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11.故郷へ?

 それは、青が朝にアカデミーの裏庭で剣の鍛錬をしている時のことだった。

 一心に木剣を振る。最近、ミヤビは何かコツを掴んだようで、ますます腕を上げた。うかうかしていたら置いて行かれかねない。


 イメージするのは、常にジンの言葉だ。シチュエーションを考え、ジンならばどう指摘を入れるか。それをイメージして木剣を振るう。

 汗が吹き出てきて私服を濡らしていく。それでも、木剣を振るうのをやめない。


 置いて行かれたくなかった。剣術の居残り授業についていきたかった。その思いが、青を突き動かしている。


「アオちゃん」


 声をかけられたのは、そんな時のことだった。

 ミサトだ。いつもの悪戯っぽい笑顔で、青の顔を見ている。


「なんだ、ミサトか」


「なんだとはお言葉だなあ」


 ミサトには前回の一件で不可解な態度を取られた。その後も、少々避けられている感があるが、基本的にはいつも通りのやり取りをしている。

 ただ、見えない溝が二人の間にはある。その溝の正体が何なのか、青にはわからない。


 青は袖で顔の汗を拭った。授業の時間も近い。そろそろ制服に着替えて準備をしなければならないだろう。

 だというのに、この少女は突飛なことを言い出したのだった。


「魔術戦、しようよ」


 そう誘うミサトの内心は知れない。


「魔術戦つってもなあ。怪我したら大事だぜ」


「それは木剣の修行だって同じじゃない」


「木剣は骨が折れるだけで済むが、魔術は爆発するだろう? 大火傷だ。誤魔化しようがない」


「大丈夫だよ、アオちゃん。私がついてるんだよ? 寸止めで終わるよ」


 こうしている間にも、授業の時間は刻一刻と近づいて来ている。

 最近気になるミサトとの間の溝を、それで解決できるならば安い頼みかも知れなかった。


「つっても俺、ボール型使えないんだけれどな」


「ウォール型とランス型。それだけで十分勝負にはなる」


 それも完全に制御できるかは怪しいのだ。青はこの頃、魔術の詳細なコントロールを諦めつつあった。青の体は男のものから女のものに変わっていることで魔術的な混線が起こっているらしい。その混線をどうにかしない限り、青は魔術の詳細なコントロールが不可能なのだ。


「まあ、良いけどな」


 ミサトの魔力は弱い。ミサトのはなったボール型の魔術をウォール型の魔術で防げばそれで勝負は終わりだろう。青はそうたかをくくった。

 二人は、十メートルの距離を置いて向かい合った。


「真剣勝負なんて久々だな。ワクワクするな」


 ミサトは上機嫌だ。久々にそんな表情を見た気がして、青は表情が綻ぶ。


「あくまでも模擬戦だぞ。痛い目にあうのはごめんだ」


「ハクアさんがいるから、ちょっとの怪我は大丈夫でしょ」


「あのなあ……その場合、先生にことが露見して、大目玉食らうんだからな」


「大目玉ぐらいどってことないじゃない」


 ミサトらしい言い分と言えば言い分だった。

 ミサトの周囲に、球状の炎が五つ浮かび上がる。青のコントロールではけして生み出せない、ボール型の魔術だ。


「こっちは準備万端だよ」


「こっちも、いつでも来いだ」


「じゃあ、行くよ」


 ミサトの顔から、表情が消えた。

 球状の炎が赤い線を引いて青に襲いかかる。その瞬間、青の眼前に巨大な炎の壁が浮かび上がっていた。

 これで、球状の炎は侵入してこられない。それで、終わりだ。


 そう思った時のことだった。炎の壁の内部に、炎の玉がいくつも浮かび上がり始めた。

 それは猛然と青を目掛けて突進を始めたのだ。


 見えない炎の壁の向うに炎の玉を作った。場の魔術の源は、青の強大な魔力によって乱れきっている。それを物ともしない、舌を巻くような魔術のコントロールだ。


 青は球状の炎を回避していく。そのうち、回避しきれずに木剣でその一つを受け止める。爆発が起きて、木剣の先端が四散する。


「ミサト! 模擬戦のはずだろ!」


 これではまるで実戦だ。

 しかし、ミサトは炎の玉をコントロールすることをやめない。

 青は、もっと近くに炎の壁を作ろうと模索する。しかし、恐ろしくてできない。一歩間違えば、黒焦げになるのは自分だ。

 ミサトは火球を放ち続ける。


「いい加減にしろ!」


 壁状だった炎が、槍の形を形成していく。ランス型。一点突破の炎の魔術だ。巨大なそれは、家の一軒ぐらいは軽々と貫通しそうだった。

 ランス型の炎の先端が、ミサトの前髪に触れそうになる。

 しかし、ミサトは物怖じもせずに、ただ冷たい目で青を見ていた。


「なんのつもりだよ。怪我したら元も子もないだろう?」


「最初からそうすれば良かったじゃない」


 ミサトは、抑揚のない口調で言う。


「どういう意味だよ?」


「最初からそうすれば良かったじゃない! 私が、アオちゃんに勝てるわけないじゃない!」


 それは、怒鳴り声だった。彼女が怒鳴り声を放ったのを見たのなんて初めてで、青は戸惑ってしまった。

 彼女はいつも飄々としている、そんな人間だと思っていたのだ。


「ランス型は制御が難しい。ミサトに怪我をさせる危険性がある」


「やれば良かったんだよ」


 ミサトの眼は、座っている。


「怪我をさせれば良かったんだ。私は、アオちゃんに怪我をさせるつもりでやった」


 ミサトの告白に、青は衝撃を受けた。

 この友人は今、自分に害意を持っていたと宣言したのだろうか。


「その結果がこの惨敗。魔術を始めたのは私のほうがよほど早いのに、みっともない話だわ」


 自嘲するような口調は、いつものミサトらしい態度だった。

 その態度に、青は少し安堵する。


「その代わり、俺は魔術の詳細なコントロールができない。ミサトみたいに、上手く魔術を使いこなせない」


「上手く使いこなせたって、それが何になるの? 魔術師ってだけで敬遠されるこの世界で、魔術のコントロールが上手いことが何の自慢になるのよ」


「ミチルが言ってた。このアカデミーは、魔術を受け入れる歴史の転換点だって」


「歴史の転換点、ねえ」


 ミサトの顔から、また表情が消える。


「胡散臭い話だわ」


 ミサトの操っていた、球状の炎が消える。それを確認して、青もランス型の炎を消した。

 ミサトが、背を向けて去って行く。


「なら、どうしてお前はアカデミーに来たんだよ」


 それが、ミサトとの溝を埋める手がかりになればと思って、青は訊いていた。


「自分で想像すれば」


 返事は、そっけなかった。

 やはり、ミサトの様子はおかしかった。

 その日から、ミサトは孤立した。

 食事を一人で取るようになったのだ。今までミチルと青とミヤビとその取り巻きと一緒に食べていたから、他に親しい友達もいないのだろう。


「今度はミサトですか」


 呆れたようにミヤビが言う。


「何かしたんですか、オキタアオ」


「なんで俺限定なんだよ」


 パンを口にしながら、青は苦い顔で言う。


「まあ、私はミサトの気持ちが少しわかる気もしますけれどね」


 ミヤビは、溜息混じりにそう言った。


「どういう意味だよ」


 青は、思わず食いつく。


「貴女ときたら、魔術の素質だけは超一流。一方、ミサトは魔術の里で修行を受けた身なのに、最近では魔力量の差から舞姫科の生徒にも遅れを取っている状態です。それは、少し苛立ちも出るでしょう」


 そういうものなのだろうか。


「けど、ミサトは凄いよ。俺の使えないような魔術、いくつも知っている。きっと、この学校の中で、ミサトが一番の魔術師だ」


「けど悲しいかな、彼女には根本的な魔力がない」


 ミヤビの一言は、冷たい響きを持って青の心の中に届いた。


「貴女にはわからない話でしょう、オキタアオ。体魔術だ、町を救っただ、その才を発揮し続けてきた貴女には。凡才の気持ちなどは理解できないのですわ」


 確かに、青は目立ち続けてきた。けれども、今更だと思うのだ。そんなことで、友情を一つ失うことになるのなら、青は友情というものに対する認識を再び改める必要がありそうだ。


「……けど、ミヤビは俺より強いだろ」


「まだ、強い、というだけの話ですわ。いつ貴女が突拍子もない新技を覚えるかと思うと、気が気ではありません。青、私達はライバルなのです。ミサトと貴女も、友人である前に、同じ舞姫科の生徒という時点でライバルなのですよ」


「その意見には賛同しかねるなあ」


 物憂げにそう言うのはミチルだ。


「友達は友達だよ。ライバルとはまた別の話だよ」


「なら、どうしてミサトは貴女達から距離を置いたのでしょうね?」


 ミヤビの言葉が、茨のように青の心に突き刺さる。

 結局その日の晩餐は、決定的な解決策を見つけ出すこともできぬままに終わってしまった。

 一人で食器を戻しに行くミサトの姿が、酷く寂しげに見えた。


 部屋に帰ってから、ミサトと話をしようと考えた。すると、彼女は既に寝入ってしまっていた。いつもなら、炎を出して本を読んでいるというのに。

 まさか、彼女の目の前で、彼女への対策を練るわけにもいかない。青とミチルも、そのまま寝入ってしまった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 不審な紙切れが青の部屋に挟まれたのは、秋の涼やかさも目立ち始めたある日のことだった。

 それを開いて、青は驚愕に目を見開いた。

 そこには、こう書いてある。


『モトノセカイニモドルホウホウヲシッテイル。キョウノチュウショクジニヒトリデサカバノマエニコイ。ゴエイヲツレテキタバアイハコノハナシハナカッタコトニスル』


 青は紙を丸めて、ポケットに入れる。

 元の世界に戻れる? 男の体に戻れる? それは、酷く魅力的な誘いだった。

 しかし、誘い主が怪しい。名前すら書いていない。脳裏によぎるのは、ニテツの顔だ。

 ただ、彼らは適応者を生かしたまま捕縛しようとしている。それも、町の中だ。最悪、青は死ぬことはないのだ。


 元の世界に、青は思いを馳せる。あの世界も、今頃は秋になっているだろうか。郷愁は、確かにある。

 ミサトの冷たい表情が、青の脳裏によぎった。その後、百人の死神の軍勢の姿が脳裏に蘇ってきた。


 自分は結局は厄介者なのだ。そんな引け目が、青の体を突き動かした。

 青は気がつくと、最近覚えたばかりの浮遊魔術を使ってアカデミーを抜け出て、町を歩いていた。着ているのは私服だ。スカートを穿くのにも、既に慣れた。腰に木剣をぶら下げている。できるならば鉄製の剣が良かったのだが、そんなものが一般学生の手の届く場所に置いてあるわけがない。


 酒場の前で、青は立ち止まる。とたんに、硬質な何かを背中に突きつけられた。それが、剣の柄だと理解するまで、時間はかからなかった。

 木剣の柄に手をやる。

 剣の柄の持ち主の生温い吐息が、青の耳にかかった。


「……さて、謎かけだ。お前さんが振り返って木剣を振るうのと、俺が剣を抜いて斬りかかるのと、どちらが早いでしょう」


 小声だったので、青も小声で応対する。


「……答えるまでもないな」


 青は諦めて、木剣から手を放した。

 聞き覚えのある声だった。

 心臓がどんどん強く高鳴っていく。


「どうやって町に潜入した?」


「旅人を斬り殺せば身分証明証ってのは増えてくもんでな。管理がザルなんだよ。以前もウラクって奴が同じ手を使った。衛兵は平然と俺を通してくれたぜ」


「目的はなんだ? 誘拐か? 叫ぶぞ?」


「周囲を巻き込むか? お前にそれができるのか?」


 青は、黙りこむ。悔しいが、的を射ていた。


「だよなあ。それができるなら護衛の一人でも伏せさせておくもんだ」


 剣の柄が、青の背中から離れた。いざ剣を抜かれるかと思いきや、相手は酒場の中に入っていった。

 青も仕方がなく、その後に続く。

 酒場の席で、二人は向かい合った。


「注文は?」


 女主人が不機嫌そうに声をかけてくる。


「適当に二人分見繕ってくれよ。特に一人は食べ盛りだ。量も盛ってやってくれ」


「あいよ」


 女主人が厨房に引っ込んでいく。

 それを見計らって、青は口を開いた。


「あんたの目的はジン先生への復讐だ。それに俺を使うつもりなのか?」


「誤解してもらっちゃ困るな。今回、俺はお前にメリットのある話しか持ってきていないぜ」


 そう言って、ニテツは鉄の小箱を机の上に置いた。


「この場で、開くなよ」


 そう注意するニテツの声は、鋭かった。

 不思議な箱だった。表面に不可思議な文字のような紋様がびっしりと描かれている。


「……これは?」


「お前が、元の世界に戻れるようになる箱だ」


「元の世界に、戻れる……?」


 青は、元の世界に思いを馳せる。退屈だったけれど、平和な毎日だった。


「正直、こちらも手詰まりでね。このまま穏便にお前に帰ってもらおうという話になった」


「俺が帰れば、何がどう変わるんだ?」


「お前を呼び出した奴が困る。契約を結んだまま、相手が元の世界に帰ってしまうんだからな。長い時間をかけて新しい適応者を呼び出すこともできるかもしれんが、その頃にはアカデミーがこの位置にあるかも怪しい。今回のケースよりは御しやすくなるという目算だ」


「お前は、俺を呼び出した奴について何か知っているのか?」


「答える義務はないな」


 ニテツは、皮肉っぽく微笑んだ。その指が、鉄の箱を突く。


「ともかく、俺が提示するのは安寧の道だ。お前は元の世界に戻り、そこで平和に暮らし、そこで平和に死ぬ。それが俺の望みでもあり、お前の望みでもあるはずだ」


 確かに、それはその通りだ。この世界に来たばかりの頃の青の目標。それは、何処かの遺跡に眠る魔法陣を探り当てて、元の世界に戻ることだったのだから。


「罠でない保証は、あるのかよ」


 思わず、拗ねたような口調で言った青だった。こんなうまい話、そうそうあるとは思えない。


「それは、自分で考えるしかないな。星の奏者が味方にいるんだろう? 聞いてみればどうだ。奴ならば古代の人間の魔術的な品にも詳しいだろう」


 料理がやって来た。ニテツはリギン硬貨を一枚テーブルに置く。


「釣りはいらんよ」


「……どうも」


 少し戸惑ったような表情だったが、女店主はお金を受け取って去って行ってしまった。


「食えよ。昼飯時だから、腹減ってるだろう」


「……言われなくても、食うさ」


 思えば、全てはここから始まった。この女店主に、歌い手として雇われ、食事を取れるようになった。

 故郷に戻れる。そんな可能性を考えると、この世界の全てが愛しく思えてくる。


「……満腹だ。盛りすぎだろ」


 そう言って、青は皿の上の料理を三分の一残した。


「あーあー、もったいねーな。じゃあ俺が食うからよこせよ」


 指示されるがままに、ニテツに皿を差し出す。


「こうしていると、あんた、普通のあんちゃんみたいだな」


「普通のあんちゃんが復讐鬼をやってたらおかしいか? ん?」


 からかうようにニテツは言う。

 彼が、この前凶刃を振るった相手と同一人物とは青は信じられなくなってきた。


「じゃあ、俺は行くよ」


 青はそう言って立ち上がる。件の鉄の箱を、ポケットに入れて。


「ああ、一つ言い忘れていた」


 ニテツが、口を布で拭きながら言う。


「空間を歪める者がもう一人いる。彼女も連れて行ってくれ」


「誤解があるようだが、彼女はこの世界の生まれだぞ?」


「箱を開ければわかるさ。お前の爆発的な魔力の源がなんだかわかるか?」


 急な問いに、青は戸惑う。青はこの世界に来た時から、超常的とも言える魔力を行使してきた。その原因が何かなど、思いもよらない。


「お前の中に、お前の世界とこの世界を繋ぐ門があるからだ。門からお前は、お前の世界の魔力を無尽蔵に吸い上げることができる。卑怯な話だよな。お前は個人であって、世界そのものの魔力を行使することができるんだ」


 なるほど。青の魔力の秘密は、そんなところにあったのか。


「その鉄の箱は、その門を広げて、元の世界への道を作り出す品だ。もう一人の少女も、他の世界と縁がない人間ならば、巻き込まれることなくその場に残るだろう。不安定な存在ならば、お前に巻き込まれて一緒の世界へ辿り着くんじゃないかね」


「……曖昧な言い方だな」


「俺だって預かりものだ。断言はできんよ。奴らは意思の疎通が上手くないんだ」


 そう言って、ニテツも立ち上がった。青は逃げるように、その場を去った。

 ポケットには、鉄の箱がある。


(戻れる……?)


 あの世界に、戻れる? 平和で穏やかなあの世界に? その誘いは、青の心を強く揺さぶった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「これは、悪いものではないと思う。悪意を持って作られたものではない」


 ハクが、鉄の箱の臭いを嗅いで言う。


「その、悪いものではないってのが怪しいんだよな。前に同じようなことを言って箱を開けた時、人々のやる気を吸い取るホムンクルスが出てきて大混乱になったじゃないか」


 イチヨウは苦い顔だ。

 ハクは困ったような表情になる。


「生命反応も何もないよ。これは本当に、何かのために魔術式を詰め込まれた、ただの箱」


「ふ~ん……」


 机について話を聞いていたリッカは、ハクから鉄の箱を受け取って、舐めるように眺め回した。


「鉄に魔力が篭っているって時点で、現在の魔術の常識からは外れてるのよね~。生命の循環から外れた物に魔力を篭めるのは非常に困難っていうのが今の魔術の限界だから~。それを思えば、太古の人間の魔術の知識には脱帽するわ~」


「で、それはどういう代物なのでしょう」


「聞いててわからないかな~。お手上げって話だよ」


 学長室だった。

 イチヨウ、ハク、ジン、シホが場に揃っている。


「それにしても、また一人で出歩くとはね~」


 呆れたように、リッカの眼が青の眼を捉える。


「その件に関してはジン先生にたっぷり絞られたのでご容赦くだされば幸いです……」


「えい」


 そう言って、リッカは鉄の箱を開けた。


「あっ」


 異口同音に四つの声が部屋に響き渡る。


「なんてことはないわね。罠じゃないわ」


 そう言って、リッカは箱を逆さ返して中身が無いかを確認している。


「リッカさん、大胆すぎじゃ……」


 ジンが苦い顔で言う。


「ハクもそう思う」


「だって、ハクちゃんがチェックしてくれたんだもの。悪いものではないってことはわかってるんだから。何入ってるか気になったしね~」


 そう言って、リッカは次は鉄の箱の内部に視線を走らせる。


「うーん、今の時代の魔術の水準じゃ、これが何を意図して作られたのかまでは把握できないなあ……」


「俺が開けば、元の世界へ帰れる、と彼は言っていました」


 沈黙が、場に漂う。


「案外、青の魔力を制御するための箱だったりしてね~」


 リッカが、思案顔で言う。その周囲に、球状の炎がいくつも浮かび始める。自分の魔力に変化がないかを確認しているらしい。


「それで、貴女は帰りたいの? アオ」


 リッカの視線が、青の眼を再び捉える。

 青は、返事ができなかった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 その夜、青は裏庭で、ミチルに今日あった出来事を包み隠さず話していた。


「元の世界に帰れるんだ……」


 ミチルの表情に、やや影が差す。しかし、次の瞬間、彼女の表情は満面の笑顔となっていた。


「良かったね、アオちゃん。もう、危険な目にあわなくてすむんだね!」


「ありがとう」


「私も一緒に行かなくちゃいけないっていうのが、疑問点なんだけど。出生の秘密でも、あるのかなあ」


 そう言って、ミチルは腕を組んで考えこんでしまった。


「けど、私も異世界からやって来たなら、アオちゃんみたいに桁外れの魔力を使えるはずだものね。やっぱり、その人の言っていることがおかしいんだよ」


「けど、ミチルは誘拐されかけたことがあった」


 ミチルは、黙りこむ。考えこんでしまったようだ。


「やっぱり、ミチルも関わっているんだよ。今回のケースに」


 沈黙が、漂った。

 そのうち、ミチルが、呟くように言った。


「アオちゃんは、帰りたい?」


「……故郷が気にならないかと言われたら、嘘になる」


 急に失踪してしまった自分。親族は心配していないだろうか。特に、目の前で孫が消える瞬間を見た祖父は気が気でないのではないか。そんな心配が、ある。


「それじゃあ、ちょっと行って戻ってくれば良いんじゃないかな?」


 ミチルの思いもしない提案に、青は戸惑った。


「戻るアテがない」


「アオちゃんがこの世界に来て、この世界と元の世界に繋がる門が体の中に出来上がったなら、私がアオちゃんの世界に行けば、この世界とアオちゃんの世界に繋がる門が生まれるはず。そしたら、この箱で戻って来れるでしょう? ちょっと様子を見て、帰って来たらいいんだよ」


「なるほど」


 青はミチルの手を握っていた。

 それは、これ以上ない名案のように思えたのだ。

 ミチルはいつだってミチルだ。困っていたら、一緒に真剣に悩み込んで助けてくれる。


「それじゃあ、ちょっとだけ、元の世界、見て来て良いかな?」


「うん、ちょっとだけ、私も、アオちゃんの世界に興味がある」


「じゃあ、ミサトにだけは事情を話して行こうか」


「そうだね。私達、三人でいつも一緒だものね」


 二人は、自分達の部屋に戻った。ミサトは、寝入っていた。それを、起こす。

 細かい事情を話している時間はない。ただ、青が元の世界に戻る手段が見つかったことを告げた。

 ミサトは眼を丸くしたが、次の瞬間、穏やかに微笑んでいた。


「おめでとう。けど、それって罠とかじゃないんだ?」


「自信はないな。けど、すぐに戻ってくる」


「別に、戻って来なくてもいいよ。元の世界で平穏に過ごせば良いじゃない。ミチルも一緒にさ」


 そう言って、ミサトはまた寝転がってしまう。

 青は、複雑な心境だった。

 自分達の友情は、長い時間をかけて培ったもののはずだ。それが、こんな簡単に壊れてしまって良いのだろうか。

 青は、何かを言いたかった。けれども、適切な言葉が思いつかなかった。


「俺、お前のこと、友達と思ってるから」


 出てきた言葉は、月並みなものだった。

 ミサトは、さよならをするように、眼を閉じたまま手を振った。

 青とミチルは、再び裏庭に出る。夜空には、月が輝いていた。


 緊張感が胸を襲う。鉄の箱を握る手に、力がこもる。大丈夫だよ、と言うように、ミチルがその手に自らの手を添えてくれた。二人は頷いて、箱を開けた。


 青の体から、不可思議な青い光が溢れ始めた。それはそのまま円状になって、青とミチルを吸い込んでいた。


次回、それぞれの大パニック?

女の体のまま元の世界に戻ってしまった青。

一方、ミチルは科学の力に圧倒される。

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