7.緑翼の剣士?その1
緑翼の剣士?は二部構成で本日中に投稿を終えます。
ジンに、マリについて訊いてみたことがある。
五剣聖の一人であり、未だに実力の見えない女性。興味は、しばしあった。
「腕は俺よりも上だ。国内でも並ぶものはいないんじゃないかな」
彼は木剣を肩に担いで、どうでも良さげに自分の嫁に白旗を上げた。
魔術のトップがハクならば、剣術のトップはマリということなのだろうか。
「剣技において強いというわけではなく、総合力で強いといった感じだな。身体能力がまず常人と違うのよ」
「ジン先生も身体能力に関しては凄まじいと感じますが」
「俺はあくまで鍛えた一般人。あっちはその外だ。剣技を覚えた獅子に勝てると思うか? 答えはそういうことよ」
「そもそも獅子は四足歩行ですが」
「例えだ、例え」
物憂げにそう返す。
「五剣聖同士で戦いあったら、誰が最後まで立っているんでしょう?」
「マリだな」
ジンは、断言した。
「魔術の発動さえすればリッカさんにも勝ち目はある。特性上ハクアにもその可能性はある。けれども、手の内が互いに知れている以上、俺の予想通りに行けばマリが勝つ」
そこまで自信を持って推すならば、よほどの実力者ということなのだろう。
「戦っているところ、見てみたいですね」
「見る機会もなかろうなあ。あいつは子供が産まれて剣の道から遠ざかった。今では子育てを生き甲斐にしている。そして、このオギノの町を安住の地と定めた。旅をすることも、もうなかろう」
そう語るジンは、いつになく少し寂しげだった。
「また、お嫁さんと旅をしたいとお思いですか?」
そう訊ねたのは、ミヤビだ。愉快げな表情になっている。
「やだよ。わざわざ嫁を危険な目に合わせたいと思う男がいるものか」
ジンは苦い顔になった。
「それでも、以前は一緒に旅をしていたんですよね?」
「あの頃のあいつは、弟子だったからな。今は嫁。それはそれ、これはこれ」
「弟子に手を出されたんですか」
思わず、呆れてしまった青だった。
ジンは渋い顔になる。
「行きがかり上そうなることもあるんだ。やはり旅のパートナーは同性か気心が知れた幼馴染に限る」
拗ねてしまったのか、ジンはマリについて語るのをやめた。
しかし、最後にこう付け加えた。
「しかし、犬っころみたいに師匠師匠と懐いていた時期もあったんだがなあ」
それが、今ではジンは完全に尻に敷かれているように見える。
男女の仲というのは、やはり青にはあまりわからない。この二人が特殊なだけなのかもしれない。
それから数日後のことだった。
そのマリが、今、青達舞姫科生徒の前に立っていた。
マリは女性にしては長身だ。胸もあまり大きくはなく、さらしを巻けば男装もできるかもしれない。中性的な整った顔立ちで、凛々しくも映る。
左右の腰に合わせて四本、背に三本、剣を装備している。その全てを同時に使うわけでもあるまいに、なんでそんな重装備なのだろうと青は少し興味を持った。
マリの横に立つリッカが、一歩前に出て説明を始める。その背後では、相変わらずハクアが荷物を運んで床に敷いた布に広げている。珍しいことに、ハクとイチヨウもその場にいた。
「今回は~、五剣聖のマリさんを臨時講師に招きました」
「リッカさんが脅したんだよ」
マリが、苦笑顔で言う。
リッカは、気にせず続ける。
「マリさんはジン先生と一緒に長らく旅をしてきたパートナーで~す。吸収できることも沢山あるでしょう」
「パートナーでもなんでもなくて腐れ縁なんだけどね」
夫婦揃って、人の話に口を挟むのは一緒らしい。
リッカは慣れたのか、気にせず続ける。
「様々な遺跡、様々な窮地を掻い潜ってきた勇士です。皆さん、よ~く話を聞くように~」
リッカが、数歩後ろへと引いた。マリがそれを見て、問いかけるような表情で自分を指差す。リッカは、苦笑して頷いた。
マリが前を向いて、喋り始めた。夏も少し近くなってきて、日差しの眩しいある昼下がりのことだった。
「さて、皆さん。魔術にも慣れてその便利さが当たり前になっている頃ではないでしょうか」
思い当たる節はある。ミサトなど、暗い時には躊躇せずに炎の魔術を使う。青はコントロールに自信がないのでそんなことはできないが。
「今日から明日の朝にかけて、魔術の使用を一切禁じさせてもらいます」
周囲にどよめきが起こる。これから、自分達は何をさせられるのだろう、という戸惑いの声だ。
「今日、皆さんには山で一晩を過ごしてもらいます。焚き火なども自分達で起こしてもらい、食事もその場で焼いてもらいます。ちょっとした息抜きですね」
数人の生徒が一斉に挙手する。
マリは、人懐っこい微笑みを浮かべて口を開いた。そうしていると、普段よりも若く見える。
「それじゃ、一番右の方からどうぞ」
「山には野生の獣がいます。危なくないでしょうか?」
「今回はハクちゃんに調律者を通して獣達と交渉してもらいます。野生の獣はいません。本当なら、狩りから皆さんにやってもらおうかと思いましたが、その案は却下されました。念の為、皆さんに剣を配ります。遊びで使って怪我しないようにね」
ハクアが、鞘に収まった剣を皆に配っていく。相変わらず、大量の剣を抱えて運んでいくその腕力がどこから生み出されているのかは謎だ。
青の手にも、剣が握られた。思えば、鋼の剣を手にするのは初めてだ。それは木剣と比べて重々しく、人すら容易く斬れそうな心強さがあった。
各々、剣を腰に装備する。そして、次に配られたのは大きな皮袋だった。
「ハクアさんが運んでくれた荷物をそれぞれグループに分けて持って行ってもらいます。どれが必要かよく考えて選んでください。必要のないものも中にはありますからね。それでは、名前を呼んでいきます」
四人で一グループのようだった。四人ずつ、前に出て行っては布の上に広げられた荷物を相談しつつ袋に入れて行く。
四人で一グループ。嫌な予感がした青だった。
「では、アオさん、ミチルさん、ミサトさん、ミヤビさん、準備を始めてください」
予感的中だった。ミチルと一緒になったのは良い。しかし、ミヤビと一晩を一緒に過ごすのは中々に骨が折れそうだ。ミヤビはミヤビで、不本意そうな表情をしている。だが、文句は言わないようだった。
四人で並んで、布の上に広げられた荷物に視線をやる。
肉、紙、石、岩、果実、羽ペン、鉄の串、薪等様々なものが転がっている。中でも薪は山のように積まれていた。
「紙と羽ペンは要らないよね」
「とりあえず肉だよな」
ミサトと相談しつつ、荷物を入れていく。
「では、次のグループを呼び出しますよー」
考えている時間はなさそうだ。果実や肉に薪を入れると、皮袋は、すぐに埋まった。
そして四人は、慌てて列の元いた場所へと並び直したのだった。
そして、各々準備ができた。腰には鋼の剣。背中には皮袋。まるで一端の冒険者のようだ。それが、青の心を高揚させる。
「では、皆さん向かいましょうか」
マリは人懐っこい笑みを浮かべると、前を向いて歩いて行く。その横に、ハクとイチヨウとハクアも並ぶ。その後に、舞姫科の生徒がついていく。その更に後ろに続くのは、護衛らしき兵士達の集団だ。百人はいるのではないだろうか。その数に、青達は戸惑う。
それを、リッカは微笑んで手を振って見送った。気楽なものである。
「アオちゃん達と一緒のグループになれて良かったー」
そう言って、ミチルが駆け寄ってくる。青は、胸が高鳴るのを感じた。今日は、ミチルと一晩を共に過ごすのだ。
「俺も、ミチルと一緒で良かったよ」
「私とミヤビもいるんだけどな」
からかうように、ミサトが言う。
仕方がないので、訂正する。
「ミサトとも一緒で良かったよ」
それは、本心でもあった。
どうせ一緒に過ごすならば、気心の知れた相手と一緒のほうが良い。
「私と一緒なのは不服そうですわね」
背後から声がして、青は肩を震わせた。振り返ると、不満気なミヤビがいた。いつもの取り巻きを両隣に連れている。
「ミヤビさんとも一緒で嬉しいです」
「お世辞は結構」
ミヤビは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
これならば、あまり知らない生徒と一緒になったほうがよほど良かったと思う。
「どうやら前回の一件以来、私達は仲良しグループと見なされているようですね」
「仲良しでいいんじゃない?」
ミチルが、微笑んで言う。
「迷惑ですわ。そもそも私とアオはライバルであって仲良しこよしではありません」
「仲良くしたい癖にー」
ミサトが混ぜっ返す。
「誰が!」
ミヤビが怒鳴る。
前途は多難そうだった。
そのうち、一団は山の麓へと辿り着いた。その前にハクが立ち、両手を広げて山を見上げる。その体が、輝いて見えた。
しばし、黙ってそれを見守る。イチヨウが、不安げにハクを見下ろしていた。
五分ぐらい経っただろうか。ハクの体から、輝きが消えた。
「交渉は終わったよ」
ハクが、マリを見上げて無邪気に微笑む。
「大丈夫そう?」
「うん。警戒してくれるって」
「そっか。ハクちゃんには迷惑をかけるねえ」
「いえ。これも仲介役として生まれた私の仕事です」
頷いて、マリは舞姫科の生徒達を振り向いた。
「それじゃあ皆、各々のグループに別れて山に入ってもらおうか。他のグループとは基本的に距離を取ってもらうからね。紐を巻いた木があるから、その側に拠点を置いて」
そう言って、いつもの人懐っこい笑みを浮かべている。
舞姫科の生徒たちは、各々了解の声を上げて、グループ単位で山に入っていった。その後に、護衛の兵士達もついて行く。
青達も、四人で並んで、前に踏み出す。
「それにしても、山籠りの知識も教えずに送り込んで良かったんですか?」
イチヨウが、不安げに言う声が聞こえてきた。
「大丈夫大丈夫。夏も近いから凍え死ぬ人もいないだろうし、獣がいないから火の番も必要ないしね。初回だから、しまったなあと思ってもらえばそれで良いんだよ」
マリは気楽な調子でそんなことを言う。
どうやら、失敗が前提となっているらしい。それを思えば、マリは厳しい教師なのかもしれなかった。
しばらく、木々に囲まれた山道を歩いた。ミチルは、途中途中で屈んで、地面に落ちた木の枝を拾っていっている。
「何してるの?」
青は、思わず訊ねていた。
「焚き火に必要だと思って」
なるほど、言われてみれば尤もな話だ。青もそれに習うことにした。ミサトも、見るとミチルの真似をしている。
「私は先に行って、落ち着く場所を確保しておきます」
そう言って、ミヤビは前を歩いて行く。その後に、ついて来ていた兵士の一人が続いた。
「案内します」
そう言って、兵士が先を歩いて行く。男性の歩幅だ。ミヤビは後を追うのに必死になる。
「致せり尽くせり、だねえ」
ミサトが、腰を叩きながら、やや呆れたように言う。
「初回だから、じゃないかなあ。最終的にはきっと、自分達だけで全部やらされるよ。あの言い分だったら」
ミチルが、木々を拾いながら言う。
「舞姫が山籠りの経験を積んでどうなるって言うんだろう」
ミサトは物憂げな口調だ。確かに、彼女の言うことにも一理ある。
「何が後から役に立つかはわからないよ。もしかしたら、人とはぐれて一人で山で過ごす夜もあるかもしれない」
ミチルはこんな時でも前向きだった。
この子を好きになって良かった。そんなことを改めて感じて、青はなんだか照れ臭い気持ちになる。
目的地に辿り着く頃には、青達の手は木の枝で一杯になっていた。
数人の兵は四人が到着したのを確認すると、周囲に散って行く。
「さて、今日は一晩一緒だ。仲良くやろうぜ」
青は、言って倒れている木に腰を下ろす。
ミチルが、その隣りに座る。それだけで、青はくすぐったいような気持ちになった。
ミサトとミヤビは、各々周囲の岩に座った。
四人の中央には、丁度焚き火に使えそうなスペースがある。
「焚き火をするのは夜ですわね。皆さん、薪は持ってきたかしら」
「あんだけ山みたいに積まれてたらなあ。必要だと思うさ」
各々、持ってきた薪を積み上げる。それだけで、皮袋は小さくしぼんだ。
「これで、夜が明けるまでもつかしら?」
ミヤビが、胡散臭げに言う。
「万が一の時には、この剣があるよ」
そう言って、ミチルは腰の剣に手を添える。
「現地調達、ということですか。まあ、やむないですわね」
「私、なんかわくわくしてきたな。皆で火を起こして、肉を焼いて、食べる。きっと楽しい夜になるよ」
「ミチルは気楽で良いですわねえ……こういう時でも完璧にこなすのが剣士たるべきものの矜持です。不寝番の順番を決めますわよ」
「ああ、それなら俺が一人で起きてるけど」
「そういうのは趣旨に反します。先生に手を抜いていると思われたくはありません」
確かに、生徒一人だけ起こして自分達は寝ているのはバツが悪いだろう。
「じゃあ、俺が途中で起きるよ」
「ああ、それじゃあさー。私、朝に自信がないから、最初に起きてる役でいい? 途中で起こされても寝ちゃいそう」
ミサトが、笑顔で情けないことを言う。
「じゃあ、アオちゃんが二番目で私が三番目じゃどうかな?」
「私が最後ですか。かまいませんよ。しかし、時間がありますわね。夜が待ち遠しいですわ」
尤もな話だ。本番は夜。しかし、今は夕日が傾いてすらいない。本来の予定ならば狩りも行う予定だったというから、スケジュールに空きが生まれているのかもしれなかった。
「山で夜を明かした経験者の人、いる?」
ミチルが、周囲を伺うように言う。
「俺はないな」
「私もないなー」
「田舎者のミサトですら経験がないなんて、意外ですわね」
「どうせ田舎者ですよ」
拗ねたように言うが、ミサトは微笑んでいる。
「それじゃあ皆初体験だねえ。私も知識としては多少はあるけれど、心許ないなあ」
「どうしてミチルがそんな知識を?」
青は、単純な興味から訊ねてみた。
「神術師は狩人と一緒に山に篭もることがあるんだよ。だから、知識としては教えられているの」
「なるほど」
そんな風に話している間に、夜がやって来た。
途中、何度かミヤビが無茶な提案をした。
「暇ですわねえ。オキタアオ、暇潰しに剣で勝負でもしませんこと?」
「命のやり取りは御免被る」
「私、ハクアさんを急いで呼んでくるの、嫌だなあ」
ミサトが苦い顔でぼやくように言う。
「それもそうですわね」
それもそうだ、と言いながらも、彼女はそんな提案を何度かした。剣での戦いというものに憧れているのかもしれない。
日が暮れると、火を起こしにかかることになった。月明かりが、木の葉の裂け目から地面を照らしている。
「そもそも、火って魔術を使わずにどうやって起こすの?」
ミサトが、尤もなことを言った。
「俺のいた世界じゃ、ライターってものがあって、ボタンを押したら一瞬で火がついたもんだったよ」
便利だった世界が、今となっては懐かしい。
「この世界では?」
「知らん」
「これを使うんだよ」
ミチルがそう言って、石を二つ取り出した。
「これはきっと火打ち石だよ。これを使って、まずは燃えやすい小さいものに火をつけて、そこから薪に移していくの。多分、これも役立つんじゃないかな」
そう言って、彼女は紙を取り出した。
「へー、その石と紙って、そんな風に使うんだ」
「うん。ミサトちゃんのところは魔術で全部やってたんだね。便利だね」
「うん、そう。そもそも、火を起こすのと無縁そうな人もいるけれど」
そう言って、ミサトは悪戯っぽく微笑んでミヤビに目をやった。ミチルの手元を興味深げに見ていたミヤビは、気まずげに目をそらす。
「一緒に感心しとこうよ。恥ずかしがらずにさあ」
「火ぐらい私も起こせますわ」
「じゃあ、やってみ?」
そう言って、ミサトは悪戯っ子のような表情で、火打ち石をミチルの手から受け取って、ミヤビの手に渡した。
ミヤビは未知の物を扱うような手つきでそれを持って、情けない表情になる。
「し、仕方がありませんわね」
そう言って、しゃがみ込んで、紙を丸めてその横で石と石をぶつけ合わせ始める。
「じゃあ私、焚き木を組むね。まずは小さなものから組んでいくんだ」
そう言って、ミチルは道中で拾ってきた枝や葉を重ねていく。
ミヤビの石を鳴らす音がしばし、周囲に響き続けた。
「ミチル、どうなってるの? この石、まったく火がつかないわよ?」
ミヤビは苛立たしげに声を上げる。
「はいはーい」
ミチルは移動して、火打ち石を受け取って、数度打ち鳴らしてみせた。紙に火がついて、水がしみるように燃え広がり始める。それを、ミチルは重ねた枝の傍に添えて、息を吹きかけ始めた。
火が枝へと燃え広がり、徐々に強まっていく。
「じゃあ、薪を重ねようか」
そう言って、やはりミチルが手際よく薪を周囲に重ねていく。
「まったく、前時代的ですわ」
「言い訳かな」
ミサトが、からかうような表情で言う。
「魔術が流行すれば、こんな技術、一気に廃れます。前時代的と言うのは間違いではありません」
ミヤビは、胸を張って強がりを言う。
「だからかもね」
ミチルは、火を真剣に眺めながら言う。
「だから、いざという時の為に私達はその知識を持っておくべきなのかもしれない。忘れ去られていく知識だからこそ、改めて覚えておくべきなのかもしれない」
考え方は色々あるものだ。マリが、何を思ってこんなことをやり始めたのかはわからない。けれども、知識を得ておくことに意味はあるのだと思った。
「薪への火の移りが悪いなあ。湿気ってるのかなあ」
ミチルが、困ったように言う。
「……ちょっとぐらい魔術を使ったってばれないんじゃないか?」
青は、思わず口にしていた。ここまで、青は一つも役に立っていない。ちょっとぐらいミチルの前で格好良い姿を見せたかった。
「そうはいきませんわ。私が監視しています」
「けどさー、湿気った薪なんて用意した相手側の不手際もあるよ。きっとこの前の雨でちょっと濡れたんだよこれ」
ミサトが、青の言動を後押しする。
「基本的な部分はやってるから、ちょっとぐらい、は仕方がないのかなあ」
「いいえ、そういうわけにはいきませんわ。雨の日に山籠りをすることもあるでしょう。そんな時、薪はどこから調達するの? 現地調達ですわ」
「その時は私達には魔術がある。前時代的って言ったのはあんたじゃないか」
「まあ、ちょっとぐらいばれないって」
そう言って、青は薪の側に手を添えた。
「あ、馬鹿」
「ちょっと、アオ」
「待って、アオちゃ」
三人の声が重なった。
炎が舞い上がった。そして、消えた。後には、月明かりだけが残った。
「なんでアオちゃんがするかなあ……そこは私でしょ」
「どうするんですの? オキタアオ! 薪が焦げ屑ですわよ!」
「やっぱりズルしようとしたら駄目だねえ。仕方ないよ、気を取り直して最初からやりなおそう」
青の魔力が、あまりにも強すぎたのだ。その強さは、薪を一瞬で焦がしてしまうほどだった。
青は、小さくなるばかりだった。
兵士の噛み殺すような笑い声が、小さく聞こえてきて、青はますます恥ずかしくなった。
なんだかんだで、五分後、焚き火が周囲を照らしていた。
「一時はどうなることかと思った……」
ミサトが呆れたような表情で青を見ている。
「結果良ければ全て良しだよ、ミサトちゃん。肉、焼こうか」
「そう言えば、肉、どうやって焼こう。目先の焚き火ですっかり忘れてた」
そう言えばミサトの言う通りだ。肉があれど、火にかける道具がない。鉄の串はそのためにあったのか、と初めて気がついた。
「鉄の串、持ってきてる人いる?」
「はい」
そう言って、鉄の串を取り出したのはミヤビだった。束のように鉄の串を手にしている。
「あー、武器になると思ったんだ」
ミサトが、からかうように言う。
「貴女は人を野蛮人みたいに言いますわね……」
強く否定しないということは、ミヤビもそのつもりだったのかもしれない。
各々、肉を鉄の串に刺して、火にかけ始めた。
「お、ここのグループは順調だね」
声をかけられて顔を上げると、そこにはマリがいた。
マリは四人の傍にしゃがみ込む。
「懐かしいなあ、昔は師匠とこうやって夜を明かしたものだったよ」
そう言って、火を懐かしげに眺める。
「ズルはしてないね?」
青は、心臓が一際強く鳴るのを感じた。
焦げ屑になった焚き木は、土の中に隠してある。
「してませーん」
ミサトが堂々と言う。
「そっか。なら、それで良し」
マリは、人懐っこそうな笑みを浮かべた。
この人が、旦那の前では冷たくなるのだ。人間というのはわからないものだと青は思う。
「そうそう、私は様子を見に来たのもあるし、忘れ物を配りに来たのもあるんだ」
そう言って、マリは銀色に輝く指輪を取り出した。
「これはね、距離が離れていても互いの感情や位置が伝わるようになる指輪。いざという時はこれを使って、助けに行ける」
そう言って、マリは青に指輪を渡す。
「魔力の一番強い貴女がつけているのが良いかもね」
青は促されるままに、中指にその指輪をはめた。少し、窮屈だった。
「魔術的な品、ということですか。生徒に配り歩くということは、量産できている?」
ミヤビが、戸惑うように言う。
マリは、苦笑した。
「旦那は、魔術の才能は多少あるほうなんだけれど、こういう道具を作ったり儀式を行うほうが得意なんだ。昔の冒険でもこの道具に随分助けられたものだったよ」
一応、ジンは旦那として認められてはいるらしい。
青は、二人の複雑な関係について訊いてみたいと思った。しかし、それはあまりにも不躾な質問だ。
「先生って、ジン先生とどうして結婚したんですか?」
こういう時にはデリカシーのないミサトが心強い。
「んー」
マリは、苦笑顔で考えこんだ。
「夢のない話になるよ」
「いいですよ」
「生々しい話にもなるな」
マリの顔から、表情が消えていく。
「構わないです」
「……あんまり、話したくないなあ」
「勿体ぶるなあ」
ミサトは期待に満ちた目でマリを見ている。マリはそれに根負けしたように、小さく溜息を吐いて、拗ねた子供のように小さく背を丸めた。
その視線は、火に向けられている。その胸中にあるのは、師と過ごしたという日々なのだろうか。
「私達が遺跡に眠る大魔法陣に関する戦いに挑んだことまでは、異国の人にも伝わってるかな」
「知ってます」
この学校に来てから得た知識だが、青も知っている。その中で活躍した五人が、現在五剣聖と呼ばれている存在だ。
「決戦前だった。師匠は私を決戦から外したがっていた。けれども、私は因縁があって、決戦に挑むと固く心に決めていた」
四人は、一様に頷く。
「師匠は言った。結婚ごっこをしてみよう、と。目の前の敵への憎しみを一旦忘れて、平和な日常に身を置いてみようと」
「その、結婚ごっこのまま……?」
ミチルが、恐る恐る問いかける。
「まま、と言えばまま、なんだろうね。未だにあの人が旦那なんていう実感が無いんだもの。そのまま色々あって、そのー……子供ができてね」
マリは気まずげに言う。
なるほど、生々しい話だ。
「本で読んでも思ったことなのですが、結婚ごっこで子供ができるんですか」
ミヤビが呆れたように言う。
「だって、明日死ぬかもしれないんだよ。そういう状況に陥ったら、まあ隣のこいつでも良いかって思考に陥ることもあるんだよ」
なるほど、夢のない話だ。
「そのまま、なし崩し的に今に至る、と?」
「……子供が父親欲しがるしさー。あの人はあの人で冒険から解放されて定住するって言うしさー。国に目的の遺跡の捜索を肩代わりしてもらったとかで。まあ、なし崩し的だよねえ。大事にしてくれるっちゃあ大事にしてくれるし」
マリは、深々と溜息を吐く。
「皆、いざという時になってもやけっぱちになったら駄目だよ」
「はーい」
「勉強になります」
「人生色々ですねえ……」
なんだかんだでこの人はジンが好きなのではないか、と青は思う。何故なら、子供が父親を欲しがっても、他の相手を探すことはこの人の容姿なら容易いことのように思えるからだ。
それでも、この人はジンを選んだ。
そして、そのジンがしっかりと父親をやってくれないから、歯痒い気持ちを抱えているのかもしれない。
青が疑問に思ったことが、一つあった。
「ジン先生が探している遺跡っていうのは、どんな遺跡なんですか?」
「時を操る遺跡」
マリの瞳に、鋭い光が宿った。
「それを見つけることを、ジンは運命付けられている、はず。かつて彼は、時間を遡った自分自身と会っているらしいから。けれども、未だに彼はそれを見つけられていない。歴史は変わるのかもしれない」
「見つけられなかったら、どうなるんですか?」
青の質問に、マリはしばし考えこんで、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「私が、死ぬ」
淡々とした口調で、重い事実を、彼女は言った。
「なんてね」
マリは、そう言って腰を上げた。
「じゃあ、全員で寝ちゃ駄目だよ。不寝番をしっかりと立てること。野生の獣は、炎を避けるからね。いざという時は、指輪に念じてみて」
そう言って、マリは去って行ってしまった。
「今の話って、冗談なのかな?」
青は、ミチルに声をかける。
ミチルは、困ったような表情で返事をした。
「本に書いてあったことが事実なら、今の話は本当だよ」
「かの遺跡の最後の難関には二人で挑む必要があった。二人で挑むには、かつてのジン先生が未来から来たジン先生と出会う必要があります」
「……そんな話、全然してくれないんだものなあ」
ならば、ジンは嫁の命がかかる状況で国に頼ったと言える。
この世界に生きる人には、この世界に生きる人の悩みや苦しみがあるらしい。
「あの人が、そんな話する性質に思える?」
ミサトが、訳知り顔で言う。
「そんな柄じゃねえよなあ」
納得してしまった青だった。
夜は静かに更けていった。
なんとなく、話題も弾まずに、寝る時間がやって来た。
「最初の不寝番誰だっけ」
「私だよー。朝弱いからね」
「俺は二番目だっけ」
「一度言ったことぐらい覚えておきなさい、オキタアオ」
ミヤビの手厳しい指摘が飛んで来る。
「とりあえず火さえ絶やさなければ良いんだよね?」
「ハイペースに薪を投入しても駄目だからね?」
ミチルが、不安げに言う。
「了解了解、適当にやっておくさ」
自信たっぷりのミサトだが、彼女はいかにも調子に乗りそうだ。だが、今は信用する他に道がない。
今日も、一日が終わる。硬い土に体を横たわらせて、焚き火の温もりを感じながら目を閉じる。
異世界にやって来てからも、変わらず日々は過ぎて行く。
この世界でも、生き方は様々だ。焦燥に駆られるような気持ちを噛み殺して生きている人、明日への命を不安を抱えて生きている人、色々といる。
そんな中でふと感謝する。自分が、命の危機もなく一日を終えられることを。町の庇護を受けて生活できていることを。
そんな時のことだった。
剣が激しくぶつかり合う音と、くぐもった悲鳴が聞こえてきた。
四人とも、体を起こしている。ミヤビと青は、腰の鞘から既に剣を抜き放っている。
「獣……?」
青の問いに、ミヤビが静かな声で返事をする。
「いえ、獣は剣を使いません……敵のようですわ」
ミヤビの言葉を肯定するかのように、影のように漆黒の服装をした人々の姿が焚き火の光に照らされた。いずれも、炎を反射して鈍く光る剣を手に持っている。
リッカの言葉が、脳裏に蘇る。
異世界からの来訪者は、黒い死神に命を狩られて皆短命だった、と。
一気に、背筋が寒くなった青だった。




