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200年眠ってもまだヤンデレが生きてたので異世界に逃げたい件  作者: 伊勢谷 明音
第二章 大魔導師「厨二病は卒業した!」
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3 騎士少女「異世界に逃げればいいじゃん?」

 時は少し遡り、ホテルの隠し部屋。部屋を出て行ったソラン、そんな彼を思い浮かべながら晴香はどうするかを考えていた。一人の男のために不死となった時点でリシアを笑えないほど狂っているかもしれない。でも、それを認めよう、過去も全部含めて『四季晴香』という人間なのだから。思い出したくもない過去もあるけれど、それのおかげで出会った人たちだっているのだから完全否定などするつもりはない。


 美人、と言われたことを思い出して顔を赤くする。今までソランに投げかけられた言葉はそんなものではなく、悪ガキみたいな言葉だった。男装の麗人がかっこいい、と思いずっと男のように振舞っていたからだが、それでも初めて容姿で褒められて嬉しいと思ってしまう。

 しかし、あらためて思い出す。当時は男装の麗人と言うには程遠い子どもだったし、リシアは一瞬で女の子と見抜かれていた。よくもまあそんな状況で男装続けていたなあ、と。


 晴香は右手を目の前に持ってくる。日常の雑務を指のパターンでショートカットするように魔術式を組み込んでいるのだが、これからのことを考えるとこれらは全て無意味となる。指の動きで転移魔法などを駆使し、一瞬で何かをつくり上げるというそれは、見た者から彼女の特殊技能だと思われているのだがそれは違う、やり方さえ分かっていればある程度の魔導師ならば誰だって使用可能なのだ。無論、ここで言うある程度の魔導師というのは転移魔法を確実に成功させられるレベル、である。


 例えば先程の紅茶。そこまで料理の技術に長けていない彼女からすれば、ある程度の味でいいと考えている。で、あるからして作りおきして冷蔵庫の中へ数リットル放り込んである。晴香が右手親指だけ折り込み、手でろうそくの炎を消すように魔力を込めて振るった瞬間、指定された魔法が一瞬で発動する。

 冷蔵庫内部の紅茶を規定量転移、指定された、テーブルの上にまた転移した受け皿の上に置かれたティーカップ真上に現れる。それが一瞬で温まりながらカップのふちを通過し、底に触れると同時に魔法障壁が発生する。それが紅茶が落下の衝撃でカップから溢れてしまうのを防ぐ。それを手元に転移させて終了。


 彼女がこういった手法を作り出せたのは、かつて暮らしていた『地球』に存在する計算機、即ち『パーソナルコンピューター』を参考にしたからだ。とある表計算ソフトのマクロ、それと同じように複数の処理事項を単純な動作で行えないだろうか、と考えたのがきっかけだった。結果は大成功、指パターンに記録させた魔法によって、掃除洗濯にかかる時間は大幅に短縮させることに成功した。


 しかし、旅に出る以上ここまで使ってきていた指パターンは機能しなくなってしまう。もしこの国から出た場合、彼女の魔法は発動対象にまで届かずに不発となるからだ、だから旅に出る場合無意味なのだ。従って、何か有用なものに組み替える必要がある。

 そう、晴香は旅に出ようと思っていた。ソランとユーリに付いて行くのだ。


「ソランさん、女の子をからかった罰を受けてもらうよ」


 好意を伝えず態度だけで示すリシア、好意を恥ずかしがって素直になれないラファ姫。二人とは真逆に晴香は攻める。言葉にしてストレートに、だ。だが、それをするためには彼の近くにいる必要がある。幸い、大陸を横断する鉄道の計画は大詰めを迎えた。あとは錬金術士をかき集めて建設するだけだ。土地の買収も完了している。だから、もうここに『大魔導師ヒトトセ』がいる必要がない。


「そうと決まったら旅支度。久しぶりだ、心が踊る」


 唇の端を吊り上げて、これからの日々に心を踊らせながら彼女はホテルを後にして準備を始める。

 必要最低限の衣服、護身用の魔法式を組み込んだそれらは、見る人が見ればその価値にひっくり返り、大金を提示して手に入れようとするだろうそれを、無造作に圧縮してバッグに詰め込む。これからの旅に心を踊らせて、一時の宿にその痕跡を残さぬよう念入りにチェックした後に、彼女はまたホテルの隠し部屋に戻った。


 まるで遠足前の子どものように興奮し、眠れない自分に呆れながらもソランとユーリがやってくるのを心待ちにする。

 どれほど時間が経っただろうか、窓が無く、時計も掛けられていないこの部屋では今何時かなど知る術はない。唯一の大きな扉が開け放たれて、彼女の待ち人と、その付き人が現れた。


「待っていたよ、ソランさん。そしてユーリさん」

「おまたせ。ユーリ、この人がシキ・ハルカだ。シキがファミリーネームだから注意な」

「ユーリです、ハルカさんよろしく……って、どこにいるのソラン君。真っ暗で全然見えないんだけど」


 見えない暗闇で見当違いの方向へお辞儀したユーリ、その様子を魔力で感知した晴香は思わず頬を緩ませてしまう。なにせ、この部屋には窓もなければ明かりもないのだ。無論、つけようと思えば付けられるのだが、いかにもといった青白い炎が風もないのに揺れるといった具合なもので、すすんで晴香は付ける気がないのだ。『ぼくのかんがえたまおうのへや』って感じがしてしまうためである。


「ユーリ、大丈夫か? 見えないとか日常生活大丈夫か?」

「……そのリアクションはもういいよ」


 やれやれ、と頭を振るユーリ。ああ、やっぱりソランの異常なまでの視力に驚いているんだなと思ったのだが、やけに慣れた様子でスルーしたのを見て、苦労しているねと声をかける。


「全くですよ。ええと」

「晴香だよ、あと敬語は要らないかな」

「ハルカさん。……質問いいかな?」

「何かあるの?」

「――今、どこにるのかな?」


 クスッと笑い声がする。真っ暗闇の中、三人の中で唯一周囲の様子を確認できないユーリは、晴香のその笑い声がやけに大きく聞こえた。視力があてにならないために、それ以外の感覚がやけに敏感になっているのだ。ふわっとしたいい香りがユーリの鼻をくすぐる。背筋にひやりとした感覚、第六感が何かを察知し、全身に鳥肌を立たせる。

 そんな彼女の様子を見たソランは笑いを堪えるのに必死だった。何故ならば


「どうしてそんな事を聞くの? だって私、ユーリさんの後ろに立っているのに」


 クスクスと笑いながら晴香はユーリの首元に顔を近づける。声にならない叫び声を上げてユーリはそのまま飛び上がる。晴香はさっと身を引いて彼女と接触しないところまで距離をとった。ユーリは目が見えないけれども彼女と同じように距離を取ろうとした結果、何もないところで躓いて転んでしまう。一部始終を見ていたソランが耐え切れずに吹き出し、天井に光球を魔法で作り出してからも笑い続けた


 涙目で尻もちをついたユーリに晴香が手を差し出す。晴香の姿を視認したユーリはしばらく硬直するも、ややあってから手をとって立ち上がる。ユーリは光りに照らされてようやく見えた晴香に、同性ながらも見惚れてしまっていたのだった。


「や、ハルカがイタズラしかけるとは思ってなかった。意外とお茶目なのな」

「ごめんね、ユーリさん。少しからかいたくなっただけなんだ、気を悪くしたのならすまない」

「い、いや。大丈夫だよ……本当にびっくりした」


 どうやって近づいたのか、とユーリは問う。それに対して晴香は足音を消して近づいただけだよと答えた。簡単なようでいてやろうとしたらかなりの練度が必要であろうそれ。視界が見えず聴力がいつもより敏感になっていたはずのユーリが気付かない程に完成されたその無駄スキルは、とても意味なく使用されたのである。


「小さい頃は音を消して歩くのがクセになっていてね」

「とっても無駄なクセだね。私、ハルカさんの過去が気になるよ」

「それは秘密」


 真顔だった。


 それはさておき、三人は椅子に座って今後どうするかを議論しようとする。しかし、その前にユーリが突拍子もない事を言い出した。


「あのさ、私思ったんだよ。この大陸を逃げてもあの女王なら何だかんだですぐ見つけ出すだろう、って。海を渡った場合は彼女自身が動き出して余計にややこしそうだな、ってさ。で、思いついたんだ」


 何を、という表情をした二人にユーリは得意気に本を取り出す。それは先日の昼間、喫茶店で彼女が読んでいた魔導書だった。これに何が、と怪訝な表情を晴香が浮かべる。なにせ、これは彼女――『大魔導師ヒトトセ』が書いた本だったからだ。

 ユーリはパラパラと本をめくって、あとがきのところを指さす。ここ、と示した部分はヒトトセのよくわからない深そうで全く意味のない文章だった。


『世界の確率は限りなく揺らいでいる。例えば俺様が指を多少動かしただけで数千年後、動かしていない時との差が大きく出来上がっているかも知れぬ。世界は選択の数だけ可能性を秘め、視認できない四次元平行世界の存在が――』


 おおう、と過去の自分に身悶えしそうになる晴香。しかし顔は必死に冷静を装っている、汗がじんわりと浮かんでいるものの、ユーリが語る言葉に集中する。


「つまり、異世界にいけばいいんだよ」

「おう?」


 頭上にはてなマークを浮かべているのが想像付くような感じで、ソランは視線を右上にやってしまう。そもそも異世界という概念が彼にないのだ。世界はここだけで、自然と人間、そして神があるという認識程度しかしていないのである。

 とりあえずユーリは異世界とはなにか、をかいつまんで説明する。歴史が全く違うものになってしまった別の現実のことだ、と。それでも理解できない様子のソランにもっと分かりやすく語る。


「女王リシアが存在しないような世界、ってことだよ」

「おお! 確かにそこに行ってしまえば問題ないな! で、どうやって行くんだ?」

「さあ」

「へぇ、なるほど。……って、知らんのかい!」


 ペシッとソランがユーリの頭を叩いた。けれどもユーリは、ほら大魔導師の弟子なら、弟子ならなんとかしてくれるでしょと言う。それもそうだと思い、彼は晴香に話を振ってみる。


「異世界か、なるほどその手があったか」

「行き方は分かるの?」

「いいや」


 晴香に即答されてソランは顔を暗くしてしまう。ようやく逃亡の算段が見えたというのに行き方が分からないと言われたのだ。仕方もないことだろうが、しかし。晴香は確証はないが、と前置きをして付け加える。


「私は異世界からやってきただろう人物を知っている」

「それは本当なの、ハルカさん?」

「確証はないと言っただろう、ユーリさん」

「で、そいつは誰なんだ?」


 晴香は少し言葉にするのを躊躇したのか、言い出すまでに時間をかけて、そしてその人物の名前を告げた。


「師匠、つまり春夏秋冬ひととせだ」

「なんだって」


 驚いてまた声を上げるソラン、それに晴香はどうしてそう思ったのかをもっともらしい理由をつけながら晴香は語る。

 まず、彼の発明品はどこかしらおかしい、と。多くの便利な物を生み出してきたのにもかかわらず、彼が提示するのは完成品で、試行錯誤のあとが見られない、と。歴代の発明家たちに喧嘩を売っているようにしか思えないスピードで想像もつかない物を産み出す彼は、もしかすると異世界の知識を利用しているのだろう、と。


 更に続ける。彼の考えだす発明品の中では現代の技術では決して作ることが出来ないようなものまで存在しているのだが、それがどのように使えて、またどういうことに便利なのかをまるで見たことがあるかのように語るのだ、と。そしてそれらを記した紙に書かれているのはこの大陸上で、遺跡を含めても何一つ掠る要素のない独自の文字。ここまで揃っていて異世界人じゃないというのは考えられない、と締めくくる。


 熱い自己紹介であった。


「な、なるほどそう言われてみれば」

「納得できてしまう……大魔導師だからってことで片付けられる問題じゃないね、これ」


 ソランとユーリがうんうんと頷く。一行はヒトトセが異世界人だということにして、彼からどうすれば世界間を移動できるのかを聞き出せるか考え始める。議論をしながらも晴香はその間中、微妙な心境だったのであるが。

 そして唐突に、思い出したかのように彼女は口を開く。


「そう言えば師匠は昔の研究成果をコルキュエ王国の王城地下図書館に隠したって言っていたのを思い出した。師匠は捕まらないかもしれないが、行ってみるのも手かもしれない」


 晴香の言葉で次の行き先が決まる。向かうのは東、数日前ソランとユーリが発ったばかりのコルキュエ王国。もし何もなかったとしても、同じ時間をかけて見つかる可能性のないヒトトセを探すよりかは遥かに現実的だ。だからこそ、雲をつかむかのような現実性のないことであっても、少しの手がかりになれば、と向かうのだ。

 旅をする、と言っても今現在この大陸上には便利な乗り物があり、昔のような危険はない。それに、ここには一大勢力『天下救世主連合』がある。ソランを救え、というヒトトセの意を聞いた彼らの協力を得ることで、リシアにソランとユーリの所在を隠したままコルキュエ王国へ向かうことが出来る。


 どうするのかを決めた三人は、まず握手を交わす。これから何としてでも異世界に逃げよう、その決意を込めて。

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