10 親友の可愛さに打ちのめされる。
夏祭り。もうすぐ夏が始まるぞっていうわくわくした感じとか、屋台の煙とか、なんかいつもと違うなって思うこととか、夏祭りってなんだかとっても、特別な気がする。
そんな夏祭りの雰囲気の中で、一番似合う浴衣を着て金魚すくいしながら、「ひゃぁーとれないよぉー!」とか言って彼氏に甘えるのが、私の夏の理想像。
そんな理想が、今、叶おうとしている―――!
詩音からメールが届いたあと、私はすぐに返信&蘭によろこびのメール報告。親には夏祭りのことは伝えてあったから問題なし。そして蘭から、筑波嶺くんが好きな感じの服を今すぐ買いに行きたいから、私もついて来いというメールが…。センスがいいだの何だのさんざんおだてられた私は、結局蘭と二人で、徒歩圏内の近くて巨大なショッピングモールにやって来た。
「雪耀くんはね、優しいから、私が服を着るとなんでも『可愛いね!蘭は本当に何でもよく似合うね!』ってにこにこしながら言ってくれるんだ♡でもでも、夏祭りの日は本当に雪耀くんをびっくりさせたくって――。きっと雪耀くんは清楚でおしとやかで女の子らしい、でもわざとらしくないような…たとえば白いレースのワンピースとかが好きだと思うんだ。だって前、『好きな女優さんとかいる?』ってきいたらね、『んー、強いて言うならなー…』って言って、恋愛ドラマとか映画とかに引っ張りだこの現役高校生のあの子だって教えてくれたから!あの子ってインタビューのときとかの衣装もおしとやかで、私も憧れてるんだけどね――――」
蘭は頭が良くてかわいい才色兼備だけど、自慢なんて聞かされたことがない。いつもは。
…でもこの何行にもわたる話が、「自慢」や「のろけ話」以外のなんだというのだ!
今私たちはショッピングモールの1階から、ファッション関係の売り場のある4階にエスカレーターで移動中なんだけど、この話は今日すでに5回ほど聞いた。蘭に悪気はないのはわかってる。でも非リア充の私へのダメージが半端ないことをわかっていただきたい。
「あ、あ、じゃあ私はこれで―――」
「い、いや!ちょっと待って行かないでというかごめんなさいごめんなさいほんとすいませんでしたぁぁぁっ」
私が本当に帰るとでも思ったのか、慌てた蘭が私の腕をつかむ。悔しいけど、半泣きの蘭もめっちゃかわいいんですけど。それ反則だよ!
ふざけるのはこのへんまでにして、私たちは服を選び始めた。
「そういえば蘭、浴衣着ていかないの?」
私は『夏祭り=浴衣デート』で、てっきり浴衣で行くのかと思っていたんだけど…。
「んー、あのね、雪耀くんとは毎年お祭り行ってるんだけど、去年は浴衣で行ったから、今年は普通の服で行こうかなって!」
そうなんだ…。はい、わかりました。要するに夫婦円満ってことなんですね。
「あー!これなんかどうかな」
私がにわかにじとーっとした目線を向けているのにも気づかないで、蘭はきらっきらの笑顔を私にむけた。
その手には、パステルピンクのワンピースが。
「好きかなぁ…雪耀くん…」
ワンピースを体に当ててみたり、遠くから眺めたり、真剣な表情の蘭。このリア充めぇぇぇ!…でも、それだけ筑波嶺くんのこと好きなんだよね。なんか悔しくてうらやましくて、でもなんか微笑ましい…。この私だって上原くんのこと、ほんとに好きなんだからね!
「ね、すみれ!これ似合うかな?」
ちょっとはにかんで微笑む蘭、可愛いです。
「うん、いいと思うよ。試着してみれば?」
「そう…かな。じゃ、すみませーん、試着したいんですけど…」
「ふー、買った買った!」
たくさんの紙袋をかかえて、蘭が満足そうに笑った。蘭のやつ、いったいいくつ買ったんだ…。
「ありがとねーすみれ!付き合ってもらっちゃって」
「いえいえ…お互い様ですよ」
とはいえ、疲れた…。だって蘭って、お店全部制覇するんじゃないかってくらい買うんだもん…。そういえば昔から、蘭ってお金使いが荒かったような。
「どっかでお茶しない?」
「…!え!あ、そ、そだね」
今、『お茶する=カフェとかに入る』という式が脳内ですぐに成り立たなくて挙動不審に陥った私は女子失格ですか?
というか蘭って、こんなオシトヤカーな子だったっけ?「お茶しませんこと、すみれさん?オホホホー」的な。違うか。猫を被った蘭に慣れない私。
「でも、もう6時半になるけど…」
「え゛?やだなー、嘘つかないでよぉ」
いや本当だけど。本当なのだ。だって蘭におだてられてこのショッピングモールについたとき、すでに5時半くらいだったし。
「しょぼーん…」
がくっとうなだれる蘭。いちいちジェスチャーが可愛すぎる。しょぼーんって何それ反則だって!
少しの沈黙。
いたたまれなくなった私は思わず、
「じゃあ…ゴハン行く?」
「行くーーーーーーー!」
蘭、完全復活。
蘭の可愛さに負けて勢いで言っちゃったけど、財布と相談しないと…。蘭に惚れた男子が金欠になる理由がわかった気がする。
うちの門限は特にないし、親にはメールすればいいし、まぁいいんだけどね。
「でもいいの?筑波嶺くんって、『蘭と食事していいのは僕だけぇぇ!!』とか言って私にも嫉妬しそうなイメージなんだけど」
「なに言ってるの!雪耀くんがそんな心の狭い人なわけないでしょー!さ、行こ行こ!ファミレス♪」
どうやら、蘭は良くも悪くも『嫉妬』という感情と無縁な人間らしい。いやぁー…筑波嶺くん蘭のこと大好きだから、けっこう嫉妬するタイプだと思うけどなぁ…。まぁそれだけ蘭のことを大切にしてるってことだけど。う、うらやましくなんてないもん?!
とにかく「うまい・安い・多い」の三拍子そろった某ファミレスに入る。
夕飯時ということもあって、店内は家族連れやら中高生やらで賑わっていた(平日なのに…)。
知り合いいそうだなー、なんて考えながらあたりを見回していると、見知った顔がちらほら。みんなヒマなんだなぁ…。私もだけど。
「あの、すみません」
後ろから声をかけられた。あ、やば。私がぼけっと突っ立っていたところは、バイキングコーナーのど真ん中だった。
「あ、すいません!」
振り返ってあわてて答えると、そこにはとある人物にとっては最高の王子様である、あの男の子が立っていた。