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0 勇者「聖女怖いので眠ってみた」

なんか書いてて楽しい気分になったの久しぶり(・∀・)

「今日は……宴じゃあああああっ!!」


 おおおおおお! と広間が野郎どもの歓声で震える。うるせえ黙れ、耳がいてえんだ。

 勇者の凱旋、攻めてきた魔族を尽く打ち破り、人類に再び平和がやってきた。なるほど、俺も外野ならばパーッと騒いでこれからの世の中に思いを馳せるだろう。

 だかしかし、俺はこの中の最重要人物。そう、目の前に座っている大陸や周辺諸国の王様五人よりもっと重要、即ち帰ってきた勇者様なのである。

 外見は平凡、娯楽のないド田舎で育ったために森で気配を隠して獣を狩る日々。遊びは実用も兼ねた実戦型隠れんぼ。完璧な狩猟民族の平凡な一生を過ごすと思っていたら大間違いだった。


 なんと、俺は女神様が直々に与えてくださった隠密の才能があったらしい。それはそうだ、隠れんぼでは見つかっていないのに全員見つかったことにされたり、狩りからの帰りに置いて行かれたりと、隠密の才能というか圧倒的なまでの影の薄さを持っていたのだから。

 魔族の侵攻が激化し、一つの国が領土を失った頃。と言っても十数年は耐えたのだ、全大陸の総力を持って。いよいよそこを足がかりにされそうだという絶体絶命のピンチ。そこでようやく俺は育ちきったのだ。

 魔族の脅威をいち早く察知し、最初に生まれ落ちるであろう子どもに才能を与えたとは女神様の言。いや、どっかの騎士団長とか傭兵にスキル与えろよと思ったものの、成熟した魂にはそういうの受け付けてもらえないらしい。


 と、まあ俺は実戦に耐え得るまで体ができたのを識った女神は枕に立って告げたんだと。村に魔族を打倒しうる人材がいると。しかも各国の王族全ての枕に立ったのだ。誰も妄言だとは言うまい。

 かくして俺は最前線とされる国の王宮へと連れて来られたのだ。と言えば簡単だったように思えるが実はそうではない。

 そう、俺の才能は最高峰の隠密スキル。気付かれること無く侵略された土地を単騎進み、首領の首を貰うというそれだけのために特化された力。常日頃そんな才能があると知らずに生きていた俺は、さっきも言ったように影が薄い。


 つまり、こういうことだ。俺の村に迎えが来て一ヶ月、全部の騎士に女神が告げた人物が俺だと気付かれることなかったのだ。

 彼女は枕に立ってこう言ったらしい。『魔族を打ち滅ぼし、世界を救うものがあそこに住んでおります』と。そりゃ誤解するわ。誰だって筋肉隆々で武勇を立てるような人物か、知的で冷静な大魔導師を探すに違いない。

 一ヶ月経っても一向に動きを見せない一同に女神は疑問を持ち、そして誰がそうだと告げていなかったと今更ながらに気付く。彼女だって大変だったのだ、何故ならばいたずら好きの姉が魔力をこねくり回して作り上げた黒い魔力に侵された土地の修繕作業に手一杯だったのだ。


 泣きながら俺の夢に現れた美しいはずの彼女は、やけにやつれていて宥めることとなった。普通逆じゃないのかな? 神って矮小な人類に施しを与えてくれる存在じゃあなかったかな?

 というか国一つ消えたのはあんたの姉の責任かよ、と思ったがやつれていても相手は女神。とりあえず田舎の知識を総動員して村長さんに話しかけるような口調で聞いてみた。


 いやあ、あの頃は若かった。だって村は家族だよ? 目上と言ってもそこらへんのじいちゃんで一緒に隠れんぼしたり雪合戦したり風呂入って背中流すような関係だよ、村長さん。今の俺なら出来ないね、田舎って怖い、ほんとそう思った。

 だかあの方は慈悲深かった。不敬な俺の態度に眉を顰めること無く、逆に花の咲くような笑みを浮かべて親しげに接してくれたのだ。そして、俺の問に対しては大丈夫です、あの馬鹿姉には罰として百年くらい地獄で魂の処理をさせますから、と。

 そんとき思ったね。世の中には怒らせてはいけない相手がいるのだと。あの笑みは魅了されるようでいて、冷や汗がコップ一杯以上出てくるような恐ろしい物だった。夢だから出なかったけど。起きたら布団がびっしょり濡れてたけど。


 そして続ける。最近降臨したり夢枕に立っても夢と思うか、身体投げ出して地に伏せて会話にならない、もしくは身体目的で破廉恥な行動をされることばっかりだったと。貴方のような者は久方ぶりだ、キリちゃん以来だ。うん、良いね、機嫌がいいから剣術の才能や魔導の才能バンバンあげちゃう! と。

 いや、貴女さっき成熟した魂はそういうの受けないって、と口まで出かかったが先ほどの笑みに怯えてその言葉が出ることはなかった。今思う。俺、よくやった、と。

 世の中には逆らってはいけない存在があるのだ。


 そうそう、さっき言ってたキリちゃんなる人物はなんと、超有名聖人様らしい。村で聞いた話より結構軽かったらしい彼についての話は大変面白かったと言っておく。


「勇者殿! 今日はこの中の誰よりも偉い人間だ! 思う存分楽しんでいってくれい! ああそうだ、儂のことはいつものように『はっちゃん』と呼んでくれ」


 はっちゃん様、ありがとう。一緒に飲みましょうね。そう言うと蓄えたひげを揺らしながら大きく笑った。


「浴びるほど飲むぞい!」


 王様とは何だったのか。だがしかし、彼がこんなくだけた態度を取っているのにも理由はある。もちろん、この場を目一杯楽しみたいというのもあるのだろう

 が、しかし、だからと言って一国の王がふざけて絡み酒なんてしまい。彼には俺の『お願い』を聞いてもらっているのだ。俺が一人で湿っぽい空気になって、不審に思われないように。笑みを貼り付けても、王に合わせたのだと理解されるように。


「コルキュエ八世様。勇者様はまずわたくし共と先に宴を楽しみますわ。先を譲ってはくださりません?」


 凛々しい顔立ち。可憐というよりかは水晶のような透明感を持つ女性。彼女に勝る美貌はかつて見たことがない。女神様が万全ならば別だろうけれども。そんな彼女が口を挟んだ。

 流れる黒髪、透き通ったルビーのような瞳。華奢で抱きしめただけで折れそうな体躯。

 そして彼女は俺の天敵。


「勇者様、よろしいですね?」


 内に秘めた狂気は今日も健在、何かあれば俺の首をねじ切ってそこら辺にポイしそうな危うげな雰囲気。決して比喩なのではない。彼女は妄信的に『勇者』という人間を崇拝しているのだ。俺ではない、お伽話に出てくるような品行方正でこの世のものとは思えない完璧超人、『勇者』という偶像を。

 だから彼女は俺にそれを求めているのだろう。仲間以外の女性に近付くと首を掴んで引き離す、相応しくない行動をしないように常日頃監視、口にする食べ物までも彼女の指示に従わなければ俺は物言わぬ躯になるやもしれぬ。


「ヒトトセ、付いてきなさい」

「クッ、聖女よ。何故人類最高の魔導師かつ狂気のマッド・サイエンティストたるこの俺様『凶華きょうか・S・桜・春夏秋冬ひととせ』、人呼んで『堕落フォイルニス賛歌ヒュムネ』に命令するか!?」


――前はキョウカ・ヤガミ・ヒガン・ヒトトセって言ってた気がするけど


「煩いぞ勇者! 貴様など決して認めん! くっ、この右腕にこの忌々しい聖女からかけられた呪いがなければ今頃俺様は――ッ!」


 色の違う瞳を眼帯で隠し、その上更に伸ばした前髪を垂らした小柄で右腕に包帯を巻いた少年は、その黒い標準装備なコートを引きずるかのようにして俺に引っ張られる。

 彼はヒトトセ、偶に後ろの名前が変わったり二つ名が変わったりするのはしょっちゅうあるが、その実力は本物である。その金色の右目は魔族を彷彿とさせるために隠されているが、その力を開放した時の彼はものすごく強い。身体に赤の魔力を纏って戦闘力は三倍になる。但し時間制限があってそれが切れると魔力切れでダウン。しかし、彼はその状態になることは滅多に無く、封印を施したままで高笑いしながら魔族を屠り続けた。


 俺は彼を魔族と人間のハーフだと思っている。聞けば年齢は15だというのに顔立ちや身体はまだ10くらいしかない。旅の途中で立ち寄った魔術研究所で保護したのが彼だったのだ。

 魔族はその生態を未だに解明しきれていない。もしかすると人間より長い寿命を持っているかもしれない。ならば、ハーフともなる彼は長命で、成長が遅いのだろう。

『まっどさいえんてぃすと』はよくわからないが、彼が言うには世にない物を次々と産み出す鬼才のこと、即ち俺様だとのことだ、らしい。言動は不信感しかないが、確かに彼は俺らの常識外の知識を知り、独自の魔法を産み出していった。


 すごい、と褒めると決まって顔を赤くして『と、当然だ。褒めるまでも無かろう』と満更でもなさ気な顔をするので思わず頭をぐりぐりと撫でてしまう。手のかかる弟って感じで思わず甘やかしてしまう。とても可愛い。

 例の聖女様も気に入っているのか、いつも一緒に湯浴みをする。良いのだろうか? 良いのだろう。きっとヒトトセもそういう年頃になったらその思い出がとても得難い物だとよく懐古するようになるだろう。怖いけど彼女、美人だし。凹凸少ないけど。


――ヒトトセ、あまり彼女に迷惑をかけるな。じゃないと俺が死ぬことになる


「勇者よ脅し面白い脅し方だな、嘲笑ってやるぞハハハ! ……それより手を離さんか貴様」


――脅しじゃない、必死の願いだ。察しろ


 俺は聖女に引っ張られた反対のてで同じようにヒトトセを引っ張りながら小声で会話をする。俺達はこの三人でずっと戦ってきたのだ。それなりの付き合いだし、命を預けたことも多々あるし、これからでも預けることができるだろう。聖女怖いけど。


「勇者様、好物のチーズを載せたサラダで御座います。好きなだけ食べていいですよ」


――おかわりもいいのか?


「許可します」


 やった、と声を上げる。好物も聖女と行動を共にするようになってから満足に食べることが少なくなった。許されるのは三人のうち誰かの手作りの時だけだ。自分達が作るのだし安全性はバッチリということだろう。彼女がすぐ毒味というつまみ食いをするけど。

 しかし、というかなんというか俺とヒトトセが作るのはほぼ皆無であった。胃袋を握られてしまったのだ。ある程度の技量の料理人が出したメニュー以外では蕁麻疹が出るほどにだ。どういうことだよ。


「しかし、俺様と貴様らの旅も終わりか。ふむ、中々面白い時間であったぞ、褒めてやろう」


――同感。危ないことは色々あったけどさ


「主に貴方のせいですよ、勇者様」


 言葉に詰まる。だがしかしだ、俺に与えられた役目は魔族を産み出す結晶を、めっちゃ強い奴らを退けて破壊しろって事だったんだ。正面からぶつかるのは愚の骨頂、ある程度まで彼らの居城に付いたら与えられた加護という名の影の薄さをつかって戦うこと無く破壊しようと思っていた。

 しかし、それに勘付いた聖女のせいで計画はおじゃん、結局最初に与えられた隠密スキルはいざというところで使われず、ただの宝の持ち腐れとなってしまった。女神様は泣いていい、泣いてたけど。


「これから引く手あまたですよ、勇者様。貴方の下には王族の娘たちが遣わされてハーレム状態になるでしょうね。どうするんです? 世の女性の敵になるおつもりですか?」


 全て追い払えという脅迫めいた言外の意思を察する。さすがに厳しい、俺だってそういうお年ごろなのだ。普通に女の子と仲良くしていちゃいちゃして村で子ども作って村長みたいなお茶目な爺さんになりたかったというのに。穏やかな老後が欲しかった……っ!

 だが、目の前の聖女は許さないのだろう。勇者という英雄が生涯愛するべきなのはただ一人だけ。お伽話で言うならば魔王に攫われたお姫様や、将来を誓った許嫁、旅で出会ったやんごとなき身分の女性か。

 一人だけ、上記に合致するような女の子がいる。騎士に連れられて始めてこの国に来た時から俺のことを嫌っているものの、確かにそういう娘が。


 コルキュエ八世の娘、第二王女ラファ。別荘でのほほんと過ごしていたら魔族に囲われてしまい、慌てて救出した。彼女はヒトトセと外見は同年代の少女、つまり10歳。

 王妃譲りの白金色の綺麗な髪に、はっちゃん譲りの蒼い瞳。絵画の天使と言われても納得してしまいそうなほどの美を幼いながらに持った彼女は、ものすっごく、俺のことが嫌いなのである。

 確かに彼女なら聖女は許可するに違いない、が、まずそういう関係にならないし慣れないだろう。嫌われ方と、年齢差を考慮して。


 そう、俺はこの聖女がいる限り、嫁を貰うことが出来ないのだ。


 俺は激怒した。必ず彼女から逃げなければならない、なによりも老後の安寧のために。子どものいない老人は孤独に死んでいくに違いない、俺はそんなの嫌だ。足腰立たなくなっても子どもや孫に世話してもらっい、幸せだって笑いながら死ぬのが夢なんだから。


 だからこそ決意した。確かに聖女は仲間として大事に思っている、が、しかし、俺は未来の自分のほうが可愛いのだ。ヒトトセとだって離れたくはないが、仕方がない。長く長く苦悩し、孤独に死ぬ未来を夢に見て魘されながらも、旅の途中でようやく決心して練りに練った計画なのだ。幸い、女神様にも協力を取り付けることが出来た。まず成功は間違いない。

 だから、ここでお別れだ、みんな。


――分かってるさリシア。俺はどうするかもう決めているって言ってただろう? 君を裏切ることなんてしない


「そ、そうですか。分かっているのならいいのです分かっているのなら……」

「私も裏切るなよソラン!」


 ヒトトセが被せるように言ってくる。はは、可愛いやつだ。ほれほれ君の大好きなリンゴだよ、と目の前にぶら下げてみるとバッと奪い取られてしまう。


こうやって話せるのもこれが最後かと思うと、どこか嬉しそうにぶつぶつと呟くリシア、そしてぷいっと顔を背けてしまったヒトトセの二人が、どうしようもなく俺の胸を締め付けた。







 数日後、『勇者ソラン』は手紙を残してその身を朽ちることのない水晶へと、彼に与えられていた城内の一室で姿を変えていたのを『聖女リシア・カーミラ・アスタロット』が発見する。


――来るべき未来に向けて、力が必要だ。俺は眠る、世界のために


 リシアの泣き声を聞きつけた『大魔導師ヒトトセ』は彼女と同じように床に崩れ落ちる事となる。


 彼が目覚めるのは200年後、彼らの旅が語り継がれ、実在した英雄譚と広まった時代だった。

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