14.俺の天職は異世界の歌姫? その2
「おう!」
青の元気の良い声が、闘技場に響き渡る。
それを聞いて、リッカは微笑んでいた。ジンも、思わず微笑んでいる。
「若いっていいわね~。あっという間に何かを吸収して、あっという間に成長していく」
「そうですね。ミサトの夜間訓練は流石に止めようかと思いましたが」
二曲目が闘技場に響き始める。
「闘技場なら苦情も来ないでしょう。そのまま、好きにやらせてあげましょ~。楽しくなってきてるところだと思うから~」
「そうですね。音楽はもっぱら聴く側ですが、見ていて楽しそうだ」
闘技場の中央で演奏する少女たちの表情は、輝いているようにも見えた。
「ジンくんもそろそろ帰ってもいいわよ。今日は、付き合わせて悪かったわね」
「いえ、青の舞の欠点については、俺も気になっていたところです。舞姫として働くまでに克服してくれればと思いますが」
「そうね。けど、今回の学園祭で青は舞姫の疑似体験をするでしょう。それは大きな経験となるはずよ」
「そうですね。それじゃあ、帰ります。嫁が料理作って待ってるんで」
「酒は程々にしなさいね~」
リッカが悪戯っぽく微笑んでいた。
「なんのことで?」
「この町のことで、私の知らないことのほうが少ないって、そろそろ知っておいたほうが良いと思うけれどな~」
「怖い、怖い」
冗談交じりにそう言って、ジンは家に帰った。
ジンの家は、アカデミーのすぐ隣にある。トラブルがあった時に互いに駆けつけやすいようにだ。
家の扉を開けると、料理の匂いが部屋中に漂っているのがわかった。
息子のアキは、席について小さくなっている。まだ、ジンに慣れていないのだ。
「ただいま」
近寄って、その頭を撫でてやる。彼は、くすぐったげにしていた。
「ただいま」
次は、料理中のマリに近寄って、その腰を後ろから抱きしめる。
「料理の邪魔よ」
嫁は、冷たかった。
殺気すら感じたので、大人しく離れることにする。体魔術でも使ってつねられたらたまったものではない。
程なく、料理はできた。
三人で、食卓を囲む。
「今度、お父さんが教えている学校で、演奏会があるんだ」
「演奏会ー?」
「歌が上手いお姉ちゃんが歌うんだよ」
「見に行きたいなー」
アキが、マリの顔を見上げる。彼女はけしてジンには見せないだろう慈愛に満ちた表情で、微笑んだ。
「そうね、見に行きましょうか」
「楽しみだなあ。何日後?」
「あー、えーっと、何日後だったかなあ。まあ十日後かそこらかな」
「学校行事ぐらい把握しておけばどう?」
呆れたようにマリが言う。
「しゃーないだろ。俺は剣を教えるしか能がない男だ」
「ねえ、僕も剣を習いたい!」
「おー、お父さんみたいに剣術を教える人になるか」
「それは置いておいて、今度から読み書きを習いに行こうね」
マリが微笑む。どこか、硬い微笑みだった。
「えー。僕も剣で強くなるんだ。お父さんとお母さんが五剣聖なんだよ。僕が強くならなくちゃ格好がつかないじゃないか」
「そんなことないわよー。頭が良い人のほうが今は格好良いのよ」
「じゃあ魔術を習う! お父さんもお母さんも、魔術の隠れ里の出身なんでしょ? 僕にも、その素質はあると思うんだ!」
「その前に、勉強を頑張ろうね。魔術と剣術は、また今度」
表面上は微笑んでいるが、男の子の好奇心を宥めようと、マリは必死だ。
「お母さんはいつもそう言うんだ」
アキはしょげてしまっている。お決まりのパターンなのだ。それを崩せずに、アキはもがいている。
「ちょっとぐらいいいんじゃないか……?」
そう発言したジンは怯んだ。マリに、鋭い目で睨まれたからだ。
「いや、やはり全ての根本となる勉学を修めるべきだな」
「えー」
やはり、慣れないなとジンは思う。
マリ達と一緒に暮らし始めて数ヶ月。まだ、離れて暮らしていた時期の溝は埋まっていない。
食事が終わった。
アキが立ち上がる。
「ねえ、お父さんは今日もお出かけ?」
「ああ、うん、そうかな」
「そっかー」
アキは拗ねたようにそう言うと、部屋に行ってしまった。
「ジン、今日はお酒、断れないかな?」
マリが微笑んで言う。有無を言わさぬ凄みがあった。
「な、なんでだ。一人にしとくとシホがどれだけ飲むかわからないんだが」
「馬鹿ね、あんた。あれは一緒に寝たいって言ってるのよ」
マリが、小声で怒鳴るように言う。
「男が添い寝したって面白いもんでもなかろう」
「馬鹿ねえ、あんた。相手は子供なのよ。あんたみたいに邪心が一杯の大人じゃないの!」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
マリは頷いた。そして、小さく溜息を吐いた。
「学習しませんねえ、師匠……」
「師匠はやめろよ。わかったよ。断ってくるから」
そう言って、ジンはシホの家へ行って今日の酒の相手はできないと断りを入れた。
シホは事情を聞くと、苦笑して頷いた。
「ジンも、お嫁さんには弱いわよねえ」
そう、滑稽そうに言った彼女が印象的だった。
家に戻って、アキの部屋に入る。
「どうしたの? お父さん」
「今日は、お父さんとお母さんと一緒に寝るか」
「うん、寝る!」
アキは飛びかからんばかりの勢いでベッドを抜け出してきた。その手を引いて、夫婦の寝室へと移動する。
川の字になって、三人は寝転がった。
アキが、ジンのように強い剣士になると繰り返し言うので、マリの眼が怖かった。
そのうち、アキが寝入った。
「男の子なんだから、剣に憧れるのは仕方がないと思うけれどな」
「貴方が剣を学んだのは、魔術で頭角を現したシホさんに負けたくなかったからじゃなかったっけ」
「……邪な理由でございますよ」
「私にはわかってるのよね」
マリは、寂しげな表情で言った。
「何がだよ」
「貴方はまた、旅に出る」
ジンは、意表を突かれたような思いで息を呑んだ。
「俺が時を超える魔法陣を見つける年齢には近づいている。長い旅に出る理由がない」
「けれども、国に乞われたり、魔法陣の発見を待つのに耐え切れなくなって、貴方はきっと旅に出る。剣で何処にでも行けるからこそ、行ってしまう。剣に呪われているみたい」
「国は俺に舞姫科の剣術指導を頼んでいる。それ以上に依頼は重ならないよ」
「どうでしょうね」
マリは、拗ねたように言って、天井に視線を向けた。
「旅から旅に出てばかりだった。お前が俺に日常をくれたんだ、マリ」
アキの体を乗り越えて、ジンはマリの体を横から抱きしめた。
「今の日常、俺は嫌いじゃないよ」
「いつまで保つことやら」
「師匠は、非日常に望みを持った。けれども俺は、日常を守る力を追い求めた。俺と師匠は、根っこが違うんだ。最後はきっと、まったく違ったものになると思っている」
マリの瞳に、不安の色が混ざった。
「イッテツさんの息子さん、だったっけ。貴方を、恨んでるんでしょうね」
「……お互いに命懸けだったんだ。恨まれても困るんだけれどな」
「時々不安になるの。アキに、被害が及ばないかって」
「大丈夫だよ、マリ。大丈夫だ……。あいつは、俺が斬る」
そう言って、ジンはマリの唇を吸おうと顔を寄せる。
その顔を、マリに抑えられた。
「そろそろシホさんが飲み過ぎてる頃じゃないかしら。迎えに行ってあげれば?」
「夫婦の時間は?」
「そんなもの、あると思ったの?」
「アキもそろそろ弟か妹が欲しいって言ってたような……」
「貴方が言わせたんでしょ。ほら、初恋の人が大事ならさっさと行く」
そう言って、マリはジンと体の位置を入れ替えて、ジンをベッドから蹴りだした。
廊下に落ちたジンは、仕方がないので家の外へと出て行く。外の空気は、既に肌寒い。
酒場に行くと、案の定シホが深酒をしていた。
「あー、ジンだー」
彼女は何が楽しいのか愉快げに笑っている。
顔は真っ赤だ。
「何やってんだよー。嫁さんに振られたなー」
「まあ、そんなとこ」
ジンは苦い顔で、シホの隣に座る。そして、酒を注文する。
アルコールを飲むと、瑣末な悩みなどどうでも良くなってきた。
ふと、シホの顔を見ると、完全に酔い潰れて眠ってしまっている。
「こっちはこっちで無防備過ぎなんだよ……」
ジンは深々と溜息を吐いた。
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アカデミーの第二回学園祭の日がやってきた。
門は開かれ、沢山の人が学内に押し寄せているらしい。らしいというのは、闘技場に詰め寄せた人を見て青達がそう感じているからだ。
闘技場の外に溢れるまで人が集まっている。
「どうしよう、これ」
ミチルは、完全に怖気づいている。
「記念すべき舞姫科の第一回コンサートです。これぐらい人がいて然るべきでは?」
ミヤビは逆に、やる気が漲っているように見える。
「まあ、私達はいつも通りするだけだよねー」
ミサトは、飄々としている。
「ああ、いつも通り、音を楽しもう。俺達の音楽を」
青の言葉で、ミチルは勇気を取り戻したようにうなずいた。ミヤビも、ミサトも、苦笑交じりに頷く。
「行きますぜ」
「これが正真正銘、最後の変身だ」
そう言って、小人二人が楽器へと変わる。
それぞれの楽器を掴んで、青達は闘技場の中へと駆け行った。
拍手が四人を包む。
ミチルがヴァイオリンを構える。全ては、彼女から始まるのだ。
拍手が止むのを待って、ミチルは演奏を開始するのだろう。そう思って待っていたが、いつまで経っても演奏が聞こえてこない。戸惑って、青はミチルを見た。
ミチルは、緊張のあまり硬直していた。その弓を持つ手が、震えている。
青は苦笑して、その手を両手で包んだ。
「大丈夫だよ、ミチル。楽しむんだ」
ミチルはしばらく、視線を泳がせていたが、そのうち紅葉した表情で頷いた。
ミチルの弓が、弦に置かれる。そして、それが引かれた時、旋律が周囲に響き始めた。
その華麗さに、場内を包んでいたざわめきが消える。
続いて、体魔術を使った青の声が場内に響き渡る。
戸惑いは熱狂へと変わる。
旋律が重なっていく。舞がそれを彩る。四人の音と舞は、完全な調和の中にあった。
そして、青の歌がサビへと移ろうとした時のことだった。
甘い匂いが、鼻をくすぐった。
マナの匂いに似ている。それは、この世界に充満するものだ。この世界に移動してから、その匂いにも慣れていた。最初の頃は嗅げなかったマナの匂い。それは青が魔術を学ぶとともに嗅げるようになり、慣れのせいもあって一度別世界の空気を吸わなければ意識できないほどになっていた。しかし、それはマナともまた違った匂いをしていた。
どこかで嗅いだことがある匂いだ。それはそう、魔術的な品を町中から探そうとした時にミサトが嗅がせてくれた匂い。
(これが、魔力の匂いです。姐さん)
心の中に、声が響いた。
(姐さんに向かって会場中の人々が無意識に魔力を放っている。それが匂いとして臭覚化しているんです)
青は唖然とした。
会場中から、莫大な魔力が青に向かって放たれている。観客達は、興奮したことで無意識的に魔力を放っているのだろう。
それを何処に置くべきかわからず、青は戸惑う。そして、舞い、歌い続ける。
「利用するしかないじゃない」
ミサトが悪戯っぽく微笑んで言う声が聞こえてきた。見ると、ミサトの手が青の手と重なっていた。
舞を一時中断して、彼女に体を委ねる。空気中を舞う魔力は、青の体内へと吸収され、その喉へと集中的に集められた。
そして、青は再び舞い、歌い始める。汗が松明の炎に煌めいた。
心地良かった。永遠に続けば良いとすら思った。重なりあう音も、鍛えられた体で繰り出す舞も、思うがままに連なっていく。
けれども、時間が経つのはあっという間だ。五曲目の演奏を、四人は終えた。
拍手がいつまでも鳴り続けている。四人は、それに礼をしていく。しかし、拍手は鳴り止まない。
「アンコールを期待されているんですわ」
ミヤビが、苦笑交じりに言う。
「それじゃあ、まだ続けていいってことだね」
ミチルが、楽しげに言う。
「観客の前でやるってのも気持ちいいじゃん」
ミサトは上機嫌だ。
「じゃあ、とっておきの練習しておいた曲、やるか!」
「おう!」
「うん!」
「もちろんですわ!」
演奏は続いていく。熱狂は続いていく。魔力は放出され続ける。それを、青は体全身で味わっていた。
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「お疲れ様でした」
「お疲れー」
「お疲れ様」
「お疲れ」
四人は闘技場の外へ出ると、そう言って互いを労いあった。
その傍に、少女が二人駆け寄ってきた。
「あの、演奏凄かったです」
青は照れ臭さのあまりに苦笑して、それに応える。
「ありがとう」
「私達、舞姫科の受験を今年は見送ったんだけれど、来年は参加しようって決めました!」
「そっか。俺達の演奏で気持ちが変わったなら、嬉しいよ」
「はい。では、失礼しました!」
少女二人が駆け去って行く。
「……上手く宣伝に利用されたってことかな」
青は苦笑交じりに言う。
「その通り~」
すぐに背後から声がして、青は肩を強張らせた。
いつの間にか、リッカが背後にやって来ていた。
「それだけじゃないけれどね~。楽しかったでしょ?」
「ええ、まあ」
「すっごく!」
「まあまあですかね~」
「達成感はありますわね」
三人は純粋な表情で喜んでいるが、青だけは釈然としない気持ちだ。上手く利用された気がしてならなかった。リッカという人間には、それだけの知恵がある。
「貴方達も目的は達成したのかしら?」
「ええ、十分です!」
「いい演奏、いい魔力でした!」
小人二人は、そう言って頭を下げる。
「それでは俺達はこの辺りで失礼します!」
「何処へ行っちゃうの?」
ミチルが、不安げに言う。
「元いた場所に戻るだけです。ご心配なく」
「我々は目的を達成した。それだけで満足です」
そう言うと、小人達は、最初からいなかったかのように消えてしまった。
「そっか、そういう話だったもんね」
ミチルが、何処か寂しげに言う。
「けれども、何が目的だったんだろう?」
ミサトの疑問は、尤もだった。
「まあ、貴女達は舞姫としての経験を積めた。それは確かよ」
リッカが、微笑んで言った。
「舞姫としての、経験?」
「そう。大勢の観客の前で舞い、魔力を集めて、それを自然に返すことで調律者との関係を良好にする。その、大勢の前で舞って魔力を集めるという擬似経験を貴女達はしたわ。空気中に集まる魔力のコントロール方法は、これから魔術の授業で習っていくでしょう。まあ、舞姫としてもワンステップ上に行けたってことよ~」
「そっか。私達、舞姫に近づけたんだ」
ミチルが満足気に言う横で、青は不可思議な感覚に陥っていた。甘い匂いが、鼻から離れないのだ。
まるで、それまで鼻が閉じられていたかのように、甘い匂いが鼻から離れない。
尤も、ここは魔法の地。魔力が空気中に溢れていても自然なことかと、青は納得することにした。
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「小人二人がいなくなったな」
「ちょっと寂しくなったねえ」
二人の部屋で、二人は手を繋いでベッドに座り込んでいた。
「私、楽器を習おうと思った。音楽って楽しいもの。色々な人と演奏を楽しむの」
ミチルは上機嫌だ。それを見ていると、青まで心が和やかになってくる。
「その前に、さ。目先のことを考えようぜ」
「目先のこと?」
「邪魔者もいなくなって、二人きり」
ミチルはしばらく考え込んでいた。ある発想に辿り着いたらしく、その顔が、耳まで真っ赤になる。
「だ、駄目だよ」
「けど、あっちの世界じゃオッケーだった」
「あの時は、住む世界が別れるかもしれないって思ってたから……」
「別れる状況じゃないとミチルはオッケーくれないんだ?」
青は、ミチルを徐々に壁際に追い詰めていく。
「もう、アオちゃん気持ちが通じあってからそのことばっかり。アオちゃんの変態!」
「好きになったのが運の尽きだよな」
青の手が、ミチルの両腕を掴み上げる。その視線が重なる。照れ臭さに負けたように、ミチルは視線を逸らした。
青の唇が、ミチルの唇へと近づいていく。
「アオ、いるかー」
ジンの野太い声が響いた。
二人は慌てて離れて、居住まいを正した。
「はい、います!」
「おお、いたか。開けるぞ?」
「どうぞ」
ミチルは、安堵したように胸を撫で下ろしている。その仕草が、少し憎らしい。
ジンは扉を開けた。剣を腰に下げ、革袋を担ぎ、今にも旅に出かけそうだ。
「旅に出るぞ。準備をしろ」
「へ?」
「これは、お前の欠点を補うための旅だ。舞姫になるためには避けられない道だと思え」
「ちょっと、話が急すぎますよ!」
近づいた蜜月の時が、あっという間に遠のいて行ったのだった。




