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13.友情と嫉妬の狭間で? その2

「行くか」


 両親が出勤し、兄弟が学校に行った沖田家で、青は祖父に旅立ちの気持ちを告げていた。


「ああ、行く。俺はまだあの世界で、何も成していない。何も修めていない。そんな中途半端な状態は嫌なんだ」


「元いた世界で半端者な癖にのう」


 皮肉っぽく祖父が笑う。


「けれども、女の体のままでいられても困るのも事実です」


 祖母が、複雑な表情で言う。


「ほ、お前も信じる気になったか」


「まだ完全に信じる気にはなれません。けれども、この子は青ちゃんに仕草が似すぎている……」


「だから言ったじゃろ。体に染み付いた癖は取れんとな」


 満足気な祖父に、祖母は面白くなさげに眉間に皺をよせる。


「無事帰って来なさい、青」


「ああ……今度は男の格好で帰るよ、ばあちゃん」


 握っていたミチルの手から、一瞬力が抜けた。それを、青は強く握りしめた。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい、青」


「女の体のままでもいい。また、元気な姿を見せてくれ、青」


 青達と祖父達は、そうして別れた。

 しばらく、二人は黙って歩いていた。

 二人の思いは通じあった。けれども、これから先に立ちはだかっているのは世界の壁だ。それにどう立ち向かうか、二人は途方に暮れている。

 そのうち、森が近づいて来た。


「この前のルートで進むのはやめよう。見張りの人がいた」


 青が、淡々と言う。


「そうだね。こっそり入らせてもらおう」


 ミチルも同意する。二人の手は、固く結ばれていた。

 別の道から進む。間もなく、森が近づいて来た。


「アオちゃん、桜だ……この世界にも、桜があるんだねえ」


 ミチルが感心したように言う。

 確かに、桜が一枚舞うのが見えた。

 けれども、あまりにも季節外れだ。青は気温と目の前の光景のアンバランスに背筋に寒気が走るのを感じた。


「なにかおかしい。走ろう」


「うん? わかった」


 青に手を引かれて、ミチルも駆ける。そのうち、甘い匂いが漂ってきた。


「ミチル、感じるか? この匂い」


「何か、甘い匂いがするね。花の香りみたい」


「これがマナって奴なのかもしれない。匂いを辿ろう」


「そこまでよ」


 二人のものではない声が割って入った。

 見ると、前方に、この前パイプ椅子に座っていた少女が立っていた。彼女の背後を見て、青は唖然とした。ミチルも唖然としている。

 彼女の背後には、桜の花びらの数々が、渦を巻くようにして旋回していた。


 童顔の少女だ。細身で、髪は肩までの長さで、右手の薬指には指輪がある。

 その目は、決意に燃えている。


「この桜舞が見えた。その事実から、貴方達を要注意人物と見なし、拘束します」


 桜の花びらの数々が、青とミチルの両手両足に絡みついてきた。二人は倒れ、手と手は離れる。

 まるで、鉄の枷でもかけられたかのように腕も足も動かない。


「拘束して、どうするっていうんだ」


 青は、憎しみを込めて少女を睨みつける。

 少女は、どこか穏やかな口調で答えた。


「さあ……。貴女達の企み次第では、記憶をいじらせてもらうことになるんじゃないかなあ。あ、貴女達の"キー"、貰うね」


 間違いない。彼女は、赤い髪の少女が言っていた、この世界のマナを使いこなす人々だ。

 "キー"とはなんだろう。記憶をいじるとは穏やかではない。どちらにしろ、彼女に捕まって得なことは一つもないということだ。

 青は祈るような気持ちで、心の中の門に風を送り込む。ゲートがあるならば、青は今度は異世界の魔力を自らのものとして自由に使えるはずだ。

 足りないものはきっかけだけ。そのきっかけがこの甘い匂いにあるとすれば、魔術は発動する。


 その時、青は背中に熱さを感じた。間違いない、見えないけれども発動している。ランス型の炎の魔術が。

 少女の表情が硬直する。そして、次の瞬間の彼女の動作は素早かった。


「桜舞!」


 少女は、叫ぶ。

 少女の前方に、桜の花びらが厚い盾のように陣形を取って浮かび上がった。

 幸運の女神が青に味方した。桜の花びらの拘束が緩くなっている。盾にすることに集中するあまり、拘束する方に意識がいかなくなっているのだ。


(わかるぜ、その気持ち……!)


 ランス型の炎が、じりじりと迫って桜の花びらの盾と衝突する。

 しかし、それはフェイク。青は桜の花びらの拘束を、体魔術を使って引きちぎった。そして、盾の側面から、術者に襲いかかった。

 男の筋力と体魔術、さらには鍛えた柔道の腕。接近戦なら、利があるのは青に違いない。


「速い……けど!」


 桜の花びらの固まりが、少女の体を上空へと運んだ。


「そこまでではない!」


 上空から桜の花びらが青に向かって飛んで来る。それを回避しながら、青は飛行魔術を使って飛んだ。

 桜の花びらが一枚、二枚と体にくっつく。しかし、そんな少量では青の動作は揺るがない。

 空中で、青と少女は向かい合った。


「大人しく捕まった方が身のためだよ。怪我、したくないでしょう?」


 少女が、静かな表情で言う。


「通してくれるだけでいいんだ。悪さはしない」


「素通りさせるために給料貰ってるわけじゃないんだよね。怪我、させたくないんだ」


「俺だって、同じだ。俺の魔術じゃ、下手すりゃあんたは死ぬ」


「そう。なら、後は恨みっこなしだね」


「……ああ、恨みっこなしだ」


 青の拳が少女の頬に突き刺さろうとする。体魔術を駆使したその一撃は、相手の意識を確実に刈り取るだろう。

 しかし、桃色の光が一閃した。桜の花びらの一枚が、青の顎を打ったのだ。遅れて、少女の拳が繰り出す思いの外重い一撃が青の顎を打つ。

 桜の花びら、なんてものじゃない。まるでゴム弾だ。

 青は意識が遠くなるのを感じた。体が落下して行く。しかし、ミチルが捕まっている。彼女をモルモットのように扱わせる訳にはいかない。


 青は朦朧としながらも、意識を再集中して飛行を再開する。

 そこに、桜の花びらの群れが襲いかかって来た。それは、青が意識を失ったならば、クッションとして機能していたのだろう。


 青は飛行して、それから逃げつつも、反撃を狙って少女へと接近する。

 しかし、拳は軽々と回避され、青は逆に腹部に一撃を喰らった。


(こいつ……素手での戦闘に慣れている!)


 的確にみぞおちを突かれて、青の口から胃液が吐き出される。そして再び、青は桜の花びらの群れからの逃避行を開始する。


(冷静になれ、ジン先生なら言うはずだ。先を読め、って。それは、素手でも変わりないはずなんだけれど……)


 青の意識は、自らを飛行させる方に行っている。同時に、少女の動向を伺うことは難しい。少女が、盾と枷を同時に使いこなせなかったのと同じだ。


(中途半端に手加減していたら、本当に捕まる!)


 記憶をいじくると少女は言った。その一言が、青を身震いさせる。

 青は空中で静止して、ランス型の炎の魔術を目の前に展開した。

 少女は静かな表情で青を見下ろして、桜の花びらの盾を展開する。

 後は、どちらの魔術と持久力が上かの勝負だ。

 そして、持久力ならば青は負けるはずがない。青の魔力は、世界そのものなのだから。


(なんとか制御して、盾を突破したら軽い火傷で済ませる。集中力が練れなくなれば、この手の魔術は使えなくなるはずだ……!)


 青のランス型の炎の魔術が、勢い良く桜の盾と激突した。炎と桜が舞い散る。


「私の勝ちだね」


 安堵したように、少女が言う。


「これから負けるのはあんただぜ!」


「私達はグループで動いている。数分もたせれば援軍がやってくる」


 青はその一言で青ざめて、ミチルの方を見た。見ると、ミチルの傍らに女性が二人立ってこちらを見上げている。

 そして、隙を見せたのは青の致命的なミスだった。桜の盾が開かれる。炎のランスが、何もない空中に軌跡を残して駆けていく。

 敵は回避した。けれども、何処だ?

 そんなことを考えているうちに、青は桜の花びらに囲まれていた。

 今度は視界ごと塞がれる。そう思って、青が身構えた時のことだった。


「そこまで! そこまで!」


 地上の女性が、叫ぶように言う。


「進ませろってお達しよ」


「へ?」


 少女が、呆気にとられたように言う。


「聞こえなかった? 進ませろってお達し。それで、この異常事態も収集するらしいわ」


「なら、早く言って欲しかったですね。無駄働きですよ」


 苦笑交じりの少女の声が聞こえる。

 青の周囲を取り囲んでいた桜の花びらが、消える。

 そして、少女は青の背後を落下していた。その足が、空中に浮かんだ桜の花びらの一枚一枚を踏みしめて地面へと進んで行く。


「通していいってお達しだって。私も無駄なことに命を懸けたくないよ。休戦しよう」


 そう言って、さっきまでの激しい戦闘が嘘だったような優しい表情で、彼女は微笑んだ。

 命のやり取りにも、激しい戦闘にも慣れきっているらしい。

 敵わないな、と青は溜息を吐いて、地面に落ちた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 少女に背負われて、青は森の中を進んでいる。隣には、ミチルがいる。心配そうに青を見ていた。その手は、青の顎に当てられている。そこからは神術の白い光が見えていた。


「甘い匂いが強くなっていく……それにつれて、私の神術も強くなっている」


 ミチルが、呟くように言った。


「匂いなんて、私は感じないけれどな」


 少女は、青を背負って歩いているのに、支障なく喋る。よほど鍛えているのだろう。


「私達は感じるんです。マナって言うらしいんですけれど」


「マナ、ねえ……。それは私達の召喚獣の源となる力と同じものなのかもしれないし、似て非なるものなのかもしれない」


「召喚獣、ですか」


「獣って言うには優雅すぎた気がするけどな」


 青はぼやくように言う。先ほどの桜の集まり。それが召喚獣なのだろう。


「上が決めたくくりだから仕方がない」


「上に低身低頭なんだな」


「これでも、社会人だからねー。一応皆の平和を守るために戦ってるんだよ」


 戦っていない時の彼女は、何処か気弱に見えた。


「その平和を守る正義の味方がなんでこんな森を守ってるんだよ」


「力の源が溢れているんだよ」


 少女が、躊躇うように語り始めた。


「人が一人失踪した。その後、近隣の森から力の源が溢れているという知らせがあった。実際、この森の近くじゃ私達の力は強さを増すんだ。私達の上司は原因を究明するまで、森を閉鎖することにした。私にとっては、ちょっとした出張だよね」


 だよね、と言われても、青は少女の普段住んでいる土地を知らないので答えようがない。

 匂いは徐々に強まっている。そのうち、人が数人集まっている開けた場所に青達は案内された。


「どう? ここが匂いの源と見て、間違いがないの?」


 どこか日本人形を思わせる、白い肌の少女が言った。

 どうやら、ミチル達に聞いているようだった。

 ミチルと青は顔を見合わせる。そして、同時に頷いた。


「ここから、匂いが溢れているのがわかります」


「多分だけど、ここで間違いないと思います」


「そう。それじゃあここから貴女達が帰れば、問題は解決するわけね」


「どういうことですか?」


 青を背負っている少女が問う。


「これは異世界からの干渉よ。異世界の空気がこの辺りにできた穴を通じて溢れてきているわけ。人が失踪した事件にも絡んでるかもしれないわね」


 白い肌の少女が、つまらなさげに言う。


「そこで、貴女達を無事帰せば、穴は小さくするという確約を得たわけ。逆に帰さなければ穴はどんどん大きくなるって脅されたら、まあこちらとしてもお手上げよね」


「それは、お手上げですねえ……」


 青を背負っている少女が、呆れたように溜息を吐いた。


「もうちょっと早く言って欲しかったです。無駄なことに命を懸けたくないので」


 白い肌の少女は、子供のような笑みを見せた。


「翔子。貴女もたまには必死にならなきゃ、錆びつくわよ」


「……なんだか上手くあしらわれた気がしますが、間違ったことは言われてないのが癪ですね」


「貴女も言うようになったじゃない。それじゃあ、そこの異世界人AとB。さっさと元の世界に帰ってちょうだい」


 青は、少女の背から地面へと下り立った。

 ずっと添えられていたミチルの手を、もう大丈夫だよと握って離させる。


「離れててくださいよ。巻き込まれても知りませんからね」


 青の一言で、謎の組織の面々は一斉に距離を置く。


「ミチル」


「うん、戻ろう。この世界に、これ以上迷惑をかける前に」


 青は鉄の箱を取り出し、蓋に手を添える。その上に、ミチルが手を添えた。

 二人で、箱を開ける。その瞬間、青の体から不可思議な青い光が放たれ始めた。

 けれども、それだけだ。変化はない。


「どうしてだ? 駄目なのか?」


「アオちゃん、箱が……」


 見ると、箱にヒビが入っている。


「嘘だろ? 俺、落としたりしてないぜ?」


「魔法のアイテムは使用制限がある場合があるって聞いたことがある。これも、そうだとしたら?」


「……戻れない、のか?」


 青とミチルは、箱を見つめて沈黙する。励まし合うように、その手と手は固く握られている。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 ミサトは、気配を感じ取って目を覚ました。

 それは、アカデミーに来てから、何度も感じた彼女の魔力の気配だった。馬鹿みたいに巨大で、呆れるほどに強靭な、彼女の魔力の気配だ。

 ミサトは、布団を放り出して、部屋の外へと駆け出した。


 アカデミーの裏庭には、既に人が集まっていた。

 空中に浮かんだ青い円状の光。それを、ハク、イチヨウ、ジン、シホ、リッカ、魔術科の教師らしき女性が見つめている。


「アオちゃん、無事なんですか? 帰ってくるんですか?」


 ミサトは、食ってかかるようにリッカに詰め寄っていた。

 リッカは慌てて、ミサトの両手を取って下ろす。


「ハクちゃんが言うには、これは異世界への門らしいのよね~」


「けれども、とても不安定」


 ハクが、口を開く。


「多分、使用制限を超えたアイテムを使った。多分このままじゃ、アイテムが耐え切れずに破損する」


「こっちから、なんとかできないんですか?」


 ミサトの言葉に、沈黙が漂った。


「どこかの世界に放り出される可能性を覚悟する必要がある」


 つまり、下手にこの青い光に触れたならば、知人も、誰もいない世界に放り出される可能性があるということだ。


「俺達にはそれぞれこの世界に守るべきものがある。だから皆、躊躇っているって状況だ」


 ジンが、苦い顔でそう言った。

 再度、沈黙が場を包む。

 いなくなった彼女は、ミサトにとってジレンマの種だった。


 青い光が、やや小さくなる。


 彼女はミサトの欲しいものをなんでも持っていた。

 整った容姿。絶大な魔力。優れた運動神経。そしてそれを誇らない謙虚さ。

 彼女のようになれたらと何度思っただろう。なんで自分の傍に彼女のような人間が配置されたのだろうと何度思っただろう。


 青い光が、徐々に、徐々に、収縮を初める。


 彼女はミサトの友人だった。けれども同時に、ジレンマの種だったのだ。

 けれども、ジレンマの種である前に、友人だったのだ。


 ミサトは自分が泣いているのを感じた。それは、恐怖の涙だ。けれども、その腕は躊躇わずに、青い光へと突っ込まれていた。

 青い光から魔術式が脳裏へと浮かび上がってくる。それの、理解できる部分だけでも分析して拡張する。

 自身の拙い魔力を使って、強大な魔術式へと挑む。


 これは綱渡りだ。恐怖の涙が溢れ出る。引くなら今だぞと、悪魔が囁く。

 けれども、彼女は友達なのだ。こんな遠くまでやって来て、やっと得た友達なのだ。放り出せるものか。


 青い光が、徐々に収縮を止める。それが、拡張へと転じ始めた。

 そうだ、魔力は拙いミサトだが、そのコントロールには天賦の才能がある。

 友達を救うために、神様は私にこの力を授けてくれたんだ。ミサトはそう感じて、天に感謝していた。

 今まで何度罵ったかわからない神様と、ミサトは和解していた。

 そのうち、眩い光が周囲を包み始めた。


「心配かけないで、帰ってくるなら帰って来なさいよ、この馬鹿!」 


 ミサトの叫び声が周囲に響き渡る。

 そして、光が消えた。

 後には、闇だけが残った。

 駄目だったのか? 喪失感がミサトを包む。

 その時、リッカが炎の魔術を使った。

 行方不明になっていた二人の友人が、地面に座り込んでいた。

 ミサトの目に、再度涙が浮かび上がる。


「……何日ほど経ってます?」


 彼女が、呑気な口調で聞く。


「四日。無断外泊にしても度が過ぎてるわよね~」


 リッカは、微笑んでいるようだった。


「ミサトに礼を言いなさい。自身の危険を顧みずに貴女達が帰る手伝いをしたんだから」


「礼なんて、いいの!」


 ミサトは、叫ぶように言っていた。


「私、アオちゃんに、皆に、謝らなくちゃいけないことがある!」


 くだらない嫉妬で、冷たい態度を取ったこと。パニックに陥って、くだらない噂を立てたこと。謝罪の言葉は、喉から今にも外に出てきそうだった。里から追い出された自分の身の上を、今にも言い訳に使ってしまいそうだ。


「いいよ」


 彼女は、微笑んでいた。頭に柔らかい感触が乗る。撫でられているのだと、遅れて気がついた。

 人に撫でられるというのは、こんなに心地が良いものだったのかと思う。天にも昇るような気持ちだった。


「俺達、友達だろ?」


 その一言で、彼女は何もかもを受け止めてくれたのだ。

 ミサトは、彼女に抱きついていた。彼女の温もりを、感じていたかった。それは、友情を超えた、特別な気持ちだったかもしれない。


「アオちゃん、ごめんね、ごめんね」


「だから、いいって言ってるのに。俺達友達だって再確認できただけで、嬉しい」


 友達、という言葉に、ミサトは壁を感じた。そして、ふと気がつく。帰って来た二人の、固く握られた手と手に。

 そうか、こんな失恋もあるのか、とミサトは思う。

 一瞬で恋をして、一瞬で失恋した。我ながら間抜けな話だ。

 けれども、これで良いのだとミサトは思う。きっと、全ては、収まるべき場所に収まったのだろう。

 ならば自分は道化であろう。彼女達の日常を彩るささやかな野草であろう。ミサトは、そう思った。


「お帰り、アオちゃん」


 涙は次から次へと溢れでた。それが何が原因の涙なのか、ミサト自身ももう一言では説明できない。


「ただいま、ミサト」


 ミサトは、今だけは、彼女の体を強く抱きしめていた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 結局、あの鉄の箱は使えなくなってしまった。ハクが言うには、使用制限を超えているとのことだ。青はせっかくの帰る機会を棒に振ってしまったかもしれないということだ。

 けれども、後悔はない。この土地には、学びたいことがある。そして、共に歩む友人達がいる。それは、疑いようのない事実だ。

 舞姫科の友人達の手荒い歓迎を受けながら、青も、ミチルも、微笑んでいた。


 変化もあった。ミサトが、部屋替えを希望したのだ。一人部屋になっているサクヤの部屋に移るのだという。それは呆気なく許可され、ミサトの部屋替えの日がやって来た。


「寂しくなるよ」


 ミチルが言う。


「嬉しい癖にー」


 ミサトがからかうように言う。


「そんなことないよ。ミサトちゃんは酷いなあ」


「そうよー。私は酷いのよー」


 ミサトは人の悪い笑みを浮かべると、青を見た。その瞳に、一瞬切ない色が浮かぶ。しかし、それは本当に一瞬のことだった。

 彼女は、次の瞬間には悪戯っぽく微笑んでいた。


「それじゃあね、アオちゃん。これからはサクヤに起こしてもらうから、心配しないで」


「自分で起きる努力をしろよな……」


「努力しても修正できないことだってあるよ。それじゃあね」


 そう言って、ミサトは去って行ってしまった。


「……二人きり、だな」


 青は、淡々と言う。


「本来は、二人きりだね」


「あー、俺達、お邪魔?」


「気にしないで、気にしないで。仲良くやっちゃってくださいよ」


 青達の元には、小人サイズの男が二人立っているのだった。

 蜜月の時には、まだ時間がかかりそうだ。




次回『俺の天職は異世界の歌姫?』

流されるように進む第二回学園祭と青のコンサート計画。

そんな中、ジンは青の舞の欠点を発見する。

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