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7.緑翼の剣士?その2

「こいつらの目的は俺だ! 三人とも、逃げろ!」


「貴女一人でどうするつもり?」


「俺には、アカデミーで習った魔術がある!」


「馬鹿を言いなさい。こんな場所で貴女の魔術を使ったら、一気に山火事ですわよ!」


「じゃあ、どうするって言うんだよ!」


 言い争っている間にも、影の死神達は蠢くように近づいて来る。その剣が一閃してミヤビに襲いかかる。

 それを掻い潜って、ミヤビは相手の心の臓の位置に剣を突き立てていた。

 死神の一人が倒れる。しかし、次の相手はすぐにやってくる。


「剣で制する。それしかありません。私とアオが壁になります。大魔術を発動させる隙を、相手は与えてはくれないでしょう」


 そう言いながらも、ミヤビは次々と繰り出される剣を回避していく。

 その隣に、青は並んだ。心中は、引き絞った弓の弦のように張り詰めている。

 目の前の敵が、剣を振り下ろしてくる。それを、受けようとした瞬間のことだった。


「そこだよ、そこ。脇の下」


 ジンの声が、聞こえた気がした。

 敵の振り下ろした剣を回避し、剣を振り上げる。敵の手が宙を舞った。

 ミサトの魔術が展開される。五個ほどの球状の炎が、敵へと襲いかかっては爆発する。

 しかし、敵は後から後から湧いてくる。彼らは広がり、青達を取り囲もうとし始めた。


「きりがありませんわ」


 ミヤビが、舌打ち混じりに言う。


「せめて、鎖帷子があれば……」


「引こう!」


 ミチルが、叫ぶように言う。


「一旦、逃げよう。指輪もあるんだし、援護を待とう!」


「だってよ、ミヤビ!」


 青は、剣を振りながら言う。


「尤もですわね。四方を囲まれては、手のうちようがありません!」


 ミヤビも、剣を受け、同時に回避しながら言う。


「じゃあ、後方を突破する!」


「ええ!」


 目配せして、同時に駆け始める。ミヤビはミサトの、青はミチルの手を引いて。

 そして、方角も確認せずにただ駆けた。怖かった。命を奪おうと襲い掛かってくる相手はもちろん、自分が相手を斬ったという事実も怖かった。

 初めて人を斬った。その自覚が、遅れてついてくる。青の手は、知らず知らずのうちに震えていた。それを、ミチルは励ますように強く握りしめてくれていた。

 そのうち四人は、崖から足を踏み外して落下していた。尻を強く撃つ。三メートルほど落下したらしい。

 どうやらここは、隠れるには打って付けの場所のようだ。大地から頭上に向かって、岩がせり出している。


 全員、息が切れていた。

 ミチルとミサトは、膝に手をついて息をしている。


「なんなの、あいつら……」


「アオ、貴女は彼らの目当ては自分だと言いましたね? 何か、事情を知っているの?」


 青は、しばし躊躇った。事実を話せば、彼女達が遠ざかってしまうかもしれない。そんな思いがあった。

 しかし今、それを隠すようなアンフェアさを、青の性格は許さなかった。


「こんな言い伝えがある。異世界からの来訪者は、黒い死神に狩られて皆短命だった、と。だから、俺の寝室の隣にはいつもハクさん達が待機してくれている」


「異世界からの来訪者? 貴女の戯言が、事実だったとでも?」


「事実、死神は現れた。護衛の兵士を殺して、蠢いてやって来ている。こんな団体さんとは思わなかったけどな」


 犠牲になった護衛の兵士達のことを思うと、青の心は傷んだ。自分のために人が死んだのだ。彼らの死は重い枷となって青の足を引きずらせるだろう。


「頼む、皆、逃げてくれ。奴らの目当ては、俺だ」


 沈黙が漂った。

 青は、早口で喋り続ける。


「幸い、ここは良いスペースだ。頭上は岩、周囲の木々からは離れている。ウォール型の魔術で、時間を稼げる」


 再度、沈黙が漂った。ミチルの顔を見る。彼女は、泣きだそうそうな表情で真剣に青を見つめていた。青の手を握る手に篭もる力は、強い。


「……散り散りになって各個撃破されるほうが、よほど危険ですわ」


 ミヤビが、呟くように言った。


「それよりも、このような状況で頼れるもの。それこそが貴女の魔力なんじゃなくて?」


「コントロールしきるには、私の助けが必要だよね」


 ミサトも、溜息混じりに言う。


「私一人で逃げるほうが、よほど怖いよ」


 二人の意見を聞いて、ミチルの表情が和らいだ。


「この状況を乗り切ろう、四人で」


 ミチルの言葉に、ミヤビも、ミサトも、頷く。


「ありがとう……」


 青は思わず、掠れるような声で言っていた。距離を置かれるものだと思っていた。避けられるものだと思っていた。けれども、彼女達は逃げるどころか、共に立ち向かってくれるという。

 ならば青は、この身に宿る魔力を駆使して、全員を守るだけだ。

 月明かりだけが、おぼろげに周囲を照らしている。青達の隠れる岩陰は、周囲から見れば闇となって黒くしか見えないだろう。


 それでも、彼らはやって来た。

 蠢くように連なって、じわじわと岩陰に向かって歩いて来ている。まるで、闇の群れが森の中に生まれたかのようだった。


「マリ先生は何をしているのかな……」


 思わず小声でぼやくように言った青だった。さっきから指輪に向かって念じているが、一向に反応はない。

 五剣聖最強の剣士。その実力を、今こそ拝みたいものだ。


「自身の魔力を信じなさい、アオ」


 ミヤビが、叱咤するように言う。


「私から見ても想像を絶する魔力なのよ。この程度の相手、どうにでもなると考えなさい」


「後は、タイミングだよねー。私とアオちゃんの呼吸が上手く合うと良いけれど」


「怪我をしたら言ってね。軽い怪我なら、一瞬で治るから」


 闇が駆け始めた。

 青は叫ぶ。


「今だ!」


 青は剣を腰に戻し、ミチルとミサトと手を繋いでいる状態だった。

 ミサトの魔力が、青の内部に入り込んでくるような、そんなイメージがあった。その瞬間、光が弾けた。三階分はあろうかという巨大な炎の壁が岩陰への入り口に生み出され、黒い闇を吹き飛ばしていく。

 炎の壁は急激にその範囲を広げていく。


「これ以上は、森に燃え移るね」


 ミサトが、少し辛そうな口調で言う。

 青は、炎の魔術を解いた。

 月明かりが周囲を照らしている。闇の集団は消えたかと思った時のことだった。

 三人分の人影が、青達に向かって素早く駆け始めた。今までの動きが嘘のような、猟犬のような速さだった。

 青は、剣を鞘に戻している。慌てて腰に手をやるが、一手遅い。

 ミヤビが、青の前へと移動して壁となった。しかし、三人の相手を一人でするなんて、無謀が過ぎると言うものだ。


 三つの剣が、振り下ろされようとした。そして、そのまま動きを止めた。

 見ると、闇の三人の心の臓には、剣が深々と突き刺さって、大地までを貫いている。まるで巨人の指で押されたかのように、三人の背は屈められていた。


「互いのやれることをフォローしあい、よく頑張ったね」


 岩陰の前には、いつしか人が立っていた。その背中から、ハクが降り立つ。

 その人の長い髪は、風に吹かれて揺れていた。その人の右手には剣があり、腰には空になった鞘が四本ぶら下がっていた。その人の右腕からは、緑色の光が羽のように放出されていた。それが体内から溢れ出る魔力の放出だとわかったのは、青の探知能力が上がっているということなのかもしれない。


「緑翼の、剣士……」


 ミヤビが、安堵したように座り込む。

 そう、緑翼の剣士マリが、岩陰の前に立っていた。

 周囲を囲む闇の人々は、まだ数多く残っている。そのうち三人が先頭をきって駆け出し、その後に四人が続いた。


 マリは先に駆け寄ってきた三人のうち一人の顔を鷲掴みにする。その瞬間、爆発が起こって相手の顔が爆散する。

 そしてそのままマリは、相手の体を振り回し、他の二人を弾き飛ばし、さらには遺体を投げて後を追ってきた四人のうち二人を弾き飛ばした。


 残る二人の傍に一瞬で近寄る。その素速さも尋常ではない。放った矢を自ら掴めるのではないかと思わせる速さだった。

 剣が振られた。それが月明かりを受けて鈍く輝いたかと思うと、闇の二人の胴体が、力任せに切り裂かれていた。


 その暴れぶりは、尋常な腕力の成せる技ではなかった。尋常な脚力が成せる技ではなかった。

 彼女は眼で追うのもやっとの速さで動きまわり、次々に闇を串刺しにし、時には切り裂いていく。

 近隣の敵が次々と倒れていく中、ハクの魔術が発動する。

 百は超えるだろう球状の炎の山が、周囲に浮かび上がった。その炎は次々と矢のように飛び交い、周辺にいる死神達の体を喰らっていった。まるで、炎の矢が流星群のように見えた。

 三分もかからなかっただろう。


「ハクちゃん、チェックお願い」


 マリが、血を払うように剣を振った。


「敵の反応、確認できず」


 周囲には、静寂が戻って来ていた。その中央で、マリは笑顔で、ハクは無表情にハイタッチをする。


「頑張ったねー、皆。見てたよー。仲間を見捨てずに戦う。アカデミーは良い生徒を抱えているね!」


「いつから見てたんですか……?」


 青は思わず、疑念の眼でマリを見ていた。こちらは、死ぬかと思ったのだ。


「……実は、かなり初期から」


 マリは、少しバツが悪そうに言う。


「助けて下さいよ……」


「助けはしたんだよ?」


 そう言って、マリは気弱な表情で一瞬で近づいて来て、闇の遺体から剣を抜いては腰の鞘に収めていく。遺体は、初めからそこになかったかのように消えて行った。

 そして、彼女は思い出したかのように複数の腕輪を右腕にはめていった。放出されていた緑色の光が消えていく。


「君達を守ってた兵士達も、今頃ハクアの治療を受けて全快してるんじゃないかな。まあ、今日は日が悪いね。授業は中止で、皆を集めてアカデミーに戻ろう」


 そう言って、マリは歩き始めてしまった。そして、ハクの手を取って、歩いて行く。

 四人とも、慌ててその後を追う。


「魔力の探知が得意な人はいる?」


 マリは淡々と手短に訊いてくる。


「私が」


 そう言って、ミサトが手を上げた。


「それじゃあ、周囲を探知してて。逃れた相手が隠れているかもしれない。私は普段、魔力封じの腕輪をしていてね。これも、旦那の作なんだけれど。これを外さないと、あの身体能力は発揮できないんだ」


「マリさんは、それがなくとも強い気がするけど」


「ハクちゃんはお世辞が上手だなあ。まあ、どうせやるなら万全の体勢でね」


 そう言って、マリは悠々と前を進んでいく。まるでさっきの激戦が準備運動だったかのように。

 人を軽々と真っ二つに切り裂く腕力。自ら放った矢すら掴めそうな脚力。全てが桁違いだ。ジンが五剣聖最強に彼女を推すのも理解できるという話だ。

 この人の良さそうな女性が、これだけの実力を隠し持ち、ただ子育てに専念しているという。

 世の中とは不思議なものだと青は思う。

 アカデミーに帰ると、寝間着姿のリッカが全員を出迎えた。


「今日の授業は私の手落ちです。近隣の山賊などは掃討していたので、油断していました。今後、アカデミーの外の授業を行うことはないでしょう。皆には不安をかけたのを、謝罪します」


 そう言って、深々とリッカは頭を下げる。いつになく、間延びしていない口調だった。そして、呟くようにこう付け足した。


「やっぱり、舞姫はアカデミーの中で暮らすのが一番だね~。解散」


 生徒達が、マリやハクア達に連れられて解散していく。


「以下の生徒は残ってください。フクノミヤビ、オキタアオ、ミチル、ミサト」


 やはり、呼びだされたか。

 どうせそうなるだろうと思って、青は最初からその場から動いていない。ミチルが励ますように、青の手を強く握っている。


「……ついに、遭遇したそうね」


 リッカが、いつになく真剣な表情で問う。


「ええ、遭遇しました。マリさんとハクさんにハクアさんと豪華なメンバーを揃えていると思っていましたが、こんな状況に対応するためだったんですね」


「そうね。ミヤビにも、ミチルにも、ミサトにも、迷惑をかけたわね」


「リッカ様!」


 ミヤビが、一歩前に出て言った。


「この一件でオキタアオを追放するということになれば、フクノ家は臆病者のそしりを受けることになるでしょう。五剣聖のうち四聖までを擁し、町の内外合わせて五百の兵を動員できるこの場所で、死神ごときに遅れをとったとあれば末代までの恥足りえましょうや」


「先に言っておくね、ミヤビ。私は、オキタアオを追放する気など毛頭ないのです。彼女はどこかの世界から呼びだされてやってきた。それは、意味があることなのでしょう。その意味を、私達は知るべきだと思う」


「では、どういう意図で我々を残したのですか?」


「口止めと、敵情調査かな」


「口止め、ですか……」


「ええ、まずは口止め。死神の一件は、貴女達の中で飲み込んでおいてほしい。そうしないと、アオを避けるようになる生徒も出てくるし、アオを置いておけなくなる」


 リッカは、四人の顔をゆっくりと、順々に眺めた。

 いつものゆったりとした様子ではなく、真剣な表情そのものだった。


「お願い、できるかしら」


「私はかまいません」


 最初に言ったのは、ミチルだった。


「アオちゃんは私の恩人です。恩人に恩を返せるならば、なんだって。きっとなんだってできます」


「私も、異論はありませんわ。リッカ様のことです。今回のように、危険が生徒に及ばないように対策は練ってくださっているでしょう。それに、オキタアオは私のライバル。ライバルがいなくなれば私の腕の伸びも鈍ります。私は、私の為にオキタアオを庇います」


「私も特に異論はないかな。アオちゃんは友達だし」


 青は、心が暖かくなるのを感じていた。

 人を信じてこなかった自分が、今、人に信頼を受けている。人とは暖かいものなのだと、青は思った。


「ミサトは、それ以上言いたいことはないのかしら?」


「寝所のことですか?」


 ミサトは、いつも通りの表情で言う。


「隣の部屋にハクさん達が待機してくれていると聞きました。桁外れの魔力を持つアオちゃんもいます。私の身は安全だと思っていますが?」


「私も安全だと思っていました。しかし、本当に死神なるものの存在を知ってしまった以上、そう安穏と構えていて良いのかという思いも生まれました」


「大丈夫ですよ。死んだら死んだ、その時です。アオちゃんを一人にするほうが、よほど可哀想です」


 青はミサトの言葉に、感動する思いだった。もう一回程度ならキスをされても不満がないほどに感謝していた。


「そう。それが貴女の決断なら、私はそれを尊重します。アオ。良い友達を得ましたね」


 青は、頷く。


「皆、自慢の友達です」


 そう、自分には友達がいる。

 困った時に助けてくれる、ミチル。

 共に高め合う存在、ミヤビ。

 何気ない日常を彩ってくれる、ミサト。

 三人とも、かけがえのない友達だと、今ならば胸を張って言えた。


「それでは、青だけ残りなさい。他の三人は、ハクアに敵勢力の情報を教えてあげて欲しい」


 ミヤビとミサトが去って行く。ミチルだけが、最後まで残っていた。


「……いなくならないよね?」


 泣きそうな表情で、ミチルは言っていた。


「うん、いなくならないよ」


 青は、頷く。この誇らしい友人に対して。

 二人の手は、離れた。そのまま、遠ざかって行った。

 リッカが歩み寄ってきて、抱きついてきた。豊満な胸の感触が胸に押し付けられて、青はやや気まずい思いをする。


「リッカさん、胸、当たってます」


「気にするなんて、童貞さんかな~? いや~良く生きて帰った! マリの報告を聞いた時には冷やりとしたよ。私の中にも油断があった。許せ」


「いえ。マリさんにハクさん。最強のボディガードを得た気持ちでした」


「うん。あの二人は実質大陸内では最強のコンビでしょう。だから私も、今回の校外授業を許した面もある~」


 そう言って、リッカはやっとのことで青を離した。


「で、あの二人の戦い方を見て、何か思ったことはある?」


「……剣術家と魔術師の極みを見た気がしました。目にも留まらぬ速さで敵を屠るマリさん。百を超えるボール型の魔術を一斉に放つハクさん。トップクラスを走る層というのは、手の届かぬ所にいるものなんですね」


「馬鹿だな~、き~み~は~」


 リッカは苦笑して、青の頭を小突いた。


「なんですか、一体」


 急に小突かれて、青は膨れる。


「私は最初に言ったよね~。君は神様にも悪魔にもなれる、と。それは、君はマリにもハクにもなれるという意味なんだよ~?」


 思いもしない言葉だった。


「マリのあの身体能力も、魔術なんだよ。体魔術と言って、体内の魔術を身体能力として発現させる技術です。しかし、それを可能とする術者は限りな~く少ない。魔力は外へと流れるもの。体の中を循環させるのは困難なわけ~。マリは呪いの一種として、たまたまその力を注ぎ込まれた。故に、ああなっている」


 マリのあの身体能力が魔力ならば、自分にも再現は可能なのかもしれない。


「ハクの術は、魔術ではポピュラーなボール型です。球状の炎をいくつも出現させて、それを矢のように放って爆発させる術です。私は五十がやっとだけれど、貴女もハクも百を超える球状の炎を作り出せるでしょう。本来なら、ね」


「本来なら、ですね」


 青は苦笑する。


「魔術の授業でやや苦戦していると聞いています。貴女には、何か、枷のようなものがついているのかもしれないわね」


「枷が外れる日は来るのでしょうか」


「その時こそ、貴女はマリもハクも超えるかもしれない。将来有望な人材だってことを、今一度覚えておくのね。今日見たものは最終目標じゃない。通過点と思うことです」


「……高い位置にある通過点もあったものです」


「才を持った者にしか与えられない苦労よ。善処することね。じゃあ、私はハクアから情報を聞いて、今後の対策を練るから。う~ん、外に兵を配置するより中に兵を配置するほうが安全かな~……」


 そう呟きながら、リッカは去って行った。

 青は、思わず自分の両手を見た。

 マリのようになれる。

 ハクのようになれる。

 その事実が、青の心を晴らした。

 問題は、青の中にある枷。それをいかに外すかだ。それがある限り、青は糸のこんがらがった操り人形を扱おうとするような苦行を強いられることになる。

 死神の襲来が一度とは限らない。青には、皆を守る力が必要だった。


 寮に向かって歩き出す。そこには、少し照れくさげに腕を組んで立っているミヤビ、後頭部で両手を組んで微笑んでいるいるミサト、そしてこちらに駆け寄ってくるミチルがいる。

 彼女達と少しでも一緒にいたい。そう思った青だった。

 月明かりが四人を、優しく照らしていた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「これだからマリに剣を貸すのは嫌なんだ……」


 酒場の一角で、一組の男女が酒を飲んでいる。

 一人はジン、一人はシホ、アカデミー舞姫科の教師二人だ。


「馬鹿力で力任せに使うから剣の手入れが大変だ。俺はあいつに突きを教えなかったか? 人体急所を教えなかったか? いや、教えたはずだ」


 ジンは、剣コレクターの一面も持つ。手元にある剣はいずれも見る者が見れば高値がつく一品だ。


「まあ、それもあってマリさんは無事帰って来たんだから、良しとしなさいな」


 シホは苦笑して、グラスを傾ける。


「あいつなら素手でも無事に帰ってくるさ。まったく教え甲斐のない弟子もいたもんだ」


 ジンは溜息混じりにグラスをあおる。

 アルコールを飲み終えた二人の吐息が、重なった。


「貴方の旅が、マリさんを救うための旅だったと知れてから、随分状況は良くなったんじゃないの?」


「あー。それまで会話も拒否されてたのが徐々に良くなってはいるなー」


「良かったじゃない。収まるところに収まって。私もハクアさんも仲裁に苦労したもんだったわ」


「……悪かったよ」


 本来なら、ジンはマリに冒険の目的を知られたくなかった。マリの命が危うい状況にあるだなんて知られたくなかったのだ。全ては、後の祭りだが。


「貴方達が喧嘩してたのも、全部、ジンの発言の不用意さがきっかけなんですからね。ちょっとは反省してもらわないと」


「悪かったって。なんかしてほしいことがあったら聞くよ」


 そう言って、ジンはグラスの中身を飲み干して、おかわりを要求する。店主がやってきて、ジンのグラスに酒を注いだ。

 シホも、おかわりを要求したようだった。

 そう言えば、シホは何度おかわりをしただろう。さっきから、何度もおかわりを注文していた気がした。


「ずるいわよね」


 シホは、グラスを傾けて酒を飲み干すと、話題を変えた。


「ずるいって、なんだよ?」


「三十代になる前には、子供二人は作っていようねって、昔、約束した。貴方だけ目標に前進してる」


「……それは、お前が勝手に言ってただけだ」


 この二人は、同じ魔術の隠れ里で育った幼馴染でもある。飲み込みの悪かったジンは、早々に剣術道場に通うようになったのだが、今では一定の魔術を修めている。

 そして、一時期は恋人同士でもあった。


「ずるいなー、ずるいなー、ジンはずるいなー」


「絡むのはよせよな」


「ずるいものをずるいって言って何が悪いのさー」


 そう言って、シホはテーブルに突っ伏す。これは駄目だ、とジンは思った。慌てて、店主に声をかける。


「すんません、オーダーストップで。こいつ、これ以上酒飲ませたら駄目だ」


「なーに勝手に人の酒を遮ってるのよ」


「お前のためだよ」


「ジンの悪い癖」


「お前の酒癖の悪さよりはマシだよ。外の空気に当たろう」


 六リブルを出して、二人は外の町を歩き始める。シホは足取りが心許なく、それをジンが支えて歩いている。


「油断してる間にぐいぐい飲んでるんだもんなあ」


「なんだよー。私の酒が飲めないってんのかー? あーん?」


「素面の時に言ってくれ。頼むから」


「皆ずるい……。人生順調だもん」


「そうじゃない奴も一杯いるさ」


「そうな人も一杯いるってことじゃんさーそれ。どうして私がそうじゃない方に属さなくちゃいけないわけ? 全部上手く行ってたら今頃私は里で結婚して子育てでもしてたわよー。あんたと遺跡探索の旅なんか行ってなかったわよ」


「付き合わせて悪かったって。けど、贖罪の意味も込めて旅に同行したいつったのはおーまーえー」


「そりゃあそうだけどさ」


「……里に帰って、贖罪なんて全部忘れて結婚でもしちまえよ」


 ジンは、投げやりに言っていた。酒を飲んでやっと出た本音が、普通に暮らしたい、なのならば、彼女は里に帰るべきなのだ。


「三十路までに子供二人は間に合わんかもしれんが、まあ誤差だろう」


「そーやってジンは私を見捨てるんらね?」


「俺にどーしろって言うんだよ……」


「一緒に遺跡探索した仲間だと思ってたのに。皆して私を置いていくんら。仕方ないよね、私は人殺しだから」


「今度はイチヨウとハクに追い抜かれるかもな」


「……人生は辛い」


「その辛い人生と戦わないと、な。回避することもできるが、どこかに限りがある。そこでも待っているのはただの安寧じゃない。生きている限り、どこかで戦いの構えを取らないといけないんだよ」


「ジンに説教されるほど耄碌してないわよお……」


「お前は良く戦ったよ。そろそろ、許されて、新しい戦いに移ってもいい頃だ」


 沈黙が、二人の間に漂った。アカデミーに向かって、二人はゆったりしたペースで歩いて行く。


「里、帰れよ、お前。お前の戦う場所は、ここじゃない」


 ジンが言う。


「ジンはやっぱり私を置いていくんらね」


「……酒には付き合ってるだろう」


 二人は歩いて行く。

 何がシホにとっての幸せなのかは、ジンにはわからない。今は、時を操る魔法陣のことだけで、頭が一杯だった。本当は、どんな時にだって、焦燥が胸を焦がし続けている。

 だから、ジンは夜になると酒を飲む。

次回『剣術大会は突然に?』

突如学内で企画された剣術大会への参加を促された青とミヤビ。二人の剣技は剣術科の生徒に通用するのだろうか。

そして、青とミチルの仲が少し進展を見せる?

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