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16.潜入? 暗殺? その2

 暗い闇の中を、ジンは目の前を駆ける兵の後を追って走っていく。

 やはり、心臓部に直進したのは正解だったらしい。ここは、元々少ない敵兵の数が少ない。ただ、違和感はあった。

 暗すぎるのだ。

 窓すら閉じきった室内は、隙間から差し込む月明かりで壁の輪郭が辛うじて見える程度だ。

 そのうち、兵が立ち止まった。


「王印が見つかったそうだ!」


 目を凝らすと、鎧姿の影が、闇の中でゆっくりと立ち上がったのが見えた。


「寝ている間は誰も通すなというお達しだ」


 重みを持った声が闇の中に響き渡る。


「しかし、王印だぞ。これを使えば王の箔付けになる。迷っている領主にも味方する者が現れるかもしれん!」


「寝ている間は誰も通すなというお達しだ」


「しかし、しかしだ!」


「……近衛兵団はいつからそんなに協力的になった?」


 兵が、戸惑うように口籠る。


「まんまと利用されたと気づかんか!」


 首が、飛んだ。鎧姿の影が、一瞬で剣を抜き、見回り兵に接近して首を断ったのだ。間違いなくその動作の素速さは体魔術を使ったものだった。


「おいおい、ただでさえ少ない味方だぜ。斬っちまっていいのかよ」


 ジンは、ありがたく思いながら剣を鞘から抜く。体魔術を使う敵と、熟練の兵の二人が敵ならば、流石に分が悪かった。なんとかする自信はありはしたが。


「愚者など味方にいらん。王を守る俺と、前王を人質に取る面子がいればいい」


 よほど、腕に自信があるらしい。確かに、先ほどの動きは脅威だった。

 だが、マリほどではない。それが、ジンの中で自信となる。


 敵が、ゆっくりと歩み寄ってくる。その動きが、闇の中で急に消えたようになる。

 ジンは反射的に剣を動かしていた。

 剣と剣がぶつかり合う音がする。

 次の瞬間、腹部を蹴りつけられてジンは尻もちをつく。さらに追撃の突きを、ジンは転がって避けてその勢いのままに立ち上がった。


 誤算だった。これでは、闇に眼が慣れている相手が完全に有利だ。

 天眼流の読みも、この闇の中では完全に作用しない。ただ、相手の鎧のこすれる音を頼りにジンは反応速度を上げていく。


 一手でも間違えれば死の綱渡り。しかしジンに迷いはない。

 剣と剣がぶつかり合って、何度も闇の中に火花が散った。

 そのうち、ジンの中に疑念が湧く。敵の攻撃が、あまりにも的確すぎるのだ。急所狙い。それ故に防ぎやすい。しかし、この暗闇の中でそれは可能になるものなのだろうか。


 そのうち、敵はじれたように四方八方の壁を蹴り始めた。全方位からの攻撃。この闇の中だというのに、壁を蹴る足に躊躇がない。

 闇の中で全方位から攻撃されれば、流石のジンとて分が悪い。

 

 しかし、現状を見た時、ジンの中にこの状況の打開策が見えた気がした。

 ジンは心の中の門に空気を送り込む意識を持つ。一瞬、無防備になり、敵の剣が首筋へと迫る。

 次の瞬間、ジンは剣を弾き、同時に火球を一個掌に浮かべていた。


「うっ」


 敵の足が止まる。その手は目を必死に抑えていた。

 その隙を見逃すジンではない。手に持つ剣が、敵の首へと吸い込まれていった。

 鮮血が飛び散り、敵は地面に倒れ伏した。


「体魔術で視覚まで強化していたか。闇の中で自由に動けるわけだ」


 ぼやくようにジンは言うと、敵の体に足をかけて首から剣を引っこ抜く。

 残っている仕事は、少なかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 炎の壁を突き破ってくる矢じりを、アメの刀が正確に叩き落とした。

 場は完全な膠着状態にあった。

 兵達は進めない。

 青達は押しとどめる。

 両者は完全にその場で立ち止まっていた。


 一手間違えば、誰かが死ぬ。そんな思いが、青の気分をさらに陰鬱なものにさせていく。

 その時、場違いに呑気な声が周囲に響き渡った。


「おう、やってるな」


 僅かに響く血の滴る音。

 青は、見てはいけないと思った。けれども、振り返って見てしまった。ジンの手が、ぶら下げている首を。

 力が、抜ける。炎の壁が、消える。そして、ジンの持っているそれを見た兵達の間に動揺が走る。


「これでお前らは、この地にいる大義名分を失った。どうする? このまま膠着状態でいるか? それとも、一縷の望みに縋って逃げるか?」


 ジンはそう言って、首を前方へと突きつける。焦点の合わない眼を、青は見てしまって、吐き気が喉元からこみ上げてくるのを感じた。


「逃げるなら、追わんが」


 とぼけたように言うジンに気圧されたように、兵達は逃げ始めた。

 けれども、一人だけは違ったようだった。鎧の近づいてくる音が聞こえる。ジンが首を地面に落とし、剣を抜く。

 振り返ると、青の眼前には剣があった。

 救いを求めるように、青はアメへと魔力を放出していた。


 瞬間、アメの動作が見違えるように素速くなった。彼女は刀を振りかぶって近寄ってきた兵に一瞬で接近すると、その首を断った。

 首が転がっていき、残された体が倒れる。

 今、自分は間接的に人殺しに関与しているのだ。その事実が、青を打ちのめした。


「素速い動きだったな。なんだ、今のは」


 ジンが、剣を鞘に戻して、首を拾いながら言う。


「時間を操る魔術の応用です。アメの時間だけを早送りにした」


「なるほど、応用が効くコンビで結構なことだ。さて、これは近衛兵団の宿舎にでも投げ込んでくるとするか」


 そう言って、ジンは首を持ち上げる。青は、それを見ないようにしながら、必死に吐き気をこらえた。


「貴方は、死体を見世物として使うのですね」


 アメが、咎めるように言う。


「そうでもしなけりゃ、敵に情報を持って逃げられる。味方も失敗したということは撤退を終えているだろう。行くぞ、アオ。飛行魔術だ」


 青は、従う。もう、頭の中で何かを考える余裕はなかった。ただ、唯々諾々とジンの指示に従い続けた。

 そのまま、時間が過ぎた。


 帰り道を、馬に乗って過ごす。今頃城はどうなっているだろうか。それは、青にもわからない。

 ジンは味方の行動の成否よりも、撤退を優先した。自分達の役割は終わったのだと。

 ジンの背中にしがみ付きながら、青は思わず呟いていた。


「先生」


 我ながら、魂が抜け落ちたような声だった。


「……なんだ」


 ジンが、苦い声で言う。


「剣術も魔術も、結局は人を殺める術でしかないのでしょうか」


 青が今日見たのは、人の死だ。それは、あまりにもショッキングすぎた。生々しすぎた。

 ジンはしばらく黙り込んでいた。そしてそのうち、困ったように頭を掻いた。


「そういう側面もある。否定はできん。事実、今回の敵は剣術と魔術を殺めるために使った」


 心の中に、穴が空いたような気分になる。自分が熱中していたものの正体は、それだったのだろうか。


「敵国でも魔術の研究が進んでいるならば、それは脅威だ。我々はそれに備えて剣術と魔術を磨かなければならん。守るためにな」


「守る……ですか」


「胸を張れよ」


 ジンが、苦笑顔で振り返る。

 周囲は、薄っすらと明るくなり始めていた。遠くに、オギノの町があるのが見える。


「ここは、お前が守った大地だ」


 ジンに頭を撫でられて、青は俯く。後味の悪さはある。けれども、安堵感があるのも事実だった。

 ミチルを戦争に巻き込まずに済んだ。その事実だけを、今は噛みしめようと思った。


 それから、時間は穏やかに過ぎた。

 ミチルとアメとミサトとミヤビと過ごす日々。

 けれども青は、剣術と魔術への熱意を失いつつあった。


「星を支配した人の最期の敵はなんだと思う、アオ」


 ジンの問いかけが、脳裏に残り続けた。

 その答えは、疑いようもなく人なのだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「貴方は結局剣に呪われているのよ」


 疲れたように、マリが言った。


「仕方がなかった。お前達を守るためでもある」


 ジンが、渋い顔で言う。

 夜の食卓を囲んで、二人は向い合っていた。


「貴方が傍にいてはアキが安心できない。貴方がいない生活にアキを慣れさせる必要がある」


 淡々と、マリは語っていく。


「早計だ」


「そうかしら」


「なあ。三人で過ごしたこの時間。本当に無駄だったんだろうか?」


「……無駄にしたのは貴方よ」


 マリの言葉には、明確な拒絶の意志があった。


「もう少し、考えてみよう。三人にとって、何が良いかを」


「……実はもう、頼んであるの。リッカさんに、引越し先の探索を」


「それこそ危険だ。この町の面子がいるからこそ安全なんだ。平和教の集団に目をつけられでもしてみろ……」


「それこそ、貴方の実家を頼るわ」


 マリは、苦笑した。


「貴方も、来る?」


 ジンは考えこむ。行くと発声するのは簡単だ。けれども、それをするにはジンはしがらみを抱え込みすぎた。


「そうよね。貴方はそういう人よ」


 マリは、しみじみとした口調でそう言った。


次回

舞姫科の日常的な話か、青の舞姫としての初仕事の話をやります。

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