8.剣術大会は突然に?その1
次回は学園祭話で短い話になると思います。
今回はバトル話でやや長いです。
8話は本日中に投稿を終えます。
それは、ミサトが散歩をして寮に帰ろうとしていた時のことだ。寮の入り口で、不審な剣術科の生徒を見つけた。それが剣術科の生徒だとわかったのは、アカデミーの黒い制服と腰にぶら下げた木剣のせいだ。
「何してんのさ」
ミサトは、彼の顔を覗き込む。悪戯を見つけられた子供のような、バツの悪い表情をしていた。
「いや、ちょっと知り合いが出てこないかなって思って」
「知り合い? どんなさ」
「凄い綺麗な子。けど、授業時間以外は部屋に篭ってあまり出てこないらしいんだ。だから、剣術科では塔に篭もる姫君だなんてあだ名もついているらしい。かと思ったら、アカデミーを抜けだして外を歩くような奔放さもある」
「ふうん。極端な子だねえ」
ミサトは滑稽な気分になってきた。真剣に話す彼の姿を見ていると、相手への想いが透けて見えるような気がしたからだ。
それにしても、塔に篭もる姫君だなんて大仰なあだ名をつけられるとは、よほどの美人なのだろう。そんな儚げな美人はいただろうか、とミサトは思う。
「まあ、今日は日が悪いらしい。帰るよ」
そう言って、彼はミサトに背を向けて歩き出した。
その時ふと、ミサトの脳裏に閃きがあった。あの子ならば、外見と行動だけなら条件に当てはまる。塔に篭もる姫君、だなんて儚げな印象とは無縁な女の子ではあるのだが。
どちらかと言えば、塔で不貞腐れるやんちゃ坊主だ。
「ねえ、その子、もしかして自分は男だって自称してなかった?」
少年の足が止まった。彼は勢い良く振り返る。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も。私はその子のルームメイトだからね」
「タケルが、また遊びたいって言ってるって、伝えてくれるか?」
「オーケーオーケー、タケルくんね、わかったよ」
ミサトは、顔がにやつくのを止められなかった。あのお転婆のはねっ返りが塔に篭もる姫君だなんて呼ばれている事実も滑稽だったし、タケルの女を見る眼に関しても疑問符を浮かべざるをえなかったからだ。
「頼んだよ!」
寮の中に入っていくミサトの背に向けて、タケルは言う。ここから先は男子禁制の女の里だ。
部屋に戻ると、姫君は寝間着のままベッドに寝転んで足を組んで、服を大きく開いて肌へと手で風を送っていた。
塔に篭もる姫君、なんて言葉に篭もる神秘性の欠片もない格好だ。
「あんたもやるわねえ」
「あ? なんの話だよ?」
ミサトは含み笑いを浮かべながら、二段ベッドの階段を上がっていく。そして、ベッドの上で両手を組んでその上に顔を置くと、件の姫君を眺めた。
姫君の顔とミサトの顔は、至近距離にあった。その戸惑いの瞳と好奇心に満ちた瞳が、交差する。
「タケルくんに会ったわよ」
姫君が、風を肌に送る手を止めて憂鬱げな表情になる。
「からかうつもりか」
「からかうなんてそんな。あんたも隅に置けないなって思っただけだよ。また遊びたいってさ」
「あー、そー」
姫君は、ミサトに背を向けてしまった。この友人は、からかわれるとすぐに反応に出る。それがミサトには面白くてならない。
「いつの間にか男の子と遊んでたんだね」
「成り行き上な」
拗ねたように彼女は言う。それがますます、ミサトには可愛らしく映る。
「私とキスした癖に……」
「お前なあっ」
彼女は、声を荒げて体を起こした。
「冗談だよ」
ミサトは微笑んで、顔を少し引っ込める。
「まあ、また遊びたいって言ってるんだからさ。遊んであげればいいんじゃないかな」
「遊ぶ機会がないよ。俺は軟禁状態だ」
「町へ抜け出たりした癖に?」
「町の中は流石に安全だろ。リッカさんにこってり絞られたけど」
当時のことを思い出したように、苦い顔で彼女は言う。
「けど変なもんだね。俺は男だって言い続けてても、きっとアオちゃんは男の子と結婚するんだろうね」
彼女は容姿に恵まれている。ボブカットの髪は光を受けて輝き、顔は小さく、まつ毛は水を溜めそうな程に長い。大きな瞳は感情に合わせて万華鏡のようにその形を変える。手足はすらりと長く、腰は細く、弱点といえば胸が小さいことぐらいだろうか。
旦那を選ぶなら選り取りみどりだろう。
「……実感沸かないなあ。俺は男だからな」
ぼやくように姫君は言う。そして、再び寝転がって、付け加えるように言った。
「好きな子も女の子だしな」
「へえ、好きな子。誰?」
「お前には絶対に教えん。次の日にはクラス中に広まってるのが目に見えている」
「信用がないなあ」
思わず、苦笑したミサトだった。
口が良いとは言えない彼女だが、彼女との共同生活をミサトは気に入っていた。言葉を選ばず会話できる相手がいるというのは気楽なものだった。
それにしても、この姫君の意中の相手とは誰だろう。考えてみれば、手に取るようにわかってしまう気がした。
それもまた、彼女らしかった。
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騎兵を十騎引き連れて、男は馬に乗ってその門を潜った。
オギノの町に新しく設立されたというアカデミー。その内部は活気に満ちているようだった。
あちこちから黒い制服を着た生徒の熱視線が飛んでくる。それもそのはずだ。この男はこの国で三本の指に入る大領主であり、独身だった。だから、この手の視線には慣れている。
右目に眼帯をつけている。体は中肉中背で、やや童顔だ。二十代も後半になるはずなのに、見る角度によっては少年のようにも見える。
馬から下りると、彼は近場にいた女生徒の一人に訊ねた。
「学長室はどこかな?」
「ご案内します!」
上ずった声で、女生徒は答える。男はそれを見て満足の表情を浮かべると、背後の騎兵達を振り向いた。
「お前達はここで待機していてくれ」
男の言葉に、彼らは難色を示した。
「フクノの人間相手に護衛無しですか」
「僕がリッカ如きに遅れを取るものか。それに、僕を殺す気ならとうの昔に夜討ちを仕掛けていただろう。それができるぐらい近くに、暮らしていたこともあった」
その過去を、男は暖かいものとして思い返している自分にやや戸惑いを抱いた。
男は、名前をカミトセツナという。ソの国御三家に数えられるカミト家の若き当主にして、五剣聖の一人だった。
その右目はかつては先を見通す予知眼として機能していた。今はその機能は暴走して眼帯に封じられているが、それを所有していることがカミト家相続の決定打となった。
女生徒に案内されて、セツナは学内を歩く。
明るい学園だ。すれ違う生徒達の表情に活気がある。リッカは思いの外上手くやっているらしかった。
(まあ、小賢しい女ではあったか)
セツナは、そう思い直す。
セツナとリッカの因縁は古い。始まりは、許嫁として紹介された。
セツナはカミト本家の生まれではない。だというのに、本家相続の証である予知眼を持って生まれてきた。
持て余されていたセツナは、仲の悪いフクノ家との友好の証として使われることになったのだ。しかし、リッカの兄が事故死してリッカが家を継ぐことになり、その話はお流れになった。
次に会ったのは、マリノの港町でだ。やはり持て余されていたセツナはカミト家の剣士隊を統率して遺跡の探索に従事する役割を持たされていた。同じく遺跡の探索に出ていたフクノ家の責任者がリッカだった。
以来、憎まれ口を叩き合う仲となっている。
学長室の前に辿り着いて、女生徒が名残惜しげに去って行く。セツナは、やや緊張している自分に戸惑いながらも、その部屋の扉を開けた。
彼女は、黒塗りのテーブルの奥に陣取っていた。
実際に会うのは何年ぶりだろう。セツナは、緩みそうになる自分の表情を引き締めた。
「上手くやっているようだな」
「これはこれは~、カミト本家の当主様のご来訪だ」
立場が変わっても、間延びした口調と人を小馬鹿にしたような言い分は変わらない。セツナはつい苦い顔になる。
「授業の進み具合はどうだ?」
「王にならともかく、貴方にそれを報告する義務はないな~」
セツナは、思わずリッカを睨む。リッカは、とぼけたような表情で微笑んでいる。
「冗談だよ~。一部を除いて全ては順調に行っている。舞姫科は上手く機能している」
「イレギュラーもあったようだな」
「まあね~。問題を抱えるのは運命なのかもね~」
「運命など軽々しく言うな。起きることは必然だ」
「その必然の内訳がわからなくて少々難儀しているかな」
「死神とやらに重要人物を狙われたのだろう」
リッカが、初めて苦い顔になった。
「宮廷の人はどうやら口が軽いみたいだ」
「僕ならそんな愚策は犯さない。町の中で大事に保護しただろう」
「そうでしょうね~。せっちゃんなら小鳥を扱うように檻に入れたでしょう」
当てつけるような言い草だ。それがセツナには気に入らない。
だから私は貴方を選ばなかったのだ、と言われているような気分になる。
「悪いか?」
「いんや、正しい。今回ばっかりは貴方が正論だから、私は嫌味を言うしかないってわけ~」
「愁傷なことだな」
セツナは、鼻で笑った。
リッカと会うといつもこうだ。嫌味の言い合いになる。そして、終わってから溜息を吐くことになる。
セツナは、悔いを溜めぬうちに本題に入ることにした。
「宮廷でのお前の評判、すこぶる悪い」
「へえ~」
リッカは、興味なさげにそう言う。
「フクノ家は私兵を育てている。統一王に寝返った時のようにまた何をするかわからない。王に囁く人間は多い」
「それは話が逆だよ~せっちゃん」
リッカは、辟易とした表情になる。
「魔術の伝承を特別に許されてきたのはこの国ではフクノ家だけ~。その中でも五剣聖やスタッフにパイプのある私が選ばれた。私は言わば面倒事を投げられた身の上だよ~。謀反なんてとてもとても~」
「ああ。王も道理のわからぬ方ではない。不安はあるようだが、お前に一任する方針を曲げぬつもりのようだ。そもそも、王に重用されるお前へのやっかみだ。気にせぬことだな」
「あのね~。気にしないでいいことはわざわざ口に出さなくてもいいんだよ?」
リッカが、鼻白んだような表情で言う。
セツナは、笑った。こんな風に、素直に感情を表に出していれば彼女は可愛らしい。
「不安を覚えているのは宮廷の人間だけだろうか?」
セツナの言葉を聞いて、リッカは指と指を搦めて手を組んで、口元にやった。
「この町の人間も、魔術を教える施設の存在に畏怖の感情を覚えているんじゃないのか? それだけ、魔術は排他されてきた時代が長い。貴種が使えば威光となるが、一般人が使えばそれは脅威でしかない」
「それは、私も考えてるよ~」
「ほう」
「学園祭でもやろうと思ってる。魔術科と舞姫科の生徒を主にして~、町の人達と交流を持ってもらうんだよ。今はまだ皆の腕がその域に達していないから実現しないけれどね~。得体の知れない存在から、身近な存在に印象を変えることは可能かもしれない~」
「なるほど、考えてはいるのだな」
「それを心配してやって来たの?」
リッカが、げんなりしたような表情になる。
「一応僕のほうが領主としての経験は多い。アドバイスぐらいは、な」
「余計なお世話かな~」
身も蓋もないことを言うのも相変わらずだ。
その表情が、セツナを見て、何かを思い出したようなものになる。
「剣術大会、なんかも良いかもしれないね」
「剣術科の生徒同士で戦わせる気か?」
「舞姫科の生徒も組み込む。彼女達にも親しみを持たせる良い機会だよ」
「なるほどな。色々考えるものだな」
「昔、マリノの町でも剣術大会が行われたなって思い返してね~。あの大会じゃ、結局せっちゃんはジンくんに勝てなかったんだっけ?」
リッカは、意地悪く笑う。
「負けなかったんだ。決着がつかずに引き分けとなった」
「予知眼なんて卑怯な目を持ってて勝てなかったんだよね~。カミトの至宝も大したことないんじゃないかな~」
「それを言えば、お前は負けるのが怖くて参加していなかっただろう」
沈黙が、場に漂った。
「お前と会うといつもこうだな」
「うん、せっちゃんと会うといつもこう」
「もっと器用に話すことができれば、とたまに思わんでもない」
いつになく、素直な気持ちを吐露しているセツナがいた。
リッカが、意表を突かれたような表情になる。そして、すぐに苦笑した。
「素直に話しても良いことはないさ。あんたは五千からの兵を率いるカミト家の大当主様。私は五百の兵を率いるフクノ家の領主の一人。お互いの仕事がある」
「……そうだな」
セツナは苦笑して、リッカに背を向けた。
「大人になるとは難しいものだ」
「お互い、大人になっちゃったよねえ」
「ああ。子供の頃はこうではなかった」
「そうだよね。せっちゃんはいつも長い長い恋文を頻繁に送って私を困惑させてくれたものでした」
「その話は、よせ」
思わず、拗ねたような口調になるセツナだった。
「いつもお前は話題に困るとその話を持ちだして人をからかうんだ」
「……まあ、弱みは一つぐらいあるほうが可愛らしいさ~」
リッカは、飄々とした口調で言った。
セツナは、苦い顔になるしかない。
「しばらく、この町に滞在する。機会があれば、酒でも飲もう」
「……まあ、貴方から誘うなら付き合わんでもないけれど~」
「お互い領主になって仕事も増えた。愚痴で話が弾むこともあるだろう」
「ま、いいけどね~。たまには愚痴の聞き役になるのも」
「僕は、互いに愚痴を吐けるのではないかと言っている」
「私はそんなに弱い女ではないさ」
結局、相性が合わないのだろうな。そんなことを思い、セツナは少々寂しい気分になった。
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「五剣聖の最後の一人が来てたんですか」
「今もいるぞ」
青の言葉に、座り込んでいるジンが淡々と答えた。
青とミヤビは木剣と木剣をぶつけ合わせていた。
時には青が攻めるし、時にはミヤビが攻める。
互いに互いの隙を伺い、それがあると見れば一気に攻め立てる。しかし相手もそれをいち早く察知して、防御に移る。
「お会いしてみたいものですわね。五剣聖で会っていないのはその方だけです」
「常に高みを目指す人だから、ミヤビと気が合うかもな」
「それは楽しみですわ」
会話をしながらも、ミヤビは目の前の木剣に集中しきっている。目を大きく開いて、遊びを覚えた子供のように、汗を散らして相手の木剣を追う。
「会話をしながら攻め合うとは、随分と余裕が出てきたもんだ」
ジンが、感心したように言う。
ミヤビが、一歩を踏み出して果敢に攻め立てた。青は受けるのに必死になる。しかし、攻めるのに集中するあまり、ミヤビの意識に隙が生まれたのを青は感じていた。
「そこだ」
頭の中に、ジンの声が響いた気がした。
体を翻してミヤビの木剣を掻い潜り、相手の脇の傍へと木剣を滑りこませる。
「そこまで」
ジンが言って、腰を上げる。
「俺が指摘しなくても互いの隙を良く伺っている。口を出す必要はなくなってきたな」
「私達の伸び代はここまでということでしょうか?」
ミヤビが、不安げに言う。
ジンは、皮肉っぽく微笑んだ。
「伸び代は嫌というほどあるぞ。口を出す必要がないのは、あくまでも今のスピードで動き回っている範囲での話だ。それにお前らは、集中の世界に入っていない」
「集中の世界、ですか」
「集中力が研ぎ澄まされた世界だ。その中では、自分がどう動くべきか、相手がどう動くか、手に取るようにわかる。天眼流ではその中に入ることが極意とされている」
「どうやれば入れるのでしょう? 話しながら打ち合っていることが悪いのでしょうか?」
ミヤビが、真剣な口調で訊く。
「感覚の話だからな。話しながらでも集中の世界に入れる人間はいる。こればっかりは教えられるもんじゃない。まあ、強敵と実戦を重ねればそのうちこれだという瞬間が訪れるんじゃないかね」
「信じ難い話ですわ。正直、今の舞姫科の中で私達の相手になる人はいません。アオ、そうでしょう?」
「そういえば最近、ミヤビ以外には負けてないな」
見学から始まった青の剣術だが、今となっては負ける相手のほうが少なかった。
「かと言って、アオとの戦いは既に互いの手の内を知り合った状態です。確かに日に日に上達しているのは感じますが、意表を突かれるようなスリルはありません」
「そんなお前達に朗報だ」
ジンの言葉の続きを、青もミヤビも期待に満ちた表情で待つ。
「今度、学内で剣術大会が開かれる。舞姫科の生徒もその中に参加することになった。剣術科の猛者との戦いだ。嫌というほど良い経験になる」
「剣一本で鍛えてきた人々との戦い、ですか……」
ミヤビは、やや緊張した面持ちになる。
それを、ジンは微笑ましげに見つめた。
「不安か?」
「遅れを取るつもりはありません。しかし、私達は剣術の他に舞や魔術の授業も受けてきた。その間、相手は剣術だけを鍛えてきたのです」
「密度が違う」
ジンは、自信たっぷりにそう言ってのけた。
「お前達は俺が念入りに指摘して、どこの動きに無駄があるかを削ぎ落とさせてきた。ただ無闇に剣を振るよりも、よほどの密度のある時間を過ごしている。そして今や、口出しする必要が無いほどに進歩を遂げた。お前らはこの半年とちょっとで、信じられないほど上達しているよ。青を見ればわかるだろう? 見学組だったのが、今やミヤビ以外には負け知らずだ」
たしかに、青の腕は大きく伸びた。しかし、ミヤビはどうだろう。ミヤビは、青の練習に多く付き合った。腕の伸びは、青よりも鈍かったのではないだろうか。
ミヤビもそれを思っているのだろう。表情は冴えない。
「信じられないか。信用がないなあ、俺」
嘆くようにジンが言う。
「まあ、外の生徒と戦ってみればわかる。自分がいかに伸びたかがな」
その言葉で、ジンの今日の授業は終わりとなった。
夕闇の中で、青はミヤビと共に歩く。
「どう思います、オキタアオ」
「どうって言うと?」
「私達の剣の腕は、本当に伸びたのかしら」
「俺は間違いなく伸びたよ」
何せ、ミヤビと対等に打ち合えるようになったのだ。
「私は、自分が弱くなったような錯覚に陥ることすらあります」
ミヤビが、柄にもなく弱気なことを言うので、青は戸惑った。
「何せ、アオに負けることがしばしばありますからね。半年前には考えられないことです」
「そこは素直に俺の上達を認めてほしいなあ……まあ」
青は、ミヤビの手を取った。
「俺達、これからだよ。俺もやっとミヤビに追いついて、これから二人で上達できるんだ。剣術科の連中には遅れを取るかもしれないけれど、それで最後じゃないよ」
ミヤビは、虚を突かれたような表情をしていたが、そのうち我に返ったように青の手を振り払った。
「馬鹿を言いなさい。私は剣術科の生徒にも遅れを取る気はありません。アカデミーに入学する前に、それだけの修練を積んできたつもりです」
そう語るミヤビは、いつもの気の強い彼女の表情をしていた。
「ただ……貴女の伸びが急速だから、たまに不安を覚えるだけです」
そう言って、彼女は歩いて行ってしまった。
まったく、素直なのか、素直でないのかわからない。
剣術大会の話は、翌日の授業で舞姫科の生徒達に知らされることとなった。
「開催日時は三日後。二人一組で戦う。やる以上俺は負けるつもりはない。必勝の布陣で行く」
ジンの声が裏庭に響き渡る。舞姫科の生徒達の反応は、大半が不安げだった。何せ、剣術科の生徒達は元から剣を習ってきた男が大半だ、対して、舞姫科は剣に縁のなかった女が大半だ。両者がぶつかればどうなるか、結果は火を見るより明らかだ。
「まずは、ミヤビとアオ」
指名されて、ミヤビと青は異口同音に返事をする。
「お前らには優勝を期待している。剣術科の野郎連中なんか軽くいなしてやれ」
「はい!」
ミヤビが、鋭く返事をする。
青は、不安が邪魔をして、上手く返事が出来なかった。自分はどこまで強くなったのだろう。あれだけ木剣を振るっている姿が綺麗に見えたミヤビと打ち合えるようになった。けれども、その実力は剣術科の生徒にどこまで通用するだろう。
ミサトとミチルが同じ組になって、ミサトがぼやくように言った。
「最初から勝つことを期待されてない組としては気が楽だね」
彼女らしい言い分だった。
それからの三日は、あっという間だった。皆、剣術大会が気になって授業に集中できない。シホなどは苦い顔で言ったものだ。
「あのね、剣術大会で緊張しているのはわかります。けど、魔術の授業は魔術の授業で集中してもらわないと。皆には切り替えてほしいな」
尤もな話だった。
そして、当日がやって来たのだった。
「ここだけの話だがな」
「はい」
早朝、ジンに呼び出されて、青とミヤビはアカデミーの裏庭にいた。
「剣術科の講師。奴は天才だ」
「ジン先生よりもですか?」
ミヤビは、からかうように言う。
「才能だけなら凄まじいものがある。才能だけなら俺よりも上だろうな」
実力は譲る気がないらしい。
「しかし、天才が講師として天才かというと話は別だ。奴は実力は確かだが、人に教えるほど剣を修めていないと俺は見ている。奴の指導についてこれる人間がいるとすれば、それもまた天才の類だろう」
「つまり、先生は何を言いたいので?」
「不安がることはないということだ。剣術科何するものぞと思っていればいい。臆して普段の実力を発揮できないのが一番悔いが残る負け方だからな」
「私が、臆するような性質に見えますか?」
「緊張する性質には見えるな」
ジンは、乱雑なようで何気に人をよく見ているらしい。
「もしも」
青は、気になったことを口にしていた。
「もしもその指導について来られる天才がいたら、どうすればいいんですか?」
ジンは、渋い顔で黙りこんだ。
「二対一に持ち込め。それならまだ勝ち筋はあるだろう」
「ジン先生は自分の教え子の勝利を確信できないのですか?」
「お前らな。まだ半年程度の駆け出しのひよっこなんだよ。世の中には一ヶ月で俺と打ち合えるようになった奴もいたが、そいつにはそもそも剣の素養と才能があった。アオなんかは全く素養がない状況からのスタートだろう。そうそう勝ちばかりでいられるか」
「私は、私の勝利を確信しています」
「大舞台での負けも良い経験だと思うがな」
「いいえ、私は負けませんわ」
「まあ」
そう言って、ジンは頬を緩めた。
「お前らがいつも通りの調子で、俺は安心したよ。優勝は舞姫科と、信じても良い気分になった」
その一言は、青を勇気づけていた。
そのまま、時間はあっという間に過ぎた。
気がつくと、入学試験があった闘技場で、青は順番を待っていた。周りには剣術科の生徒も多数いる。ミヤビ、ミチル、ミサト、ミチルのルームメイト、その連れと、顔見知りの面々も多数いる。皆、腰に木剣をぶら下げている。アカデミーの制服ではなく、着ているのは動きやすい作業着だ。
闘技場は観客で埋め尽くされていた。皆、暇なのだろうか。食事なんかを持ち込んで、すっかり観戦気分を味わっている。中には、子供連れの夫婦などもいた。どうやらこの剣術大会は、町の催しとして大きく宣伝されているらしかった。
「この中で負けたら恥ですわよ」
ミヤビが小声で釘を刺すように言う。
足を引っ張ってくれるな、と言っているのだろう。
「善処するよ」
青は苦笑して、そう答えるしかない。
それにしても、男子生徒達からの視線が気になった。彼らは、珍しいものでも見るような目で青を見ている。
「なんだよ。そんなに俺が珍しいか?」
隣の男子生徒に、思わず苦笑して声をかける。男子生徒は肩を小さく震わせると、苦笑して首を横に振った。緊張している様子だった。
大舞台の前だ、緊張するのもやむないか、と青は思う。
「いや、滅多に見ない顔だなと思って。いつも部屋に篭っているんだろう?」
「そうでもない、と言いたいところだが、外出禁止令は出てるな」
「そうなんだ。惜しいな。君みたいな子を中々見れないだなんて」
おや、これは話がおかしいぞ、と青は思う。相手の緊張は、大会への緊張ではなかったのだろうか。
「塔に篭もる姫君、なんて言われてるんだって、アオちゃんは」
ミサトがからかい混じりに口を挟む。
「へー、ロマンチックな響きだねえ」
ミチルが、興味深げに口を開いた。
「またオキタアオが特別扱いですか」
「そう好評ばかりでもないよ。幻術で剣術科の生徒三人が大人しくさせられてから、舞姫科の生徒は魔物だと恐れる人達も多い。まあ、そんな中でも、君は多少目立つんだ」
なるほど、舞姫科の生徒は恐れられているのか。だから、青が外出しても待ち伏せているような人間がいなかったらしい。舞姫科の生徒がナンパされたという話も最近では聞かない。青はこのアカデミーの治安維持に大きく一役を買ったのかもしれない。
その剣術科の生徒三人を大人しくさせた人間と、塔に篭もる姫君と呼ばれる人間が同一人物だと知れば、目の前の男はどう思うだろう。そんなことを思い、青は苦笑する。
「なんだか話してみてわかったけど、タケルの言う通り、なんてことはない普通の子達だな。怯えてたのが馬鹿らしくなってきた」
「お前ばっかり話してずるいぞ。俺も混ぜろよ」
俺も俺も、と男達が次々に口を開く。
「タケルの奴もそういや剣術科だから参加してるのか。強いのか?」
男達は、顔を見合わせた。
「強いなんてもんじゃないよな」
「天眼流を極めるんじゃないかね、あれは」
強いとは思っていたが、予想以上の高評価だ。
「ともかく、弱点がない」
「それよ。全体的にバランスが取れていて、付け入る隙もない。剣術科のトップスリーを決めるとしたら、奴は必ず入るだろうな」
それは当たりたくないものだと青は思う。
リッカの声が、周囲に響き始めた。町の人々への挨拶から始まる長い言葉だ。
「当たっても恨みっこ無しだからな」
青が言う。
周囲の面々は、笑顔で頷いた。
「ねえ、君、今度話さない?」
「え、私ですか」
ミチルが、男に声をかけられている。
青はその前に慌てて移動して、ミチルを庇った。
「この子は駄目だ」
「なんでだよ」
「駄目って言ったら駄目だ。ナンパなら他の相手でやりな」
男はしばらく不満気に青を見ていたが、そのうち視線を逸らした。
「ありがとう、アオちゃん。助かったよ」
ミチルが、安堵したような口調で声をかけてくる。
これなら、身近に接するよりも、舞姫科の生徒への畏怖が生まれている状況のほうが良かったかなと青は思う。
そして、リッカの話が終わり、一回戦がやって来た。闘技場の中央に、二組の生徒達が集まり、戦い始める。
「五剣聖のセツナさんも見てるんだってさ」
ミサトの言葉に、青は戸惑う。
「まだ会ったことがない人だ」
「ジン先生と互角に渡り合った人だよ。今は大領主だから、腕利きの剣士は募集中なんだって」
ミチルも、リッカの話をきちんと聞いていたようだ。
なるほど、剣術科の生徒達はやる気を漲らせている。将来の就職先がかかっているのだ。闘技場で戦っている生徒も、眼が必死だ。
そして、青の出番がやって来た。
相手側は、二人とも長身の生徒だ。この体格差は卑怯だろうと青は思う。リーチが違うのだ。
青とミヤビは並んで、相手と睨み合う。互いに、既に木剣を構えている。青の相手は頬を染めて、視線を逸らした。
そういう風に意識されると、青もやり辛い。
「初め!」
その途端に、相手の木剣が荒れ狂うように振り回され始めた。
それは、ただ木剣を振っているだけだ。だが、それが異様に素速い。その一撃は容易く骨を折り、木剣を弾き飛ばすだろう。
背後に後退しつつ、青はどうしたものかと戸惑う。
あっという間に、壁際に追い込まれた。敵が木剣を止める。
「降参するか。しないと痛い目に合うことになるぞ」
「降参しない。したら後が怖そうだ」
「そうか」
相手が木剣を振り上げた。
「そこだよ、そこ」
ジンの声が、脳裏に響いた。
相手は木剣を振り下ろそうとする。青はその柄の先に向かって、全力で木剣の切っ先を突き出していた。
木と木がぶつかり合う、鈍い音がした。
青は正確に、相手の柄の先を突き、動きを制したのだ。
次の瞬間には、青は相手の心の臓の位置を突いている。
「そこまで!」
リッカの声が響いた。
どうやら、ミヤビはいつの間にか勝っていたようだ。相手は悔しげに地面に座り込んで自らの拳を握りしめている。
「勝ったなら助けに来てくれよ」
青は苦笑交じりにミヤビに駆け寄る。
「あの程度の敵に負けるならその時はその時だと思っただけですわ。先は長いのよ、オキタアオ。序盤で苦戦している暇なんて、ありません」
打ち合えるようになったと言っても、経験値の差ではまだまだミヤビに軍配が上がるらしい。敵わないな、と青は思う。




