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8.剣術大会は突然に?その2

「今回の勝ちは貰いますよ、ジン先生」


「そうそう上手く行くとは思わんことだ」


 イチヨウとジンは並んで戦いを観戦している。

 この二人、剣術上の師弟の関係にある。


「それにしても、アオとミヤビという子はずるい。動きが違う。先生、特別に鍛えあげましたね?」


「なんのことかなあ、わからんなあ」


「まあいいですけれどね。それでも、剣術科の勝利は揺るがない」


「大した自信じゃねえか」


 イチヨウの自信に、ジンは呆れたような表情になる。


「本物の天才というのはいるものですよ。ほら、彼だ」


「ほう」


 戦いを見ていたジンの表情が一瞬歪み、そして呆れたようなものになった。


「どっちがずるいんだ。そっちの方がずるいじゃねーか」


「そもそも一定の腕がなければ剣術科には合格できませんからね。全員、腕は磨かせているつもりですよ」


「お前、才能ある奴を鍛える面に関してはずば抜けてそうだものなあ」


 ジンは、呆れたように言う。


「普通の生徒を教えるには不向きと言われているようで腹立つなー」


 イチヨウも、呆れたように言う。

 その隣で、リッカとセツナは並んで試合を観戦していた。後ろには、各々の護衛が十人ずついる。


「欲しい人材はいる~?」


 リッカが問いかける。

 セツナは真剣に、片目で前だけを見ている。


「今の生徒、欲しいな。うちに来てもすぐに一線級で戦える人材だ」


「ちょっと手間がかかる子も引き受けて欲しいんだけれどな~」


「無茶を言うな。それこそ剣術科の仕事じゃないか」


「それもそうなんだけどね~。こればっかりは、才が絡むからなあ。真剣の扱いや手入れに関してもきちんと教えてるのよ?」


「それは基本だ」


「せっちゃんらしいね~、そういう融通が効かないの」


 呆れたように言って、リッカは立ち上がる。そして、叫んだ。


「次の生徒、入場してください。構えて……初め!」


 観客席は盛り上がりを見せている。

 リッカに耳打ちする者があった。


「どうやら、場内で賭けをやっている不届き者がいるようですが」


「やらせておきなさい~。こういう催しではつきものだわ」


「お前らしい裁量だな」


 呆れたようにセツナが言う。その隣にリッカは座った。


「何事も決め決めじゃ~人がついて来なくなるよ。私達も、賭ける?」


「馬鹿を言うな」


「五剣聖予知眼のセツナが、先読みで私に負けるのが怖い?」


「馬鹿を言え。僕が人を見る目でリッカに遅れを取るものか」


「じゃあ勝負ね。リギンは持ってきているでしょうね」


「多くは持っていない。後から取り寄せよう。貸しにしておいてくれ」


 気難しいようで、なんだかんだで乗りやすい男だ。リッカは心の中で苦笑した。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「早々に負けました……」


「木剣痛いわー……」


 闘技場の外で、青、ミヤビ、ミチル、ミサトは集まっていた。

 情けない声を上げているのは、ミチルとミサトの二人組だ。


「情けないですわね。一矢ぐらい報いたんでしょうね?」


「いやー? 木剣で競り合って押し負けてあわあわ言ってる間にやられたよー?」


「大体似たり寄ったり」


 ミチルは情けなさげにミサトに調子を合わせる。


「情けない。貴女達こそ居残り練習をすべきですわ」


「相手と打ち合えるようになっただけ前進だと思ってもらいたいなー」


「アオ!」


 背後から声をかけられて、青は戸惑った。どこかで聞き覚えのある声だった。

 振り向くと、そこにはタケルがいた。彼は笑顔で駆け寄ってきている。


「一回戦突破おめでとう、アオ! 君は舞も上手いのに剣も上手いんだな。感心するよ」


「上手いってほどではないがな」


「君が倒した相手は猛牛と呼ばれて剣術科では少し幅をきかせている男だったんだぜ?」


「そんな大物とは知らなかったなあ」


「ともかく、会えて嬉しい。君ときたら、滅多に外に出てこないんだから」


「授業の時は出てるよ」


 真っ直ぐな視線で射抜かれて、青は気恥ずかしいような気持ちになる。

 タケルは、青を一貫して女として見て、丁重に扱う。それが青にはくすぐったい。


「その人は、誰?」


 ミチルが、戸惑うように言う。


「僕は、タケル。アオとは友達なんだ」


「ま、友達だな」


「へー、アオちゃんって剣術科に友達いたんだ」


 ミチルが、感心したような表情になる。


「フクノミヤビ」


 声がまた、背後から飛んで来る。

 振り返ると、そこには見知らぬ長身の女生徒がいた。ミヤビはそれを見て、表情を歪める。


「フクノキク……」


「勝ち進んでいるようね」


 キクと呼ばれた少女は、威高々にミヤビに言う。


「ええ、勝ち進んでますわ。当然のことよ」


 ミヤビは余裕の表情を作って言う。けれども、いつもより落ち着かなさ気な雰囲気だった。


「落ちこぼれの癖に、えっらそうに……」


 ミヤビの表情が、悔しげに歪む。


「ミヤビ、貴女と当たることもあるでしょう。まぐれで勝ち残ればの話だけど」


「貴女は、自分が勝ち残れると信じきっているようね」


「それを信じ切れないから貴女は何も相続出来なかった。そうなんじゃないかな」


「……噛みつくわね」


「ええ、噛みつくわ。フクノの人間が皆の見世物になる舞姫科だなんて。私は貴女が恥にしか思えない」


「舞姫科の生徒達の前でそんなことを言ってるって、わかってるのかなー」


 ミサトが、呆れたように口を挟む。

 キクは、我に返ったような表情になった。


「ともかく、貴女は目障りなのよ、ミヤビ。私が叩きのめしてあげるから、精々それまで勝ち残るのね」


 そう言って、キクは去って行ってしまった。

 ミヤビはその背を、ずっと眺めていた。


「ミヤビちゃんに輪をかけてプライドの高そうな人……」


 ミサトが呆れたように言う。


「ごめんなー。悪い奴じゃないんだよ。プライドがちょっと暴走するだけで」


 申し訳なさげにタケルが頭を下げる。


「それにしても、また一緒に遊びたいな、アオ」


「俺は軟禁状態だよ。そうそう一緒に遊べるか」


「機会があれば遊ぼうよ。流行りの遊びをアオのためにいくつも仕入れたんだぜ」


「お前も甲斐甲斐しい奴だなあ」


 アオは呆れてしまう。しかし、まんざらではない。


「それじゃあ、俺も次の試合に向けて待機しなきゃいけないから、行くな。また遊ぼう、約束だぜ、アオ」


 そう言って、タケルも去って行ってしまった。


「やるねー」


 ミサトがからかうように言う。


「そんなんじゃないよ」


「私も男の子の知り合い作っとくべきかなあ」


 ミチルが考えこむように言う。


「俺がいるだろ」


 アオは、やや焦ってミチルの前に移動した。

 ミチルは困ったような表情になる。


「その、アオちゃんは俺は男だーって言うけれど、結局女の子じゃない」


 確かに、アオの体は女だ。それを言われてしまってはどうしようもない。

 アオは、ミチルの両肩に手を置いた。


「なあ!」


「うん、なにかな、アオちゃん」


「俺がもし今回の大会で優勝したら、俺を男だって思ってくれるか?」


「うーん」


 ミチルは、誠実に考えこんだ。


「男の子みたいだって思うことは出来ても、男だって思うのは、難しいかも……」


「男だって思って欲しいんだ」


 祈るように、アオは言う。アオは、ミチルが好きだ。そして、彼女の傍にいる。だというのに、彼女が別の男を見つけて、交際していく姿を見るなんて、そんなの嫌だった。

 ミチルは真剣なアオの表情を見て、しばし考えこんだ。


「……いいよ」


 ミチルは、小さい声で言った。


「大会で優勝したら、今後はアオちゃんを男として扱う」


 ミチルは、迷うような表情でそう言っていた。

 青は、表情が緩むのを感じていた。


「約束だぜ」


「うん、約束。けど、同性同士のほうが気楽で良いと思うけれどね?」


 ミチルは、戸惑ったような表情だった。

 そんな風に過ごしているうちに、二回戦の時間がやってきた。闘技場で向かい合ったのは、どこかで見た顔だ。

 相手は、完全に臆してしまっている。

 それはそうだろう。彼らは以前、女生徒を無理矢理にナンパしていたところをアオとミヤビに撃退されて、追い払われた生徒だったのだから。

 相手が竦んで動けない間に、アオとミヤビの木剣が相手の心の臓の位置を突いていた。


「剣術科。どうしたものかと思っていたけれど、私達の腕で十分通用するようですわね」


 ミヤビは、いつにも増して強気な口調で言う。

 キクという存在は、それだけ彼女にとっての起爆剤となったのかもしれない。


「勝とうぜ、この大会。俺達で優勝だ」


 青は青で、負けられないという気持ちになっていた。この大会に勝てば、ミチルに男として見てもらえるのだ。勝たないわけにはいかなかった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「アオちゃんは、どうしてあんなに男として見られることに拘るのかなあ」


 観客席で、ミチルは呟くように言っていた。


「色々あるんじゃないかねえ」


 ミサトも流石に、ミチルが好きだからだろうとは言えない。


「……前にね、こんな話、したことあるの」


 ミチルが、呟くように言った。


「私達は異性だったら、恋人同士になっていたかもねって」


 それは、ミサトにとっては初耳だった。

 ミチルも、アオを多少は意識しているということなのだろうか。


「アオちゃんがそれに覚えがあってあんなに真剣になってくれているんだとしたら、私は男として見たアオちゃんにどう対応するべきなのかなあ」


 誠実なミチルは、目の前の状況にどう対応するべきか真剣に悩んでいるらしい。

 それが、ミサトの眼には微笑ましく映る。


「男でも、女でも、アオはアオだよ」


 ミサトは、淡々と言う。


「それはそうなんだけどね」


「そういう話するってことは、ミチルもアオちゃんのことちょっと意識してるってことじゃないの?」


 ミチルは、しばし考えこんだ。

 そして、バツが悪そうに、自らの心情を吐露した。


「アオちゃんが本当に男だったらなって思ったことは、何度か、ある」


「女同士とかさ、些細なことだと私は思うんだ」


「いやー、結構大きなことだよ?」


「私は、好きな人と一緒にいるのが一番だと思う」


「好きな人、かあ……」


 ミチルは、呟くように言う。


「私は、アオちゃんを好きなのかな?」


 戸惑うように、ミチルは言う。

 こうも容易く思考の誘導にかかってくれると面白いな、とミサトは思う。


「それは、自分で考えることだよ。けれども、二人の関係は特別だと私は思うけれどね」


 ミチルは、考えこんでしまった。

 これから先は、戦いの中にいるミヤビ達次第だとミサトは思う。

 そもそも、彼女達が優勝しなければ、話は始まらないのだ。


 彼女達は、三回戦に挑んだ。

 敵の木剣を掻い潜り、まるで舞うように彼女達は勝利を重ねていく。

 その先に待つのは希望だろうか。はたまた行き止まりなのだろうか。それは、今のミサトにはわからないことだった。

 全ては、ミチルの判断にかかっているのだ。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「ね~え~」


「なんだ」


「同じ相手に賭けるのやめなさいよ~」


「お前が同じ相手に賭けてるんだ」


「じゃあ~、次から先に言ったほうが勝ちで良くない?」


「構えを見てからでないとなんとも言えん。それこそ事前情報を持っているお前が有利だ」


 リッカとセツナの間には、気怠い空気が流れていた。

 見ている試合の大半で、互いに同じ相手に賭けようとしてしまうのだ。賭けが成立しない場合のほうが多かった。

 セツナもリッカも一定の実力を持った剣士だ。生徒が相手なら、構えを見るだけで実力を計るのは容易い。


「じゃあ賭けの範囲を広げようか~」


 リッカが言う。


「優勝者を予測したほうが勝ち~。負けた方は勝った方の言い分をなんでも一つ飲む」


「大きく出たな」


 興が乗った、とばかりにセツナは唇の片端を持ち上げた。

 だが、すぐにつまらなさげな表情になった。


「しかし、優勝者などもう見えているだろう。僕が見るに、剣術科のフクノキクと組んでいるあの男だ。あの男だけは他の生徒と格が違う。リッカ、お前が打ち合っても危ういんじゃないか?」


「どうだろうね~。私は魔術に力を入れてるから、剣で負けても悔しくはないんだけどね~」


「負け惜しみか?」


 せせら笑うようにセツナは言う。

 リッカは、少し苛立った。


「じゃあ、せっちゃんは彼に賭けるってことで良いね。私は、オキタアオとフクノミヤビグループに賭けるよ」


「件の生徒か。確かに強い。強いが、まだあの男の域には届いていない。将来は有望ではあるが、少々早計に過ぎたのではないか」


「彼女達は実戦を潜っている。それは大きな財産だよ。私は彼女達の可能性に賭けるんだ~」


「柄にもなく教育者らしいことだ」


「教育者は生徒を肴に賭けなんてしないよ~」


「尤もな話だ。お前らしいとも言えるがな」


 セツナは、鼻で笑った。


「賭けに負けたらなんでも言うことを一つ飲んでもらうからね~」


「構わんぞ。僕がお前に望むことなど何もないがな」


「夜伽でもなんでもしてあげるわよ」


 セツナが目に見えて硬直した。


「本気にした~?」


 リッカは、微笑んでセツナの顔を覗き込む。彼は渋い顔で、照れたように闘技場の中央に視線を向けた。


「馬鹿を言え」


 そっけなく言って、セツナは試合観戦に戻った。

 これだからセツナをからかうのは面白い、とリッカは思う。大抵は度が超えて罵り合いに発展してしまうのだが。


 傍に座るジンとイチヨウの間には、緊張感が漂いつつあった。


「俺達も賭けるか、イチヨウ」


「いいですね、構いませんよ。俺はもちろん俺の生徒に賭けます」


「俺はオキタアオとフクノミヤビに賭ける」


「……やっぱりあの生徒達だけ、念入りに育てましたよね? わかりますよ?」


「なんのことだかわからんなあ」


「口先では俺は周囲に劣ると言いながらも、結局は負けず嫌いなんですよね、先生は」


「どうして俺がお前に負けなければならん。ま、負けず嫌いは剣においては才能だよ。フクノミヤビにはそれがある」


「将来有望だ、と」


「現時点では、お前のジョーカーに劣るかもしれんがな。まったく、卑怯な話だ」


「そもそも優劣を競う大会じゃないですけどね、これ。あくまでも親善試合みたいなもので」


「勝負は勝負だ」


「……先生は負けず嫌いですね」


 呆れたように言うイチヨウだった。


「だから繰り返し言うが、どうして俺がお前に負けなければならん。俺が勝ったら、今度ハクを借りるぞ」


「ハクに何をさせる気ですか?」


 イチヨウは、物憂げな表情になる。


「手伝いをしてもらう。もしもの時のための貸し一つだ」


「ハクが消耗するような頼みごとは避けて欲しいですけれどね。あの子は体の大半が魔力で構成されている。常に魔力を補充しているとはいえ、魔術を使うのは自分の体を刻むのと一緒です」


「わかっているよ。多少の手伝いだ、多少の」


「本当かなあ」


 イチヨウは溜息を吐く。


「皆、ハクを便利屋みたいに扱うんだ」


「俺達は皆雇われ者の便利屋だよ」


「不足かな~?」


 リッカにからかうように声をかけられて、ジンは小さくなった。


「いえいえ、とんでもない」


「不用意な発言は先生の悪い癖ですね」


 ジンは、何も言い返さなかった。

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