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10.百人の敵?その1

 最近、ミチルの様子が変だ。顔を合わせても視線を合わせてくれないし、ミサトを交えて三人で話していても黙っている時間が長い。

 あれはやはりキスのせいだろうか、と青は思う。

 ミチルは、困っている人を放置しておけない。その性質が暴走してあのキスに繋がったならば、後から気まずくなるのも当然という話だ。


「どうしたもんだろうなー」


 ミチルが部屋を空けている時に、ミサトに相談してみることにした。最近、ミチルは部屋を空けていることも増えた。帰って来たと思ったら寝入ってしまう。


「そりゃ、義理でキスしたんだもの。気まずくもなるよ」


「お前はキスしても平然としてたけどなー」


「神経の太い私と繊細なミチルを一緒にしたらかわいそーだ」


「お前自身がそれを言うか」


 青は、苦笑するしかない。


「なんとか、元の関係に戻りたいんだよな」


「アオちゃんはさー、本当に元の関係に戻りたいのかな?」


 ミサトは、時に核心を突くことを言う。


「本当は、もっと発展した関係になりたいんじゃないかな? なら、今の互いに意識しあっている状態は良い方向に転ぶ可能性もあると思うけれど」


「良い方向に転ぶのかな」


「努力次第でしょ」


 ミサトは、こういう時にそっけない相談相手だった。自分の悩みを相談しない代わりに、青の悩みについて深く考えることもしない。そんなスタンスが見て取れる。

 その点、他人の悩みを自分の悩みとするミチルとは違っている。


「可能性はあると思うけれどねー」


 どこか他人事の口ぶりでミサトは言う。


「あると思うか?」


「ミチルの性質上、意識してない相手にキスをするのは無理だと思うな。それにアオちゃん、忘れた? アオちゃんはミチルに告白してるんだよ?」


「告白? したっけ?」


「ミチルに、私のことが好きかって問われて、好きだって返事してたよ」


 青はとたんに顔が熱くなるのを感じた。あの時は動転して忘れていたが、確かにそんなこともあった。


「……だからミチルは余所余所しいのかな」


「私はミチルじゃないから知らないよ。答えようがないね」


 ミサトは投げやりに言った。

 相談の相手に乗るのが面倒臭くなり始めているのかもしれなかった。


 そうか、自分はミチルに告白をしたのだ。それを思うと、青は穴にでも入りたいような気分になる。

 ならば、ミチルの態度が今までとも違っているのも、納得の行く話なのだった。


「好転するかなあ……」


「知らないよ」


「そっけないなあ」


「アオちゃんは男らし過ぎてね。相談の乗り甲斐がないんだよ」


 ミサトはそう言って、掌の炎を消した。月明かりだけが部屋の中を照らすようになる。


「寝る」


 そう言って、ミサトは早々に寝入ってしまった。青も、そのうち寝入るだろう。それを見計らって、ミチルはやって来るに違いない。

 青は、思わず溜息を吐いた。

 以前のように、ミチルと話をしたかった。

 けれども、青の脳裏には彼女とのキスが鮮明に残っている。相手も、同じ状況だろう。そんな状況で以前のように滑らかに会話ができるだろうか。

 まだ子供の青には難しい話だった。

 青自身、ミチルを意識しすぎている面もあるのかもしれなかった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 ミチルは、友人とキスをしてしまった。嫌いな相手ではない。嫌いならば、そもそもキスなどしない。

 けれども、その相手は自分に好意を持っているのだ。同性でありながら、特別な好意を持っているのだ。

 そんな相手に、ミチルは自らキスをした。そんな自分に、ミチル自身が戸惑いを持っていた。


「私は、アオちゃんのこと好きなのかなあ」


 思わず、ベッドに座り込んで、声に出してみる。

 部屋の真向かいのベッドで座って本を呼んでいたミサトが、反応した。


「好きなんじゃないのー」


 思いついた言葉をそのまま放ったような返事だった。

 投げやりではないだろうか、と思ったその時、ミサトは本を閉じて、ミチルに向き直った。


「だって、アオちゃんが男だったらなって思ったことは何度かあったんでしょう? それってきっと、好きだってことだよ」


「そうなのかなあ……」


 あのシーンを思い出して、ミチルは赤面する。間近にある彼女の顔。触れ合った唇を吸うミチル。

 彼女と普段一緒にいる時も、何度あのシーンを思い返して赤面したことか。


「けど、私。男の人に好きな人がいる。これって、普通ってことだよね?」


「人によっては普通の尺度は違うからなあ。女の子が女の子を好きになる。それって、私にとっては普通の人だけど、別の人にとっては普通じゃないことにもなり得るよね」


 ミサトは、優しい目でミチルを見ている。


「普通って、そんなに大事かな?」


「大事だと思う」


「けど、ミチルはアオちゃんを好きだよ。その気持ちは大切なものだと思う」


 断言されてしまった。ミチルはますます顔が熱くなるのを感じる。


「変に意識しちゃって駄目なんだ」


 ミチルは、話題を方向修正することにした。


「アオちゃんは友達だし、私は男の人に好きな人がいる。けれども、私とアオちゃんはその……」


 その先が、言い辛い。


「キスをしちゃった」


 ミサトが、優しく代弁してくれた。


「そう、それ。だから、変に意識しちゃって駄目なんだ。アオちゃんが、私のことを好きって言ってくれるから、尚更」


「頑張るねえ」


 からかうようにミサトは言う。

 それは、何を頑張っているという意味なのだろう。


「あの男の人が目の前に現れてくれたらいいのに。そしたらきっと、アオちゃんも私を諦めてくれる。私達は普通の関係に戻れる」


「話したこともない男でしょ? その時こそ、アオちゃんのほうが良かったって話にならないとは限らないけれど……」


 言われてしまえばそうなのだ。もしもあの時助けてくれた男の人を除外してしまえば、ミチルにとって一番親しいのは彼女になる。

 それは、健全なのだろうか。


「……私、変だ。女の子を好きかどうかで悩んでる」


「変じゃないよ。私、女の子のほうが好きだもん」


 そう言って、ミサトは悪戯っぽく微笑む。


「アオちゃんがいなければ、別にミチルでもいいんだよ?」


 そう言って、彼女はからかうように隣りに座ってきた。


「冗談はよして」


 ミチルは、彼女の肩を軽く押す。

 自分を好きだと言ってくれる同性の友人。顔しか知らない異性の想い人。ミチルは板挟みの状況にあった。


「苦しいね」


 優しい口調で、ミサトが言う。


「うん、苦しい」


「余計な常識に縛り付けられるって、苦しい」


 どうやらミサトの指す苦しいは、ミチルの思う苦しいとは違うものだったらしい。

 ミチルは、小さく溜息を吐いた。

 こんなことをしていても、事態は解決しないのだ。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 最近では、ミチルとは完全に別行動を取ることが目立ち始めた。

 ミチルはサクヤのグループと行動する。青はミサトと行動する。


「何か喧嘩でもしたんですの?」


 朝食の時間のことだ。

 こんなことに興味なさげなミヤビまで、気にするように声をかけてきた。


「そんなんじゃ、ないよ」


「事態はよりややこしいのです」


 ミサトが面白がっているような口調で言う。


「私で良ければ聞いてあげるから、話しなさいな」


 それは、ミヤビが珍しく見せた精一杯の善意だろう。けれども、それを受け取るわけにはいかなかった。

 どこか、遠くで鐘の音が鳴っているのが聞こえた。


「話せるような話じゃないんだ」


「ミサトには話せて私には話せない、と」


 ミヤビはとたんに不機嫌な表情になる。


「そういうわけじゃない。ミサトはたまたまその場に居合わせたんだ」


「アオちゃんは私に相談もしてくれないつれない仲だったんだ?」


 ミサトがこんな時に混ぜっ返す。


「あのなあ」


 ミヤビの視線はこんなやり取りをしている間にも徐々に剣呑なものになりつつある。


「いいですわ。そちらがそういうつもりなら、私も貴女に相談なんて……」


 ミヤビがそう宣言しかけた時のことだった。


「皆、今日はアカデミーの建物から一切出るな!」


 ジンの緊迫した口調が食堂内に響き渡った。

 ざわめきが起こる。

 外で鳴っていた鐘が、いつの間にか止んでいた。


「しばらく食堂に集まる。剣術科と魔術・神術科の生徒もやって来る。全員で集まって、次の指示を待ってくれ!」


 そう言うと、ジンは足早に去って行ってしまった。

 彼の言っていた通り、剣術科と魔術・神術科の生徒もすぐにやってきて、食堂は人で一杯になってしまった。


「どうしたんだろう」


 ミチルが不安げな表情で駆け寄ってくる。こんな時にも、青の顔から目線を逸らしている。


「非常事態って感じだな」


 タケルがやって来た。

 周囲は、戸惑いからくるざわめきで覆い尽くされている。


「舞姫科と剣術科の生徒には剣が配られるって噂だぜ」


 タケルの言葉に、青は目を丸くした。


「それって、この町が攻め入られてるってことか?」


「可能性は、それぐらいしかないよね~」


 ミサトが何処か投げやりに言う。


「神術が使える私は、役に立てないかな」


 ミチルが、戸惑いつつも、そんなことを言う。

 青は思わず、彼女を叱りたくなった。


「神術師ならハクアさんだっている。俺達生徒は安全な場所にいればいいんだ」


「けど……」


「……あの時のあれだって、そういう義理から出た行動だったのか?」


 青は、苛立ちのあまり思わず問いかけていた。それは、開けたら取り返しの付かない箱を開けようとしているようなものでもあった。

 彼女が意地であれ、そうだと言ってしまえば、青もミチルももう引き返しがつかなくなるのだ。

 ミチルは、恥じ入るように視線を落とす。ミヤビとタケルの表情に、戸惑いが浮かぶ。


「……それは、その」


「オキタアオ!」


 ハクアがいつの間にか、食堂に入り口にやって来ていた。両腕や肩に大量の剣を抱えている。


「学長室に今すぐ向かってくださいまし。緊急です」


 青とミチルは、しばし向かい合った。


「俺達には、話す時間が必要だと思うんだ」


「……うん、そうだね。話して、整理しないと」


「戻ってくるから、必ず話そう」


「うん。わかった」


 ミチルは、弱々しく頷いた。


「おい、見ろよ!」


 生徒の一人が、窓の外を指差す。その方向を眺めると、狼煙が上がっていた。

 本格的に、何かが起こっているようだ。


「オキタアオ!」


 ハクアが、急かすように言う。

 青は、その言葉に従い、人混みをかき分けて食堂を出て、学長室へと向かった。

 変だった。学内に、鎧を着た兵士が複数歩いている。変だった。生徒達が食堂の一ヶ所に集められている。変だった。町の中で狼煙が上がっている。

 何かが起こっていることは、疑いようがない。

 ノックをして、中に入る。中には、十人の大人が揃っていた。


「だから、魔術科の生徒達で一斉に門の上から魔術を放つのです」


 女性が、熱弁を振るっている。

 それを、リッカがいつになく真剣な表情で聞いている。


「討ち漏らしも出るわ~。出れば、今後山に入る人々に危険が及ぶ~」


「ならば、敵を綺麗に消す方法なんてあるんですか?」


 女性が、疑わしげに言う。


「その最後のピースが今、ここにやって来た」


 リッカの言葉で、全員の視線が青に向く。ジン、シホ、イチヨウら教師陣はもちろん、ハクまでいる。熱弁を振るっている女性は、多分魔術科の教師なのだろう。


「こっちにおいで~、アオ」


 優しく指示されるがままに、青はリッカの机の前に立った。それまで机の前にいた女性は、口惜しげに、数歩後ろへと引く。

 リッカの机の上には、この町の地図が広がっていた。


「現在、町の門は東西南北すべて下ろされています」


 リッカの言葉に、青は言葉を失った。この町は近隣の村や町の中心となる町と聞いたことがある。それが完全に門戸を閉じているとは、よほどの緊急事態だ。


「何かが起こったんですね?」


 リッカが頷いて、地図の上に指を走らせる。


「西門と南門。ここに、五十人ずつの黒衣の集団が現れた。何人かは門の中に侵入しましたが、衛兵に切り伏せられました」


 青は身震いしたいような気持ちになった。青のことを付け狙う死神。彼らはまた現れたのだ。百人の軍勢を持って。


「正直、百人程度の人数ど~ってことはない。相手は攻城兵器も持っていないし、この町の中でも三百の兵がいるからね~」


「いつでも戦う準備はできております。皆、戦いということで意気軒昂です」


 鎧姿の男性が誇り高い口調で言う。


「しかし、この町は国境からも遠く、戦いを忘れて久しい。ぶつかり合えば犠牲は出る。そうやって削られていくのは上手い方法じゃ~ない」


 鎧姿の男性が、情けない表情になった。


「無限に湧く敵との戦いには経験がある。犠牲を減らす工夫が何よりも肝要だよ」


 リッカは、慰めるように言った。


「犠牲を無にするような工夫。そんなものが存在し得るのですか?」


 魔術科の教師らしき女性が、疑わしげに言った。


「敵の知能が、遺跡に湧く魔物のように高くなければ、その可能性は、ある」


 リッカの目が、鋭く細められた。


「まず、南門にハクちゃんとマリさんを配置する」


「最強戦力を南門に集中させるわけですか」


 ジンが、ぼやくように言う。嫁まで巻き込まれることを、良く思っていないのかもしれない。


「この南門は、敵を上手く誘導できればいい。できるね、ハクちゃん?」


 ハクは、頷く。


「町の外なら召喚ができる。召喚ができるなら、誘導は簡単」


「そして、西門は槍兵で固める。その配置が、ここ」


 そう言って、リッカが指差したのは、町の中央の広場だ。


「途中の家々はどうなるんです?」


 魔術科の教師らしき女性が、苛立たしげに言う。


「余計な道へは進めないように、今工事させてる真っ最中だよ~。避難も進ませてる~。逆に言えば、時間がないからこの作戦はこの道でしか使えない」


「作戦……?」


 魔術科の教師らしき女性が、戸惑うように言った。


「やってやろうじゃない。箒で掃いて、ちりとりですくい取るんだ。アオ。全ての鍵となるのは、あんただ」


 リッカの視線が、青をの眼を捉えた。その、いつにない鋭い視線に、青は身震いするような思いだった。

 彼女も伊達に、死地をくぐり抜けてはいないのだ。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 マリは南門の前にいた。周囲には五十人の槍兵と、ハクとイチヨウ。槍兵とイチヨウはハクの護衛らしい。丁重に扱われているものだ。

 それに比べて、自分は最前線の一兵である。それに不満があるわけではないが、ついつい苦笑が滲んでしまうことは否めない。


 マリは、自分の身の丈の倍近い槍を一振りして、一つ頷く。腕からは腕輪が外され、緑色の光が翼のように放出されている。

 門が開かれた。

 黒の集団は一斉にその中へと跳びかかった。


 それを弾き飛ばすのが、マリの槍だ。マリの振り回す巨大な槍は、縦横無尽に動き回り、黒の集団を後退させ、時に吹き飛ばしていく。倒れた敵は、後方の味方の槍に屠られた。

 敗北は許されない。ここは、マリの息子の暮らす街なのだ。

 そのまま、じわじわと前進した時のことだった。


 その途端に、黒い集団の背後に、魔物の群れが現れる。虎型、竜型、昆虫型、蛇型とその種類は様々だ。竜型は一匹しかいない。

 ハクが、魔物を召喚したのだろう。

 狩りに来たはずの黒い集団は、とたんに追われる獲物へと変わる。


 黒い集団が潰走を始めた。マリはその後を追いかける。魔物達が誘導するかのように敵の通路を塞いでいく。

 黒い集団の足が、ふと止まる。西門が開いている。しかも、仲間達の姿はそこにはない。そこでは味方は優勢なのではないか。そんな思いがあったのかはわからないが、彼らは西門へ進むしかない。


 西門の先へと通り過ぎる道へは、竜に乗ったハクが先回りしていた。竜の炎のブレスが、また敵の数を削っていく。

 敵はたまらず、西門へと走りこんだ。

 これで、マリの仕事は終わりだ。後は、青達にかかっている。


 山で見たあの子の魔術を思いだす。尋常な範囲の魔術ではなかった。それが、この場で決定打となるのだろうか。

 マリは、祈るような思いで外から門を閉じた。

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