エリエイアと勉強Ⅱ
エリエイアが勉強を抜けだしてちょうど一週間後、この日、久しぶりにエリエイアの授業が始まっていた。
「今日も文字の勉強をしましょうね。さあ、まずはお嬢様の名前を書いてみましょうか」
「はいっ! えりえいあ、しすりあ、こーなもんと、あいじ………ぇりあっ!」
「はい、よく書けましたね。ただ、小さい文字を忘れていたようですから、忘れないよう気を付けてくださいね」
「はぁい」
「では次は、前回逃げた時のこれを、読んでみましょう」
「んーと、私の、名前はー、フィー、ラルド・オルセア・リ………ャリャ、ン・グリードン、です?」
「大体は合ってますが、ちょっと惜しいです。リャリャンではなく、リュリャンですし、グリードンではなく、グリーディンですね」
「えと、フィーラルド・オルセア・リュリャン・グリーディン?」
「はい、正解です。では、これを書いてみましょうか」
家庭教師はそう言って前回エリエイアが逃げた時に見せた紙を見せ、読ませる。そして間違えたものを訂正させ、その後、その紙を隠して今度は先ほどの名前を書かせる。エリエイアは先ほど呼んだその名前を繰り返し、だが途中で忘れて家庭教師に聞きなおしながら、ゆっくり、せっせと書いて行った。
「できたっ!」
「はい、ここが違います」
「ふえっ!?」
「ここです。さあ、書き直してみましょう」
「うんっ!」
そこでもどうしても間違えるところが出るのだが、そのたびに家庭教師が間違えている場所を示し、そしてもう一度書き直させる。
それを何度か繰り返し、ようやくエリエイアは正しく先ほどの名前を書くこととなった。
ちなみにその名前は、家庭教師の名前だったりする。
「では、次は文法などを学びましょうか」
そしてそれらを終えた後は、文法を学んでいく。ちなみに、この国の文法は英語に近いもので、何も知らないエリエイアからすればそれが普通であるため、スポンジが水を吸収するがごとく、どんどんと飲み込んでいった。
「では、自己紹介の文章を書いてみましょうか。書き方は、先ほどのあの文を参考にすれば、できますね?」
「はい!」
そしてエリエイアは言われた通り、少しずつ、自己紹介の文章を書いていく。が、どこかでわずかながら間違えるのはご愛嬌というものであろう。
そして、せかせかと書いていたエリエイアの手が止まると、家庭教師がその文章を確認して、間違えている場所を赤で書き換えた。
「では、文字ばかり学んでも退屈でしょうから、今日はこの世界の成り立ちでも説明しましょうか」
*****
この世界―――エステルハイヴ―――は、今からおよそ数万年前に、神がお作りになられた世界だと言われています。
神はこの世界をお作りになられ、まずは我ら人間をお作りになられました。そしてその後、人間の良き友として生きる人種、亜人―――エルフ、獣人等―――をお作りになられました。
それから数千年は、この世界には人間と亜人しかいませんでしたが、あるとき、神はモンスターと呼ばれるものをお作りになられました。人間たちの脅威、モンスター。神は、モンスターをお作りになられることで、我らに試練を与えられたのです。
ですが、我らにとってモンスターはあまりにも脅威すぎました。モンスターに出会ったら最期。抵抗すらできず、人は死んでいきました。
それを見ていた神は、そんな人間を哀れに思った下さったのか、魔法というものを与えてくださいました。唯一、モンスターと戦うことのできる対抗手段。当時の魔法は、そのためだけに存在していたのです。
そしてその当時、魔法を用いてモンスター退治を行っていた方々が、今の各国の始祖となるお方です。
我が国、ガルガンダー国をお作りになられた、フォル・リディア・シェイリ・ガルガンダー様。
隣国、フォルティナ国をお作りになられた、オートリナ・リアルディン・フォルティナ様。
ギルン国をお作りになられた、キクリス・ガル・ギルン様。
そして今のリューシュ国とリド国の始祖となるモストラ国をお作りになられた、グローリア・キ・ヌエ・モストラ様。
後の国は、少しずつ今あげた国から独立していった小国になりますね。
*****
「では、お嬢様。今の陛下のお名前はご存知ですか?」
「今の王様のお名前? …………知らないです」
「では、今から言いますので、書いてみましょう。今の陛下のお名前は―――」
そして家庭教師は今王の名を告げ、エリエイアはゆっくりと、時折文字を思い出しながらその名を紙に書き残していく。
「できたっ!」
「お見事です。間違えはありませんよ」
「ホントっ!?」
「ええ。だいぶ覚えられましたね」
そして、間違えずにかけたことによって家庭教師から誉められ、エリエイアは嬉しそうにほほ笑む。そしてその後もこの世界の成り立ち、国の成り立ち等を聞かされたエリエイアは、学んだ量が多すぎたのか、若干頭から湯気が出ようとしていた。
「今日はこの辺にしておきましょう。大丈夫ですか?」
「なんか、ぼーって、する………」
「失礼」
そんなエリエイアを不安に思ったのか、家庭教師が一言謝って、片手をエリエイアの額に、余った片手を自分の額に手を当てる。
「すみません、お嬢様。一気に進めすぎましたね」
エリエイアの額の熱さに気が付いた家庭教師は、すぐにエリエイアに謝罪し、そして部屋に置いてあるベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。そして呼ばれたメイドが来るとすぐに、エリエイアに熱があることを告げて、エリエイアを部屋で休ませるようお願いをした。
そしてエリエイアのことを伝えられたメイドは、急いでエリエイアの額に手を置いて熱を確認して、一言謝ってエリエイアを抱き上げ、急いで部屋へと向かい、着替えさせてベッドに降ろした。
ちなみにエリエイアは、そんなメイドたちの勢いについていけず、ボーっとしたまま言われるがままになっている。
それから少しした頃、エリエイアの体調不良を聞いたサリアナが、急いでエリエイアのもとに駆け付けた。
「エリィ! 大丈夫? どこか痛かったりしない?」
「あ、母様。頭がちょっとぼーってするだけ。大丈夫だよ?」
「家庭教師が、今日はやりすぎたって言ってたから、知恵熱だとは思うけど、本当に平気?」
「うん。寝たら元気になる」
「そうね。少し休んでて。ね? 起きて、まだ辛かったら侍医を呼ぼうね」
「ヤ! 大丈夫だもん!」
「ふふ。もし元気にならなかったら、明日は父様がつきっきりでいてくれるかもね」
「ホント!?」
「でも、早く元気にならなくちゃね」
そしてその後、サリアナに寝るよう促されたエリエイアは素直に眠りにつき、その後、それを確認したサリアナはメイドたちにこの日のエリエイアの食事に関しての指示を出していた。
それからしばらくして、帰ってきたガートランドやリディアスが、エリエイアが体調を崩していると聞いて、急いでエリエイアの部屋へやってきていた。
「サリアナ! エリィの様子はどうだ?」
「お帰りなさい、リディ、ガートランド。聞いた感じでは、大丈夫そうだったけれど、どうでしょうね」
「エリィが起きたら、聞いてみねば。………ところで、侍医は呼んだのか?」
「いいえ。明日まで待って、熱が上がったら呼ぼうかと思って。―――エリィが嫌がるし」
「ああ、確かに。まあ、明日まで待って善くならなければ、エリィが何を言おうと侍医を呼ぶか。明日は俺もいるしな」
そう言ってガートランドとサリアナは笑っていたのだが、エリエイア大好きの兄、リディアスは不安そうな表情を隠せず、エリエイアの眠るベッドに座り、熱くなったエリエイアの額を撫で、心配そうに見つめ続けている。
そしてその感触が伝わったのか、眠っていたエリエイアがぼんやりと眼を開いた。
「あれ………? 兄様?」
「うん、僕だよエリィ。具合はどう? 辛くないかな」
「ん………、ぼーって、するだけぇ」
「そこまで熱は高くないみたいだし、大丈夫なのかな? 辛いなら正直に言うんだよ」
「ん………だいじょーぶ」
「そっか。………まだ眠たい?」
「ん………」
「じゃあ、また寝ようか。ゆっくり休んで、元気になるんだよ」
「うん。……おやすみなさい、兄様」
その後、少し話してまた疲れたらしいエリエイアは兄におやすみの挨拶をして、また寝入って行った。
「リディ、少しは安心した?」
「はい。大丈夫そうでしたね」
「今は寝かせて、調子が悪そうだったら侍医を呼んで診てもらいましょう」
そして、サリアナ、ガートランド、リディアスは眠るエリエイアを見守り続けていた。……………途中で、ばたばたと聞こえる音に反応する前の間、ずっと。
「エリィ!」
「騒がしいぞ、エリーゼ。エリィは寝ているんだ、少し黙りなさい」
「あ……、ごめんなさい、つい」
「急いで帰ってきたのか。……今日は仕事は終わらせてきたのか?」
騒音の正体はエリーゼだった。飛び級して学園を卒業したエリーゼは、今は城で働いていた。ここ最近、とにかく仕事が忙しくてなかなか帰って来られていなかったが、この日はエリエイアの体調不良を聞いたため、上司の許可を得て、急いで帰ってきたのである。
そして、家についた瞬間に、猛ダッシュでエリエイアの部屋へと駆けてきた結果、父、ガートランドたちに注意を喰らうこととなった。
「落ち着きなさい、エリーゼ。エリィは、ちょっと頭がボーっとするみたいだけど、それ以外は特に問題はないようよ」
「そ………かぁ。よかったぁ」
急いでかけてきて疲れたらしいエリーゼは、そう言うと同時に、膝とつく。相当心配していたらしい。
「さっき、少し起きたんですが、また寝ちゃいました」
「そっか。………エリィ、心配させないでよ」
それからしばらく、四人で眠っているエリエイアを見守っていたのだが、途中、メイドがエリエイアの食事の支度が出来たと、報告に来、それにサリアナが反応して、用意された食事を受け取った。
「エリィ、起きて」
「ん………」
「ご飯の用意が出来たからね。起きてご飯食べて、また寝ていいから」
「んぅ………」
その後、目を覚ましたエリエイアに若干無理やり消化のいい食事をとらせ、そしてその食事をとったエリエイアの目はしっかりとあいていた。
「エリィ、寝なくていいの?」
「んー、目がさめちゃった」
「でも、寝ないと善くならないから、寝なきゃ」
「……せっかく、久しぶりに姉様とお話しできるのに?」
「そうだね。最近、私が帰ってくるのはエリィが寝た後だもんね。でも、今は寝なさい」
「何で!? 寝たら、姉様とお話しできないのに」
「でも、具合が悪いなら寝なきゃ。また、早く帰ってくるからその時にお話しようね」
その後、なかなか寝ようとしないエリエイアに、エリーゼはまた今度は焼く帰って来る旨を伝えて、寝かしつける。
結果、エリエイアは渋々ながら眠ることを選択したのか、ベッドの上で目を瞑る。そんなエリエイアをエリーゼが撫で、そうして撫でられる気持ちよさから、エリエイアはぐっすりと、夢の世界へと旅立っていった。
「さ、エリーゼとリディも、ガートと一緒に食堂でご飯食べて、休みなさい」
「え? 母様は?」
「母様は、エリィを診てるから。そのままここでご飯食べるわ」
「なら、僕も!」
「私も!」
「だぁめ。ガート、子供たちを」
「分かった。ほら、エリーゼ、リディ、行くよ」
「でも!」
「いいから、母様に任せるんだ! そら、行くよ」
その後、まだエリエイアを見守ろうとするエリーゼとリディアスをサリアナがまず黙らせ、それに反論した二人に、今度はガートランドが注意し、二人を引き連れて食堂へと向かって行った。
「さ、エリィはぐっすり寝てなさいね」
そしてサリアナは眠るエリエイアの頭を撫でながら、優しい瞳を見せていた。