10.百人の敵?その2
西門では激戦が繰り広げられていた。剣を持って前へ前へと押し出してくる黒衣の敵を、槍を持った兵士達が必死に近寄らせまいと陣形を組んで阻んでいる。
リーチの差は如何ともし難い。敵は決定打を見いだせずに、接近しきれずにいる。
そこにさらに、後方から黒衣の集団の援軍がやって来た。
周囲の空気が緊張に強張るのが感じられた。
その時、沖田青は槍兵の後方にいた。シホに肩に手を置かれ、前だけを見ている。
シホが、囁くように言った。
「これからすることは、私が貴女の魔力を借りてすることです。貴女が気に負うことはない」
青はそれを聞き、心遣いに感謝し、頷いた。
両手を前に差し出し、心の中の門に魔力を集め、放出するイメージを持つ。
次の瞬間、灼熱の炎が黒衣の集団を包んだ。西門へ繋がる道へ一直線に、巨大なウォール型の炎が出現する。
それに包まれて、黒衣の敵は消えていくかと思われた。その時だった。
死体を片手に、一人の黒衣の男が炎の中から飛び出してきた。彼は味方を壁に、炎を掻い潜ったのだ。
フードでその顔立ちは見えないが、その目は爛々と輝いて、青を一直線に見ている。体魔術を使ったその身体能力は、彼の体を高々と上空へと運んでいた。
「お前が、空間を歪めし者、か!」
男が喜々として叫ぶ。
シホが慌てたように、ボール型の魔術を一個放つ。しかしそれは、安々と相手の剣に切り裂かれた。
相手が槍兵を飛び越えて着地する。相手の剣と、青の間に距離は殆ど無い。体魔術を使ったその一撃は、軽々と自分を両断するだろう。その判断は一瞬。青には逃げる間もない。
剣が振るわれた。
鉄と鉄がぶつかり合う澄んだ音がした。
ジンだ。いつの間にか、ジンがシホと青と抱きとめて、剣で相手の剣を受け止めていた。
そのまま彼は、背後へと二人を押しやる。
「体魔術を使った人間だ! 俺が相手をする! 一般兵も魔術師も後退しろ!」
ジンに言われるがまま、周囲にはスペースができる。
黒衣の男はほくそ笑んでいた。
まるで、念願が叶ったとでも言いたげに。
男は高速で動き回り、ジンに斬りかかる。しかし、天眼のジンの呼び名は伊達ではない。速度では圧倒的に勝る男の剣を、ジンは無駄のない動きで、正確に捌いていく。相手の二手三手先までを知る予知のような予測がそれを可能にしている。
ここまで強かったのか。青は、舌を巻く思いだった。
「もう、大丈夫だよ」
シホが、青の背を撫でながら言う。
信じきった表情で、その瞳はジンの背を見つめている。
青の心臓は、まだ高鳴っていた。今回ばかりは、死んだと思ったのだ。
その時、黒衣の男の背後に、動きがあった。槍を持った兵士が、黒衣の男へと突きを繰り出したのだ。
これは終わった、と青は思う。
しかし、黒衣の男は、まるで背後に目があるかのように、正確に槍の動きを回避し、それどころか槍を奪ってジンへと突きを放った。
ジンの頬に、傷ができていた。
ジンが、槍の柄を掴む。
「お前、今、周囲の視線から槍兵の動きを読んだな? その目配りの良さ、天眼流か?」
ジンの声は、やや強張っていた。
黒衣の男が、かぶっていたフードを脱いだ。
そこから現れた顔立ちに、ジン体が硬直し、シホの表情が蒼白になる。
「我が名はイッテツが一子、ニテツ。我が父が負けたと喧伝され、まさかと思って挑んでみたが、確かにジン、お前は父を超えたようだ」
「父の仇討、ということか……?」
ジンは、苦々しげに問う。
「物語の中で我が父は永遠に敗者として語られることになった。それが、気に食わんのよ」
そうしている間にも、槍兵達は徐々に男を包囲しつつある。
「今日は邪魔が多い。ジン。決着は次に持ち越そう。だが、お前と戦えるとわかった。やはり、意義のある戦いだった」
「百余人も犠牲を出して、確かめたかったのがそれか」
ジンは、苦い口調で言う。その背が何を思っているか、青にはわからない。
「……さらばだ」
ニテツは、薄く笑うと、高々と跳躍し、兵達の上を飛び越えて去って行ってしまった。
その後を、槍兵達が追っていく。
「やめろ!」
ジンが叫び、槍兵達が立ち止まる。
「追っても、犠牲が増えるだけだ」
先ほどの戦いを思い返して、そうと悟ったのだろう。槍兵達は、肩を落としてその場に立ち止まった。
こうして、三百人対百人の戦いは、ひとまずは西門側の味方の犠牲者もなく終わったのだった。
その後、慌ただしく味方兵の生存確認と、町の横道などへの移動を塞いだ壁の撤去が行われた。
「ハク、俺の前に出るなと言ったろう」
「イチヨウ……過保護」
「まあまあ、イチヨウくんもハクちゃんも、今回は勝ったんだから。それで良しとしようよ」
「ハクに怪我一つでもあれば、俺は自分で自分が許せなくなる」
「私は体の殆どが魔力で構成されているから、些細な傷はすぐに修復できるんだけれどね……」
「そういう問題じゃない」
いつもの面々は、元気な様子だ。それが、強張った青の心を少し和ませる。
「……味方の犠牲は召喚獣のみ。貴女の手柄よ、アオ」
状況を一通り見届けたリッカが、褒めるように言った。
青は、正直な話、まだ生きた心地がしなかった。本当に、後一瞬でもジンの剣が遅ければ、青は両断されていたのだ。
いや、彼らの目的が適応者とやらの生きたままの確保ならば、犠牲となっていたのはシホかもしれない。
「ジン先生のおかげです。おかげで、生き延びられた」
「まあ、それも考えて配置した私の手腕かしらね~」
リッカは、気楽な調子で言う。
「しかし、ややこしいことになったわね~」
リッカは、表情を曇らせる。
「相手の中に、味方をする人間がいた。それも、結構な体魔力を使える人間。そんな人間が一人いれば、状況を引っ掻き回せる~」
「……どういう敵なのでしょうか?」
「それは、ジンくんに聞くのね」
リッカはそう言うと、青の頭を撫でて、去って行った。あちこちでの指示が、まだあるようだった。
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ジンは、西門の前で一人、剣を抱えて座り込んでいた。目は真っ直ぐに前に広がる地平線を見ていて、何を考えているのかはわからない。
「ドラゴンを相手にする方法を知っているか?」
ジンが、呟くように言う。
「いえ」
青は、素直に答えた。
「ドラゴンは……少なくとも俺の会ったドラゴンは硬い肌を持っていた。それに対処する方法は二つ。一つは例外みたいなものだ。イチヨウの持つ覇者の剣。あれは、大抵のものを綺麗に断ち斬る」
「もう一つは?」
「魔法剣だ。体魔術を会得したお前なら習得できるかもしれんな。剣に魔力を込めて、斬れ味を上げる魔術だよ。俺の場合は溜めに時間が必要だが、お前の場合は溜めなく使用できるかもしれんな。いざという時のために、練習しておいて損はない」
「……はい」
本当に聞きたいのはそんな話ではなかった。けれども、勉強になるのも確かだった。
しばし、沈黙が漂った。
「配置が惜しかったな」
ぼやくようにジンが言う。
「惜しかった、ですか?」
「俺の場所に配置されていたのがマリならば、ニテツの奴を仕留めることもできた。後々の禍根も断てた。惜しいことをしたもんだ」
「けど、俺とシホ先生が助かったのはジン先生のおかげです。感謝しています」
「俺が持ち込んだ禍根だ。俺が対処する他あるまい。お前が持ち込んだ禍根は、お前が対処したしな」
ジンはそう言って苦笑する。
「色々と聞きたそうだな」
「……ええ。ジン先生は、あの人の目的を仇討ちと言いました。けど、俺にはジン先生が無闇矢鱈に人を殺す人間には思えない」
「そうさな……」
しばしの沈黙が、漂った。
「かつて、ある大遺跡を舞台にした時の話だ。俺と師匠は、敵同士になった」
「殺しあった……んですか?」
師と殺しあう。そんなシチュエーション、青には想像できないものだ。青がジンを倒そうとするようなものではないか。
「そうするしかなかった。師は戦乱の世を願った。俺は今までと変わりない世を願った。それを可能にするだけの力があの大魔法陣にはあった。だから、殺した。その大魔法陣での戦いが本となり、師は敗者として永遠に語り継がれることになった。まあ、我ながら罪深い話だ」
沈黙が場に漂った。
「責めるか?」
「そんな重要な立場、なってみないとわかりませんよ」
「素直にものを言う奴だ。お前のそういうところ、嫌いではない。いっそ男らしいと思うがな」
「……男ですので」
そういえば、この人は男の時の自分を見ていなかったか、と青は思う。
「まあ、話は以上だ。知りたいことは知れただろう? 俺達は、過去の戦いで有名人になり過ぎた者の集まりだ。いつ寝首をかかれるかわからない。だから、リッカさんとその手勢に庇護されているのさ。五剣聖。忌々しい呼び名だ」
そう言って、ジンは立ち上がった。
「まあ、お前も俺達のお仲間だ。気楽にすることだな。この町は皆を守ってくれる。皆が力を合わせれば、窮地だって乗り越えられる」
「犠牲は、出ないのでしょうか」
今回の一件で、青は弱気になっていた。一ヶ所に集められたアカデミーの生徒達。命をかけて戦った兵士達。全ては、青のせいなのだ。
「生きるってことはな、人に迷惑をかけるってことなんだ。全ての因縁を断つことなんかできやしないし、嫌われない人間になることもできやしない。だから人は人と繋がる。自分を守るためにな」
ジンは、青の頭をなでた。
「……歳を取っても、慰め方は上手くならんな」
そう自嘲して、ジンは去って行こうとする。
「あの」
その背に、青は声をかけていた。
「今回の相手は、いつから現れたのでしょうか? 前もって準備ができていたら、町を危険に晒さずに、平地で包囲することもできたのでは?」
「湧いて出たんだよ。文字通り、な」
そう言って、ジンは手を振って去って行った。
空間転移を使う敵。彼らに接近すれば、元の世界に戻る道が見つかるのではないか。そんな思いが、青の脳裏に、ふと湧いた。
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食堂に戻ると、喝采が青を包んだ。
祝福の言葉を吐く人の波をかき分けて、ミチル達の元へ辿り着く。
「どうなってるんだ、これ?」
「アオちゃんが何か敵を撃退するために大きく役立ったって兵隊の人が言っててこの大騒ぎ」
ミサトが説明する。どうしてか、面白くなさ気な表情だった。そのまま、ミサトは去って行ってしまった。
何か、大事なものを見落としてしまった気がする。それを拾おうと、彼女を追おうとした時のことだった。
「また私の知らないところで役に立ったようね、オキタアオ」
呆れたように言うミヤビに捕まった。
「凄いよ、アオ。君は魔術まで長けているんだな」
タケルが素直な表情で讃えてくる。
元凶が自分だと叫べればどれだけ楽だろうと青は思う。
「ちょっと、ここじゃ落ち着けない」
「うん」
青は、ミチルの手を引いて駆け出していた。ミサトの表情も気になるが、今はミチルだ。
冷やかしの声が、背後から飛んで来るのが聞こえた。
そして、二人はアカデミーの庭に出た。以前は住んでいた猫の家族は、もう既にいない。親猫だけが、一匹で丸くなっている。
「子猫はどうしたんだ?」
「お嫁さんを探しに旅に出たんじゃないかな」
微笑ましげに、しかし少し緊張した面持ちでミチルが言う。
「なあ、ミチル」
「うん」
緊張で裏返った声で、ミチルは返事をした。
ミチルも緊張しているのだ。そう思うと、青は少し気が楽になる。
「どうして、俺にキスをしたんだ?」
風が吹いて、二人の間を通り抜けていった。
ミチルは俯いていて、その表情は見えない。
「だって、アオちゃん沈んでたし……」
「それだけか……?」
ミチルは黙りこむ。言葉を吐き出そうと口を開いて、飲み込むように口を閉じて、それを何度か繰り返す。
そして、そのうち口を開いた。
「アオちゃんとこうして話せて良かったって、今、凄く思うの」
それは、強い思いの篭った一言だった。
「アオちゃんだけ連れて行かれて、また危険な思いをするんだってわかって、凄い不安だった。けど、アオちゃんは帰って来た。それだけで良かったと、私は思うの」
「最近、話すの避けてる癖に」
つい、拗ねるような口調で青は言う。
「仕方ないでしょう。あんなことしちゃったんだから」
お互いに、当時の感触を思い出してしまったのだろう。青は顔が熱くなるのを感じるし、ミチルは頬が赤く染まる。
「話せて良かったと思うだけじゃ、駄目かな?」
「……今はその返事で、満足しろってことか」
「駄目かな?」
真剣な目で、押すようにミチルは言う。
また、結論は先延ばしか。青は苦笑する。
あるいは、結論なんて永遠に出ないのかもしれない。青が女の体である限り、ミチルは一線を超えることができない。
ただ、青はあの言葉を覚えている。性別さえ違えば、自分達は恋人だったかもしれない、というあの一言を。
「いいよ、それで。俺も、ミチルと話せて嬉しい。ミチルともっと、色々なことをしたい」
「……キスとかはちょっと考えさせて」
真っ赤な顔で、ミチルはそう言った。
「わかってるよ」
熱くなった顔がどうにかならないかと思いながら、青も答えた。
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「こんな奥の手があるなら、さっさと出してくれれば良かったのに」
暗い森の奥で、ニテツは人の悪い笑みを浮かべて小さな鉄の箱を弄っていた。
「これは本当に最後の手段だ。まさかこんなに根気強く奴が適応者を呼び続けるとは思わなかった。しかも今回は、町の警護に手厚く守られている。星の奏者までもが敵に付き、お前に匹敵するような腕利きの護衛達が何人もいる。失った兵を整える為にもまた時間が必要だ。その時間が、致命傷になり得る。こうなれば、我々は襲撃を諦め、契約を保ったまま、穏便に帰ってもらうしか手はない」
空洞で反響するような声が森の中に響いた。黒衣の男が放った言葉だ。
「これがあれば……」
「ああ、適応者は帰る。元の世界にな。呼びだされた理由も、知らぬままに」
ニテツはほくそ笑んだ。
ジンの奴に苦い思いさえさせられれば、ニテツとしてはそれで十分だった。
決着は決着でつける。その前に嫌がらせをするというのも、悪いものではない。
次回「故郷へ?」
謎の男から呼び出しを受ける青。
故郷への道が開かれる?




