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200年眠ってもまだヤンデレが生きてたので異世界に逃げたい件  作者: 伊勢谷 明音
第二章 大魔導師「厨二病は卒業した!」
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5 姫「勘違いしないでよね!」

 とてつもなく近くに一番会いたくない男がいる可能性、これを踏まえてどうするのかを考える。今のところこのメンバーで運転ができるのはセノだけだった。そんな彼は一日中運転している、このままこの村から離れようにも不慮の事故が起きてしまう可能性がある。夜の内に離れるという案は却下だった。


「早めに寝て、早朝の出発が良いのかもしれませんが」


 宿の一部屋、四人集まって額を突き合わせながらセノが言う。今回は男女別で部屋を取ることにした。幸い、ソランは金を売りさばいた金を持っているし、晴香は元々お金を大量に持っている。旅費の心配はほとんどいらないが、ユーリは何となく申し訳ない気分になっていた。思いっきり巻き込まれているからここにいるということを忘れて。


「いや、それはやめたほうがいいと思う。騎士団の行動は早朝が基本だったから、あの子たちとかち合う可能性が高いよ」

「じゃああえて昼頃まで宿から出ずに待機って感じがいいのかな? ユーリさん」


 ユーリの意見を晴香が確認する。私はそれが一番だと思う、と言ってからユーリは残りの男二人の表情を伺った。元々セノは他の三人の決定に従うつもりでいるために口は挟まずただ黙って頷いた。ソランは安全策でいこう、と彼女らの意見に同意し、結果出発は翌日昼頃ということになった。

 しかし、宿から出ずに待機するのが得策なのはただユーリだけだ。自分は無個性な顔のために、いくら王と崇める国の国民たる騎士団からでも勇者だと認識することは不可能だろう、と自信満々にソランは言い放ち早朝ふらっと外に出て行った。

 セノは特に追われている身でも無いために、家族へのお土産でも物色してきます、と出て行く。実は妻子持ちだった。そんな彼の後、出遅れたと言いながら晴香が外に出ていく。


 たった一人、宿に取り残されたユーリはむすっとした表情を浮かべ、枕に拳を叩きつけながら、みんなばっかりズルいと呟くのであった。そしてその数秒後、森で珍しい植物見つけた、と目を輝かせながら雑草にしか見えない物を持ってきたソランに枕を投げつけた。無論、避けられたのだったが。


「で、その雑草はどういう効用があるのかな?」


 太陽が頂点に達してから車に乗った一行。先日調合した睡眠薬で晴香はぐっすり夢の中へ。時折「ふっ、黒影邪波動、相手は死ぬ」とか寝言を言っているのを無視しつつ、手から光を出したりして薬草を鑑定しているソランへユーリが聞いた。

 うーん、と頭を悩ませながらその草の使い道を考えた挙句、これただ俺が知ってない新種だと言って車から外へポイっと投げ捨てたソラン。草の成長を阻害しない程度にしか採集していないのはさすが自然に生きる人間と言ったところか。

 興味深そうにずっと見てたくせにすぐ捨てるのかと思いつつ、ユーリはそう言えば武器何ももってないなと、今更なことを考え始めるのだった。


 日が沈み、周囲が暗くなってすっかり夜の世界。そのころになってようやく、四人はコルキュエ王国の王都に辿り着いた。検問所は彼らと同じように長距離を移動してきたような自動車がちらほら見えており、なるほどと文明の進歩をまた感じるソラン。自動車というのはなるほど中々便利だ。馬に比べて力が強く、より多くのものが運べる。

 さて、ここからが本番だよと目覚めた晴香が言う。彼女の指示通り、セノとユーリは深くフードを被っている。しかし、ソランは特に指示を受けていない。


「ようこそ、コルキュエ王国王都へ。皆さんは何用でこの地に来られたのかな?」

「腕の良い医者に掛かるためです」


 訪ねてきた警備隊員は顔を見せようとせずに答えるセノに不信感を覚える。つい先日、国際的に指名手配された人物がいるのだ。言うまでもなくそれはユーリであるのだが。しかし、そのようなことがあったために警備員一同、今までよりも厳重に検問をすることを心がけている。もしその指名手配犯を国内へ素通りさせてしまったのであれば、クビどころじゃすまない騒ぎになりかねないからだ。

 彼はどうにかしてセノのフードを取らせようとする、と同時に後ろの座席にも同じようにフードをかぶった小柄な少女がいるのを見つけた。いよいよ怪しいぞ、と強引に取ろうとした。


「お待ちください、その、フードを取るのが嫌なのはこの姿を衆目に晒したくないからなのです」

「この男性は後ろの女の子と兄妹でして、誤って事故にあってしまい顔を大やけどしてしまったのです。どうか、ご配慮をお願い出来ませんか?」


 セノに続いて晴香がいつになく丁寧な口調で語る。すると、警備員の男は夜の闇でも感じ取れる彼女の整った風貌に一瞬くらっとしてしまう。動揺した隙にセノが続ける。妹は女子故に、自身の容姿に関して私以上に敏感なので、どうか見ないでやってくれませんか? と。


「う、うむ。それならば仕方がないですね。ですが、今は特別に警戒しているので……貴方だけでも素顔を見せてください」

「お見苦しいでしょうが……」


 フードを取ったセノの顔は、焼けただれた様子で見るに耐えないものだった。夢見心地だった警備員の男ははっとし、同じように妹も焼けただれているのであれば、その顔を見るのはとても申し訳のないことだと思ってしまう。そして、セノにすみません、通っていいですよ、治るといいですねと言う。終始ソランは空気だった。


「ざっと錬金術、それに薬草の調合をして作った薬はどうかなシノビ部隊くん」

「セノです。……正直自分の顔だとは思えないですね。本当に数日すれば治るのですか?」

「大丈夫だ、妻子に心配されるおそれはないよ。君が家に変えるまでには確実に元に戻るさ」

「それは良かった」


 セノの焼けただれたような顔、それは晴香の作り出した薬のせいだった。検問でユーリの顔を見られないようにするための一時的な処置であったが、上手く行ったと晴香は胸を撫で下ろす。検問では魔法のたぐいは完治されてしまう、いかに大魔導師と言えども魔法が発動しているというのはどうしても探知されてしまうのだ。

 認識阻害の魔法、その術式を込めた護符などで通るのはそのために不可能。よって、この手を打ったのである。もしその術式を込めているフードを着ている理由も問われたら顔に認識が行かないようにするためと言い訳するつもりだったが、そこまで突っ込まれずにすんで良かったな、と心のなかで晴香は呟く。

 そのまま彼らは宿を取り、車をしばらくは使わないためにセノと別れた。彼は焼けただれた顔に笑みを浮かべながら手を振り、音も立てずに夜の闇へと消え去っていく。


「ハルカさんもだけど、最近は音を消して歩くのって流行ってるの?」

「さあ」


 ぐーっと伸びをしながらソランは答える。数日前発ったばかりだったが、その時は遠くからしか街を見ていなかった。こうやってじっくりとあたりを見回すと、自分の知っている風景は一部面影があるが、大体が変わってしまったようでとても新鮮だった。


 今後の予定をまた三人で話しあう。コルキュエ王国、王城地下図書館。まずはそこが三人の目指す場所である。晴香は国の重要人物に顔が広いために顔パスでおそらく入れるだろうけれども、コソコソと居場所を移動しているのをリシアにバレたらまずい、ということで忍び込むことにした。

 図書館には特に重要な書籍は置いていない。そういうものは王族やそれに連なるものが管理しているためだ。で、あるからしてそこまで大きくチェックはされない。


「えー、一応私、騎士なんだけれど。泥棒の真似事って気がひけるなあ」

「何を今更なことを言っているんだ国際指名手配犯。罪状がでっち上げられていたな。稀代の殺人者って感じだ。あの女王、相当怒っているぞ」


 世間的にユーリは大量殺人者になっていた。とてつもないでっち上げである。が、しかし、教国内では勇者を盗み出して女王の逆鱗に触れたのではないかとほぼ核心に近い噂が流れているのだが。晴香の指摘にはあ、と溜息を付く。どうしてこんな事になっちゃったんだという思いの込められたそれは、それを引き起こした原因のソランに届くことはなかった。


「おっちゃんそれ一個くれ!」

「はいよー!」


 自分をこんなどん底に追い込んでもなお、気に留めずにバクバク食べ物を食べ続けるソランに怒りを超越し何か悟り的な感情を抱く。このまま大量に食べ続ける彼を見つつ満腹になるという生活を続けるとそのうち体重が減るんじゃないだろうかと危機感を覚える。全身の鍛え上げたしなやかな筋肉が無くなってしまうのは灰色の青春時代を完全に無意味なものにしてしまうためになんとしてでも避けたい、とユーリは決意を新たにする。彼女だって年頃の女の子。剣を振るよりもお洒落して男の子とデートしたかった。

 いつかきっつい一撃をソランに与えたい、そんな叶わない望みを抱きながら彼女は大通りを歩く。


 どんよりとした様子のユーリをよそに、あちこちを駆けまわり夜の屋台を堪能しているソランを温かな瞳で眺め続ける晴香。しかし、ふと感じた気配に雰囲気を一変させる。この気配は自分やリシアと同じ、長い時間を共に過ごした人間。不死鳥と契約を交わして輪廻の輪から解き放たれた特別な存在。

 ギラギラと輝く太陽のような魔力、それを晴香に続いて察知したのか、ソランがそっとユーリに寄り添う。何が起きているのか分かっていないユーリは、自分を守るように横を歩く二人に何も聞くことができないまま、人気のない路地裏に入っていくのだった。


 しばらく進むと、空から人が降ってきた。そのシルエットは大人の女性であることを理解させ、そしてふわりと降り立ったその女性は、内に秘めた太陽の光を隠すこと無く、闇夜に輝いて見えた。白金色のロングヘアーは、その光にキラキラと反射する。

 現れた女性に、どこか既視感があるものの、誰なのかがさっぱり分からずソランは困惑する。

 そんな彼をよそに、晴香が先に目の前の女性に問いを投げた


「まさか、こんなに早く来るとは……どうしたのかな? ラファ。私達の邪魔をするのならばいくら旧知の仲であっても容赦はしない」


 ラファ、と目の前の女性が呼ばれたことにソランは驚愕する。もしかして俺の知ってるラファなのか、と小声でユーリに聞く。縦にユーリが首を振ったのを見て、本当にそうなのか、と困惑してしまう。自分の知っているラファとは大違いに成長していたからだ。


 ラファ、それはかつて魔族に別荘で彼女が囲まれたときに助けだしたコルキュエ王国第二王女。最後に見た時の姿は絵画の天使のように幼く、可愛らしい少女だった。だからこそ、目の前の同年代の女性がラファだと言われてもピンと来ないのだ。

 しかしながら、彼女の口から出てくる自身への罵倒の言葉から、やっぱラファだと認識し、以前と同じく軽口を叩く。


「そこ! 聞こえてますわよ、勇者ソラン。まったく、貴方は相も変わらず間抜け面を晒して……ああ、貴方にとってはこの年月は昨日今日のようなものでした。ま、もし200年意識があったとしても人間的成長をしているとは思えませんがね」

「そういうお前は毒舌は変わってないが身体だけは成長したようだな。違和感しか無い」

「……もしかしてそういう趣味でしたか。幼い私に獣じみた欲望を抱いていたと?」

「や、今のお前と昔のお前。同じ言動されたら昔なら可愛いで済まされたのにな、ってだけだよ」


 さらば可愛かったラファ、とおどけてソランが言う。このやりとりをみていたユーリはとてつもなく微妙な表情になっていた。どうしたのか、とソランが聞くと王族相手によくそういう言葉遣いできるね、と返された。

 どうもこうも、前からラファとはそういう間柄なんだとしか言いようのない彼は、ふと何も言い返してこないラファに疑問を覚えて意識をそっちに戻す。すると、顔を真赤にして口をパクパク開いたり閉じたりしている彼女の姿が見えた。

 怒らせすぎて酸欠状態にでもなったのか、と思っていたソランだったが、次の瞬間いきなり炎にラファが包まれたのを見て慌てる。


「ちょ、ハルカなにやってんだ! いきなり燃やしたりして」

「私じゃない、勘違いしないでくれ」


 突然彼女が攻撃したのだろうと思ったソランだったが、否定されてきょとんとする。しかし、このままだとさすがに危ないと思い、水を魔法で作り出す。


「ユーリ、ハルカも手伝ってくれ。これは洒落にならないだろ!」

「いや。心配しなくていいよ二人共。――ほら、ユーリさんも手をおろして」


 今まさに鎮火しようとしていた二人の魔法を打ち消して、晴香は事態を見守るように言う。と、どうじに燃え上がっていた炎がおさまって、そこには小柄な少女が現れた。

 その姿にソランは目を見開く。何故なら、その少女はソランが知っている少女の姿のラファだったのだから。


「な、どういう……」

「勘違いしないでよね! なんとなく今この姿に戻りたい気分だっただけなんだから! 貴方が可愛いって言ったからじゃないんだからね!」

「お、おう」


 仁王立ちして指差してそう叫んだラファの気迫に押されてソランはそう返すことしか出来なかった。

 ふと、晴香が気付いて声を上げる。先ほどまで彼女が着ていた服、それは燃えること無く地面におちてしまっていたのだ。つまり、今のラファは全裸。全裸で仁王立ちしているのである。

 ラファも気付いたのか、首まで真っ赤にして、次の瞬間には目にも留まらぬ速度でソランに詰めより、左手でその腹部を殴りかかった。

 しかし、それを余裕の表情でかわしたソラン、ラファの左拳はユーリへと吸い込まれていった。直前で気付いたラファが威力を減衰させたものの、ものの見事にユーリはノックアウトしてしまった。


「ラファ様なら……その拳で世界を取れます……」


 一時期流行った小説のフレーズが口から出る。ユーリが意識を失う前に彼女が聞いたのは、晴香の


――ラファは死ぬと不死鳥と契約した時点にまで、炎に焼かれて肉体年齢が巻き戻る呪いみたいなのが掛けられているんだ


 とソランに説明する声だった。

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