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17.結婚の日? その1

 あの凄惨な一夜から一月が経った。町は雪に包まれ、隙間風の冷たさは身に堪えるようになった。布団も冬のものに変わり、夜になるとそれに包まることが楽しみになる。

 青は早朝、ミチルを連れて、冬の制服を着てアカデミーの裏庭に出ていた。雪を転がして、互いに大きな球体を作る。そして、それを並べて上に頭部分を重ねた。

 雪だるまだ。


「こっちがアオちゃんでこっちが私だね」


 ミチルが微笑んで言う。


「仲良く並んでるなー」


 青も微笑んで答える。


「私も混ぜてくださいなー」


 青達の雪だるまの横に、一個の球体が増える。その上に、頭部分が重ねられた。アメだ。


「お前、今この場にいる自分に疑問を感じない?」


 青は思わず、冷たい目でアメを見る。カップルの時間において、アメは邪魔者だ


「いえ、なんにも」


 毒気のない表情で微笑まれてしまった。相変わらず、調子の狂う相棒だ。


「たまには二人きりにさせてくれよな」


「それは危機管理能力が低い判断では?」


 アメは真面目極まりない表情で人差し指を立てる。


「お二人は狙われているんです。常に私が傍にいるのは合理的な判断と言えるでしょう」


「理屈はわかる。理屈はわかるが感情的にわかりたくない」


「まあまあ」


 ミチルが二人の間に割って入る。


「私は三人でいるのも好きだな。アメさん、優しいお姉さんって感じだし」


 ミチルの意見は相変わらず人が良い。そして彼女は、視線を逸らすと付け加えるように小声でこう言った。


「アオちゃんが暴走せずにすむし」


「なんか言った?」


「どうだろうねー」


 ミチルはとぼけることに決めたようだ。こうなると、敵わない。青は一つ、小さな溜息を吐いた。白い吐息が早朝の裏庭に漂って消えていく。


「それにしてもアオちゃん、変わったね。前は朝は鍛錬の時間だったのに」


「鍛錬は良いですね! 健全な精神は健全な肉体からです!」


 アメの生真面目過ぎる意見は、やはり調子が狂う。


「剣術と魔術は、授業の分だけで十分かなって思ったんだ……」


 青は思い出す。ジンがぶら下げていた人の首を。アメが断った人の首を。それに加担したのは、自分の魔力なのだ。

 それを思い出すと、ついつい億劫になるのだ。

 アメとミチルは、戸惑ったように顔を見合わせる。それに気がついて、青は慌てて苦笑を顔に浮かべた。


「まあ、ゆったりとした時間を過ごすのもいいかなって思ったんだ」


「ふーん」


 ミチルは、戸惑ったような表情だ。


「鍛錬は積み上げるものですよ。積み上げなければいつまでも高い位置には届きません」


 アメは正論を積み重ねる。少しは察してくれれば良いのにと青は思う。やはり、調子の狂う相棒だった。


「朝早いじゃーん」


 マフラーをつけたミサトが裏庭にやって来た。

 珍しいこともあるものだ。三人して、彼女に挨拶をする。


「眼が覚めたらまだ周囲が薄暗くってさー。ほんっと、珍しいこともあるもんだよねー」


「自分で言うことじゃないだろ。お前、朝本当弱いもんな」


「雪だるまかー。私も混ぜてもらおうかなー」


 どうやらとことん二人きりにはさせてもらえないらしい。雪だるまを作るミサトを、青は苦笑して手伝い始めた。


「どうせだから大きいの作らね?」


「いいねえ。けど残念ながら私は運痴だ」


「俺が付いてるよ。魔術じゃフォローされる側だが体を使った遊びじゃフォローする側だ」


「じゃ、私は頭作るかなー」


「あんまり胴体を大きくすると乗っけられなくなりますよー」


 平和な時間が過ぎていく。あの緊迫した王宮での時間が嘘だったかのように。それに、違和感を覚えている青がいた。

 こんなことをしていて良いのだろうかと、そう思うのだ。

 中途半端に巻き込まれて、中途半端に突き放されたような、そんな心境だった。

 二人の死に加担した自分が、こんな平和な日常を享受していて良いのだろうかと。


 青は、心音が高鳴るのを感じた。

 ミチルが、怪訝な表情で自分を見ていることに気がついたからだ。

 そんなに表情に出やすい性格だったかな。青は苦笑して、ミチルから目を逸らし、雪だるまに集中し始めた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「アオちゃん、最近ふとした時に考え込んでない?」


 昼食の時間に、隣で食事を摂るミチルに声をかけられた。


「大方、卒業後のことでも考えて憂鬱になっているんでしょう」


 向かいの席に当然のように座っているミヤビが、呆れたような口調で言う。

 最近は、剣術の腕が開き始めた青に、ミヤビは呆れきっている。


「卒業かあ。近い時期だよね」


 ミサトが会話に加わってきた。


「雪が溶ける頃には、私達は各地に赴任することになる。そうなれば離れ離れ。多分、一生会うことはないね」


 ミサトはどうでも良さげに言う。


「赴任した後に、一回卒業式がありますわ。そこで会うことはあるでしょう」


「そうだよー。それに私、会いに行くよ。距離があっても」


 ミチルは、真剣な表情でそう言う。


「ミヤビやミチルは国内組だけど、私は国外組だよー。少々距離がある。舞姫がそんな遠距離の外出許されるかなあ」


 ミサトは、素直なミチルを面白がっているような表情だ。


「うーん。けど、二度と会えないなんて寂しいこと、私は考えたくないな。また、顔見知り同士で集まろうよ」


「卒業、かあ……」


 青は、思わず呟く。

 最近は、平穏な時間が流れている。それも、一時のことだ。時間は常に前へと進んでいく。後ろへ戻る道はない。


「アオとミチルも離れ離れなんだから、準備はしておきなさいねー」


 ミサトは悪戯っぽく笑ってそう言うものだから、ミチルの表情に影が差した。


「離れ離れ、かあ」


 ミチルは慌てて、苦笑顔の仮面をかぶる。


「近い位置に赴任するといいね、アオちゃん」


「そうだな、ミチル」


 ミチルと離れ離れというのは、堪えると思うのだ。辛いことも沢山あった。それでもやって来れたのは、ミチルのおかげだ。

 そして、ミサトとミヤビとの友情のおかげでもある。

 けれども、時間は前にしか進まない。別離の時間は、徐々に近づいている。


「私は傍にいますけどね」


 アメが、胸を張って言う。


「お二人が会えるように、旅の護衛をしますよ」


「ああ、ありがとう」


 青は苦笑して、珍しく自分の召喚した相手に感謝の意を示した。

 そろそろ、授業の時間だ。それぞれ、昼食のトレイを片付けて裏庭へと向かう。青はミチルと並んで歩いた。

 ミチルは何かを考え込んでいるように、口を開かなかった。


 魔術の授業が始まる。

 最近は、舞姫科は魔術の授業が主だ。隣同士並んだ相手の魔力を使うというのが授業の内容だ。

 青は、零れ出た魔力を集めて遊んでいる。

 ミサトも、この手の術には慣れているので、遊んでいるような状況だ。

 内容の進行度合いには、差があった。中には、もう一年舞姫科にいなければならない生徒もいるのだろう。


 その夜の、ことだった。

 青は、ミチルと並んで寝ていた。ベッドの外では、アメが二本の刀を抱えて扉に視線を向けている。


「どうした? ミチル」


「ん? なんでもないけど?」


「今日は、お前が考え込んでるみたいだ。黙ってるもんな」


「んー……見え見え、か」


 ミチルはそう言って苦笑する。その表情が、とても愛おしいものに青には感じられる。

 ミチルはしばらく躊躇っていたが、そのうち上目遣いに青を見て、こう言った。


「アオちゃんは、私がお婆ちゃんになっても会いに来てくれるかなって」


 青は、返事の言葉を失う。

 元の世界に戻る魔法陣。それが見つかれば、青は元の世界に戻るのだ。


「私がぼけちゃっても、面倒見てくれるのかなって」


 ミチルは、この世界で生きていく。二人の間には、超えられない壁がある。


「あー……ミチルは、俺の世界に来る気はないんだっけ」


「ああ、そっか。その問題があったね」


 ミチルが、一気に意気消沈する。


「あまりにも自然にアオちゃんがいるから、失念してた。アオちゃんはずっといるものだと、思い違いしていた。馬鹿だね、私」


「……いるよ」


 青は、思わず呟いていた。青はミチルに色々なことを言ったし、色々なこともした。それで彼女を見放すのは、無責任だし、あまりにも哀れに思えたのだ。

 青はある意味、詰んでいた。逃げ道を、塞がれていたのだ。


「どうせ魔法陣なんてそうそう見つからないし、俺はミチルの傍にいることになるんだろうなって、そう思うよ」


「見つかったら、戻っちゃうんでしょう?」


「どうだろうな。ミチルを今更放り出せない気がするな」


「無理しないでいいよ。魅力的な世界だったものね」


「無理なんて、してない」


 ミチルの額に、自らの額をくっつける。吐息と吐息がぶつかるほどに二人の距離は縮まった。


「……そう言ってくれるだけで、十分だよ。帰るって約束してたでしょ。約束は、果たさないと駄目だよ」


「……うん」


 青は、痛いところを突かれて、思わず小声になっていた。


「けど、ミチルと一緒にいたいっていう気持ちも本当なんだ。だから、俺はきっと、帰れないと思う」


「そっか……」


 ミチルは微笑んだ。花に彩られたような可憐な笑みだった。


「ねえ、アオちゃん」


 ミチルが、呟くように言う。そして、青の目をまっすぐに見た。


「結婚、しよっか」


 意表を突かれて、青は数秒返事を忘れた。


「え?」


「離れ離れになる前の、思い出作りに。結婚式、上げよっか」


 ミチルは、少し緊張した表情で、そう言っていた。


「ここまで思いが繋がったのに、結婚せずに離れ離れって、なんだか怖いなって。結婚すれば、アオちゃんは私のことを覚えていてくれる気がする」


「結婚しなくても、覚えてるけれどなあ」


「けれど、憧れない? 結婚式の衣装を着て、今しか一緒にいれない友人達にお祝いをしてもらうの」


 お祝いをしてもらう、というのが中々高いハードルのように思える。青とミチルは、自分達の関係をオープンにしていないのだ。


「それが、私のこの一年の集大成だと思うんだ」


「……ミチルがそう言うなら、俺は協力するよ」


「アオちゃんは、嬉しくないの?」


 ミチルは、少し困ったような表情で訊いてくる。

 青は、苦笑した。


「すっごい嬉しい」


 大好きな子に結婚しようと言われて、嬉しくないわけがないのだ。

 けれども、逃げ道を確実に塞がれてしまったような、そんな予感もあった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 青達は、まずは舞姫科のまとめ役、サクヤに相談することにした。

 彼女と仲の良いミチルが、まず話を持っていく。


「サクヤちゃん、私達、結婚しようと思うの」


 壁に足を立てて椅子を斜めにして座っていたサクヤは、目を丸くして、背もたれからずり落ちた。


「性急だね」


「卒業すれば、私達はこの地にいられなくなるもん。今しかないと思って」


「そっか。そっかー。なるほど。ちょっと吃驚したけれど祝福するよ。二人共、そういう相手がいたんだねえ」


 サクヤは納得したように頷くと、立ち上がった。


「で、二人の相手は? ここは舞姫科の生徒しか入れないから、外で待ってるのかな?」


 ミチルは、困ったように青を見た。

 サクヤと相部屋のミサトは、全てがわかっているのでにやけた表情でベッドに寝転がって本を読んでいる。


「私と、アオちゃんで結婚するの」


 サクヤは、虚を突かれたような表情になる。


「えー、その、ミチルと、アオで? 女の子同士じゃない?」


「俺は男だってずっと言ってる」


 苦い顔で青は言う。


「実は股についてるの?」


「ついてない」


「んー……」


「困惑するのはわかるよ。けれども、私達は本気なんだ」


 ミチルが必死に説明する。ミチルにとってサクヤは親友だ。親友には、どうにかわかってほしいのだろう。

 サクヤはしばらく考え込んでいたが、そのうち諦めたように苦笑した。


「いや、わかった。二人がそう決めたなら、めでたいことだよ。確か、法律にも同性同士の結婚を禁止するものはないし」


「そう思ってくれる?」


「うん、思うよ。めでたいって。けど、子供は作れないね?」


「養子を取るか、特殊な魔法陣を見つけてアオちゃんを男の体にしてもらうかで解決するよ」


 養子の件は聞いていないな、と青は思う。知らない間に、外堀がどんどん埋められていっている。


「そっかー。覚悟の上か」


「好きになった人がアオちゃんだったんだ。もう、織り込み済みだよ」


「そっかー……」


 サクヤは、立ち上がって頷いた。そして、ミチルの手を両手で包んだ。


「学長の許可、得ないとね」


「サクヤちゃん!」


 サクヤは本格的に青達側についてくれるようだ。ミサトが喜びの声で彼女の名を呼ぶ。


「全ては学長次第だよ。学長の許可を得れば、町の中の教会で結婚式を挙げられる」


「うん。それじゃ、行こう。サクヤちゃんもついて来てくれる?」


「いいよ。私が話すよ」


 こうして青、ミチル、サクヤ、アメの四人は、学長室に向かったのだった。

 そして、サクヤが代表して、状況をリッカに説明した。

 返事は、聞かなくてもわかった。リッカの穏やかな表情が、徐々に苦いものになっていく。

 彼女は顔の眼鏡を取ると、布で拭き始めた。


「また貴方なのね~オキタ・アオ。私の計算をいっつも狂わせるのは貴方の行動なのよね~」


 ぼやくように彼女は言う。


「舞姫として赴任するまであと数ヶ月もありません。そうなれば私達は離れ離れです。最後の思い出作りをさせてください」


 サクヤが学長室のテーブルに手を置いて、必死に頼み込む。

 答えは、簡潔だった。


「駄目です」


 その四文字には、揺るぎない意志が感じられた。


「そもそもアカデミー内は恋愛禁止が原則なのよ~。そこに結婚を許したなんて前例を作れば、私も、私も、なんて後に続く者が出てくる。前例を作るわけにはいきません~」


「けど、離れ離れになっちゃうんですよ? これで、最後なんですよ?」


「離れ離れになった後に、二人で会って結婚なさいな」


「舞姫科の友達に祝ってもらえる機会は、今しかないんです。皆が離れ離れになる前に、結婚したいんです」


 それまで緊張した面持ちで事の成り行きを見守っていたミチルが、口を開く。

 リッカが、手に持っていた眼鏡でミチルを指す。


「結婚しましたって手紙を送ればいいでしょ~。祝ってもらうタイミングは前後しても構わないはずだわ」


 このままでは、押し切られてしまいそうだ。離れ離れになれば、熱が冷めて、結婚しようという話も流れてしまうかもしれない。青は慌てて、口を開いた。そして同時に、どうしてこのタイミングでミチルが結婚などと言い出したかも理解したのだった。


「俺達には、今のタイミングしかないんです。もう二度と、今の顔ぶれで集まる機会はないってわかっている。だから、今しかないんです」


 リッカは眼鏡をかけて、鋭い視線を青に向けた。小柄な女性が向けたものとは思えぬ重みのある視線だった。


「アオ。貴方そもそも、自分の戸籍についてどうなってるか理解してるの~?」


「いや、それは……」


「駄目なものは、駄目。話がそれだけなら、出なさい。舞姫科の生徒は、まだまだ勉強することがあるでしょう。復習なさいな~」


 そう言って、リッカは窓の方を向いた。

 ここまでだ、というのが四人共通の思いだったのだろう。各々、何も言わずに部屋を出た。

 舞姫科の宿舎への道を、四人で歩く。


「学長は頑固すぎるわ」


 サクヤは、憤慨したように言う。


「私達で祝えるタイミングは今しかないのに。冷たすぎる」


「けど、言ってることは尤もだ」


 青は、諦めを込めた口調で言う。こうなれば、離れ離れになった後に、どこかで落ち合って結婚式を上げれば良いのだ。その約束さえ交わしてしまえばそれが破られることはないだろう。


「あんたはどっちの味方なのよ」


 サクヤに睨みつけられて、青は黙った。

 そして、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


「こうなれば話は簡単よ」


 サクヤが立ち止まって、三人を振り返る。


「私達で勝手に式を挙げちゃえばいいの。舞姫科の生徒を集めれば、裁縫が得意な生徒ぐらいいるでしょ」


 思いもよらない方向に話が転がり始めた。

 行動力がある人間というのは毒にも薬にもなる。サクヤは今回のケースにおいて、リッカにとっては毒で、ミチルにとっては薬なのだろう。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「はは、結婚式ですか」


 ハクアが、言ってティーカップに口をつける。中の茶の匂いを味わいながら、口に含む。


「はは、じゃないわよ。冗談じゃないのよ。恋愛禁止が原則なのに結婚を許したなんて、噂になれば冗談にならない事態になっちゃうわよ~」


 リッカは苦い顔で言うしかない。まったく、異世界からやって来た彼女はいつも人の計算を狂わせる行動を取る。


「若いっていいものですね。昔はジンさんとマリさんの結婚式を私達で祝ったものじゃないですか」


「それは、そうだけれど~。状況が違うわよ」


「あの時、セツナさんとリッカさんが見栄を張ってそれぞれの領の剣士を大量に連れて来て。肝心のマリさん達と同じ領の私達は外に追いやられてましたっけ」


「余計なことを覚えてるわね~あんたは」


 リッカは、ついつい苦笑する。過去が懐かしくなったのだ。


「生徒達にも、そうやって語れる過去を作ってやっても良いのでは?」


「それとこれとは、話が別よ~」


 リッカは、真顔に戻る。ハクアは苦笑した。


「そうそう大人しく諦めてくれるといいのですが……」


「結婚式はこの近隣の町や村では私の許可無く行えないわ。教会に行っても追い返されるだけよ~」


「どうでしょう。相手の目的が戸籍上の関係ではなく、思い出作りになれば、話は変わってくるんじゃないですか?」


 リッカは黙りこむ。それは、リッカも想定していた最悪のケースだ。

 内輪で極秘に式でも挙げられれば、止める術がなくなる。


「……一応、衣服関係の店には、生徒にドレスやタキシードを売らないように注意を出したわよ~」


「さてはて、若いとは怖いですからね。どうなることやら」


 ハクアは穏やかに微笑んでいる。リッカはそれを見ていると、嫉妬に近い気持ちを抱える。


「若い人の気持ちに関しては、貴女のほうがわかっていそうね~」


「そうでもないですよ。外見が若いとは言われますが」


 そう言って、自虐的に笑う。不老不死の呪い。それがハクアの抱えている問題で、このアカデミーに所属している理由の一因だ。

 彼女の容姿は、十代と二十代の間で止まってしまっている。

 それを羨ましいと思う気持ちが、リッカにないわけではない。


 時間は常に前へと進んでいく。成長はやがて老いへと変わっていく。自分は成長する過程は既に終えてしまった。なら、老いへと転じるのはいつからだろうとリッカは思う。


「ともかく、駄目なものは駄目。悪い前例を作らないのも学長の仕事です」


「ご立派」


「何か言いたそうね~」


「いえ、そんな。可哀想だな、なんて、思ってませんよ」


「思いっきり言ってるじゃない……」


 リッカは憂鬱な気持ちになる。部下からも責められてはたまらない。

 窓の外に視線を向ける。

 まったく、学生なのだから学生らしく、授業内容だけ追っててくれれば楽なのになあとリッカは思うのだった。

 子供というものは、そういう風にはいかないものなのだろう。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「ともかく、学長は横暴です。話を知った途端に、教会への生徒の侵入を禁じました」


 食堂の隅で、サクヤが小声で熱弁を振るっている。

 それを、舞姫科の生徒達が囲んで訊いている。


「ならば終着点は簡単です。私達で簡潔な式を挙げてやるしかない! そしてそれを一生の思い出にしましょう!」


 周囲は戸惑ったような反応だ。各々顔を見合わせて相談している。


「その、アオちゃんとミチルちゃんが式を挙げるの? 各々、相手がいるとかじゃなくて」


「アオとミチルで間違いありません」


 サクヤが、淡々と言う。


「ちょっと珍しく見えるかもしれないけれど、私達の友達の結婚よ。私達が祝わないとどうするのよ」


 サクヤの呆れたような口調に、周囲の戸惑いも多少は薄れたようだった。


「私、裁縫得意だよ」


 そう言って手を上げたのは、意外なことにミサトだった。


「私も、嗜み程度の裁縫はできますわ」


 ミヤビも手を上げる。


「じゃあ、通行人を買収して布の仕入れをしましょう。そしてタキシードとドレスを作る。後は式の場だけど、食堂でいいかな?」


「その前に、布を隠す場所が必要だと思うけれど。シーツ交換の人に見つかっちゃうよ」


 尤もな意見だ。サクヤは、思わず黙りこむ。

 ミサトが、悪戯っぽく微笑んだ。


「それなら大丈夫。私とミヤビちゃんは作業にうってつけな隠し部屋を知ってるから」


「大胆すぎやしないか」


 青は思わず口を開く。あの、家督継承に使われる隠し小部屋のことだろう。あの場所ならば入る人もいない。


「けど、他に案もないでしょー?」


 それもまた、尤もな意見だった。


「ミサトに良い考えがあるならそれで行こう」


 サクヤが、ミサトに頼るように言う。


「式の場だけど、食堂へ移動する間に見つかる可能性があるよ」


「舞姫科の宿舎で、入り口から歩いて屋上で式を挙げるってのはどうだろう」


「その案、貰った」


 サクヤが、一人の案を採用する。


「それじゃあやるわよ。これは学長サイドと私達サイドの闘争です。負けは許されないわ。絶対に二人の想いを成就させてやるんだから!」


「おー」


 ミサトがのんびりとした口調で手を上げ、他の生徒もそれに続く。

 そして、その場は解散となった。


「それにしても、アオとミチルがねー」


「俺は男だって言ってたの、本気だったのねー」


 そんな声が、ちらほらと聞こえてくる。戸惑いはまだ、周囲に残っているようだ。けれども、祝おうという気持ちも同時にあるらしい。それは、ありがたいことだった。


「皆を巻き込んじゃったね」


 ミチルが、躊躇いがちに言う。


「今更後には引けんな」


 青は苦笑して応じる。


「そうよ、後に引く道なんてないんだからね!」


 サクヤが耳聡く聞いたようで、そんな風に熱弁を振るう。彼女はこんな風に、大衆を鼓舞する才があるのかもしれない。


「結婚式かあ。いつかいつかは挙げるもんだろうと思ってたけれど、今になるとはなあ……」


 実感が追いついてこない。結婚という人生の一大イベントは、遠い未来にあるものだと思っていた。


「言い出しっぺは私だけど、私も、実は実感がちょっとないんだ」


 ミチルが、苦笑交じりに言う。


「けど、今、凄く幸せだよ」


「ミチル……」


 二人の視線が絡み合う。


「そういうのは二人の場でやってよね」


 ミサトが、からかうように口を挟んだ。そうだ、今この場には、色々な生徒がいるのだ。青とミチルは、慌てて視線を逸らす。


「本当にデキてるんだねえ」


「ちょっと意表を突かれたけれど、念願の舞姫科公認カップルの誕生じゃない」


 周囲の祝福の空気に、青は感謝の念を禁じ得なかった。同時に、照れ臭くもなった。


「アメ、お前は学長側じゃないだろうな」


「反対する理由がありはしませんよ」


 アメは、微笑ましげにそう言った。その視線にまっすぐに射抜かれて、青は落ち着かない気持ちになる。

 やはり、調子の狂う相棒だった。


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