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掌編。

全3回の第2話。

     2


 ……さすがに零冶は呆れの度合いが大きくなってきたのだろう、大して面白くもなさそうに彼は信也の肩を叩いて言う。


「それでも抱けるなら、その子のことをお前の中で綺麗な思い出の一枚に出来るんじゃないか? 

今までヤッた女は皆、幸せ絶頂にしてきたと豪語しているお前だ。

今更その悪癖を撤回して清い男面してもいい筈はないだろう」


 信也にももっともな実際感の言葉だった。

自分は彼女に対して我侭を言える人間ではないのだ、という零冶の言なのだ。

しかし想い人への感情を蔑にはできない切実さが、信也を食い下がらせる。


「……けど、あの子だけは特別なんだ。

あの子は今迄の俺が関わってきたどの女とも違う。特別で、特別で特別なんだ。

あの子の代わりの女なんていないし、あの子を自分だけのモノに出来たら、それは今迄の恋とも言えないモノがすべて価値を失くし、結実するくらいに幸せなことだ」


「ほう。そんなにもその子に夢中か。それは素晴らしいことだ」


 そこまで行ってしまえる程に恋焦がれていながら煮え切らない、そんな友人に対しての彼の感情は、果たして怒りだったのだろうか。


「けどなあ、お前はそこまで入れ込んでいるモノの為に、お前に出来ることを十分にやっていると言えるのか? 

俺の診たところお前がしていることといえば、取り敢えず抱くのを我慢して、その所為で悶悶としたあげくダチに青春モノレヴェルの悩み相談をかましていることくらいじゃないか。

それが社会的立場のある30にもなろうという大人のすることか? お前がその子の為に出来ることは……してやりたいと思うことは他に無いのかって話だぜ」


「ああ、そうだよな。情けない話だよ。

「けど」 とか 「しかし」 とか、そういう自分への言い訳を並べて……」


 自重の言葉にも、力がこもっていない信也。

しかしその心中で秤を揺らしているモノが信也を迷い狂わせているのだとしたら、彼はそれに心の決着をつけなければいけない。そうしなければ前には進めない。

彼とて言われなくともそのくらいは承知している。


「俺だって女を抱いてばかりで生きてきたわけじゃあない。

一端に自分の目標を持って、目指す仕事を得て自己実現てのも知っている大人だ。やれることをしていかないと、目の前のモノさえ指の隙間から抜け落ちていくことくらい知っている」


 拳をカウンター机に叩きつけて、信也は苦悶の相で吐き捨てる。


「けど、だからこそなんだよ! だから俺は今迄女に執着を持ってこなかった。女は遊びだったんだ。けど……」


「その子は本気になっちまった、か」


「…………ああ」


 絞り出すような声で首肯して、信也はそのままグラスの中身から視線が動かない。


「で、どうするんだ? おまえはまだ自分の答えに至らないからこそ俺に話を振ったんだとしたら、俺はテメェのことはテメェで決めろと言うくらしかしないぞ、本当なら」


「……冷たいな。友達甲斐のない」


「ことが女のことだからこそだ。

俺が今迄おまえの女絡みでどれだけ面倒と迷惑を被ってきたと思っている」


「ああ。すまん」


 既知がここまで素直に詫びを入れる姿に、零冶は少々毒を抜かれる思いだったので、語調は変えずに、しかし友達を労わる選択を採ってみる。


「……けれど意趣返しというのではないぞ。

正直、おまえがそこまで一人の子に対して煩悶を重ねているのは見るに堪えん。

だから力になってやることも考えるさ」


 真面目な空気で零冶が次に口にした台詞に、信也は首を向ける。

だが零冶の発した提案に、信也の胸に湧いた幾ばくかの期待は霧散することになる。


「だからその子を俺にも紹介しろ」


「……どうする気だよ」


 あからさまに疑殆を顔に表す信也に、零冶は何のことはないといった口調で返す。


「俺がその子にアプローチして、先にその子のことを寝取ってやる」


 これには当然に噴激で応える信也。


「ああッ⁉ ふざけんな! 

そんな真似したらおまえ、友達の縁切ってしかる後、殺し手全身細切れにして太平洋のデトリタスにするぞッ」


 というかおまえには彼女がいるだろうが、と信也は沈み込む。


 デトリタスとは洒落ている、しかし今のおまえの方が沈漂物のようだぞ……とは言わない零冶。

友人の情緒不安定が明らかな様子に対して、いささか薄情というモノだというきらいがあったからだ。

零冶は信也の視線の先で、指でコンコンとグラスを叩く。


「だからこれはゲームさ。

おまえはお得意の女遊びだろうがなんだろうが、その子を俺に取られたくなかったら、おまえなりのアプローチやアピールをして、おまえのやり方でその子を自分のモノにしてみろよ。

今のおまえに必要なのは、ぐじぐじしていることじゃないだろう」


 半ば睨みつけるような……挑みかかかるような視線で、零冶は友人を見据える。


「今迄に幸せ絶頂にしてきた……否、泣かせたと言って相違ない女の子たちと、今のことに関係があるかは一旦おいておくにしてもだ。

少なくともその子に対して誠実でありたいっていうのなら、おまえが彼女に対して示すべき態度ってモノがあるだろう」


 零冶の言葉に、信也は静かに頷き、肯いて息を吸う。


「ああ……、そうだな。その通りだ。

如何に俺が女に対して酷い奴で、汚くて、その実情けない男だったとしても、あの子のことが本気であるというのならば。

いや、こんなにもあの子の事が好きだからこそ、キメないといけないな」


 信也はほとんど残っていなかったグラスの中身を、氷ごと口に流し込み、氷塊を力任せに噛み砕き、一気に喉に下す。

そして先程までの迷妄とした瞳を吹き飛ばして叫ぶ。


「よしっ ありがとうな、零冶。

俺、これからあの子に告白してくる」


 立ち上がる信也。


その時、身を翻す彼を呼び止めるかのように、カウンターの影から電子音が鳴り響いた。耳慣れたロックサウンド。

メールの通知だったのだろう、着信音が慌てたようにすぐに鳴りやんだ。

 バーカウンターに居る三人の男達は、一様に手を伸ばし、今の着信音の発信源が自身ではないことを確認する。

三人の男達の間で視線が交わされ、首が横に振られ合う。

 それでこの場にいる男達は、今の会話を耳に出来る空間にもう一人の人間がいるという事実に気付く。


「誰だ? マスター」





次回完結。

配信は8月15日。

早く読みたいようでしたら感想とか頂けると、気が変わることもある……かもです。

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