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3.ファーストキスと、ライバルは突然に?その2

「では、皆さん第一段階に進めたようですね。私の幼馴染は第一段階で盛大に躓いていたので、先生ちょっとほっとしました」


 青は、元いた生徒の列に戻されている。

 その前で、シホが立って喋っている。ハクアは、スコップを何処からか持ってきて山のように積んでいた。爪楊枝のように十本のスコップを持っているその腕力は、外見に似つかわしくない。


「第二段階に移る前に、余興をしようと思います」


 シホが微笑んでそんなことを言うものだから、周囲が少しざわついた。


「今、皆さんは魔術を覚えました。魔力に対しての敏感さも上がっていると思います。そこで」


 シホは、右手を握りこんで人差し指を天に向けて立てた。


「皆さんには魔術的な品を探してもらおうと思います。場所はこの町全体。何処かに魔術的な品が埋められています。それを掘り出してきたらここに戻ってきてください。魔術で覚えられるのは破壊だけではありません。魔術的な罠を探知するための臭覚としても機能するのです。今回はそれを覚えましょう」


 なるほど、遺跡のような場所で魔術的なトラップを避けることにも利用されているのが魔術なのだ。それならば、覚えて損はない技術のように思えた。


「と言っても、一人では掘り出すのも大変です。二人で組んでもらいます」


 青は、咄嗟にミチルに向かって歩き、その腕を掴んでいた。ミチルが、安堵したような表情で振り返る。


「グループ分けします。皆さん舞姫科の人と相部屋になっていますよね。相部屋の人と一緒に探索して、親交を深めてください」


 青は、自分の表情が一瞬で落胆の色に染まっていくのを感じていた。ミチルが、苦笑する。


「良かったね、ミサトちゃんと一緒で」


「いや、良くはないんだ」


「またまた。お互い、相部屋の人と、親交を深められるといいね」


 ミチルの腕が、青の手から離れて行く。そして彼女は、自身の相部屋の人間らしき勝ち気そうな少女の元に歩いていった。

 喪失感に包まれた青の背後に現れたのは、ミサトだ。


「じゃ、親交を深めようか!」


「お前とは深めたくない……」


「そんなにミチルちゃんがいいんだ?」


「ミチルとは純粋な友達だからな」


「悪かったって。もうあんな悪さしないよ。さ、スコップ持って行こう」


 そう言って、ミサトはスコップを持って先を歩いて行ってしまう。青も、仕方がなくスコップを掴んでその後に続いた。

 開かれたアカデミーの門の外へ向かって、青達は歩いて行く。全員がスコップを担いで去って行ったのを見届けると、ミサトはスコップを杖のようにして悪戯っぽく微笑んだ。


「ズルを思いついたんだけど」


「ズルは関心しないな。俺は素直にこの技術を覚えたい」


 青はスコップを肩に担ぎ、あからさまに拗ねた口調で言う。ミサトのせいでミチルとは気まずいままだ。


「違うよ。ズルってのは言い方が悪いだけで、貴女の魔力を上手く使うの。貴女の魔力ならば、この町全体の魔力的な品を感知するなんて簡単なことだと思わない?」


「けど、そこまで俺は上手く魔力を使えないよ」


「さっき先生がやってたみたいに、私が補助すればいい」


「……そんなこと、できるのか?」


 青の疑問に、ミサトは胸を張った。


「伊達に魔術の隠れ里出身じゃないよ。私の応用力を信じなさい」


 青は、初めてこの少女に尊敬に近い思いを抱いた。


「じゃあ、私の手を握って」


「手を握る工程は必要なのか? お前の個人的な趣味じゃないのか?」


「必要だよ。しつこいなあ」


 ミサトは呆れたように言う。

 仕方なく、青はミサトの手を握る。柔らかく温かい感触が青の手を包んだ。思えば、女の子と手を繋ぐのも、青にとっては初めての経験かもしれない。

 このまま色々な初めてをミサトに奪われてしまうのだろうか。そう思うと、青は背筋に寒気が走るのを感じた。


「……アオちゃんの手、柔らかいね」


 青は咄嗟に、ミサトの手を振り払った。


「素直な感想を述べただけなんだけどなあ」


「お前が言うと変態的に聞こえる」


「傷つくなあ」


 本当にしょげた口調で言うので、青は少し冷やりとした。ぶっきらぼうに、手を差し出す。

 ミサトは微笑むと、その手を取った。


「後からミチルに弁解するの、付き合えよ」


「わかったわかった。わかりましたよ」


「元はと言えばお前のせいなんだから」


「挑発したのは貴女」


「挑発したからって普通キスするか? キスだぞ、キス」


「こういう言い争いって、訳ありの二人って感じでいいよね」


「もっかい手振り払ってもいいかな」


「ごめんごめん。目を閉じて、集中して」


「目を閉じたところにキスしたりしないよな」


「しないよー。そろそろ皆に乗り遅れるから、早くしよう」


 やむなく、青は目を閉じた。

 ミサトは囁くように声をかけてくる。


「貴女は鷹。この町全体を俯瞰図で見えている。そうイメージしてみて」


 青の脳裏に、おぼろげに町の全体図が浮かび始めた。驚くべきことに、そのイメージの中では人々が歩いているのが見える。リアルタイムの町の映像が脳裏に流れ込んでいるのだ。その事実に、青は驚嘆した。


「凄いな。どうやってるんだ、これ」


「黙って。次は、香り。この町からは臭いがする箇所がある。その箇所を辿っていって」


 青は、指示されるがままに臭覚に意識を集中する。その瞬間、劇薬を鼻に突っ込まれたような痛みが襲いかかって来た。

 次の瞬間、脳裏に浮かび上がっていた町が消え去り、その代わりに少女の姿が浮かび上がる。あの、燃えるような赤い髪と目をした少女だ。彼女は無感情な表情で、青を見ている。


「私を、見つけて」


 彼女は、そう言った。

 それが、限界だった。青はミサトの手を振りほどき、鼻を抑えて地面を転げまわった。脳裏から少女の姿も消える。

 痛みが現実のものではないと気がつくと、青はようやく立ち上がることができるようになった。


「どこかから、割りこまれたね」


 ミサトが、深刻な表情で言う。


「割りこまれた?」


「貴女の魔力が強すぎた。何処からか貴女に干渉された」


「つまり、相手はこの世界の何処かで生きている人間ってことか?」


「そういうことになるね。心当たりがある相手だったの?」


「まあ、な」


 燃えるような赤い髪と目をした少女。その存在が現実のものだと知れただけでも、収穫だった。


「……ちょっとだけ感謝する。個人的な問題に、光明が見えた。逆探知とかは、できないのか?」


「干渉されたのは、私じゃなくてあくまでも貴女だからね。私はそこまで器用じゃないよ。ただ、貴女の魔力が届く範囲に相手がいると思っていい」


「近いってことか?」


「どうだろう。意識して接触してわかったけれど、貴女の魔力は強すぎる。大陸全土に影響を及ぼしかねないレベルだわ。私より貴女のほうがよっぽどの危険人物ね」


 ミサトは、呆れたように言う。


「リッカさんから、そのことは極秘にしてもらうように頼まれてるんだ……」


「うん、いいよ。二人だけの秘密ね」


 ミサトは、優しく微笑んだ。


「軽いなあ」


「重く捉えても仕方がないよ。貴女の魔力が暴走して私が死んだらその時はその時だわ」


 死ぬ。予想外に重い想像をする少女だ。その想像を、平然と受け止めている事実も気にかかる。

 初めて青は、ミサトという少女に興味を持った。


「じゃあ、ズルは半分諦めようか。狭い範囲に絞って、区画に分けて探索していきましょう。そもそも、石畳の道だもん。物を埋められる場所なんて限られてるわ」


 言われてみればその通りだ。青とミサトは、スコップを片手に町の中へと出て行った。

 怪しげな場所を見つけると、さっきの要領で魔力の臭いを探す。ミサトが狭い範囲に魔力を限定してくれたせいか、先ほどのように激痛に襲われることはなかった。狭い範囲と言っても、一度で家の二十軒分の範囲は調べられたのだが。


「貴女の魔力って本当驚異的ね。私が必死に制限させてこれだもの。自信無くしちゃうわ」


 ミサトは、拗ねたように言う。


「制限させたってことは、俺自身が制御できるってことなのか?」


「才能によるかなあ。例えば今回習ったのは炎だけれど、本当は風や水の扱いを得意とする人もいる。空を飛ぶのが得意な人もいる。自分の好む才能と自分に宿る才能が一致しないなんてありふれた話よね」


「じゃあ、ミサトの才能ってどんな分野に伸びてるんだ?」


「全体的に平均以下。根本的な魔力が足りてないのよ。それを補うために工夫してるから、搦め手に長けていると言えば長けていると言えるのかも」


「俺から見れば十分に才気溢れて見えるけれどな。俺には、他人の才能を引き出すなんて真似できないしな」


 ミサトが、立ち止まる。その表情に、無邪気な笑みが浮かんだ。


「少し、嬉しい。そういう風に褒められること、ほとんどなかったから」


「だとしたら、ミサトの里の人間は化け物揃いだ」


「化け物、か……」


 ミサトは、再び歩き始めた。不用意な発言だったかもしれない。そう思った青は、つい言葉を失う。


「良い時代だよね」


 ミサトは呟くように言う。


「何がさ?」


「本当なら、私達のような魔術師は隠れ里に住むしかなかった。それだけの迫害の歴史があった。それが今は、魔術を習ってますよって大手を振って町の中を歩いている。良い時代だよ、本当」


 やはり先程の発言は不用意なものだったらしい。青は、ますます言葉を失う。


「本当に、国が変化したならば、ね……」


 それは、意味深な言葉だった。


「それって、どういう……」


「そろそろ、臭いを調べる距離だよね。さ、私の手をとって、目を瞑って」


 青は、指示されるがままにミサトの手を握る。彼女の手を握ることにも、もう拒否感を覚えなくなっていた。

 そのうち、嗅いだことのない臭いを、青は嗅いだ。


「臭いがする……」


「何処?」


 意識を集中して、細かい位置を断定する。


「右斜前方。歩いて三十歩程の距離」


「やったね!」


 ミサトはそう言って、勢い良く駆け始めた。青も、その後に続く。ミサトは、笑顔だ。それを見ていると、青もついつい笑顔になった。

 そして、二人は町の中に植えられた樹の根元で足を止める。

 ミサトは目を閉じて、地面に鼻をつけて臭いを嗅いでいる。彼女はしばらく、位置を変えながらそうしていたが、そのうち動きを止めた。


「ここだわ、間違いない」


「よし、掘るぞ!」


 二人して、スコップを動かす。

 ミサトは、すぐに音を上げた。


「きつーい。私、力仕事向きじゃないのよ」


「俺がやっとくよ」


 そう言って、青は腕を動かしていく。

 不思議な話だが、女の体になっても腕力は衰えていないらしい。土を掘っていても、力のかかり具合が前の世界にいた時と同じ感触だ。

 それが、この世界に入ってから、しばらく自身の体が女性のものだと気がつけなかった理由の一つでもあるのだが。


「うわー、凄い腕力だねえ。男の子みたい」


 いい加減に人とこの手のやり取りをするのも飽きたな、と思いつつ、青は視線をミサトに向ける。


「だから言ったろ、俺は男だって」


 その時、スコップの先が何か硬い感触にぶつかった。

 音の変化で気がついたのだろう。ミサトも穴を覗き込む。二人して、指で穴を広げていく。

 そこには、太陽の光を浴びて緑色に光る手の平サイズの宝玉があった。


「やったね!」


 ミサトが、青の腕に抱きついてくる。


「やったな!」


 青も、思わず微笑む。そしてふと気がついて、ミサトの腕を振り払った。


「抱きつくの、禁止」


「つれないなあ」


 ミサトは苦笑顔で言った。

 ミサトと連れ立って、町の中を歩く。手は泥まみれ。だけれども、右手に握った宝玉が誇らしかった。


「こうしてると、デートみたいだねえ」


「……お前、やっぱりそっちのケがあるの?」


「……だって」


 ミチルは、しばし躊躇いがち黙りこんだ後、口を開いた。


「むさい男の子より華奢な女の子のほうが可愛いじゃない? そう思わない?」


「その趣味には同意するけれど」


 何せ、青は男だ。女であるミサトとは立場が違う。


「やっと趣味の合う子を見つけたと思ったんだけれどなあ。もう意中の子がいただなんて残念」


「そんなんじゃないよ」


「じゃあ私にもチャンスはあるわけだ?」


「ないよ、永遠にないよ」


「つれないなあ」


「お前、弁解するの本当に付き合えよな」


「しかもしつこい」


「元はと言えばお前のせいで……」


「挑発したのはそっちが先で……」


 仲が良いのか悪いのかわからない。けれども、こういう友達もいて良いか、と青は思うのだった。

 腕は尊敬できるし、同じ目的のために奔走した。それだけで、世間一般的には友達と呼ばれるのかもしれないし、そう思われるならそれで良いかと青は思う。

 まんまとシホの策にはまったわけだ。そう思うと、つい苦笑してしまう青がいた。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「皆さんご苦労様でした。農作物を荒らしちゃった子達は、後から私と一緒に農家さんに謝りに行こうね」


 シホは苦笑顔で言う。他グループは他グループで色々とあったらしい。

 皆、手が泥まみれだ。それを洗うための桶の数々を、ハクアが軽々と運んでいる。相変わらず、外見に似合わぬ腕力だ。


「今回の一等賞は、アオさんとミサトさんのコンビでした。皆、拍手ー」


 盛大な拍手が青とミサトを包む。ミチルも、微笑んで拍手をしてくれている。青は、少し照れてしまった。成り行きで入ったアカデミーだが、案外と楽しいし、吸収するべきことは多いかもしれない。そう思った。


「じゃあ、次回は、魔術の維持時間を高めることとします。大半の人は、今、集中力が練り辛いでしょう? それは、今回魔力を使って疲弊しているからなの。魔力の維持時間が増えると、それは魔力の増加に繋がります。皆、頑張って魔術を修めようね。先生も皆と一緒に頑張るからね」


 そう言われたものの、青には集中力が練り辛い感覚はない。使った魔力が、青にとっては些細なものだったということなのかもしれない。


「じゃ、解散。晩餐の席でまた会いましょう」


 そう言って、シホは手を一つ叩くと、去って行った

 大多数が、ハクアが運んだ桶の数々に殺到する。ミチルは、少し離れた場所でそれを微笑ましげに眺めていた。


「話があるんだけれど」


 青は、ミチルの傍に歩み寄って言った。彼女の表情が、少し強張った。


「ああ、アオちゃんの趣味のことなら口外しないよ」


「だから、誤解だってば。ミサトの話も聞けばわかるって」


「……まあ、いいけどね。手を洗ってからにしようか」


 生徒が次々と手を洗い終えて去っていく。そして、最後に残ったのが、青と、ミチルと、ミサトだった。


「で、話だっけ」


 泥で濁った水に躊躇なく手を入れて、ミチルが言う。


「だから、朝のあれは誤解でさ。ミチルの着替えの時にも、俺、外に出てたじゃないか」


「うん」


「ミサトがそれでも目の前で着替えようとするから、俺は、俺が男でこんな風に変な気を起こしたらどうする? って冗談で迫ってみたんだよ」


「アオちゃんは冗談でキスするの?」


 疑わしげにミチルは言う。


「キスしたのはこいつ。俺はそこまでする気はなかったの。な、ミサト」


「うん。けど、女の子にあんな風に迫られたのは初めてだからドキドキした」


「やっぱり二人はそういう……?」


「ミサト、お前が喋るとややこしくなることが良くわかった」


「いや、私はお似合いでいいと思うけどねー」


 ミチルは淡々と手を洗い終えた。青も、その時には手を洗い終えている。


「冗談でもやめてくれよ。ともかく、誤解なんだ」


「誤解、ねえ……」


 ミチルは半ばどうでも良さそうに、青の顔を見ている。

 これは誤解を解くのも困難そうだ。

 その時のことだった。


「オキタアオ!」


 刺すような声で呼ばれた。振り返ると、そこに木剣を二本持った少女が立っていた。確か、授業で目立っていたフクノミヤビという名の少女だったはずだ。その周囲には、二人の女生徒が立っている。

 ミヤビは、木剣の一本を青に向かって投げつけた。

 青はそれを、かろうじて受け止める。

 周囲は既に薄暗くなっている。素早く飛んで来る木剣を受け止められたのは、偶然と言っても良かった。


「貴女に決闘を申し込みます!」


 ミヤビが、叫ぶように言う。


「決闘? 馬鹿馬鹿しい。俺が何かしたかよ」


「問答無用!」


 そう言って、ミヤビは駆けよって打ちかかってくる。振り下ろされた木剣を、青は辛うじて木剣で受け止めた。手に響くような鋭い一撃だった。もしも頭で受けていたら、たんこぶでは済まなかっただろう。

 木剣は次から次へと青を襲う。それを、青は辛うじて受け、辛うじて避けていく。

 回避することに集中しているから青は打たれていない。打ち返そうとすれば、とたんに隙を突かれてやられるだろう。それだけの剣の冴えがミヤビにはあった。青が頼れるのは、柔道の特訓で身につけた反射神経だけだ。

 その時、後ろにある石段に躓いて、青は体勢を崩した。その肩に、木剣の容赦無い一撃が叩き込まれる。


「っつう……」


 電流のように痛みが体を駆け抜けていく。


「無様ね」


 吐き捨てるようにミヤビは言う。青は倒れこみ、痛む肩を抑えて、それを見上げている。


「舞姫科は魔術だけでなく剣術もある。勝った気にはならないことね」


 そう言って、ミヤビは背を向けて去って行った。

 ミチルが心配そうな表情で駆け寄ってきているのが見えた。

 プライドの高い人間の相手をすることはない。面倒なことになるだけだ。そう思っていたのだが、ミチルの顔を見た瞬間に、気が変わった。

 アオは勢い良く立ち上がっていた。


「フクノミヤビ!」


 ミヤビが振り返る。その胴体に向かって、青は木剣を投げていた。ミヤビは軽々と木剣を自らの木剣で弾き飛ばす。しかし、その表情は強張っていた。

 青は、木剣を投げると同時に、ミヤビに接近していたのだ。そして、掴みかかれる距離になれば、後は青の独壇場だった。青に投げ飛ばされて、ミヤビは天を仰いでいた。


「喧嘩の仕方には剣術だけじゃなくて体術もあるんだぜ。勉強になったろ」


 唖然としていたミヤビだったが、とたんに引きつった表情になって、青の顔を殴った。


「目障りな人!」


 青は殴り返そうとして、やめた。女の顔を殴ることに、抵抗があったのだ。

 そこに、ミヤビの二撃目が入った。青は、頭が揺れるのを感じた。女の腕力といえど、ミヤビは明らかに鍛えている。その一撃は、鋭かった。


「お前な! 今俺が殴るの思い止まったの見えたろ!」


「五月蝿いわね!」


 そう言ってミヤビは立ち上がって、もう一撃のパンチを繰り出す。

 青はふらつく頭でそれを回避して、ミヤビを再度投げ飛ばそうとする。

 そこで、両者の友人が止めに入った。

 本当なら、ミチルとミサトの腕ぐらい青なら振り払えた。けれども、振り払わなかった。停戦の口実が欲しかった。

 ミヤビも、取り巻きを振り払おうとしているが、本気では振り払おうとはしていないようだった。


「剣術の授業が楽しみね、オキタアオ。その時は私が立てないほどに打ち据えてあげる!」


「ああ、楽しみだよ。お前みたいに鼻っ柱が高い奴の鼻を叩き折るまで上達するのがな!」


 青は感じていた。それは、嫌な予感だ。この先のアカデミー生活、常にこの女が障害物として目の前に立ちはだかるだろうと言う予感だ。

 その関係は、一般的にはライバルと呼ばれるものなのかもしれない。


「ミヤビさん、もうやめましょう」


「今日はこのぐらいにしておいて……」


 取り巻きに引きずられて、ミヤビは去って行く。

 神術の光が、薄暗い周囲を優しく照らし始めた。


「本当、男の子みたいな人ねえ……」


 ミチルが、青の肩に神術をかけてくれていた。興奮状態が冷めると、電流が流れるような痛みに気がつく。骨が折れているかもしれなかった。


「ミチルの前で負けたくなかった」


「本当、手間のかかる弟を持った気分……」


 ミチルは深々と溜息を吐く。


「弟かよ」


 苦笑して、青は座り込む。ミチルも、つられて座った。


「そうよ。記憶はなくしてるし、喧嘩はするし、女性問題は抱えるし。貴女は私にとっていつも心配なお友達」


「友達でいいのか?」


 青は、少し自信のない口調で言う。

 ミチルは、苦笑交じりに微笑んだ。


「貴女が男だって自称してるのは最初からだからね。特殊性癖を持っていようと、友達は友達よ」


「だから誤解だって。キスをしてきたのはミ・サ・ト! だよな、ミサト」


「そうだよ。誤解しないであげて。しかし本当、男の子みたいだねえ」


「男の子みたいだよねえ」


「男なんだってば!」


 思わず、叫ぶように言う青だった。


「その主張が誤解を生むんじゃない?」


 ミサトに指摘されて、青は思わず黙りこむ。それを見て、ミチルは声を上げて笑っていた。

 その晩、三人は、ミチルのルームメイトと四人で並んで晩御飯をつついた。

 ミチルの笑顔は自然で、誤解は解けたのだなと、青は心の中で安堵した。

 こうして、慌ただしいアカデミー初日は過ぎて行った。

次回、「違って、通って?」予定。

剣術の授業がついに始まる。アドバンテージのなさから憂鬱になる青。一方、リッカは上級剣士の子供という立場を利用したナンパを行う生徒の存在を耳にする。

次週投稿予定です。

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