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200年眠ってもまだヤンデレが生きてたので異世界に逃げたい件  作者: 伊勢谷 明音
第一章 騎士少女「理想の勇者像を返して」
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0 大魔導師「黒歴史を消し去りたい」

厨二パラダイス

 これはソランとユーリが宿に入る、少し前の話だ。


 大陸某所にあるホテル、高級そうな外観以上にその内装はもっと豪華であった。従業員も洗練されており、どこかの王城に招かれたとしても、そこの使用人と寸分違わずに優れた振る舞いを取ることが可能だと、訪れた貴族は口にする。

 磨かれた床、キラキラ光るシャンデリア、ふかふかな真っ赤な絨毯。一般市民では到底手の届かない最高級ホテル「ホテル・ヤマト」は王族もお忍びでやってくる。


 さて、そのような表舞台でキラキラと輝いているホテルにも実は裏の顔がある。最上階にあるスイートルーム、そこはホテルの表向きの出資者に連なる者しか入れないという噂ではあるが、実は違う。確かにそのようなスイートルームは存在しているが、使っている彼らでさえ知らない上の階に、もう一つ部屋があるのだ。

 そこに入ることが出来るのは数少ない、選ばれた者のみ。


 カツカツとブーツを鳴らしてルメール・ルディスは階段を登る。魔術迷彩によって隠されたそれの存在を知るものは彼ら以外には存在しない。大陸でも一握りの『選ばれた人間』のルメールは、その階段を登り始めた時から現世でのルメール・ルディスという皮を脱ぎ捨てることが出来る。

 彼の名前はルメールではなく『灼熱大地之地獄アマテラスギルティ・クレナイ』が本当の名だ。だが、この堕落し薄汚れた世界ではこの力は強大すぎた。幼き頃から自らの存在に疑問を抱き、異能を隠してきた、と彼は過去を振り返る。


「だが、私はあの方に救われた」


 真っ白な頭髪、蓄えられた豊かな髭。幾多の困難を乗り越えてきた意思の強い瞳、彼は社交界では真の紳士として尊敬を一心に集めていた。だが、現世での上っ面だけの付き合いは反吐が出る。クレナイは真に尊敬する人物を思い浮かべて、陶酔した表情を浮かべる。

 この世の果てを思わせる闇色の髪、首元で切りそろえられた其れは艷やかながら絶望色。左目は蒼、眼帯に隠された右目は禁忌の黄金。ボロボロになったコートを羽織り、その絶対的な存在感で小柄だということを思わせないカリスマ性。

 ルメールが心酔するその人間は、人類最高の魔導師かつ狂気のマッド・サイエンティスト『大魔導師・春夏秋冬ヒトトセ』、大英雄と呼ばれる魔導師。


 目的の部屋へと辿り着く。もう会議は始まっているのだろう、遅れてやってきたがしかたのない事だ。現世の愚かな人間に感付かれないために必要な時間だったのだ。扉を開いて、彼はカンッと杖を床に突き刺すかのような勢いで叩きつけて音を鳴らした。


「『邪気眼派』総帥『灼熱大地之地獄アマテラスギルティ・クレナイ』、ただいま参上致した」

「あ? おっせえんだよジジイ。こっちは待ちくたびれてるんだ」


 彼を出迎えたのは三人だ。同じ『天下救世主連合』四天王で、全員クレナイに勝るとも劣らない実力を持っている。遅れてきたクレナイを睨みつけてきた彼は『DQN派』総帥である。もうすぐ四天王全員の力でさえも及ばない『春夏秋冬』が来るというのに、彼はテーブルの上に足を投げ出して気だるそうに煙草を吸っている。


『天下救世主連合』はその名の通り世界をより良い方向へと正す集まりだ。全員が全員、愚鈍な市民の中でその力を理解されなかったところを『春夏秋冬』に救われた過去を持つ。だからこそ『春夏秋冬』の理想に同意し、その力を振るうのだ。


「まあまあ落ち着きなさい、四天王ともあろう者が余裕が無いですね。これを飲んで一息入れたらどうでしょうか?」

「……てめえ、またブラックコーヒーかよ『サブカル派』総帥さんよお。何処がいいんだこれの」

「ふ、獣畜生レベルの脳みそしか持っていない貴方には理解できないのですね、これの良さが」

「んだと!?」


 椅子を蹴っ飛ばして『DQN派』は『サブカル派』の首に掴みかかる。だが、それに対して『サブカル派』は明らかに見下した視線を投げやる。


「一度『春夏秋冬』様の特大魔法をノーガードで頭に受けてみると良い。そうすれば何かの間違いでそのサル以下の脳みそがマシになるかもしれません」


 いつものように馬の合わない二人、それを見てクレナイは呆れた表情を浮かべるものの、どうにかなる前にとある人物が静止するのを見た。


「五月蝿い(うるさい)。そんなにおしゃべりしたいのだったら壁とでも話しているんだな」


 緩慢な動作で言葉の主は左手を『DQN派』へと突き出す、それと同時に『DQN派』は全身が凍ったかのような錯覚を覚えた。さっきまでうるさかった彼は身体を動かすことが不可能となり、その好きに『サブカル派』は拘束から抜け出す

 興味が無い、といった風貌で『DQN派』を凍らせた後、再び本へと顔を向けたのは氷のような美女であった。その容姿に相応しい魔法を得意としており、しょっちゅう騒ぎを起こす『DQN派』を止める役目をそれとなく押し付けられている『クール派』総帥だった。


 一瞬で静寂が訪れた部屋。だが、クレナイだけは己の中にある『運命さだめ』が心酔する人物の到着を告げていた

 ギィ、と開く扉。凍ってしまった『DQN派』以外が背筋を伸ばしてその人物を迎える。


「よい、楽にしていろ。……どうしたキルトマース、貴様の周囲だけやけに寒いな」

「ヒトトセ様、彼が四天王の風紀を乱すような行為を行ったため粛清を行いました」

「ふむ」


 少し考える素振りをする黒髪眼帯といった風貌で現れたのは大魔導師ヒトトセ。彼は『DQN派』に近付くと、その右手で頭を鷲掴みにした。するとあっというまに冷気が霧散、彼は息を吹き返す。


「し、死ぬかと思った。……ヒトトセのアニキ、助かったスよ」

「礼は要らない。それにミストール、キルトマースは四天王の中でも最弱。もう少し手加減をしてやれ」

「了解しました、マイロード」


 頭髪も含めて真っ黒なヒトトセは一番奥、中央に位置する玉座に腰掛けて足を組む。それと同時に部屋に蒼の炎で明かりが灯された。室内だというのに風に靡いているように見えるそれは、この場の鈍重な雰囲気をもっと暗くしていた。


「今日、貴様らに集まってもらったのは他でもない。――勇者が帰還した」


 驚愕を全員が抱くものの、誰一人として顔に出さない。伝説が蘇った、など想像していなかった。せいぜい自分たちを狙う『組織』の残党が発見されただとかくらいにしか思っていなかっただけに、余計に驚く。


「哀れなことだ。神に使われるための一生など、だからこそ俺様は『天下救世主連合』全てを哀れな子羊のために動かしてやろうと、通達しに来たのだ」


 ヒトトセは詳細を記した紙を魔法で各々の手元に渡す。計画書を読んだ全員は一斉に立ち上がり『ヒトトセ様万歳、天下救世主連合万歳』と唱和すると、託された役目を果たすために部屋から一瞬で消えた。転移魔法を使って各派閥に指示を伝えに行ったのだろう。


 ゆったりと、玉座に一人残ったヒトトセは体重をかける。重々しいため息を一つ、そして


「あああああっ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!」


 頭を抱えて地面を転げまわるのだった。忘れろと連呼しながら今度は地面に頭を叩きつける。

 人類最高の魔導師かつ狂気のマッド・サイエンティスト『大魔導師・春夏秋冬ヒトトセ』と呼ばれるその人物。実はただの元厨二病であった。

 誰もいなくなった部屋でヒトトセはボロボロになってしまったコートを脱ぐ。元々暖房が入っていた部屋でコートをさっきまで着続けていられたのに自分で感心する。


 コートの下から出てきたのは出るところがでて、引っ込むところは引っ込んだ、世の男性を惑わせるような身体。ヒトトセは続けて眼帯を取り去り、両目に入れていたカラーコンタクトを外す。すると出てきたのは彼女の頭髪と同じ、黒色の瞳であった。

 長く伸ばして眼帯側にかかっていた前髪をピンで止めると、そこには落ち着いた雰囲気の美女がいた。


「14歳の頃の自分を殺してやりたい」


 その理由だけで本気で時空魔法を研究している彼女は、本名を四季しき晴香はるかと言った。ファミリーネームが四季で、名が晴香。『春夏秋冬』というのは苗字の四季からとった厨二ネームである。

 彼女は元々この世界の住民ではなかった。記憶が本当に合っているのならば14歳までは『地球』という魔法が存在しない、科学の世界で暮らしていたのだ。


 この世界へとやってきたのは丁度中学二年になってしばらくした頃。当時の彼女は脳内ではありとあらゆる発明をし、その莫大な知識と魔力を封印された状態で地球へと生まれ落ちた、狂気のマッドサイエンティストという設定があった。そういう年頃だったのだ。

 どこをどう間違ってか異世界に転移した彼女、妄想が現実になった世界で痛々しい言動を繰り返し、どこをどう間違ったのか本当に大魔導師にまでなってしまった。


 ソランが目覚め、そして消えた日に彼女はリシアから直接連絡があった。勇者様を連れ去った愚か者がいる、そいつを探しだして私の下へと連れて来なさい、とのことだ。古くからの友人の頼みだし、断ったらどうなるか目に見えていたために何も言えなかったが、正直言うと気が進まない。彼女との通信が途絶えた後に晴香は考えた。


「ソランさん目覚めたのか。……どうしよう」


 以前のように痛々しい厨二な言動を彼の前でするのはとても恥ずかしい、と。それに彼女はソランのことを好いているために出来るだけ本当の自分を見て欲しいと考えている。しかしながら『四季晴香』として会った場合、ソランにとってははじめましてだ。


 どこぞの聖女が不老不死になったのに触発されて勢いで仙人に弟子入りし、いつか彼と再会しようとするほどには晴香はソランを意識している。もしかするとリシアのような危ないヤンデレになっていたかもしれないが、人間自分より危ないのを見ると冷静になれるってこういうことだろうな、と彼女は納得している。それほどまでにリシアの行動はぶっ飛んでいた。


『天下救世主連合』を率いている人間とは思えない言動でその過去を否定したがる彼女。彼女だって望んでこの立場をやっているのではないのだ。同じ『厨二病』を嗅ぎつけたそういう人種が己を祭り上げた結果がこの組織。具体的な活動内容は無い。たまに集まって厨二妄想を垂れ流すだけの会である。

 今更、厨二病を卒業しましたって言えるような雰囲気ではなく、抜け出せないでいた。トップでもあるし。また魔法というものがあるせいか余計にそういう人種が多く、彼女が把握しているだけでも『天下救世主連合』は一つの都市が出来るほどに人員がいる。ため、自分がいなくなったらどうなるのか想像できないからというのもある。


 厨二病を卒業してから、この本来の姿は『大魔導師ヒトトセ』の一番の側近ということで顔を通してある。ヒトトセは滅多に世に出ること無く、ありとあらゆる研究成果の発表は晴香が代理として行っているということになっている。あの姿になるのはこの『四天王』との会合だけだ。


「国際指名手配、ユーリさんか。大方ソランさんが連れだしてるんだろう。リシアの言うような誘拐犯であるはずがない、普通の人間が彼をどうにか出来るわけ無いのだから。山育ちだし」


 どうしようか、と思案する。このまま行ってしまうとユーリはあの狂人に処刑されかねない。ソランが考えなしにやった行動のせいで犠牲者(主にリシアが原因な)が出るのを押さえる役目は決まって自分だった。ならば、やることは一つ。


「ユーリさんを助けてソランさんにアピール、これだ」


 思い立ったが吉日と言わんばかりに彼女は行動を開始する。既に手回ししてある厨二病連中は「くっ、腕が」とか「右目がうずくぜ」とか言いながらも仕事をやってくれているだろう。意外と真面目な連中なのだ。

 晴香が頼んだのはソランとユーリ、二人がお尋ね者だということを然るべき機関に伝わってしまうのを防ぐことである。リシアがいつかしびれを切らして直接干渉してくるのはわかりきったことではあるが、少しでも時間を伸ばしたい。


 ちなみに『大魔導師ヒトトセ』の中身がこの四季晴香だということは当然、リシアには知られている。もしリシアにこの姿でソランと接触したのがバレたら正体バレ待ったなしだ。黒歴史暴露されるのはもう恥ずかしすぎて雲隠れしてしまいかねない、せっかくソランに再会出来るというのに。


 まず第一にリシアとにバレないこと、これを念頭に置いて晴香はソランと接触することに決めたのだった。

第一章 完

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