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200年眠ってもまだヤンデレが生きてたので異世界に逃げたい件  作者: 伊勢谷 明音
第一章 騎士少女「理想の勇者像を返して」
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3 騎士少女「山育ちはすごいってレベルじゃなかった」

「それじゃまず、ユーリ」

「はい、何かありましたか王様」

「大ありだ、その口調だよ口調。今から逃げるにしても、君のそれは目立ちすぎる」


 ソランのいうことは最もである。旅の人間が王と慕う従者、しかもその立ち居振る舞いから洗練された騎士というそんな出で立ちのユーリを引き連れるのは注目されるのはまず間違いがない。

 だが、ユーリもそれは理解しているが譲れないところもある。


「確かにそうですが、私は騎士です。仕えるべき方を敬わないのは」

「王命」

「……やれやれ。わかったよソラン。じゃあとりあえず私、焼きそばパンな。お前の奢りで」

「態度豹変しすぎだろ!」

「えと、何か不都合な点でもございましたか?」

「イイ笑顔だな!!」


 こほん、と咳払い一つ。気を取り直してユーリは今度こそなるべく気安い友人と語らうような口調になる。


「おっけーだよ、ソラン君。で、他に何か注意した方がいいところあるかな?」

「名前、容姿は変えられないし仕方がないが、結構有名になってるなら偽名にした方がいいかと」

「その点なら心配要らないよ。『ソラン』って名前は比較的ポピュラーな名前。どれくらいかと言えば騎士学校の五人に一人はソランってほどだね」


 まじかよ、とソランは呟くがユーリは別に気にすることはないだろうと思う。何せ、彼が眠った後に産まれた王族の第一子は全員ソランという名前だったという逸話があるほどだ。どれだけこの大陸で勇者が敬愛されて、その偉業を讃えているのかがうかがい知れる話だ。


「じゃあ名前は問題ないということだ。見た目とかそういうのって広まってる?」

「見た目は無問題ですね。貴方様の顔は没個性的だし、絵画に残されているのは似ても似つかない超絶美形なのだから。出会ったことのない人物なら、頭髪や眼の色が同じだなあ、くらいの印象しかいだきませんよ」

「さり気なくバカにされた気がするな。あとユーリ、口調戻ってる」

「おっと。……むむ、難しいなあ」


 今はコルキュエ王城の屋上から場所を移し、川を挟んだ森を二人は歩いている。ユーリは騎士の正装からごく普通なものに変わっていた。日常生活で使い古された様子のその服は、彼女が質素倹約を心がけているのがよく分かるものだった。もっとも、彼女が生涯で稼ぎ、貯めてきた金は持てるだけ持って今は行動している。

 対してソランの服はどこの田舎からやってきたんだという程に前時代的装いだった。詳しく言うのであれば、彼の出身地の民族衣装である。狩りのために動きやすく、それでいて冬に負けないための防寒も備えたすぐれものだ。


 ユーリはこの服装に問題があるか考慮したが、逆にこっちのほうがいいだろうと判断した。彼は旅をして世界を救ったが、その一生の九割は村で過ごしてきたのだ。今更取り繕ったところでどこかしらボロが出てしまうのは避けられない

 だったら、別に田舎っぺでもいいじゃないか、と。ということでここに地味で影の薄い元勇者とは思えない村人Aが出来上がったのだった。ユーリが手を加えたのは帽子位のものだろうか。


「この帽子って特徴的だなあ」

「『網代笠』と言って修行している人が使ってることが多いものだね。山育ちには相応しいんじゃないかな?」

「君は山育ちを何だと思っているんだ」

「すごいと思ってる」

「無理やり書かされた読書感想文臭がプンプンしてたまらない」


 お前の時代に読書感想文ってあったの? あったよ、村長の爺さんが書けってうるさかったんだと、ジェネレーションギャップを感じるようで感じない、互いの情報交換を二人は続ける。

 ふとユーリは気になった。『勇者ソラン』の出身とされる狩猟民族『アラヤ』、それは深い森のなかで幼いころから過酷な修行をしたものが立派な狩人となり村の大人となる、と聞いていた。詳しいことは全く分からない、何故なら彼らに出会うことからまず困難であるからだ。


 彼らの住居は森。森と聞けば大陸では『エルフ』という種族かそのアラヤのどちらかを思い浮かべる。エルフというのは長命種であり、その美貌から広く奴隷として使われることが多い。有力貴族の中ではエルフを持つことがステータスとなっていることだってある。ユーリがちらっと見た感じによると、エルフは劣悪な扱いを受けているように見受けられた。同じ知的生命体なのだから、とは思うものの何も出来ないのが現状だ。


 アラヤはエルフと同じく森に住むとされる。しかしながら彼らの森は神の加護の下にあり、普通の人間が入った場合生きて出ることが叶わないとされる。鬱蒼と生い茂る木々は方向感覚を狂わせ、唯一方角を示してくれるコンパスは狂って使い物にならない。勇者であるソランが有名になる以前には、罪人がその森へと放り込まれるということも多々あったようである。

 唯一自由に踏破できるのは住民であるアラヤだけと言われており、そこに住む巨大で恐ろしい獣を糧とする彼らは大陸一の狩猟民族で、戦闘民族とも噂される。


「は、俺らそんな大したもんじゃないよ?」

「へえ、そうなんだ」

「うん。大体森のなかで暮らせるわけ無いじゃないか。そんなことしたら獣が逃げてしまう。だからちょっと離れたところに集落作って農作とかもしてるよ。冬は寒いけれど夏は過ごしやすいんじゃないかな」


 少し待て、とユーリは脳内でツッコミを入れる。獣が逃げるとはどういうことか。

 自分の知る獣は騎士団が行進していても襲ってくるし、時には集団で連携することだってある。魔法だって使ってくるから油断ならない。暮らしているだけで避けられるとはどれだけ恐れられているんだ、と。


「あとはそうだね、名物かどうかは知らないけど、狩りに出なくなった村の老人と子どもが参加する『実戦的かくれんぼ』ていうのがあるね。全員弓と矢を持って隠れるんだ。で、隠れながら他の子を探して矢で仕留める。最終的に生き残れたら優勝って感じで」


 根本的に常識が異なっている、と本日何度目かの頭痛がユーリを襲う。考えてみよう、実戦的どころの問題じゃあないだろう。弓と矢だ、騎士学校で訓練用に使っていた物でさえ人にあたったらとてつもなく危険なのだ。ある程度年を取った少年少女に使わさせても危険が残るのに、小さい子供がつかうだと?


「大丈夫大丈夫、頭と心臓以外なら当たっても絶対死なないし、腹部狙って頭や心臓に当てるだなんてノーコンキメるやつはまずいないでしょ。赤ん坊じゃあるまいし」


 山育ちはすごいってレベルじゃない。この先彼に一般常識を伝えることができるのか、既に不安でいっぱいなユーリであったが、今はそれよりも恐ろしいことがあった。


「ちょっとソラン君、早いよ」


 夜の森である。月明かりは木々に遮られて届かないし、足元の状況は悪いし、しょっちゅう引っかかってこけてしまう。ついに見かねたソランが手を引っ張るくらいだ。

 いや、普通はコケる。誰かに気付かれるとまずいと言った彼が、ユーリが用意した明かりを即座に消してしまったからだ。だがソランはどうだろう。ようやく夜の闇に目が慣れたとは言え、足元に見えにくい障害物があるのは変わりないのだ。


「えー、もしかしてユーリも目が悪い? リシアやヒトトセもだったけど……生活に不便ない? 大丈夫?」

「ソラン君が異常なの!」


 ぷんすか怒るユーリ。彼女の目からはとても近くにいるがソランの姿をはっきりと捉えるのは困難だった。だがしかし、ソランはユーリのその容姿をこの深い闇の中でもしっかりと見ることができていた。

 燃えるような赤毛、腰の付近まで綺麗に伸ばされたそれは今はサイドテールにして垂らされている。意思を強く感じる緑の優しい瞳は少し垂れた眉と相まって、可愛らしい少女に見えた。

 最も、目覚めた彼が最初に見かけた時は職務に忠実な騎士として、キリリとした表情をした彼女だったために、そのギャップが可愛らしさを引き立たせているのだが。


「お前は少し常識を知らなさ過ぎると思うよ」

「なんかその口調で『お前』って言われるの違和感あるんだが」

「騎士学校での癖、スルーしてくれるといいかな」

「ん、了解。じゃあそろそろ夜営の準備でもするか」


 鼻歌を歌いながらソランは枯れ草を集めて火を起こす。大陸での文明を支える魔導の炎だ。

 魔力は何処かしこにもある。某大魔導師の持論によれば『空気を構成する分子とは別に、魔力子とでも呼ぶものがおそらくある。これを結合させて空気や地面を操り、結果として炎、水、風、地の大きく分けて四属性魔法が完成する』とのことだ。それを最初に聞いた某勇者は『なるほど分からん』、とだけ答えて某聖女は『過程じゃなくて結果が重要なのです』と、某大魔導師を涙目にさせたそう。


「森で火を使うとは豪胆。山火事になったらどうするの」

「大丈夫、なんとかなる」


 その無駄な自信は何処から来るのだろうか、ああ、実績からだった深く考える私が馬鹿らしい。やれやれともう諦めの境地にいるユーリは、一緒に旅をしていた女王や大魔導師ヒトトセに尊敬の念を抱きかけた。

 が、しかし。彼女らもソランとは別の意味で常識に囚われていないことを思い出して尊敬しそうになった自分が馬鹿だったと、また考えなおすのであった。


 まず考えて欲しい。我らが女王リシアはその強烈な愛情によって不老不死を得た狂人なのだ。我ら一般市民の想像を絶する所にその思考があっても否定はできない。いっぺん崖の上から身投げして九死に一生を得ればすこしはその境地に到れるかもしれないが。

 そして大魔導師ヒトトセ。自らに課せられた不治の病『チューニ病』を不死になることである程度克服したが、その苦労を感じさせないほどに言動がぶっ飛んでいる。思考ではるか彼方に女王リシアがいるとすれば、ヒトトセの場合、言動が宇宙にでも到達していそうなものだ。


 ふと目を閉じて彼らの会話を想像してみる。


『えー、もしかして二人とも目が悪い? ……生活に不便ない? 大丈夫?』

『こんな暗闇でも迷わず進めるだなんて、流石は勇者様です。やはり貴方様は私の目であり全てなのですね! ああ!!』

『くっ、俺様を馬鹿にするな。この程度の闇はとうの昔に克服した! 忌々しい聖女の枷がなければ森ごと焼き払って進んだと言うのに!』


 深刻そうに心配する勇者ソラン、陶酔した表情を浮かべる聖女リシア、聖女に封印された力を取り戻そうと片目に手をやる大魔導師ヒトトセ。

 うん、ありそう。ユーリはそう結論づけた。


「じゃ、寝てていいよ。火は見とく」

「わかった……あとで交代したほうがいいかな?」

「さっきまで俺、寝てたじゃん」

「そうだった」


 午後からの怒涛な半日、今頃指名手配されてるんだろうなあと、少し憂鬱な気分になるが今更どうしようもない。どっと疲れたけれども寝たら大丈夫だろう。やれやれこれからが大変だなあ、そう思っていると何やらいい匂いがしてきてユーリの意識は沈んでいった。


「秘儀、リシア直伝『安眠魔法』。相手は寝る」


 ソランはそう呟いた後、空を見上げる。しかし、森は夜空を見させてくれない。少し残念に思いながらも、すやすやと気持ちよさそうに眠るユーリを見つめた。

 少し厄介なことに巻き込んでしまったかな、と後悔するものの、いざとなれば責任をとればいいやとポジティブに考える。彼の目的は嫁探しなのだ、目の前にいる彼女は彼の理想とする穏やかな老後を迎えるのにはまずまず相応しい女の子だった。

 問題があるとすれば、一緒に逃げてたらリシアが追いかけてきて処刑されかねないことかな?


「って大問題じゃないか」


 というか上から目線で『まずまず相応しい』とか思っていたが、彼女にだって選ぶ権利はある。穏やかな老後とはままらないものだと、どうするべきかと熟考を始めた。

 この大陸にいる以上、リシアが怖い。ならば伝説の黄金の国を探してみるのもいいかもしれぬ。

 しかし、そこに行くには海をわたる必要があるらしいし、そもそも海の向こうは世界の果てて水が滝のように流れ落ちているというのが通説なのだ、危険な賭けはしたくない。


 そう考えたソランは間違っている。この世界はヒトトセにより球型であるということが証明され、今は海の向こう側とも交易が盛んになっている。また、そちらではソランという勇者は一大陸を救った程度の知名度であり(とは言うもののかなりの知名度はあるが)、ここに住むよりかはそちらに移住したほうが良いのは火を見るより明らかだった。

 しかし、現代の常識をしらないソランはあーでもないこーでもないと思考を続ける。


 考えがまとまるよりも先に朝が来て、太陽が出るとほぼ同時刻にキッカリと体内時計に従ってユーリが起床する。瞼を開くと同時に頭を抱えて唸っている彼の姿が目に入った。

 瞬きを数度した後に、ああ昨日は夢じゃなかったんだとユーリが現実を直視してガックリと肩を落とすまで、あと十秒。

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