(3)
護衛と思わしき二匹が、こちらに向かって来ようとした時キングが吠え、二匹がその場で止まり後ろに下がる。
そしてキングが大きな槍を構え前に出てくる。思わぬ展開にカイルは驚きを隠せない。
「ほう、キング自らサシの戦いを望むか。豚にしては肝が据わっているな気に入ったぜ」
数歩後ろに下がり外に出る。キングと護衛も建物から出てくるが、こちらに向かってくるのはキングのみで、護衛は遠巻きに見ている。
どうやら本気で一対一で戦うつもりらしい。
こちらにとっては、これ以上有り難い話しはない。
背中の赤ん坊を降ろしたいが、人質にでもとられたら厄介だし、何かあったら後でルークに何をされるかわからない。
(ルークのお気に入りだからな)
キングの鋭い突きが向かって来て、剣と交差しガイーンという重い音が響く。剣で弾き軌道をそらすが、一撃で手が痺れる。見た目通りかなりの膂力だ。
力だけでなくスピードもかなりのもので、数合交わしただけでもその実力は伝わってくる。
雑魚のオークとは明らかに実力が段違いだ。これなら一対一の勝負をするのもわかる。
例え万全の状態であっても果たして勝てるかどうか。
(チッ弱気になってんじゃねーよ!ルークはもっときついんだぜ)
自分を奮い立たせキングと対峙する。
次第に痺れた腕は槍を弾き切れなくなり、あちこちにかわしきれない傷が増えていく。
背中の赤ん坊には当たってないが、どちらにせよ自分がやられれば赤ん坊も殺されるだろう。
そして、魂の契約をしているルークも自分が死ぬと同時に死ぬ。
弱気な考えが次々と脳裏に浮かぶ。
その時遠くからオークの団体が迫ってくるのが見えた。
あちこちにオークの死体があるのだから、知恵のまわらないオークもルークが囮だと気付いたのだろう。
視線がキングからズレたのがいけなかった。
槍を弾いたのが明らかに浅く、しまったと思った時には切っ先は横っ腹の肉をこそぎとっていった。
グゥ・・・うめき声を上げ片膝をつく。
今オークの集団に襲われれば間違いなく瞬時に肉塊に変わるだろう。
だがキングはそうしなかった。
オークの集団に向かって吠えると、集団はその場に留まった。
「豚のくせに最後までサシでやろうとは見上げた奴だぜ」
そう言って立ち上がろうとしたが身体が動かない。
ダメージで動けないかと思ったが違う。
動けない程のダメージではない。
護衛についていたオークの一匹が、キングの後ろで何か唱えている。
(ソーサラーオーク!)
オークキングと共に稀少種と言われる存在オークの中で唯一魔法が使え、キングと同じように滅多に会えるものではない。
バインドと言われる相手の動きを封じる魔法で動きを封じられたのだ。
(こいつ初めっからまともにやる気がなかったんだな!)
キングが醜悪な顔でニヤリと勝ち誇った笑いを浮かべる。
確実に勝てる算段があるからこそ一対一の戦いにした。そして観客を待っていたのだ。
オークの集団を遠巻きにしているのも、そこから見ればカイルが一対一の戦いに敗れたとしか見えないだろう。
それはキングの力の証明であり、ますますオークの世界で権力を伸ばすだろう。
カイルは唇まで痺れ言葉を発する事が出来ない。
(せめて契約破棄の誓約を・・・ルークだけならもしかしたら逃げれるかもしれない)
だが意思に反してその唇は言葉を紡ぐ事はなかった。
人間が死ぬ瞬間、全てがスローモーションのようになるという。
カイルの視界もその瞬間を、はっきりと見ていた。
キングの槍と、カイルの前に立ち塞がる既に返り血だけでなく、己の血で真っ赤に染まったシビルタイガーの身体。
針が布を貫くように、その虎の肩口から入り後ろ脚の前から飛び出す槍の切っ先。
槍の尖端はカイルの寸前で止まった。
虎は己を貫く槍をくわえると、力任せにキングの手からもぎ取った。
勢いに負けて体勢を崩したキングの眉間に、カイルの剣が寸分違わず突き刺さる。
その剣を引き抜くと、崩れ落ちるキングを尻目に、カイルはソーサラーオークのもとに走り寄る。
ルークの登場に驚き呪文の泳唱をやめていたソーサラーオークは、今度は己の身を守る為に泳唱を再開する。
だがその呪文が完成する前に、カイルの剣が脳天からその身体を真っ二つにし、身体の途中で剣が折れる。
折れた剣を片手に、カイルはオークの集団を向き大声で吠えると、オークは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
キングがいなくなればオークなどそんなものなのだ。
カイルは折れた剣を捨てルークのもとに歩み寄る。
「馬鹿野郎」
怒りを抑え、絞り出すように言った。
幾多もの戦場を駆け巡ってきたカイルにはわかる。
まだ息はあるが、ルークが負った傷は明らかに致命傷だ。
魂の契約を破棄していれば、ルークは死ななくても済んだかもしれない。
そんな思いが頭を駆け巡る。
ルークはカイルの頬に頭を寄せ舐める。
シビルタイガーが、本当に信頼している者にしかしない、親愛の情を表す行動だ。
魂の契約など無くても、ルークはカイルの為にその命を投げ出したであろう。
確信としてそれはカイルの中にあった。
反対の立場であれば、カイルもそうしていただろうから・・・
ルークがカイルの胸に鼻を寄せ何かを要求しているのに気づき、胸で結んだ布を解き、背中に背負った赤ん坊をルークの前に差し出す。
「赤ん坊は無事だぜ。お前が守ったんだ」
赤ん坊がルークに手を伸ばしその鼻先に触れる。
今まで一度も目を覚ます事のなかった赤ん坊が、ブルーの瞳でルークをじっと見ている。
ルークは赤ん坊の頬を舐め、そっと目を綴じた。
そして、その瞳は二度と開く事はなかった。
本当に悲しい時人は泣けないと誰かが言った。
それは真実だろう。
泣きじゃくる赤ん坊にカイルは囁く
「そうか。俺のかわりに泣いてくれるのか」
パチリと木の爆ぜる音に、カイルは思い出から現在へと引き戻される。
やっぱり歳はとりたくないもんだな。
このところやけに昔の事を思い出すとカイルは思った。
森に入ってからかなりの時間がたち、日は既に傾いている。
バッグを開け、ささやかな夕飯の準備をする。
息子から渡された袋の中には、保存食と竹に穴を開け水を入れた水筒が数本ある。
瓶では割れてしまうため、探索の時には竹の水筒を使うのだが、予定より本数が多い。
その内の一本に手紙が括りつけてあり、開くと手紙にはこう書かれていた。
父さんへ
一本だけ好きなお酒を入れておきます
決して一気に飲まないように、帰ってきたらすぐに沢山飲めるように準備しておきます。
だから、無事に帰ってきてね。
蓋を開け中身を確かめるとアルコールの香りが漂う。
「気の利いた事をしやがるようになりやがって」
カイルはそれに口付けると空に向かって語りかける。
「お前の名前を貰った赤ん坊は立派に育ってるぜ。信じられるか相棒、この俺が父親なんてやってるんだぜ」
空は何も答えず、ただ闇へとその姿を変えて行った。