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15.舞姫の試練? その2

 青の仕事となったのは、鶏の餌やりと、新しく拡張する畑の地ならしだった。


「皆に満遍なく行き届くようにやってねー。特に、青い首紐を巻いたグループには多めにやってくれ」


 ハルカゼはそう、気楽な調子で言った。

 鶏の飼育小屋に入った途端、けたたましい鳴き声が響き渡る。鶏達は餌の時間だと自覚しているらしく、我先にと柵に体を擦り付ける。百匹はいるだろうか。そのけたたましさは尋常ではない。

 青はそれに、餌を落としていった。


 そのうち、青い紐を首に巻いているグループの柵の前に青は辿り着いた。青は、餌を落としていく。

 そのうち、違和感に気がついた。

 一匹だけ、柵に寄ってこない鶏がいる。離れた場所で、他の鶏に阻まれるように餌から隔離されている鶏がいるのだ。体格も他と比べてやや小さい。


「ああ、弱い個体ですねえ」


 アメが、訳知り顔で言う。


「どうすりゃいいんだ?」


「目の前に餌を落としてやれば食べますよ」


 アメの指示通り、手を目一杯伸ばして目の前に餌を落としてやる。すると、相手はゆったりとした動作で餌を食べ始めた。そのうち、目の前の餌を食べ終えた鶏達が、弱い個体の餌に殺到する。

 餌はあっという間になくなってしまった。


「どうしよう。きりがないぞ」


「柵から出して食べさせてやればどうでしょう?」


 尤もだ。青は弱い個体を柵から取り出して、餌を地面に落としてやった。彼は、ゆったりとした動作で再び餌を食べ始める。


「大丈夫かこいつ。こんなので生きていけるのか」


「弱い個体は死にます。人間でも同じですよ。適応できない存在、運が悪い存在は死に絶えます」


 純朴なようで、達観している。相変わらず、調子の狂う相棒である。

 青は、弱い個体を胸に抱いた。暖かかった。


「弱い個体でも生かせるのが人間だろう。こいつには毎日念入りに餌をやる。他の奴と同じサイズになれば、変化があるかもしれないしな」


「……そう思うなら、そうなんでしょうね」


「こいつはチビと名付けよう。絶対に大きくしてみせるぞ」


「なんだかんだで、やる気が出てるじゃないですか」


 アメはそう言って、微笑ましげに青を見ている。やはり、なんだか調子の狂う相手である。

 餌やりを終えると、整地に移る。地面の上の雑草を抜いて、岩などを取り除いていくのだ。


「精が出るねえ」


 通りすがりの中年男性に声をかけられた。同じ農場で働く仲間らしい。

 多くの人間が、この農場では働いていた。数は、三十はいるだろう。

 それにしても、広い農場だった。端から見れば、見渡すかぎりの畑だ。


「ええ、まあ」


「腰をやらんように気をつけてやりなよ」


「ありがとうございます」


 青は自分のペースで雑草を抜いていく。その横で、アメは倍近い速度で整地を進めていた。


「アメ、速いな」


「はい」


「コツはあるのか」


「無心でやることです」


「お前、話す気ないな? 熱中してるな?」


「そんな馬鹿な」


 素速く動いていたアメの手が止まった。


「私は剣に生きると決意した身です。農作業が楽しいだなんて、そんなわけありません」


「いや、ならいいんだけどな」


「まったく、アオさんは誤解が過ぎます」


(やっぱり、調子が狂う奴……)


 あっという間に昼食の時間がやってきた。

 青達は、自分の部屋で食事を摂ることになった。男所帯だから目の毒だ、ということらしい。


「あー、腰いってー……」


 青はぼやくように言う。腰には鈍痛があった。


「ご苦労さまです」


 アメは上機嫌に微笑んでいる。やはり、農作業が楽しいのではないかと青は思う。


「しかし、農作業って果てがないな。どこまで農地を拡張していくんだろう」


「自分達が食べる分だけではありませんからね。出荷する分があります」


「なるほど、ねえ……」


「多分、そうして生計を立てているのでしょう。ここの主は。ここまで広いと、貸している土地もあるのかもしれませんね」


「そういうもんか」


「そういうものです。一種の、地主ですね」


 青は食べ終えると、また鶏に餌をやりに行った。

 相変わらず鶏達は柵に体を擦り付けて餌を待つ。その中で、チビだけが弾かれている。

 青はあらかた餌をやると、チビを柵から取り出して、別個に餌をやった。


「お気に入りですね」


 アメが、微笑ましげに言う。


「青い紐の鶏には念入りにって言われたからな。言われたことをやっているだけだよ」


 そう言いつつも、チビに愛着を感じ始めている自分がいるのを青は否定できなかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 一週間が、過ぎた。

 悩みといえば、夜にアメが下着で寝るぐらいだ。それに関しては、アメに不平があるらしい。


「私の服は魔力で作られています。アオさんが魔力で寝巻きを作ってくれれば私もこんな不便をせずに済みます」


「けどお前、寒くないの? もうすぐ冬だよ?」


「汗臭い服で寝るよりマシです」


 確かに、アメの服は一着しかなく、それは夜に干しておく他ないのだった。大抵は生乾きになり、青のウォール型の魔術で乾かすことになるのだが。

 ハルカゼから服を借りる案を述べてみたが、却下された。


「私はあの服しか着ないと誓っているのです。同じ服だけ何着も持ってました」


(本当、調子が狂う奴……)


 青は、アメから目をそらすようにして寝ていた。発育の良いアメの下着姿を見ながら寝るのは精神衛生上よろしくなかったのだ。

 そして、再び問題の夜になった。アメは部屋で服を洗っている。青はそれを視界に入れないようにしながら寝転がっている。

 久しぶりに嗅ぐ、アメ以外の甘い香りが鼻をくすぐった。

 それは物凄い勢いで青へと接近している。


 水がはね飛ぶ音がした。アメが濡れた服を身にまとっている。


「風邪ひくぞ……」


「そんなことを喋っている余裕はないようです」


 アメが、腰に刀を帯びた。

 その次の瞬間、扉が蹴破られた。黒いフード、黒い衣服に身を包んだ死神が、そこにはいた。その手には、剣がある。

 アメの抜きかけの刀と、死神の剣がぶつかりあって火花を散らした。


「速い……?」


 アメの呟きの通りだった。敵の移動速度は尋常ではない。


「アオさん、窓から逃げて!」


 青は魔術を使おうかとも思ったが、やむなく従うことにした。世話になったこの家を燃やす訳にはいかない。部屋の隅の剣を引っ掴んで、窓から外へと飛び出した。

 敵も、矢のような速さで外へと飛んで来る。アメがその後を追って飛び出してくる。鞘から刀は既に抜けきっている。

 青も、剣を鞘から引き抜いた。


「アオさん、剣はどれぐらい使えます?」


「お前には劣るよ」


「そうですか……見張り番はどうやら敵を見落としたようです。援軍は期待できません」


「倒せるか?」


「逆に聞きますが、死神というのは全員あんな強敵なのですか? なら、話が違ってきますが」


「あんな個体は初めてだ……」


 青は直感的に理解した。それは、絶望的な結論だった。


「暗殺用にまとめたんだ。複数体に回す魔力を一体に。多勢の前に少数じゃ敵わないが、今回みたいに少人数を相手にするには一体を強化するのが合理的だ」


 月明かりで、敵の姿はおぼろげに見える。どちらに攻撃を加えるか迷っているらしい。それもそうだ、相手の目的は適応者の生きながらの確保だ。しかしここには、青の他にアメというよくわからない存在がいる。どちらを確保するべきか、敵は迷っている。


 その次の瞬間、敵が駆けた。

 足に向かって突きが来る。そう感じて青は辛うじて敵の剣を弾こうとする。その前に、アメが立ちはだかった。

 青の剣は、吸い込まれるようにアメの腹部に食い込んでいた。


「馬鹿野郎、何やってるんだ!」


「召喚術師を守らなければ……私に価値はないでしょう?」


 敵の突きは辛うじて逸らしたらしい。アメはそのまま、前へと向かって歩き出した。

 その腹部からは、血が次々に溢れて袴を濡らしている。


 敵は左右からアメを嬲ることに決めたようだ。素速く移動しながら攻撃を加えていく。アメはそれを、辛うじて弾いていく。だが、その動きは徐々に鈍っていた。

 何かできないか、と青は思った。相手の速度は魔術では捉えられない。かと言って、青の体魔術では焼け石に水だ。


(何か、できることはないのか……?)


「アオの魔力を侮っていた。規格外過ぎる。もしくは青は、時を操る魔術に長けているのかも」


 ハクの言葉が、脳裏に浮かび上がった。


(この場で上手く働けなくて、何の為に無駄に馬鹿でかい魔力を飼ってるんだよ……!)


 青は念じた。それは、シホやミサトすら習得していないだろう新たな魔術の開発。魔力の混線している青にそれが可能だろうか。

 いや、可能か不可能かが問題ではないと青は念じる。

 やるしかないのだ。


 敵の剣が、アメの足を断った。

 その時のことだった。青の神経は極限まで集中されていた。

 敵の剣の軌道が戻っていく。切断されたアメの足が、結合する。敵は物凄い速度で後方へと戻っていく。


 それは、一瞬のことだった。

 次の瞬間、アメの足の切断を狙って飛んできた敵は、頭を串刺しにされて消滅した。


「見えたか……!」


 青が、興奮のあまり声を震わせながら言う。


「見えました。時間が、巻き戻って行った。貴方の魔力で存在している私だから、感覚を共有できたのでしょう」


「なんだよ、俺にも取り柄があるじゃないか。いや、俺だけじゃ駄目だな。俺達二人なら、誰にでも勝てる!」


「そうですね。私とアオさんの力があれば、負けるはずがない……最強です」


 そう言って、微笑んで、アメは片膝をついた。

 そうだ、彼女は腹部に傷を負っていたのだ。


「なんでこんな無茶をしたかなあ……」


「すいません、アオさんを侮っていました。魔力を照射していただけますか? それで、回復しますので……」


 青はアメの傷口に手を当てて、魔力を放った。徐々に、アメの傷口が閉じていく。服までもが、元に戻った。


「俺達、最強だな!」


「……本当に、男の子なんですねえ」


 興奮する青に、アメは微笑ましげに言う。


「今のアオさんは、男の子らしいです」


 笑われて、青は赤面してしまった。

 本当に、調子の狂う相棒だった。

 けれども、彼女は最強の相棒でもあったのだ。


「おー、自分達でなんとかしちまったな」


 聞き慣れた声がして、青は驚いた。ジンの声だ。

 見ると、ジンが窓から顔をのぞかせている。


「……護衛付きだったわけですか?」


「そゆこと。それにしても、敵の手段もどんどん進化しているな……。敵を生み出す土地を、迅速に見つける必要があると言えるだろうが、一般の兵士にまで魔術の教養を求めるのは難しい……」


「……早く終わりにしなきゃいけないんですね。こんなこと」


 それは、ミチルとの別れでもあるのだ。青は、複雑な思いでいた。

 ミチルが懐かしかった。

 一刻も早く、ミチルの元に戻りたかった。

 けれども青は、この地で摑まなければならない何かがあるのだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 鶏がけたたましく鳴きながら柵に体を擦り付ける。青は苦笑して、餌をやっていく。その後ろを、アメがついてくる。

 チビを抱き上げて、個別に餌をやる。


「一週間前よりは、ちょっと大きくならなかったか?」


「どうでしょう。私には違いがわかりませんが……」


 アメは正直者だ。


「ご苦労様。青紐グループの餌は、これで最後だよ」


 ハルカゼが、いつの間にか背後に立っていた。

 青は、嫌な予感を覚えた。


「これで最後、と言うと?」


「この子達は、今日で出荷するんだ。明日には食卓に上がるだろう」


 青は、脳天を殴られたようなショックを受けた。明日には食卓に上がるだろう。その一言が、何度も頭の中で反響した。


「けど、こいつ、こんなに小さいのに」


「けれども、これぐらいが美味しい時期なんだよ。それを逃すよりは、少し安くても売りさばくほうがいい」


「けど……」


 アメが、青の肩を掴んだ。

 彼女は切なげな表情で青を見ている。青もそれで、察してしまった。彼女は農家の人間だ。だから、こんなことは慣れきってしまっているのだ。


 青は、整地の作業に移った。そして、ふと手を止めて、広大な畑を見下ろす。


「これ、全部、人間を生かすために作られてるんだな……」


 アメも、手を止めた。


「そうですよ。ここは全て、人間を生かすための施設です。野菜も、稲も、鶏も、牛も、全て人間を生かすためだけにここに集められてるんです」


「俺、今日の晩御飯食べる気失せちまったな」


「何を言ってるんですか」


 アメが、呆れたように言う。


「食べるために、皆苦労して育てるんですよ。それを残すなんて、とんでもないことです。皆が食べられるようにやってきた、私のような人間もいます」


 青は、苦笑した。


「尤もだ」


 今まで、どれだけの命を食してきただろう。今まで、自分を維持するためにどれだけの命を糧にしてきただろう。それを青は、自覚していなかったのだ。

 チビは死ぬ。人間の糧になるために生まれて、育てられて、食されて、死ぬ。

 それが、運命なのだ。


 青は、前へと歩き出した。全てを飲み込もうとするかのように。アメも、慌ててその後についてくる。


「どうするんですか?」


「俺の舞に足りなかったものが、わかった気がするんだ。今なら、九十九さんに認めてもらえる気がする」


 青は、ジンに頼んで、再び九十九の森へと向かった。イチヨウとハクの到着を待って、五人で移動する。

 九十九は妖艶に微笑んで、ジン達というよりは酒の到着を喜んだ。


「そして、また舞うのか? 若人」


「はい、お願いします」


 青は、頭を下げると、顔を上げた。


「……いい顔になっておるのう。何か、掴んだかな」


「掴んだかな、という感覚はあります」


「よかろ。肩透かしはしてくれるなよ」


「はい!」


 青は、舞い始めた。舞う内容は前回と同じ。しかし、心境はまるで違う。

 自分が食してきた生物への感謝が、心の中にある。

 舞い終えて、九十九を見ると、コップを両手で持って上品に口に運んでいた。彼女は酒を嚥下し、コップを下ろす。

 その間の沈黙を、青はじっと待つ。


「舞というのはつまらんものじゃな。そう思わんか、ジン」


 まだ、足りないのだろうか。青は落胆する。


「しかし、華麗ではあったな。力が湧いてくるような感覚はあった。あるいはいずれ、全ての調律者がわしのように意思疎通ができるかもしれんの」


 青は唖然としていた。今の発言の内容を何度も頭の中で噛み砕く。どう考えても、それは否定の言葉ではない。


「最高の褒め言葉じゃねーか。良かったな、青」


 そう言ってジンは、酒を一口飲んだ。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「アオちゃん、おかえり!」


 アカデミーの自室に戻った青を迎えてくれたのは、最早懐かしいと思えるミチルの微笑みだった。

 青は無言で、彼女を抱きしめた。


「ど、どうしたの? アオちゃん、苦しいよ」


「チビって名付けた鶏がいてさ」


「ん……うん」


 ミチルは何かを察したらしい。話を聞くことに集中してくれるようだった。


「一週間、そいつと過ごしたんだ。可愛がって、個別に餌をやっていた」


「うん」


 青は今、ミチルに縋っていた。心の傷ついた部分を、必死に押し当てていた。


「ある日、言われた。もう餌をやらなくていいって。こいつは食卓に上がるからって。食べるため産まれて育てられたんだってさ」


「……そういう形の共生もあるんだよ。彼らは外敵から守られて種を保てる。私達は安定した食事を供給される」


「けど、俺は、あいつも生きたかったって、そう思うんだ……」


 青は、力一杯ミチルを抱きしめていた。そうしないと、世の無常さに泣きそうだったからだ。

 ミチルはそれを、優しく抱き返してくれた。


「アオちゃんは優しいね。そんな貴方を好きで、私は良かった」


「……ありがとう」


 青とミチルは、顔を見合わせた。そのうち、ミチルが目を閉じる。唇と唇が、重なった。


「……それ以上はエスカレートしないでくださいね?」


 背後から声がした。

 やはり、調子の狂う奴だと青は思う。

 ミチルは、人がいたことに初めて気がついたようで、慌てて身を離す。

 背後にいるのは、アメだ。


「アオちゃん、この人は?」


「アメって言って、俺の新しい護衛」


「はい、この一週間も、アオさんを護衛させていただきました! 相棒と書いて護衛と読むそんな間柄です!」


「……アオちゃん、一週間この人と一緒にいたんだ」


「ん? うん」


「部屋、一緒だった?」


 ミチルは、青を見上げて言う。不安げな表情をしていた。


「やましいことは何もないぞ」


「まあ、アオちゃんは女の子だものね。変なことなんて起こりようがないよね」


「いえ、アオさんはこう見えて男の子です」


 アメが、ミチルのついた嘘をわざわざ訂正する。それは、罠に引っかかりに行く兎のようなものだった。


「アオちゃん? どうやってこの人に自分が男だって教えたの?」


「……ミチルが考えるようなやましいことは何もないよ」


 青は頭を抱えた。

 アメは青の部屋に居座る気らしい。

 蜜月の時は遠のきすぎてその尻尾すら見えそうにない。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 それは、ジンがシホに付き合って飲んだ帰りのことだった。


「やっぱり旅に出たでしょー?」


 夫婦の寝室で待っていたのは、そんな言葉だった。


「舞姫科の仕事内だよ。短い旅だっただろ?」


「けど、その間、あの子は寂しがっていたわ」


 マリはジンに背を向けていて、その表情は見えない。


「やっぱり失敗だったかと思うの。貴方と一緒に暮らしたこと」


 ジンは慌てた。話がまずい方向へ転がろうとしている。


「そんなこと言うなよ。俺はお前と暮らせて幸せなんだから」


「独りよがりな幸せよ。貴方の幸せが、私達を不幸せにすることもある」


「じゃあ、どうしろって言うんだ。全部放り出せって言うのか?」


「……全部放り出す?」


 マリが体を起こした。ジンを見るその目は座っている。


「家族のために、貴方は全部を放り出せるの?」


 ジンは黙りこんだ。今の仕事に、ジンはやりがいを感じている。師から受け継いだ天眼流の教えを広める仕事だ。

 魔法陣の件もある。時を遡る魔法陣を発掘できなければ、ジンは家族を失うことになる。


「お前達のためでもあるんだよ。今回は例外みたいなもんだ。アオ絡みだからな。こんな旅、もうないと思うよ」


「思うって何?」


 マリの眼は、冷たい。


「この町にいるのはお前達のためにもなる。お前だって、安全な場所でアキを育てたいだろう?」


「ニテツという脅威がいる今の状況の何処が安全だって言うのよ!」


 マリは、ジンに枕を投げつけた。それを、ジンは片手で受け止める。

 ジンは実感する。マリは、平和に慣れすぎた。ジンと共に危険を掻い潜っていた頃のマリではないのだ。

 守るものができて、彼女は強くなりもすれば、弱くなりもした。

 そして、今の彼女の思考の根底にあるのは守るべきものなのだ。


「マリ……落ち着いて話そう。冷静に考えよう。今はイレギュラーがある。けれども、ここ以上に安全な場所があるか? 傍にリッカさんにハクにイチヨウがいる。俺もお前もいる。立ち向かえない敵なんていないじゃないか」


 マリは俯いて、黙りこむ。


「……飲もう」


「やあよ」


「飲んでちょっと気分転換をしよう。張り詰めすぎだ」


「あんた、俺とは一生飲むなって昔言ったじゃない……」


「昔のことを今更ほじくり返すなよな」


 扉を激しく叩く音がして、ジンとマリは階下に目を向けた。

 二人で剣を腰に帯び、歩いて行く。

 そして、玄関の前に立った。マリは、腕輪の封印を全て解いている。

 扉は、激しく叩かれ続けている。


「誰だ」


「私よ」


 聞こえてきたのはリッカの声だった。

 二人共安堵して、扉の鍵を開けた。

 フードを被ったリッカが、部屋の中に入ってくる。どうやら外は、雨が降っているらしい。

 リッカは挨拶もそこそこに、本題を切り出した。


「ジンくん。帰って来て早々で悪いけれど、頼みたいことがあるの」


「なんですか、リッカさん。今、そのせいで離婚の危機なんですけれど」


「戦争の危機よ」


 ジンも、マリも、黙りこむ。

 戦争となれば、この地も戦火に巻き込まれる可能性がある。


「隣国の第二王子の暗殺をお願いしたいの」


 突拍子もない言葉に、ジンも、マリも、ますます言葉を失った。

 衝撃が抜け切らない頭で、ジンは必死に思考を回転させる。


「俺一人でなんでもできると勘違いしてませんかね」


「いいえ。他国の腕利きも交えた計画よ。そしてこの計画が失敗すれば、間違いなくこの地は戦火に巻き込まれる」


「勝算は?」


「勝算がない話に貴方を巻き込まないわよ~。まあ、藁にも縋りたい心境なのは否定しないけれどね」


「ハクは協力できますか?」


「星の奏者は希少な存在よ。王が許さない。つまる所、私達の切り札は……」


「オキタ・アオ?」


 リッカは頷く。

 雨足が強くなり始めた。水滴が地面を叩く音が周囲に響き始める。


「嫌な雨ですね」


「あら、言ってなかったかしら。私、雨は好きなのよ。吉兆だと思っているわ」


「だと、いいんですが」


 ジンは、溜息を吐いた。なんでこう、厄介事は次から次へとやってくるのだろうか。

次回『潜入? 暗殺?』

隣国の第二王子が起こしたクーデター。

それは国家間のバランスを崩しえるものだった。

青はジンとアメと共に王宮に挑む。

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