第一話 記憶の欠片(2)
tその頃同じ様に扉の前に辿り着いた人物がいた。
その事は、私も徹も全く気付くことが出来なかった。
「痛ってー。ここは、いったいどこだ?」
周りを見渡しても何も無い世界。
次元の壁を転がり落ちて来たのは、工藤理穂。
彼女は、美紀と同じ運命を辿りこの世界に迷い込んできたのだ。
そして、何も無い空間から不思議な声がする。
「僕は、フレアだよ。」
理穂「誰だよ。フレアって!でも、懐かしい響き…」
理穂の身体から紋章が現れる。
でも、理穂は、それが紋章だとは気付いて無い。
(何だよこれは…こんな痣いつの間に…)
フレア「理穂は、僕の恋人だよ。」
(恋人…暖かい…私は、男勝りな性格なのに…何故か心が許せる…)
理穂「どうしてなんだよ!お前の事が…どうしてなんだ…」
フレア「それは、理穂の心の欠片が過去の想い出を呼び覚まそうとしているからだよ。」
理穂「そんな事は無い…私は、男なんて知らない…」
フレア「ううん…違うよ。それは、理穂が決めた事。」
理穂「私が決めた事…」
フレア「僕の事を信じて!理穂の心の扉を開いて欲しい。」
暖かい…
そして、夢に似た感じ。
それは、理穂の初恋。
理穂「私の…初恋?…そうかもしれない…この暖かい感じは…」
フレア「思い出して、僕は、理穂の心の中に閉じ込められているんだ。僕は、理穂に会いたい。」
(私の心の中…フレア…私も…会いたい…でも…)
理穂「どうしたら…いいんだ…」
フレア「それは、理穂が決める事。だから、僕には、手を出す事が出来ないんだ。」
戸惑う理穂にフレアは、手を貸す事すらできない。
もちろん、フレア自身もどうしたらいいのかわからない。
だから、切ない思いが徐々に大きくなってくる。
理穂「私に…お前を…どうしたら…いいんだ。」
(心の扉を開く…それは…ひょっとして…)
フレア「好きって…気持ちを…」
理穂「わからない…懐かしい感触…この私が心を締め付けられる様な…こんな想い。…フレア…好きだ…お前の事が…会いたい!」
悲しい声が叫び声に変わり、フレアの心を呼び覚ます。
フレア「もう少しで心の扉が開くよ。僕も理穂に会いたいんだ。」
理穂「どうしても…フレアに会いたい…フレア!」
そして、その叫び声が理穂の身体に刻まれた神の紋章に大きく反応する。
神の紋章は、一隅の光となって暗闇の世界に広がる。
その光は、一瞬にして消えて元の暗闇に戻ってしまった。
フレア「理穂…会いたかったよ。僕は、理穂の手の中にいる。」
理穂「手の中?どういうことだ?」
両手の手のひらを広げて理穂は、その手を見つめる。
ふんわりした暖かい炎が”ポッ”と手のひらから生まれる。
そんな事の経験の無い理穂は、あわてて手を引っ込めた。
炎は、宙に浮き言葉を話す。
フレア「炎の神の妖精…僕の名前は、フレア…」
いくら気が強い理穂でもこんな事があれば当然怯える。
身体を震わせる理穂にフレアは、暖かく理穂の頬にキスをする。
(間違いない…この感じ…フレア…私の想い出…封じ込められた想い出。)
理穂は、両手でフレアを優しく掴む。
理穂「あなたは、いったい…」
フレアは、炎の中から本当の姿を現す。
そして、その姿を見た理穂は、驚きもせず、じっとフレアを見つめている。
それは、懐かしさだったのか…よくわからない。
フレア「これが、僕の姿だよ。」
その姿は、まさしく妖精…妖精そのものだった。
でも、そんな事は、理穂にとって関係ない。
この想いは、妖精だろうが、人間だろうが関係ない。
理穂は、フレアの事が好きだ。
恋をしている事に変わりない。
理穂「この私が…どんなことがあっても泣いた事が無いのに…」
涙が頬を伝って流れ落ちる。
フレア「僕は、ずっと理穂に会いたかった。君は、本当に真っ直ぐな気持ちの持ち主なんだよ。だから、僕は、理穂の中で生まれたんだと思う。」
理穂「私は、妊娠なんて経験ないぞ。」
フレア「そう言う意味じゃ無くて…ってか…そんな事有りえないでしょ。理穂は、まだ高校生だよ。」
理穂「そうだよな。…で…意味がよく解らない…」
フレア「理穂は、炎の神の紋章を授かっている。だから、僕が、ここに導かれて理穂の中で誕生した。」
理穂「紋章?…この痣の事か?」
フレア「それは、痣じゃ無くて炎の神の紋章。炎の神が認めた”人間”なんだよ。」
理穂「何か…よくわからない…」
フレア「ゆっくりでいいから…想い出して…」
理穂「うん…」
蘇ってくる記憶。
それは、少しづつ確実に前進していた。
もう一つの物語…
私の名前は、水上優希…
高校生でタレントをしてます。
これは、私の記憶。
記憶の欠片がそうさせたのだと思う。
時が、止まった。
何もかもが停止している。
そんな世界に私は、迷い込んでしまった。
孤独な時間が過ぎる。
泣きたい気持ちを抑えてじっと耐えている。
そんな私に歌を聞かせて欲しいと、どこからか声が聞こえる。
恐怖に怯える私をその声と共に優しく包んでくれる。
「どうして…私は、何も悪い事をしていない。神様は、どうして私を虐めるの…」
どこからか聞こえてきた声は、泣き声に変わってくる。
『お願い。あなたの歌を聞かせて下さい。』
そんな声が徐々に大きくなってくる。
「どうして…泣いているの?優希の歌を聞けば、元気になれるの?」
『私は、時の神…あなたに会いたい。』
優希「時の神?知らない…でも…私は、あなたに抱かれていた様な…」
暖かい感触。
『記憶の欠片を呼び覚まして…あなたに会いたい…』
優希「記憶の欠片…?」
『歌を…あなたの声が私とあなたを繋ぐ絆なの…』
この感じ…
どこかで感じた事がある…
それは、遠い昔だったのか…
よく覚えていない…
でも、会いたい…この声の人に会いたい…
私は、胸の前に両手を合わせ握りしめる。
そして、目を閉じて歌を歌い始めた。
その声は、透き通った声。
全国の人々が圧倒的に魅了した声で歌を歌う。
私(優希)は、気付かなかった。
精一杯、気持ちを込めて歌を歌った。
だから…
優希の身体か発光する。
そして、神の紋章が優希の身体から浮かび上がり不思議な力が働き始める。
時の神は、異次元の扉の前へと優希を連れて行く。
歌を歌い終わり、目を開けると時の神が優希の前に現れる。
優希「ここは…」
時の神『ありがとう。そして…ごめんなさい。』
優希「どうして…謝るの?」
時の神『ここにあなたの仲間が集っています。』
優希「私の…仲間?」
時の神『この場所は、異次元への入口です。私は、神です。時間を自由に操ることができる。でも、それは、神の世界でしか通じない。』
時を遡り、過去の私(優希)の姿が映し出される。
優希「私…」
私(優希)は、蘇ってくる記憶に戸惑いを感じながらも時の神の事をようやく思い出した。
蘇った記憶には、神々の試練を潜り抜けて来た事も…
そして、私(優希)が消えてしまいそうになった所を時の神に助けて貰った事も…
仲間たちと共に困難を潜り抜けて来た事も…
何もかも思い出した。
それは、時の神の導きだったと思う。
優希「思い出した…美紀ちゃん、徹君、理穂さん、そして、三咲さん…みんな、みんな…ありがとう…神様。」
時の神『この先には、私が付いて行くことが出来ない世界が待ち受けています。あなたの記憶は、もう、全て戻っています。導かれし者達は、必ずこの扉を潜り抜けて迷える人々を助けに旅立ちます。あなた達の想いを伝えてあげて下さい。私は、神の力を使い自由に動けるあなた達が羨ましいのです。』
優希「うん…わかってる。私は、感じています。あの時の仲間たちがもうここに集結し始めている。だから、私は、ここから旅立ちます。」
そして、再び優希は、歌を歌い出す。
飛行艇を想いに抱き自分が作った歌を…
時の神は、その言葉を最後に消えて行った。
でも、心の中には、いつも時の神が私を守ってくれている。
そんな思いを胸に抱き、時の神が去って行った方向をじっと見つめ歌い続ける。
すると、遠くの方から私に向けて何か向かってくる。
懐かし気配が私(優希)の心を揺さぶる。
優希「来てくれたんだ…嬉しい…」
近付いてきたのは、神々の試練を受けたあの飛行艇…
みんなの想いを一つにして造り出した飛行艇…
私(優希)一歩づつ足を踏みしめ飛行艇に乗り込む。
優希「美紀ちゃん…今行くからね。」
操縦室に入り込んだ私(優希)は、ハンドルを握りしめる。
前をじっと見つめ、美紀の気配を探る。
優希「いた!」
神の紋章が発光する。
そして、飛行艇は、ゆっくりと動き出した。
懐かしい気配が徐々に大きくなっていく。