表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200年眠ってもまだヤンデレが生きてたので異世界に逃げたい件  作者: 伊勢谷 明音
第一章 騎士少女「理想の勇者像を返して」
3/12

2 騎士少女「胃が痛くなってきた」

 しばらくしてソランは立ち直る。メンタル面は強いのだ、なにせ小さい頃から影の薄さでしょっちゅう忘れられたり仲間はずれにされたことすらあるほどなのだし。


「えっと、何か問題でもありましたか?」

「むしろ問題しか無い」


 憂鬱そうなため息をする。なにせ彼女から逃げるために二百年も眠ったのだ。だというのに生きているとはどういうことだ、俺の覚悟は何だったのだ、というかあれはなんだ鉄の塊が大通りを走っている。

 ソランはその優れた視力を持ってそれの正体を見破ろうとする。その鉄の箱には人が乗っているらしい、よくよく見れば昔はあれだけいた馬が道路に一匹もいないとはどういうことだろうか。推測するならばあれは馬の代わりに人を運んでくれる生き物(?)なのだろうか。


「なあ、君。えっと、名前は……」

「ユーリです」

「ああユーリ。あの大通りをすごい速度で走っている鉄の箱は何だい? 人が中にいるけど」

「鉄の箱――ああ自動車ですね。百年ほど前くらいに実用化された『大魔導師ヒトトセ』様の発明ですよ」


 不意にヒトトセの名が出てきて驚く。結構、というかかなりの高等教育を受けてきたであろうリシアが舌を巻くほど真新しい理論や技術を編み出してきた彼ならやるだろうな、とは納得する。

 ユーリの説明によると、馬車の荷台部分が動力をもって馬よりも早くより多くの人間を快適に運ぶことが可能になるものらしい。ついでに、とソランが眠って以降発明された多くの物で知っておいたほうがいいものをあるていど列挙して伝える。

 あまりにも多くの情報がありすぎてソランは待ったをかけるのだったが。


「多すぎる、理解するのに一苦労だ」

「そうでしょうね、貴方様の時代以降急速に技術が進歩しましたから。しかもそのほとんどが大魔導師ヒトトセ様の発案だというのが驚かされます。今も大陸横断鉄道なる計画を練っていて、西のゼクトアルゼン王国に赴いていると――」

「ちょっと待った。ヒトトセも生きているのか?」

「はい」


 本日二度目の間抜け面をソランは晒すことになった。リシアが生きているというだけでもお腹いっぱいなのに、彼までだとすると吐いてしまいそうだ。というか人間の寿命って何年だよと同時に思ってしまう。

 その金色に光る片目からただの人間ではないだろうなと思っていたが、まさか二百年後も何かを作ろうとしているとは、彼らしいと言えば彼らしいが。


「ヒトトセ様は我が女王様とは違い、何やら山ごもりをして霞を主食とすることに成功しただとか。それを聞いた彼女が言った言葉は当時流行語にもなったと文献に残っております」

「へ、へえ」

「勇者様と言い、ヒトトセと言い『山育ちってすごい、そう思いました』」

「その口癖直ってないのかよ」


 何やら事あるごとに自分にに同じことを言ってきた記憶がある。別におかしいことはなにもないんじゃあないだろうか? 霧がかった森で四方魔族に囲まれるも、いつもの狩りと同じく矢をほいほいと射った時始めて言われたが。というか逆に視界が無い方がどこに獲物がいるのかわかるし、とても楽だったんだけどなあ。

 それよりも、とソランは疑問に思う。いつ頃ヒトトセがよくわからない物を食うようになって長命になったのか気になった。ユーリに聞いてみたが。


「女王様が吸血鬼に支配されそうになってこてんぱんに返り討ちにし、不死となった時から五年後。つまり貴方様が眠られて七年後の事ですね」


 とのこと。色々ソランは気になるところはあるが、まず最初。

 リシア、お前何やってるんだ。吸血鬼と言えばまず出会わないことが推奨される厄介な伝説上の生き物じゃないか、というか実在していたのか。

 彼の驚愕も最もである。吸血鬼による支配、とは噛まれて眷属にされるというものだ。噛まれた者は一人残らず吸血鬼となってしまい、また噛んだ者の命令に逆らえなくなってしまう。そして日光、流水などのものが致命的な弱点になるらしい、と文献には書かれている。


 何故らしい、なのか。それは彼ら吸血鬼が伝説の生き物だとして、まず存在していないと思われているからである。誰かの創作じゃないのか、というか流水弱点なら雨で死ぬんじゃあ無いだろうかと言われることすらあった。

 その力は山を動かし、走る早さは稲妻のようで、魔法を使わせれば人間が束になっても防ぎきれないなど。その全てをもし本当だと仮定した場合、リシアに勝ち目など一切ない。

 彼女の武器は癒やしの魔法。回復や補助を得意としているのだ。そんな恐ろしい相手に挑まれたらすぐ死んでしまいそうなものだが。


「大魔導師ヒトトセ様によってしばらく経過観察や考察がなされたのですが、あの方によれば生命とは太陽から産まれたもの。つまり万物あれの下で暮らす生物は微弱ながらも太陽の力を有している。聖女はその太陽の化身、癒しの根源である生命力は太陽である。よって夜の住民が彼女に勝てるわけない、とのことです」

「なるほど」

「で、続けて何か思いついたと言うと女王様の経過観察を放棄して山に篭もり、五年後に不老不死になったぞと帰ってきて女王様を呆れさせた、らしいです」

「なるほど分からん」


 リシアはその美貌を狙った吸血鬼の王に求婚されたがそれを鼻で笑ってお引き取り下さいと言ってのけた。激高したそいつに一瞬で詰め寄られて噛まれそうになるも『勇者様以外の男が触れるなど、汚らわしい』と反撃。回復魔法程度しか使えないし、脅せば付いてくるだろうと思っていた吸血鬼は、その見通しの甘さから命からがら逃げ出そうとする。

 しかしながら瞬時に補足、その不死のメカニズムを解明して自らのものにすることに成功。結果、その吸血鬼はミイラ化して白日の下へ晒されることとなった。


「え、ということは逆にリシアは吸血鬼の血を飲み干したとか、そういうこと?」

「さあ、その話題になると決まって笑顔で誤魔化されるために真相は闇の中です」

「つかあいつ攻撃手段なんてあったんだ」


 ふむ、とソランは情報を整理する。リシアが不死となったのはあれから二年後らしいからおそらく外見20歳の実年齢218歳だろうか。ヒトトセはもとの年しらないけれど、見た感じは10くらいだったし今の外見は17くらいなのだろうかとあたりを付ける。となるとあの可愛かったヒトトセは今や全国の婦女子の黄色い声援を一身に浴びる美少年になっているに違いない。弟分の成長に胸が熱くなったソラン。


 ユーリと情勢などについて語り合っていると、もうすぐ日が沈みそうになっていた。ソランの知るこの城下町では、城下と言えどもまだ明かりは高価であり、この時間には店じまいをするのが当然のようになっていたのだが、彼は目の前の光景に目を見開く。


「明かりが、灯っていく……」


 次々と露天や家々から光が溢れ出す。走っていた自動車の頭にもライトが付き、夕暮れだというのに人工の光がきらきらと輝き始めた。

 眠り、目覚めたというだけで200年経った。ソランの中では一晩眠ったような気分でしかないのだが、先日までの光景とは全く違った街の様子にキラキラと彼の目も輝き始めた。今まで見たことのない風景、夜景は彼がこの世界が平和であるということを実感するのには十分すぎる光景であった。


 無論、そんな様子のソランをユーリが訝しげに見ることはない。何故ならば彼は伝説上の人物であり、今では騎士でさえ乗ることの少なくなった馬が、主要な交通手段として流布していた頃の人間なのだ。そして一度は滅ぼされかけた世界を救い、この光景を作ったのは彼とも言える。

 そう考えてユーリは夜景を眺める。いつも当たり前のように見ていた光景が、なんだか幻想的に見える気がした。


「技術の発展により、市民に明かりが普及したのは貴方様がお眠りになって50年ほど後だったと聞きます」

「それもやっぱり」

「ええ、主導されたのは大魔導師ヒトトセ様です」


 あんな小さかった子どもが大きなことをしたんだな、とつい目頭が熱くなる。日がどんどん沈んでいき、辺りが真っ暗になっても炎ではない明かりで満たされた街は人々で溢れかえる。

 ユーリは考える。彼の残した予言によれば、彼が目覚めたということは世界に危機が迫っているということ。つまり、この平和が脅かされるということなのだ。だからこそ彼女は使命のために女王の元へと戻ろうとする。


「王様、これより私と共に教国へ参りましょう。貴方様の予言によれば再び異変が起こる、との事ですので女王様と話し合うべきだと――」

「え? 何言ってるの? そんな危機あるわけ無いじゃん」


 今度はユーリがぽかんとした表情を浮かべる番だった。


「俺さ、こう水晶になって眠った理由、それリシアから逃げるためだったんだよ。200年くらい眠ればなにか間違ってもあいつ生きていることないだろうし、て思ってね」

「は?」

「あいつが生きていると俺、嫁さんがもらえない」


 真剣な表情でそんなことを言う目の前のソラン、ユーリはこれまでの勇者や聖女について世間一般に流布している常識がガラガラと音を立てて崩れ去っていく音が聞こえるような錯覚を覚えた。

 彼が続ける発言の一つ一つに驚愕する。曰く、聖女は彼に女性が近づくことを極端に避けるとのこと。伝承においては勇者は一途に聖女を思い続けたために、旅の先々で求婚されるもそれを全て断ったのだとされていた。しかし実際はそうではなく、聖女が接触すら邪魔していたのだと。


「あいつ多分、物語の『勇者様』みたいに困難を越えて思い合った高貴な身分の女性としか付き合うこと許してないんじゃないかな? 俺の場合囚われのお姫様救ったことも一応あるけど、その娘にめちゃくちゃ嫌われてるし……や、もう死んでるだろうから嫌われてた、が正しいかな」


 駄目だ、この勇者、とユーリは冷静を装った表情の裏で呆れた感情を抱く。どう考えても女王リシアが貴方に向けて好意を主張しているじゃないか、と。それに気が付かないとか流石に酷いだろうと。

 また、同じく気になる発言があった。囚われの姫を救った、という言葉だ。彼の武勇伝で二位、三位を争うほど人気の高い部分がそれにマッチしているからだ

 無論、一番は聖女との別れの瞬間だということは周知の事実だが。


「その姫ってコルキュエ八世の娘であるラファ様でしょうか」

「ん、よく分かったね」

「だって彼女生きてますもん。今多分下で政務を執り行っているのでは無いでしょうか?」


 再びソランが呆けた。


「……なあ、不死って簡単になれるものだったっけ」

「そんなわけ無いじゃないですか」

「だったらなんでリシア、ヒトトセ、ラファ姫とどいつもこいつも死んでないんだよ!」


 頭を抱えて地面を転げまわるソランに、もう今日何度目か分からないため息が出るユーリ。本当にこの人が勇者なのだろうかと小一時間くらい問い詰めたいものだけど、ここまで3時間程度共にいた感じからするに本当に勇者みたいだ。信じがたいけれども。


「ラファ王女は不死鳥の――」

「もういい、話さないでくれ」


 ゆらりと右手で静止するジェスチャーをしながらソランは立ち上がる。どうしてこうなったんだとその灰色の髪をボリボリかいて、そしてユーリに告げる。


「よし、じゃあ一緒に逃げよう」

「は?」

「や、だってヒトトセ以外、俺が生きてると知ったら厄介そうだし、これからどうするか考えるためにもまずラファ姫から逃げなきゃ駄目だろう? でも、俺はこの200年後のこの世界について全然知らない」


 つまり、私に常識を教えろと? とユーリが問うと、そうだと返す。

 頭痛を覚えて眉間に指を添えるユーリ。もし彼についていき、その逃亡に加担した時に起こりうる面倒事を推察したのだ。


 まず逃げたとしよう。眠る彼の監視として自らが任されている時間はあと一時間。それを過ぎてしまうと交代の騎士がやってきてしまう。そこで二人がいないことに気付いたその騎士は非常事態として報告をするだろう。

 そして次。ソランは仕える国の王であるためにその王命に逆らった場合厄介なことになる。無論、王であることを認めていない彼だが、ここぞというところではその強権をかざしてくるだろう。3時間の付き合いだがおそらくこれは合っている。


「あ、これ王命な」


 ほらきた。

 で、最後。この場合彼は王女に報告することを禁止するに違いない。彼を病的に愛して不死になった狂人のことだ。報告なしで共に逃げた自分は死罪になり国際指名手配されそうである。国王であるソランを貶めた場合死罪、って法律にあるし。絶対使うぞあの狂人。

 彼への思いから不老不死になったという話は一見美談だが、200年もその思いを貫くとは流石にどこかおかしいことは誰も心の奥底で知ってる。しかし、口にしないだけだ。


 これから自分の人生どうなっちゃうんだろうと、ついにユーリは頭を抱えてしまう。幸か不幸か、守るべき家族はいない。子供の頃親兄弟死んでしまってとても苦しんだが、今となってはいなくてよかったと、本当に思う。犯罪者の家族など肩身が狭いに違いないからだ。


「じゃ、とりあえずヒトトセに会いに行くか~! えっとゼクトアルゼン王国にいるんだっけあいつ。じゃまずそっち目指そう」

「もう好きにしてください」


 この日から彼女の必需品に胃薬が追加されたのは、語るまでもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ