でかかるぞ」


 その声に従い、他の男子生徒達も木剣を抜き連れる。

 ミヤビの顔に、緊張が走った。


「剣士としての矜持も捨てるってわけ」


「矜持も糞もあるか。邪魔な奴を除外するために手段なんか選んでられるかよ」


「オキタアオ!」


 ミヤビの目が、真っ直ぐに青を見つめていた。辛そうな、そんな表情だった。


「私が買った喧嘩。手出し無用よ」


 そう、ミヤビは静かに言った。

 そこからは、一方的だった。ミヤビは三人を前にする位置に移動して、相手の攻撃を時に木剣で受け、時に避ける。時には反撃を加えるが、回避しながらの一撃だ。そこには体重が乗っていない。

 対して、相手は目一杯木剣を振り回している。ミヤビは避け続けるしかない。


「やめろよ、お前ら! 女一人相手に恥ずかしくないのかよ!」


 青は、思わず叫んでいた。


「これは勝負だ!」


 男子生徒のリーダー格が、叫ぶように言う。


「勝負は本気でやらなきゃだろう?」


 嘲るような口調だった。

 青は飛びかかりたいような気分になる。けれども、その手に木剣はなかった。

 そのうち、闇雲に繰り出された剣の一撃が、ミヤビの背を襲った。ミヤビの動きが、一瞬鈍る。その顎に、的確に剣の柄が叩きこまれた。ミヤビはたまらず、蹲る。

 三人の男子生徒が、それを取り囲んだ。


「お前、フクノミヤビだな?」


「本当にフクノミヤビかよ。フクノ家と揉めるのは不味いぜ」


「そうだよ。フクノミヤビなら、相手が悪い」


 二人の男子生徒は、怖気づいたような口調になる。

 しかし、リーダー格の男子は、頓着がないようだ。


「どうせこいつは落ちこぼれだ。上級剣士は普通、町や領を遺産として相続する。舞姫科に進んだということは、こいつはそれも能わぬ落ちこぼれってことさ。剣が多少使えても、魔術が多少使えても、こいつはフクノ家の落ちこぼれだ」


 そう言って、リーダ格の男は、笑う。


「貴方達に、笑われる言われはありません……」


 ミヤビの声からは、誇りが消えてはいない。歯がゆいものを見るような気持ちで、青はそれを見ている。


「確かに私は舞姫科。遺産相続の対象から省かれた存在。けれども、磨いてきた剣と魔術の腕だけは、笑わせない……」


「笑うも何も、もうお前は俺達相続組の下位の存在なんだよ! 身の程を弁えろ!」


 そう言って、リーダー格の男子が木剣を振り上げた。

 青は、動きまわるその木剣の動きが、ゆっくりと見えていた。

 青は歩み寄って、振り上げられた木剣の刀身を握る。


「それぐらいにしておけよ」


 思いの外、低い声が出た。

 不快だった。目の前のこの少年達が。力に物を言わせて、全て自分の思うがままになると思っていそうなこの少年達が。ミヤビを踏みにじるような暴言を吐くこの少年達が。

 リーダー格の男子が、戸惑うような表情で振り返る。それはそうだ。か弱い女を相手にしていると考えていたのに、木剣を摑まれて動けなくなってしまったのだ。

 青の腕力は、元いた世界と大差がない。それが、この場面で吉と出た。


 青は剣を握る手に力を込める。心臓の位置にある門に、空気を送り込み、それを腕から放つような気持ちで。

 手から炎が出て、青が握っている木剣が燃えた。その頭上に現れたのは、巨大な炎の竜だ。それは一飲で人など軽々と焼きつくしてしまうだろう。

 初めて、男子達の表情に恐怖が浮かんだ。


「舞姫科の生徒は魔術も学ぶ。それを考えて行動するんだな」


 青の口から出る声は、やはり低い。


「こいつ、これだけの魔術を、準備時間もなしに……」


「なんだよ、化物かよ……」


 竜は青の頭上で体をうねらせている。その目と、一人の男子生徒の目が、あった。


「ひっ」


 男子生徒は、我に返ったように、その場から駆けて逃げ出した。

 二人の男子生徒も、それに続いて、木剣を放り出して逃げて行った。

 後には、青とミヤビが残る。青は、安堵した気持ちで、炎の魔術を解いた。ここまで完全に炎を制御できたのは初めてだった。炎の壁すら作れない青が、複雑な竜の形を構築し、維持できたのだ。まぐれとはいえ、大きな前進と言えるだろう。


 青は、項垂れているミヤビの傍に、しゃがみこんだ。

 その時、青は額に雨の一滴が落ちるのを感じていた。雨はぼんやりとしているうちに徐々に強まり、周囲に降り注ぎ始めた。


「……同情、しないで」


 ミヤビが、呟くように言った。その髪は濡れて、水が滴っている。


「しねえよ」


 青は、溜息混じりに言った。


「私は確かに遺産相続から外された。けれども、剣術の腕にも魔術の腕にも誇りを持っている」


「わかったよ」


「私が負けてさぞ滑稽でしょうね」


「笑わねえよ」


「いえ、滑稽でしょう」


 悔しげに、ミヤビは俯いた。今一番惨めなのは、逃げ出した男子生徒達ではない。ミヤビ自身だ。

 けれども、青は思っていたのだ。剣を振るうミヤビの姿が、綺麗だとすら。


「俺は、努力する奴は嫌いじゃない」


 青は、呟くように言っていた。思ったままのことを、思ったままの言葉で。


「お前はきっと、領地を相続するために、凄い努力したんだと思う。だから、剣術も、魔術も、舞姫科でトップクラスなんだと思う。そんな奴を、俺は笑わねえよ。笑えねえよ」


 ミヤビは、俯いている。


「俺が魔術を使えるのは確かに天賦の才能だ。努力したお前には、面白くないと思う。けれども、反射神経は鍛えて身につけた後天的な才能だ。だから、剣術の居残り授業に参加するのは許してくれよな」


 ミヤビは、俯いたまま、反応しない。

 しかし、そのうち顔を上げて、苦笑した。


「貴女、濡れてるわ。凄く情けない顔」


 もう髪の毛は濡れて、顔に張り付いてしまっていた。しかしそれは、ミヤビも一緒だ。


「ミヤビだって、一緒だ」


 二人は、笑った。

 違っていた心が通うのを、青は感じていた。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「巨大な竜の炎を準備時間もなしに召喚した女の子がいる。彼女に脅された、との報告がありま~す」


 リッカが物憂げな表情で、青を見ている。学長室だ。


「けれども一方で、三人の男子生徒が一人の女子生徒に襲いかかった、との報告がありま~す」


 リッカは手を組んで、その上に顎を置いている。その眼鏡が、日光を浴びて輝いて見える。


「さて、私はどんな処分をするでしょう~?」


「放校処分は勘弁して欲しいですね」


 青は小さくなって、そう言うしかなかった。

 人前で魔術を使う時には加減をしろと今まで何度も言われてきたのだ。今回の青は、それを無視した形となる。


「あら、その覚悟はあるんだ~」


 リッカは意外そうな表情となる。


「級友を助けるためとはいえ、無茶をした自覚はあります」


「なるほど、なるほどね。じゃあ、今回の私の処分を言いましょうか」


 リッカは、人差し指を小さく振った。彼女の目の前に、球状の炎が一つ現れる。それが、もう一つ現れた炎とぶつかり合って、混ざり合った。

 何気なく行われていることだが、緻密なそのコントロールに青は舌を巻く。


「二つの報告は混じり合って曖昧な状態になりました。男子生徒は幻覚を見た、ということにしておきましょう。その精神状態では、お帰り願うしかないかもしれないわね。家の後継者としては危うい存在となるでしょうね~」


「……もみ消して頂けるということでしょうか?」


 炎が、消えた。


「不服~?」


「いえ、幸いです」


「でしょう。実はね、私も今回の件では頭を痛めてたのよ~。それが思いの外早く片付いた。貴女は魔術を使った手落ちがある。私は対処が遅れた手落ちがある。それでお互い手打ちとしましょう」


「ありがとうございます」


 青は安堵して、頭を下げた。


「けど、二度はないと思うことね~」


 その頭上に、のんびりと、しかし威圧感のある声がのしかかってきたのだった。


「自分に不利益と思えば、私は貴女を平気で放り出す。上級剣士というのは、そういう人間じゃないとやってられないわ~」


 青は恐る恐る顔を上げる。リッカは、微笑んでいた。


「ありがとうね、ミヤビを助けてあげてくれて」


「いえ、アカデミーでまだ学べるなら、何よりですよ」


「貴女は魔術にも剣術にも触れた。これからの上達が期待できる将来有望な舞姫です。魔術にも剣術にも精進しなさい」


「はい」


「私からの用件はそれだけよ~」


 そう言って、リッカは立ち上がると窓の側を向いた。青はその背に一礼して、部屋を出た。

 部屋を出ると、ミサトとミチルが駆け寄ってきた。


「どうなった?」


「放校処分?」


「縁起でもないよ、ミサトちゃん……」


 ミチルが困ったような表情になる。ミサトは、頓着した様子もなく微笑んでいる。


「揉み消してもらえるって」


 ミチルが、安堵の溜息を吐いた。


「だから大丈夫って言ったじゃない。こんな才能のある魔術師の卵、そうはいないんだから」


「そうは言われてもね。アオちゃん喧嘩っ早いから」


「待て、今回喧嘩したのは俺じゃないって。ミヤビの奴だ」


 そもそも、前回の喧嘩の原因もミヤビにある。ミヤビが喧嘩っ早いと言われるなら納得がいくが、自分がそうだと言われると納得がいかない。


「それでも、最後にはアオちゃんが魔術を使ってたんでしょう?」


「ミチルも同じ状況なら必ず助けに入るよ」


「……私は、そんなに器用じゃないよ」


 ミチルは、苦笑した。どこか影があるような、そんな表情だった。その影に、何度も青は触れている。しかし、その正体は、未だ知れない。


「もう、アオちゃんに対して心配させられるのはこれで何度目かなあ」


「まあ、今回は上手く行ったから良しとしようよ。晩御飯でお祝いと行こう」


「ミサトちゃんはいつも気楽で羨ましい……」


「一々悩みこむミチルが問題なんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ」


「いや、俺はミサトも随分気楽な性質だと思うけどな?」


 三人は並んで歩き出す。そして、晩餐の席のことだった。沢山の生徒が、食事がのったトレーを受け取り、席についていく。そして、青がミチルとミサトと並んで座った時のことだった。

 向かいの席に、待ち受けていたようにミヤビが座った。両隣には、連れらしき女子生徒が座っている。

 しばし、沈黙が場を包んだ。


「……何か、文句あるかしら?」


 ミヤビが、珍しく気弱な表情で口を開く。


「いや、文句なんて、ないけど」


 青は、戸惑いながら口を開く。ミヤビは青を敵視していたはずだ。仲良くなるきっかけがあったとはいえ、急接近しようと思う理由がわからない。


「貴女は私のライバルだからね。ライバルのことは知っておこうと思っただけよ」


 そう淡々と言うと、彼女は、目の前のパンを上品にかじり始めた。

 そんな愁傷な態度を取られると、あれだけ憎く見えていたミヤビもなんだか可愛らしく見えた。


「あんまり知らないほうが良いと思うなあ、私は……」


 ミチルはぼやくように言う。


「ひっでえなあ、ミチルは」


「だって悪いけれど、アオちゃんは言うことが突飛なんだもの」


「確かにミチルから見れば突飛に聞こえるかもしれないけれどさ」


「聞かせて」


 ミヤビは、淡々とした口調で言う。


「私の物語は話した。だから、貴女の物語を」


 青は戸惑ってしまった。ミチルに言われて再確認したが、青の言っていることはこの世界の人間に言わせれば夢想でしかないのだ。

 それでも、ミヤビは興味深げに、青の顔を見つめている。

 ならば、この世界にやって来た時からの話を、少し誤魔化しながら話すか、と青は思う。

 それにしても、こんなに女子に囲まれていた時が青の人生であっただろうか。この女の体になってからというもの、女子と接する機会が多い。

 これがモテ期だと言うならば、神様も無駄な時期にモテ期を与えてくれたものだ。


「わかったよ、話すよ、俺の物語を」


 青は語りだした。まずは、ミチルの元に青が落下してきたシーンからだ。

 まだまだ、寝入るまでには時間がある。話は、長引きそうだった。

次週『隠し部屋での大冒険?』

普段は誰も使わない通りで、突如、見知らぬ部屋に吸い込まれてしまった青とミサト。救いを待つが、中々先生はやってこない。

そこに現れたのはいつもの面々。

集まったメンバーは隠し部屋からの脱出を試みるが、それは地下迷宮への挑戦の始まりだった。

そして青は、ミチルの心の影に触れることになる。

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