二章 白と黒の獣
おかしい。
カイルの目の前には、自ら結び付けたであろう赤い布がある。
だがカイルの記憶に、その木に結び付けた覚えはない。
こんな森の奥に自分以外の人は、そうそう入り込んで来ないはずだ。
ならば記憶にないだけで、やはり自らその木に結び付けたのだろうか?
自問自答するが、戦場で鍛えた観察眼は、そこが初めて来た場所だと警鐘を鳴らす。
自分以外の何者かがこの森にいる。
無意識に剣の柄を握りジトっとした汗が滲む。
それからは進む時に、布の中に小さな小石と小枝を順に挟むようにして、数個進んだ後に戻り布の中を確認する。
中に挟んだはずの目印は消えていた
「誰だか知らねえが、あんまりおいたが過ぎると痛い目見るぜ」
森に向かって叫ぶが答えはない。
カイルは新しい目印を付けるのを諦め、目印が指す方に歩き出す。
何者かも既に自分の存在を気付かれたと悟り、もう隠すつもりはないらしい。
明らかにカイルが結んだ布と違う場所にも平気で結んであったり、人が結ぶのが困難な程高い場所に印があったりする。
いくら何でも手抜きしすぎだろと、カイルは思いつつも指示されている方角に歩き続ける。
大きな岩がある場所で目印の布が途絶え、四方を見渡しても次の方向を示す布はない。
カイルは慎重に辺りの気配を探るが、何者の気配も感じる事は出来なかった。
続いて岩を調べてみると、裂け目からチョロチョロと涌き水が湧いている。
それ以外は何の変哲もない場所。
他に何かないのかと探しては見るが本当に何もない。暫く待ってはみるが、誰も現れず時間だけが過ぎていき、カイルはこれ以上待つだけ無駄だと判断して持っている地図を広げる。
自ら探索の際に記してきた地図で、まだ森の半分も記されていないが、遠くに見える山の形等からおおよその場所を割り出し、村があるであろう方向に歩きだす。
襲撃に対する警戒もしながら道なき道を、時には剣で草を刈りながらひたすら同じ方向に歩く。
開けた場所に着いた時カイルは我が目を疑った。
直線的に同じ方向に歩いたはずなのに、そこは先ほど迄いた大きな岩のある場所。
明らかに普通ではない。
カイルは剣を抜き叫んだ。
「出てきやがれ!いくらでも相手してやるぜ!」
森にカイルの叫びはそのまま溶け、呼びかけに答える者はいなかった。
「くそ!」
苛立だしげにその辺りの草を切り、カイルはその場に座り込む。
人間は水が無ければ三日と持たないがここには豊富な水がある。
すぐさま生命の危険に晒される事はないだろうが、何者かの意図がわからない。
何の為に?思い当たる事がなくカイルは呆然と空を見上げた。