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3.ファーストキスと、ライバルは突然に?その1

ファーストキスと、ライバルは突然に?は今日中に投稿しきる予定です。

 アカデミーの授業が始まるまでしばしの間があった。生徒達は寮で暮らし、毎日の生活に慣れる期間を与えられている。

 グループも結構分かれているようで、上級剣士の家系のグループ、下級剣士の家系のグループ、一般庶民のグループ、国外出身者のグループが既にできあがっているとはミチルの談だ。結局人間というのは似たような存在同士で惹かれあうのかもしれない。


 ミチルは器用にどのグループの生徒とも付き合いがあるらしいが、青はそうもいかない。この世界に関する知識がまったくないのだ。日常会話を行うことも困難と言っても良かった。

 なので自然と、ミチルといる時間が長くなった。

 部屋の中は窓が開いているので風が通っているのだが、それが少し寒い。

 大広場への道を歩いていると、階段を下りて来たミチルと遭遇した。急いでいる様子だ。


「今日は何してんの?」


「今日はねー、猫を飼うって決めたんだよ」


「はあ、猫」


 この世界にも猫がいるのか。青は感心した。ただ、青がイメージする猫とミチルがイメージする猫が同一とは限らないのだが。


「部屋で?」


「やだなあ。猫は外で暮らすものだよ」


 ミチルはおかしそうに苦笑する。

 この世界では部屋飼いという概念はまだないらしい。猫トイレなども発達していないだろうからそれも仕方がない話か。


「リッカ様が猫を飼うのを認めてくれたから、その代償として料理の手伝いを命じられたの」


「へえ、それじゃあ俺も手伝うよ」


「本当に?」


「うん」


 有り体に言えば、やることがないのだ。授業が始まっていない今、予習すべきことも復習すべきことも見当たらない。友達の付き合いをして時間を潰せるならそれが何よりだった。


「それじゃあ行こうか」


 ミチルが満面の笑顔で言う。

 それを見られただけで満足だ、と青は思う。

 そうして連れて来られたのは、広い厨房だった。薪から出た火にかけられた複数の大鍋からは湯気が上がっており、食欲をそそる匂いが室内には溢れている。包丁を振るう人が次から次へと肉塊から肉を削ぎとっては横の人に手渡して、それが鉄板の上で焼かれていく。


「リッカさんに言われて、手伝いに来ましたー」


 ミチルが声をかける。厨房の中の二桁の視線が一瞬でミチルの方を向き、ついでのように青にも向けられた。


「あんた、料理はできるの?」


 リーダー格と思しき女性が戸惑うように声をかけてくる。真っ白な服を着ていた。アカデミーの制服である黒衣を着ているミチルと青とは対照的だ。


「多少は。家で手伝いはしていました。ミチルと言います」


「そっちのあんたは?」


「俺は付き合いで来ただけで、まったく腕に覚えがありません」


「そうか、なら、ミチルちゃんには肉の調理の手伝いをしてもらおうかな。そっちのあんた、名前は?」


「青」


「野菜を切り刻む箱に突っ込んでいってくれる? 間違っても、手を切らないようにね」


 ミチルがエプロンを手渡されて厨房の奥へと進んで行く。

 青は箱の前へと誘導されて、自分の表情が強張っていくのを感じた。そこには、乱暴に蓋が閉じたり開いたりしている箱があった。中には多数の刃が仕込まれているのが見える。その鈍い輝きは、触れれば簡単に指をも切断してしまうことを物語っているかのようだった。箱は揺れながら、勢い良く開いたり閉じたりを繰り返している。その横にあるのが、キャベツの山だ。


「じゃ、頑張ってね」


 青を誘導してくれた女性は去っていく。箱を持ち上げてみたのだが、電源コードはない。魔力で動いているのだろう。あらためて、自分が剣と魔法の世界にやって来てしまったのだなと実感した青だった。

 それにしても、ゲームなどで既視感がある外見だった。

 キャベツを慎重に放り込んでいく。やや厚めの千切りのそれが床の皿の上に山になっていった。


 その後、青はミチルの案内で、猫を見に学舎の外に出た。寒空の下、布団にくるまった猫が、四匹の子猫を抱えている。青の世界の猫と、同一のものだ。子猫はまだ小さく、片手で包めてしまえそうだ。


「可愛いよねえ」


 ミチルが愛しげに言う。


「ああ、可愛い」


 青も、同意する。そして、ふと考えるのだ。剣と魔法のこの世界。しかし、元いた世界と共通する要素が多いように思う。キャベツも、元いた世界のものと同じ外観だった。豚もいるという。

 この共通点はなんなのだろう。今の青には、まだわからないことだ。


「くすねてきたんだ」


 そう言って、ミチルは悪戯っぽく微笑み、鶏肉の切れ端を猫のそばに置く。猫はしばしその匂いを嗅いでいたが、そのうち興味なさげにそっぽを向いた。


「好みじゃなかったかなー。けど、お母さんなんだからたくさん食べなきゃ駄目だよー」


 ミチルが話しかけるが、猫は戸惑ったような表情をするだけだ。

 誰が目の前にいても彼女は助けてしまうのだろうな。青は、そう思うと、苦笑してしまうのだった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 アカデミーの初授業の日がやって来た。生徒が講堂に並び、学長の話を聞くという催しがあるという。

 二段ベッドの上で起床する。そして、体を湿らせたタオルで拭いて制服に着替えると、ミサトを起こした。ミサトは、枕の上の眼鏡を探して見つけると、それを顔にかけた。


 ミサトは、試験の時に一緒になった、あの眼鏡の小柄な少女だ。なんの因果か、相部屋になっている。

 死神の一件もある。相部屋になるなら屈強な男が良いと主張したのだが、お前を男の横で寝かせるほうがよほど危ないと却下されてしまった。女の体とは不便なものだと思う。

 その代わり、隣室には腕利きのコンビを配置してくれたという話だ。今はそれに縋るしかない現状だった。


 ミサトは起き上がって伸びをすると、寝間着を脱ぎ始めた。


「待てって!」


 青は、慌てて静止する。


「何よ」


 ミサトはからかうように微笑んで立ち上がり、青の前に立つ。はだけた服から、白くきめ細やかな肌と肩があらわになっている。


「俺の前で着替えるなって言っただろ?」


 青はミサトを睨みつける。しかし、ミサトは動じる気配はない。


「なんでよー。女同士気兼ねする必要もないじゃない」


「俺は男だ」


「まーだ頭打った後遺症残ってんだ?」


 ミサトはからかい調子になる。こうなると、彼女は話を聞かない。


「話せば難しくなるんだけど俺は男だったんだ。男の俺が女のお前の裸を見るのは非常によろしくない。お前の将来の旦那さんに申し訳ない。言い訳がたたん」


「ああ、私は結婚しないからいいんだ。じゃ、着替え続行するから」


 完全に面白がっている調子だ。

 これは懲らしめてやらねばなるまい。

 青は、彼女の肩に右手を置いた。そして、壁際まで追い詰めていく。そして、左手を彼女の顔の横において、顔と顔を接近させた。


「俺が変な気を起こして、こんなことをし始めたら、お前、どうする?」


 ミサトは唖然とした表情でしばらく考え込んでいたが、そのうち小さく笑うと、背を伸ばした。

 唇と唇が、重なる感触がした。

 その時、扉が開く音がした。


「アオちゃん、ミサトちゃん、準備……」


 ミチルの声がした。

 いけない、と思って慌ててミサトの肩を掴んで彼女を突き放す。部屋の入口に視線を向けると、そこには呆然としているミチルがいた。


「こうするかな」


 ミサトは、茶目っ気たっぷりにそう言ってのけた。


「私、先行ってるね」


 ミチルは微笑むが、声が強張っている。

 扉が閉まって、彼女は駆け足で去って行ってしまった。


「今のはなんの真似だ?」


 地獄から這い出てきたような声で青は言う。


「挑発されたから乗っただけだよ。あれ、もしかして嫌だった?」


「問題あるだろ!」


「本人達の合意の上なら性別なんて問題じゃないよ」


「俺は合意した覚えはない」


「忘れた?」


 ミサトは、目を細めて、からかうように言う。


「先に挑発してきたのは、貴女」


 そう言って、ミサトはさっさと着替えを始める。青は慌てて部屋を出て、ミチルの後を追う。

 思えば、今のは青のファーストキスだ。ファーストキスは、なんの味がすると言われていただろう。混乱して、それどころではなかった。

 ミチルの背に追いつく。彼女は、他のグループの生徒達と一緒になっているようだった。


「ミチル、今のは誤解で」


 ミチルは足を止めて、青に視線を向ける。優しい表情だった。私はどんな性癖でも受け入れますよと言いたげな、そんな表情だった。


「誤解も何も、アオちゃんがミサトちゃんの肩に手を置いてて、アオちゃんから屈みこんでたよね?」


「それも誤解なんだ」


「俺を男と思ってくれって、そういう意味だったんだね?」


「それも誤解じゃないけど誤解なんだ」


「難しいことを言うね」


 ミチルは苦笑する。


「時間迫っているから、行こう」


 そう言って、ミチルは歩き始めた。その側のグループと一緒に。後には、青が残された。


「じゃ、私達も行こうか」


 いつの間にか追いついてきたミサトが、悪戯っぽく微笑んで言った。殴りたい、と思った青だったが、なんとか思い止まった。

 せっかく友達になれたと思ったミチル。彼女との間に、僅かな溝ができたのを感じずにはいられなかった。


 生徒が講堂に並んでいる。その一番後ろの列に、青とミサトも並んだ。生徒の数は、百人よりは多いが二百人には届かないぐらいだろう。皆、制服である黒衣を身に着けている。

 皆の前に、背筋を伸ばした女性剣士が立った。そういえば、彼女はこの学校の責任者をしているという話だった。フクノリッカだ。


「あれが五剣聖の……」


「アカデミー創設の立役者とも言われているよ」


 周囲で囁き声がする。五剣聖。聞き慣れない言葉だ。しかし、今の青にはそれより気になることがあった。


「お前、後から弁解に付き合えよ」


「ああ、貴女もしかしてミチルちゃん狙いだった?」


「俺をレズみたいに言うな。お前みたいに気さくにキスして回る習慣は俺の国にはないんだよ」


「私の村にもなかった」


「じゃあ、なんでキスなんてしたんだよ」


「可愛いなって思って」


「犯罪者の思想だ……」


「え~っと、なんか騒がしいね~。先行き不安になってきたよ私~」


 のんびりとした声が講堂に響き渡る。リッカの声だ。

 話し声がとたんに消える。

 どうやら、人望があるようだ。五剣聖という呼び名と関係があるのかもしれない。


「よろしいよろしい~」


 リッカは満足気な表情になる。そして、再び口を開いた。


「これから皆さんが学ぶのは、皆さんの将来に関わることばかりです~。剣も、魔法も、一歩間違えれば人の命を殺める手段となりま~す。だから、遊び気分で授業をしないように気をつけてほしいね」


 リッカの普段はのんびりとした口調が、最後の部分だけ鋭くなった。


「また、それを振りかざして無理を通そうなんて人にはならないでほしい。剣士、魔術師、神術師、いずれも最良のスタッフを集められたと思います。その中で大いに吸収し、大いに成長してください……まあ~、こんな感じかな?」


 そう言って、リッカは生徒達の列の横に並んでいた教師陣に声をかける。


「解散!」


 教師の一人が言うので、生徒達は次第に講堂から離れて行く。


「次は授業だから裏庭だったよね」


 ミサトが、いつもの調子で聞いてくる。

 キスをしてこの平素と変わりない調子。彼女の神経を疑いたくなる青だった。青は未だに、ミサトの顔を直視する気になれない。


「まあ、裏庭だな」


「まずは魔術からか~。私達の得意分野じゃん。頑張ろうね」


「俺、魔術のまの字も知らないぞ」


「へー。魔力量だけ段違いって感じなんだ。妬ましいな」


 ミサトは、最後の部分だけは低い声で言った。

 ミチルは違うグループの面々と楽しげに話しながら歩いて行く。その背中が、遠い。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 裏庭に集まったのは、三十人前後の女生徒だった。その前に、女性が立つ。その横に並んで立つのが、ハクアだ。どちらも、歳は違えど似た顔をしている。親族なのかもしれない。

 女性が、口を開いた。


「私は、シホと言います。舞姫科の皆さんに魔術を教える仕事を引き受けました。こう見えても、フクノゆかりの人間です。アカデミーでの皆のお母さんと思ってもらえると嬉しいな」


 そう言って、優しく微笑む。言動から察するに、若干馴れ馴れしい人のようだ。


「魔術は中々に取り扱いが危険な代物です。人を殺傷することも容易い。禁術とされてきた理由もわかりますね。けしてこの術を悪用しないように。世の中上手くいかないことが多いです。かっとなっても、魔術だけは使わないように。また、魔術師は大きな魔術を発動させるまで時間がかかります。熟練の剣士には敵いません。魔術で悪さをした人間は最後には斬り捨てられます。そういう結末は私としても悲しい。肝に命じておいてくださいね」


 誰かが手を挙げる。


「はい、そこ」


 シホは、優しい表情でそれを指差す。


「かつて、この国の大魔法陣を巡る攻防で、魔術師は鍵となる存在として扱われたと聞きます。熟練の剣士に敵わないということはないのでは?」


 シホは、余裕を持って返答する。


「間合いの問題ですね。例えば悪事をします。顔が売れます。熟練の剣士はこちらに魔術を使わせる間もなく接近して斬り捨ててしまうでしょう。また、大魔法陣の戦いは五対五で行われました。壁になってくれる味方もいる状況です。そうなれば、魔術を使っている最中は無防備な魔術師も守ってもらえます。ケースによっては絶大な力を発揮するけれど、単独では心許ない。それが魔術師です。皆さん、だから重ね重ね言いますが、安易に使おうとはしないことです。ただでさえ、現状、魔術師に対する風当たりは弱いとは言えませんからね」


 納得したような気持ちになる。魔術を使っている間は無防備になる魔術師。防御面に難ありの、攻撃特化の術ということなのだろう。


「まあ、例外となる突き抜けた存在もいますが……」


 シホは含み有りげに言ったが、それについての解説はしてくれなかった。

 そこから始まったのは、普通の授業と一緒だった。魔術の成り立ち。最初は家事や土木の一部として使われていた魔術。それが戦争で使われるようになって、禁術とされるに至るまで。人類が努力を忘れた時代の前に使われていただろうとされる失われた魔術の数々。それを、青達は座って聞いた。

 隠れた遺跡に眠っていたという太古の魔術の数々は、恐ろしくもあり、興味深くもあった。


「例えばさっき話題に上がった大魔法陣の眠っていた遺跡。一度に五人しか侵入を許さない門。入るたびに形を変える迷宮。地下深く数十階まで建築された構造物。遺跡を守るために大地の魔力を吸い上げて無限に形作られるモンスター。いずれも今の時代の技術では作れないものです。失われた時代の偉大さがわかりますね」


「ホムンクルス、という技術もありました。人を作る魔術です。それもまた、今の時代では失われています」


 青は挙手する。

 シホは優しく微笑んで、青を指差す。


「異界を繋ぐ遺跡、なども存在するのでしょうか? また、現代の魔術で再現できるのでしょうか?」


「再現するとしたら、まず、異界が存在するか、ということから研究しなければなりませんね。今の時代の魔術は、はっきり言って低レベルです。よほどの天才が産まれない限り、一代でその研究を終えるのは難しいと先生思います。世界は広いから、何処かでそんな魔法陣が隠れた遺跡が発掘される可能性はありますね」


 そう、世界は広いのだ。砂漠の中で砂金のひと粒を探す作業をするものだ、と言われたような気分になる。やはり魔術を習っても、前の世界に戻れるような魔術は存在しないらしかった。

 しかし、青は落胆しなかった。それができるなら、リッカが既に提案していたはずだからだ。


「それでは講釈が長くなりましたが、実地訓練に移ってみましょう。これから、皆さんには魔術を使ってもらいます」


 戸惑いの声が上がる。それもそうだ。ここにいる人間の大半は魔術を使った経験がないのだ。それがいきなり魔術を使えだなんて、自転車を知らない人間にそれを使いこなさせるよりも難しいように思える。


「大丈夫ですよ。先生が補助しますから。大船に乗った気持ちでいてください。それじゃあ皆さん立ち上がって、周囲の人と距離を置いてください。アオさんはいますか?」


 急に名指しで呼ばれて、青は戸惑い、立ち上がりながら手を挙げる。


「青は俺ですが」


「じゃあ、アオさんはハクアさんと一緒に、壁に向かって立ってくださいな」


 再び、ざわめきが起きる。


「ハクア?」


「五剣聖のハクア?」


「不死のハクアか……」


 ハクアはよほどの有名人らしい。それもそうだろう。一国からの呪いを得て、それを神術として自由に行使できるのだから。ただ、その情報は口外禁止とリッカに固く言われていたのだが。

 一国からの呪いを得られれば誰でもハクアのようになれる。そんな情報は流出してはいけないものだとのことだった。

 青はハクアとともに、壁に向かって立った。ハクアは青に微笑みかける。


「試験会場ぶり、ですね。牢では豪華な料理が用意されたと聞きます。さぞ快適でしたでしょう?」


「おかげさまで、二週間皮肉屋と二人きりでしたが」


「皮肉屋。はは、あの人らしいですね」


 ハクアは愉快げに微笑んだ。話題に出した人への親しみが感じられる、そんな表情だった。


「お知り合いですか」


「まあ、今は授業を聞きましょう」


 ハクアが振り向いたので、青も釣られて振り向いた。

 皆、両手を開いて前に腕を差し出している。そのうちの一本に、シホは手を重ねて、呟くように言った。


「心の中に、門をイメージしてください。開いた門です」


 青も、言われるがままにイメージする。和風の門になったのは、育ちがゆえだ。


「門の中に風が入り込んでくるイメージを思い浮かべてください。四肢から、空気中を漂う不可視の力を門に向けて集めるイメージで」


 手を重ねられた少女に、異変があった。その体が、白く発光しているように青には感じられた。


「次は門から、手に向けて吐き出しましょう。ゆっくりと、ゆっくりと、溜めたものを押し出すイメージです」


 そのうち、手を重ねられた少女の手の先に、松明のような炎が浮かび上がった。


「先生、できました!」


 はしゃぐように、少女は言う。


「うん。これが第一歩。上達は、これからの貴女の頑張り次第よ」


「はい!」


 少女は、自分の生み出した炎を眺めて、本当に嬉しそうに答える。それを見て、シホも素直に喜んでいるようだった。

 そんな調子で、順々に生徒達は炎を生み出すことに成功したのだった。

 中には、最初から炎を生み出している者、話を聞いているだけで炎の具現化に成功した者もいた。

 中でも目立ったのは、炎を球状にしていくつも空中に浮かび上がらせている少女二人だ。その炎は、時に槍状になったり、時に壁状になったりした。

 一人は、ミサト。もう一人は、試験中に見事な舞を見せた少女だった。


「貴女達二人は、もう基礎ができているようね」


 感心したようにシホは言う。


「私はこれでも、フクノの人間ですから」


 面白くもなさ気に答えたのは、試験中に見事な舞を見せた少女だ。


「フクノミヤビさんだったっけ。リッカさんから聞いています。フクノの支流の人ですものね。私の教えられることも少ないかもしれないわね」


「ええ。フクノは古来から続く魔術の名門です。私だけ、先の段階に移らせてもらっても大丈夫だと私は考えますが」


「そう焦らないで。皆が追いつくのを待ってあげて。時間は十分にあるんだから」


 シホが苦笑交じりに言うと、ミヤビは面白くなさ気な表情になった。どうも、プライドの高い人種らしい。関わるのはやめておこうと青は思う。プライドの高い人間は、青にとっては面倒臭い人種だ。


「貴女も、魔術に長けているようね?」


 シホの問いに、ミサトは頷く。


「私は魔術の隠れ里の出ですので。授業を聞いているのは面白いので、お気になさらず」


「そう言ってもらえるとありがたいわね。それでは、アオさん。やりましょうか。壁を向いて」


 青は促されるままに壁を向く。

 リッカに厳命されていることが、もう一つあった。それは、自身の魔力をできるだけ隠せということだ。魔術師は人間兵器となり得る。ソの国が強力な人間兵器を育てていると知られれば、他国から疑念の目で見られる恐れがあるというのだ。

 シホの手が青の手に重ねられる。その吐息が、青の耳にかかる。青は、肩に力が入るのを感じた。女性の着替えを嫌がる点からもわかるように、青には女性に対する耐性はあまりないのだ。


(そんなにくっつかれると、集中力が練り辛い……)


 そう思うのだが、集中できないほうが良いのだろうか、とも思う。

 シホは語っていく。心に門をイメージし、そこに溜めた力を開放する手順を。四肢から、魔力が溜まってくる感触があった。それが、心臓の部位に集まっていく。後は、それを加減して手から放つだけだ。

 そう、青は加減したのだ。

 爆発が起こった。

 青の手からは小屋なんて軽々と飲み込むような炎が現れ、それが壁をも焦がしたのだ。


 悲鳴が上がり、次いで沈黙が流れる。それはそうだ。それまで、松明のような炎が主だったのだ。そこに、小屋をも一飲にしそうな大火力である。

 シホが青に耳打ちする。


「加減してねって言われなかった?」


 少々、焦っているような口調だった。


「……加減しました」


 青は、小さくなって言う。どうやら、この体内に莫大な魔力が眠っているという話は与太ではなかったようだ。

 シホは、慌てて周囲に向き直る。


「皆さんも、練習を重ねればこれぐらいの炎を作り出せるようになるかもしれません。ミヤビさんも、今ぐらいの炎なら作り出せるでしょう?」


 ミヤビは、淡々と頷く。その目は、射抜くように青を見ている。嫌な奴に目をつけられてしまったかもしれない、と青は思う。


「では、今は私の助力がありましたが、今の感覚を忘れずに、皆さん自身で炎を作り出してみましょう。安定して炎を生み出せるようになったら、第一段階は終了です」


 各々、苦心して炎を生み出そうとする。青も、小さな炎を生み出そうと苦心する。しかし、集中すればするほど炎は大きくなるばかりだ。流石に悪目立ちするだけだと思って、作業をやめた。

 シホは、ハクアの横に移動した。そして、それまで生徒にしたのと同じように、手に手を重ね、炎を生み出す過程を語りかけていく。その姿は、仲の良い姉妹のようだった。

 しかし、ハクアの掌から生み出されたのは白い光だった。青にも見覚えがある、神術の光だ。


「駄目ですね」


「失敗だねえ」


「才能がないのでしょうか。私が魔術を覚えれば、結構な戦力になると思うのですが……」


 骨折を一瞬で治癒してしまうほどの神術師。その魔力が魔術に向けば、どれだけの破壊を可能にするのだろう。


「色々な人の傷を治癒してきたハクアさんだからこそ、人を傷つける魔術を使うことに心の何処かでブレーキがかかるのかもしれないね。優しいんだよ、ハクアさんは」


「それは、自虐、ですか?」


 ハクアが、躊躇うように訊く。

 シホは、覆いかぶさるようにしてハクアを抱きしめた。


「自戒、だよ。多くの遺跡を探るため、多くの窮地を切り抜けるために、人を殺めてきた私だから」


 人を殺めた、とシホは言う。皆のお母さんと思ってくれと言った、この馴れ馴れしい人が。

 やはり、この世界は自分の住んでいる世界とは違うのだ。些細な価値観の違いから、それを再実感した青だった。

 それにしてもどうしよう、とミチルに視線を向ける。ミチルの掌の先には、松明のような炎が浮かび上がっている。彼女はそれに熱中しているようだ。

 今までは近かったはずの彼女との距離が、今では果てしなく遠くに感じられた。


次回、探索パート

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