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17.結婚の日? その2

 時間は矢のように過ぎて行った。青のすることと言えば、隠し部屋の起動だ。最初はミヤビとミサトだけが使っていたその場も、そのうち飾り付けを作りたいという生徒や、祝いの品を作りたいという生徒で賑わうようになった。

 他人に作業をさせて、肝心の青がその場を離れるわけにもいかない。切られる紙や縫われる布を眺めながら、座っている時間が増えた。


 アメと話すのがもっぱらな時間の潰し方だ。


「それにしても、ウェディングドレス二人でも良かったのでは?」


「それは俺に喧嘩を売ってるのかな?」


「いえ、似合うと思うので」


「嬉しくないよ」


「ウェディングドレスは手間がかかるんだよー」


 ウェディングドレス担当のミサトが手を動かしながら口を挟む。それを補助しているのは、ミチルだ。


「刺繍の数が半端ないからね。少ない時間で完成するのかなあ」


「簡易的なものでいいよ」


「それじゃあ盛り上がらないでしょ。どうせなら見て周囲が感嘆の溜息を吐くような物を作らないと嘘でしょ」


「私もこっち終わったら手伝うよー」


 紙吹雪を作っている生徒が、会話に加わってくる。


「それはありがたいね」


 ミサトは、そう言いつつも淡々と手を動かし続けている。職人の表情をしていた。

 魔術に裁縫。性格と裏腹に、細やかな方面に才があるらしい。


「ミサトちゃん最近早起きだよねー」


「サクヤに起こしてもらってるよ。仕方ないじゃない。友人二人の結婚式だ」


「申し訳ないな……」


「本当に」


 ミサトの寝付きの良さと寝起きの悪さは折り紙つきだ。それを知っている青もミチルも、申し訳ない気持ちになる。


「申し訳がらなくていいの。結婚式で私達幸せでーすって表情しててくれればいいのよ」


「……案外お前も、結婚式に憧れとか持ってるわけ?」


 今回のミサトは、話を混ぜっ返すこともからかうこともなく、大人しく事態の進行を手伝っている。それは、彼女らしからぬ行動だった。


「悪い?」


 ミサトは、やや不快げにそう返す。


「私の夢はねー、ウェディングドレス二人の結婚式なんだから。それに近いものが目の前で見られるなら協力もするわよ」


 やはり、ミサトはミサトだった。


「あら、ミサトもそういう趣味?」


「私達も結婚式挙げちゃう?」


「悪くないねー。けど戸籍上の結婚は無理だよ。私、国外組だから」


「そっかー。三バカももうすぐ見納めになるのねえ」


「待て、三バカってなんだ」


 青は、思わず苦笑して口を挟む。


「知りませんの?」


 集中していたミヤビが、戸惑ったように手を止める。


「馬鹿みたいに人が良いミチルに、馬鹿みたいに捻くれたミサトに、力馬鹿の青。馬鹿が三人つるんでて三バカですわ」


「待て、力馬鹿の青ってなんだ。俺ってそういう認識だったの?」


「馬鹿みたいに人が良いってのも、褒め言葉なのかなあ違うのかなあ……」


「怖いものですわねー。自分を知らないって。剣術も魔術も貴女は力押ししかできないでしょう。恋愛でもそうなんでしょうね、きっと」


 呆れたように言うミヤビだった。


「そうそう。暇してるなら馴れ初めを語ってよ」


 何やら箱を作っている生徒が、顔を上げる。


「力馬鹿の青がどうやってミチルを落としたのか気になるなあ」


「ややこしい話になるぞー?」


 照れ臭くて、あんまり話したくない事柄だった。


「いいよー」


「おっけー」


「話してよー」


「興味あるー」


「なんで女の子同士で、とか、あるよねー」


 逃げ道は、なかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 深夜、リッカはハクを連れてこっそりとその場へと移動していた。

 ハクに魔力の行使を依頼し、その壁の前へと移動して手を添える。次の瞬間、視界が暗転し、リッカは暗い小部屋の中へと移動していた。



 炎の魔術を使い、周囲を照らす。周囲に落ちているのは、刺繍が途中のウェディングドレス、もう完成したタキシード、綺麗に飾り付けられた小箱、籠に入れられた紙吹雪、等など、結婚式を彩る品々。

 それを見て、リッカは腕組をして、溜息を吐いた。

 ハクが遅れてついてくる。


「綺麗……」


 溜息を吐くように、ハクは呟いていた。

 リッカは彼女の見ているウェディングドレスの刺繍に目を向ける。とても手の込んだ、精巧な出来栄えだ。どれだけ作業に集中していたのか、目に見えてわかる。


「その熱意を授業に費やせないもんかねえ……」


 思わず、ぼやきが漏れる。

 どうして彼女達は大人にとっては問題になることに熱意を費やせるのだろうか。


(アオはアオで、ニテツが出てきても協力的な行動を取りはしないし……)


 再度、周囲に溜息が響き渡る。

 どうしたものだろう。


「どうするの? リッカさん」


 ハクが、躊躇いがちに訊いてくる。

 ここまでして作ったものを壊せと言う勇気は、リッカにはない。それはあまりにも残酷過ぎると思うのだ。

 けれども、残酷にならなければならないのだろうか。それが学長としての勤めなのだろうか。リッカは、しばし考えこむ。


 内密に、というのは無理だろう。噂話というものはどうやっても生まれる。それが消えるまで警戒態勢を維持できるだろうか。

 考えれば考える程頭が痛くなる。


 時間は前にしか進まない。けれども、リッカにだって若い時期はあった。彼女達の気持ちは今となっては理解できないが、その時期にしかない情熱というものがあるのは理解している。

 遠い昔にあるその記憶が、今、前に進もうとしているリッカの足を阻むのだ。


 再度の溜息。

 その時のことだった。部屋に着地音が響き渡った。怯えたような表情をした女子生徒が一人、リッカを見て目を丸くしている。

 遅れて、ミヤビ、青がやって来る。


 しばし、沈黙の中で五人は向かい合った。

 永遠にも思える静寂が五人を包む。

 それを破ったのは、結局はリッカの溜息だった。


「私だって、鬼じゃないわよ、鬼じゃ」


 そう言ってリッカは頭を掻くと、階下へ向かって歩き始めた。そして、一度だけ立ち止まって、言う。


「内密にやるのよ。舞姫科の中だけで、内密にね」


 階段を下へと進み始める。これは悪しき慣例になるぞ。心の何処かで、そんな声がする。けれども、通り過ぎた日の情熱が、リッカの背を後押ししていた。

 時間は前にしか進まない。けれども、人は通りすぎた日を忘れきることもできないのだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「完成したよ」


 朝の通路で、眠たげな表情でミサトがそう言ったのは、雪が一度溶けて、もう一度積もって、再度溶けかけたある日のことだった。


「決行は今日の夕方。皆にはこれから話す」


「了解」


 ミサトは欠伸を噛み殺しながら、前へと進んでいく。

 その後姿に、青は声をかけた。


「ありがとな。色々と」


「私に可愛い女の子を紹介してくれたらどういたしましてって言ってあげる」


「アメじゃ駄目か?」


 ミサトは、しばし立ち止まった。


「外見はいいけど……天然過ぎて話が合わなそう。んじゃ」


 そう言って、ミサトは淡々と先へ先へと進んでいく。


「だってよ?」


 青は、笑みを噛み殺しながらアメを見上げる。アメは、心外そうな表情で言った。


「式のお礼に人を差し出さないでくださいよ」


「尤もだ」


 遅れてやってきたミチルに、今の状況を説明する。


「いよいよ、だね」


 俯いて、照れくさげにミチルが言う。


「いよいよ、だな」


 青も、照れ臭くてそっぽを向きながら言う。

 二人して、視線を逸らしながら前へと歩いて行く。

 授業中も、心音の高鳴りが隣の人にまで響くのではないかと思うような状況だった。今日、自分は結婚という人生の一大事をするのだ。ままごとではあろうと、するのだ。それを思うと、緊張せずにはいられない。


「今日は皆集中してないわねー。卒業近いのよー。わかってるー?」


 シホの声が、裏庭に響き渡る。誰も聞いてやしなかった。

 授業が終わると、隠し小部屋へと皆で移動する。


「いい? 一人ずつ出るの。何事もないふりをして、ゆっくりと」


 サクヤの指示に従い、各々荷物を持って移動する。そして、舞姫科の宿舎で落ち合った。


「じゃあ、花嫁さんと花婿さんは準備があるから、すぐそこの部屋に移動して」


 再度、サクヤの指示に従い、近い部屋にミチルと別れて移動する。ミヤビがこしらえてくれたタキシードを身に纏う。


「お前、本当才能豊富な。呆れるぐらいにぴったしだ」


「当然ですわ。ほら、花婿さんなんだからしゃんとして花嫁さんを迎えに行って」


「わかってるよ」


「……良いライバルかと思っていたけれど、つがいになると駄目なものなのかもしれませんわね」


 ミヤビは、視線を逸らして溜息混じりに言う。


「なんだよ、それ」


「剣に関してももっと集中してほしい、ということですわ。無理な話かもしれませんけれど!」


 そう言って、ミヤビは青の腰を軽く叩いた。それに押されたように、青は部屋の外へと出て行く。

 黄色い声が、青を包む。周囲は、生徒で一杯だ。

 そして、ミチルの入っていった部屋の扉をノックした。


「大丈夫かー?」


「綺麗な花嫁さんだよー」


 ミサトの返事が聞こえてきた。

 部屋の中に入る。すると、そこにはブーケを手にし、ウェディングドレスに身を包んで座っているミチルと、他の生徒が複数名いた。

 ミチルは俯いて、耳まで真っ赤になっている。


「どうかな?」


「綺麗だ……」


 青は、思わず感嘆の吐息を吐いていた。

 まるでウェディングドレスという存在が、ミチルのためだけにあったように、彼女の外見に映えていた。


「なんか、すっごく落ち着かないんだ。変に照れ臭いっていうか。ああ、どうしよう」


「落ち着けよ」


 ミチルの手を取って、立ち上がらせる。そして、二人して歩き始めた。


「これから大勢の前を歩くんだからな」


「そうだね……」


 ミチルは勢い良く一つ頷く。


「アオちゃんが同意してくれて、皆が準備してくれてここまで来れた。今からの時間を、一秒一秒噛みしめるように味あわないと」


 そうして、ミチルが前を向いたのを見計らって、青は部屋の扉を開けた。

 黄色い声が、二人を包む。


「こらこら、極秘なんだから、声を落として」


 サクヤの注意が響き、声が小さくなっていく。


「こうして見ると、お似合いかもねー」


「そうだねえ。女の子にタキシードってどうだろうって思ってたんだけれど、杞憂だね」


「それじゃあお二人、ゆっくり歩いてみてもらっていいかな」


 悪戯っぽく微笑んだサクヤに促され、二人で歩き始める。一歩、一歩を噛みしめるかのように。世界が、輝いて見えた。ミチルに恋していると気がついた時と一緒だ。あの時から、青の世界は色彩を得た。

 ミチルを見ると、少しだけ俯いて、満足そうに微笑んでいた。


「幸せか?」


「幸せだよ」


 愚問だ、とばかりに、即座の返答が返ってきた。焦ったのだろう。ややムキになっているようなトーンの声だった。

 二人の後を、舞姫科の生徒達が続いていく。


「いいねえ」


「私も結婚式挙げたいなー」


 そんな声が、ちらほらと二人の間を彩っていく。

 そして二人は、ついに屋上に出た。雪が残る屋上を、踏みしめていく。神父役のミサトが、既に奥に待っていた。

 その前へ、二人で進む。それを、舞姫科の生徒達が囲んだ。

 ミサトとミヤビは苦笑交じりの表情で、アメは微笑ましげな表情で、これから永遠の愛を誓う二人を眺めている。


「えーっと、どう言うんだっけ」


 ミサトは、明らかに緊張している様子だ。


「こらー、ミサトー」


「あんたら三人が仲良いからあんたを神父役に選んだんだからねー」


「しっかりやりなよー、頑張れー」


「えーと、わかったわよ、しっかりやるわよ。えーっと……」


 ミサトの視線が、青に向いた。


「汝、アオは、ミチルを妻と認め、健やかなる時も病める時も共に歩み支え合うと誓うか?」


「誓います」


 誓いの言葉は、すんなりと口から出た。ミチルの手を、ゆっくりと、強く、握りしめる。かつていた世界への未練を、捨てようとするかのように。一瞬、祖父母の顔が脳裏に浮かぶ。彼らならわかってくれるだろうと、そう思った。

 この世界で人を殺めてしまった自分が、今更どんな顔をして彼らに会えるのだろうという思いもあった。


 ミサトの視線が、ミチルに向く。二人共緊張している様子だ。危なっかしい。


「汝、ミチルは、アオを夫と認め、健やかなる時も病める時も共に支え合うと誓うか?」


「ひゃい」


 ミチルは、噛んだ。笑い声が上がる。彼女は、慌てて言葉を続ける。


「はい、誓います」


「では皆様お待ちかね、誓いのキスの時間ですよー」


 ミサトの囃し立てに、黄色い声が上がる。もう誰も我慢することを忘れたように、普段通りの声量で話している。


 青は、ミチルを見た。ミチルは、青を見た。青はミチルの両手を掴んで、固まっている。

 こんな大勢の前でキスをした経験はないな、と思うのだ。流石に、照れくさかった。

 けれども、この瞬間のために、皆多大な時間をかけてくれたのだ。今更、後には引けなかった。引く気もなかったが。


 ミチルが、そっと瞳を閉じる。青は、ゆっくりとミチルに顔を近づけ、その唇を吸った。

 盛り上がりは最高潮に達した。建物の付近を歩いている人がいれば、間違いなく声が届いただろう。


 紙吹雪が飛ぶ。二人の間を舞っていく。

 そして、二人は唇と唇を離した。


「これで私達、夫婦なんだね、アオちゃん」


 夢でも見ているような表情でミチルが言う。


「ああ、そうだな」


 青は、微笑む。


「新しい夫婦に祝福を!」


 サクヤの声に、皆の拍手や祝いの声が上がる。

 そして、次に上がったのは、ブーケコールだった。


「ブーケ! ブーケ! ブーケ! ブーケ!」


 ミチルが苦笑して青を見る。青は、促すように頷いた。

 ミチルが勢い良くブーケを振り下げて、天高々と投げた。

 再度、黄色い声が上がる。


 ブーケを受け取ったのは、少し離れた位置で見守っていたアメだった。アメは、戸惑うように自分の手にあるブーケを眺めている。

 一瞬、白けた空気が流れた。

 アメが慌ててブーケを投じると、手が次々と天へと伸ばされる。

 生徒の一人が、それを受け取った。


 そうして、誓いの言葉の後も雑談は続き、時間は穏やかに過ぎて行った。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 離れた位置から、一団をこっそりと見守る影があった。ジン、マリ、イチヨウ、ハク、リッカの面々だ。

 各々、微笑ましげな表情をしている。


「なあ、ハク。俺達も結婚式とか、するか?」


 イチヨウが、ハクの顔を覗き込む。


「私には戸籍がない。戸籍がないから式はできない」


 困ったように、ハクは言い返す。


「けど、無意味じゃないよ。ハクのドレス姿はさぞ綺麗だと思うんだ。皆に祝ってもらえるぞー、きっと」


「皆が楽しんでくれるなら考えるけれど。最近、ハクはイチヨウといるのが窮屈」


 ジンが笑い声を上げた。


「お前らも倦怠期かー。時期は誤らないもんだな」


「早ければ良いってものでもないけれどね」


 マリがそっぽを向きながら言い返す。


「まあ、今は式を挙げる生徒達を見守ろう~。本当は駄目なんだけれどな~」


 リッカは、苦笑顔だ。複雑な思いがあるのだろう。


「熱意に、負けましたか」


 ジンが、からかうように言う。


「ああいう時期が私にもあったのかなって思ってね。きっと、あったんだろうな~」


「ありましたとも」


 マリが、疲れたような表情で微笑む。


「酔い潰れた人を裸にひん剥いてベッドに放置したり」


「ああ、あれは酷かったなあ……」


 ジンもしみじみとした口調で相槌を打つ。


「学長、そんなことしてたんですか」


 イチヨウが呆れたように言葉を重ねる。

 リッカは、慌てて反論した。


「あれは、マリさんが男だと思ってたからで……」


「男と思ってても普通そんなことはしません」


 マリが、苦い口調で言った。


「まあ、誰しも若い頃はあるもんだよな」


 ジンが苦笑して場の雰囲気を取り繕う。


「ジン」


 マリが、疲れたように口を開いた。


「貴方がこれを見せて私の気が変わるのを期待したなら、それは考え違いだわ」


「けれども、見て良かっただろう。お前の生徒でもある」


「数奇な運命を持った子だとは思っているわ。可哀想な子。別の世界に情を残したばっかりに、きっと不幸なことになる」


「……お前も不吉なことを言うよな、こんなめでたい日に」


「そうね。私は場違いだわ。アキが心配だし、帰ります」


 そう言うと、マリは腕輪の封印を解いて、窓から飛び出して行ってしまった。


「難敵ね」


 リッカが、苦笑顔で言う。


「難敵ですねえ」


 イチヨウが同意する。


「難敵」


 ハクも、呟くように言う。


「俺達にもあんな時期、あったのかなあ」


 ジンは、羨望するような表情で結婚式を眺めている。


「きっと、あったんだと思う」


 ハクが、口を開く。


「忘れているだけで」


「……思い出すような魔術はないもんかね」


「楽しかった思い出は胸に残っているはず。頑張れば、きっと思い出せる」


「そういうもんかね」


「そういうものです」


 ハクは、深々と頷いた。


「今日は、私も飲もうかな」


 リッカが、腕を天に掲げて伸びをした。


「リッカさんと飲むのは久々だなあ」


「イチヨウとハクはいつも通り見張りを頼むわ~、悪いけれど」


「ハクは酔えないから、大丈夫」


「俺もハクといたら暇しないんで、大丈夫ですよ。皆さんで飲んで来てください」


「それじゃあ、ハクアも誘おうかなあ。若い気分に戻ることはできるわよね」


「リッカさん、まだまだ若いじゃないですか」


 イチヨウが苦笑交じりに言う。


「けれども、剣士としてのピークはここら辺だと俺は思うね。そろそろ老いが俺達を襲う。そういう年代だ」


「ジンくんもそう感じるか~。私も老いが追いかけてくる頃だとは思ってるのよね~」


「中年の時期は続きますがね」


「そういうものですか」


「まあ、悔いがなく過ごしたいものだよな。時間は不可逆だ。過去へは決して戻れない……時間を遡る魔法陣を探している俺が言っても説得力がないか」


「けれども、時間を遡れても、過去の瞬間の自分には成り代われないわ~。その瞬間は、一度しかやって来ない」


 リッカは腕組をして、不敵に微笑んだ。


「精々、今は楽しむのね~。この中の何人かは落第して浪人するんだから~」


「悪役みたいですよ、リッカさん」


「そう?」


 ジンの一言に、リッカは意表を突かれたような表情になる。


「ええ、はまり役です」


「そうかしら……いつまでやってるのかしらねえ、この寒空の下で」


 呆れたように苦笑して、リッカは舞姫科宿舎の屋上を眺める。そこではまだ、生徒達が楽しげに談笑しているのだった。


「声が高いわね~。注意しようかしら」


「教師が出て行ったら台無しになっちゃいますよ、リッカさん」


「そういうものかしら」


「そういうものです。だから、こうしてこっそり眺めている。公認するわけにもいかないんでしょう?」


「もっと慎重にやってほしいなあ」


 こうして、時間は過ぎていく。二度とは訪れない一瞬が過ぎていく。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「通してください!」


「初夜ですから」


「入れません」


 扉の外で、アメと舞姫科の生徒が言い争っている声がする。

 ベッドに腰掛けて、青とミチルは座っていた。二人共、まだ結婚衣装のままだ。


「なんだか、夢でも見てるみたいだ……」


 青は、呟くように言う。


「うん、本当に……」


 ミチルも、頷く。

 青がミチルの手を引いて、上半身をベッドに横たえる。二人は、並んで二段目のベッドの底を見た。


「なんだか、とても長い一年だった気がするよ……」


「ミチルの元に落っこちて、そこから全部始まったんだよな……」


「男の姿のアオちゃんに恋をしちゃったり」


「なんで男だって説得してくれなかったんだって責められたこともあったな」


「今じゃ、全部懐かしいね」


 二人して、顔を合わせて苦笑する。

 そして、額と額をくっつけた。


「ミチルで良かったって、本当にそう思うんだ」


「私も、アオちゃんで良かったよ」


 二人の唇と唇が近づく。

 そして、二人はキスをした。


「通してくださいってば!」


「初夜です」


「たまには二人にしてあげなって」


 まだ、扉の前では、アメと舞姫科の生徒が争っている声が聞こえている。

 時間は、矢のように過ぎた。夫婦として一緒にいられる短い時間。それを、二人で大切に分かち合った。

 そして、雪が溶ける日がやってきた。


 魔術の授業に、珍しいことにリッカがやって来た。


「これから、皆の舞姫としての赴任先を言い渡します。呼ばれなかった者は、もう一年修練するように」


 周囲に緊張が走る。いつかはやって来るかと思っていたが、ついにか。青とミチルは、固く手を握り合った。

 名前が順番に呼ばれていく。


「ミチル、貴女はオギノの町です」


 ミチルが、安堵の息を吐く。


「ミサト」


「はい」


 ミサトは余裕の表情だ。


「貴女は、貴女の国の王都に任じられます」


「喜んで」


「良かったな、ミサト」


 青は、小声で話しかける。


「何がよ」


 ミサトは不機嫌そうにそう言い返す。


「魔女として距離を置かれる一生の始まりよ。憂鬱だわ」


「相変わらずお前って冷静というかなんというか」


「けど、アカデミーでの毎日は楽しかったわ。それは、アオちゃんに感謝してる」


 顔をしかめていた青は、思わず表情を緩めた。


「そっか」


「オキタ・アオ」


「はい!」


 名前を呼ばれて、青は慌てて返事をする。


「貴方はこの国の王都担当です。そこなら守ってもらえもするでしょう」


「ありがとうございます」


 リッカの配慮だろうか。それとも、実力からの判断なのだろうか。青にはわからない。


「舞姫としてのレースでも、貴女の勝ちですか」


 ミヤビが、捻くれたように言う。


「俺達の仕事は一緒だろ。勝ちも負けもないさ」


「どうやら」


 ミヤビは、完全に拗ねてしまっているらしい。


「……張り合いがあったよ。お前がいて」


 不機嫌な表情をしばらく崩さなかったミヤビだが、そのうちくすぐったげに苦笑した。


「私達はライバルですからね。それは、一生変わりません」


「ミヤビ」


 名前を呼ばれて、ミヤビが返事をする。二人の会話は、それきりになった。


「以上です」


 リッカが、唐突に始まった任命式を締めくくった。


「残り三人の生徒は、もう一年修練です。拗ねずに頑張るように」


 生徒の泣き声が聞こえてくる。落第した生徒がいた悲しみからだけではない。別離の悲しみに、皆浸っているのだ。

 青は、ミチルの手を強く握っていた。


「王都なら、そんなに遠くないよ」


 励ますように、ミチルは言う。


「また、会えるね」


 ミチルは、微笑んだ。

 目尻に、涙が浮かんでいる。無理して微笑んでいるのだと、すぐにわかった。

 青は、ミチルの体を抱きしめていた。

 この体を、もう一生離したくない。そう思った。

 けれども、時間はこの瞬間も一秒ずつ先へと進んでいるのだった。



次回『舞姫の初仕事?』

青は王都で舞姫としての初仕事を行う。

これから過ごす新しい町。

そんな中、青は王子に想いを寄せられて?

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