その9
技術の進歩というものは目覚しいもので、この都でも私が若い頃にはなかったようなものが多く見られるようになった。 霊子通信の原理を応用した映像受信機やら、完全術式機関駆動の個人用自動車やら。 エル・ネルフェリアなどではとうに普及しきっていたものが応神ではやっと普及し始めた、といったところだ。
洗濯機や掃除機といった魔導機は確かに便利で、私としても重宝している。 西大陸製のものと違って、送電線を通して送られてくる電気ではなく使用者の魔力で動いているので、発電所や送電網といった巨大な設備が要らないというのもいい。 予算が浮いて浮いて、羨ましいですなとシュティーアから来た外交官が言っていたのを思い出す。
エル・ネルフェリアで最も特色ある工業製品でかつ便利なものといえば真っ先に自動人形が思い出されるが、値段と文化の面で受け入れられにくい面があるようだ。 私も初見では随分と動揺したものだった。
道を歩いていて、街頭テレビを見かける頻度もずいぶん増えた。 大抵はスポーツの試合の中継を流していたり、或いは魔導院の天文部が発表する天気予報などを流していたりする。 人気がある競技の時などは、歩くのに邪魔に思えるほどの人だかりができることもある。 だいたい試合のある日は決まっているので、そういうときは街頭テレビがある道を避けるなどするのが上策だ。
その日も私は市場に買い物に出かけ、夕食の材料を仕入れて帰るところだった。 選択した経路には街頭テレビを置いている魔導機屋があって、エクストリーム・フットボールや野球、レスリングの試合などがある日は人だかりができる道だが、その日はそのような事はないはずだった。
ところが私の目の前には、それらの人気スポーツの試合中継がある時に勝るとも劣らぬ量の人だかりがあった。 これは一体どうしたことだろうか。 考えたところで原因がわかるわけでもなく、テレビに見入っている時間もない。 というわけで、私は人ごみをするりするりと抜け――しかし買い物カゴが時々持っていかれそうになるのに辟易しつつ、その街頭テレビの前を通り過ぎようとした。
通り過ぎようとして――
「……はーい、皆さんごきげんよう。 御神楽紫苑よ」
「ぶはっ」
聞こえてきた声に盛大に吹いた。
*****
し、紫苑様!? 確か今日は魔導軍の演習の監督をされてらっしゃったはずだが、何故その、ご出演していらっしゃいますか。
よく見たらレポーターの顔が引きつってるじゃないか。 横で頭抱えてるのは魔導軍の報道官の某准将か。 きっと特別ゲスト出演どころか、面白そうだから乱入したに違いない。
すっ飛んでいって引っつかんで退場させ遊ばして説教するかと思ったが、しかしこんなところで音速超過していては、白菜としいたけと豚肉ともやしと鱈の切り身と水菜が入った買い物カゴが死ぬ。 今夜の鍋の具材をこんなことで散らすわけにはいかん。
「そ、それで本日は魔導軍が大規模な演習をおこなっているとのことですが」
「ええ、皇国の国土と国民たる皆さんを護るための大切な訓練です。 皆さんのご理解とご協力には感謝しているわ」
さすがに対外モードらしい。 キリっと引き締まった御顔は一言で表すならば美しい。
「では、一体どのような訓練を行っているのか、案内させていただきましょう」
報道官がその一言にあからさまに慌てた。 多分予定になかったのだろう。 まさか見せられないような事をしている……ということも、いや、紫苑様が演習監督をすると地獄になるって奈々が言ってたしなあ。
「魔術師個々人は皇国魔導軍において最も優れ、かつ最も強力な戦闘単位と言えるでしょう。 戦車級の砲撃能力と防御能力と機動性、さらに人間ならではの柔軟性を併せもつもの、それが魔導軍における魔術師です」
おお、マトモな事を言ってらっしゃる。 昔は命中率も連射性能も低いマスケットの代わりに火球や氷槍のひとつでも撃てればよかったが、今となっては魔術師はワンマンアーミーであることが求められる。 要するに一人で敵陣に突っ込んで好き勝手に暴れて帰ってこられることが要求されるのだ。 無茶な、と思う向きがあるかもしれないが、まあできる奴は居るんだからしょうがない。 対応出来ない方が悪い。
カメラがパンし、演習場の光景を映した……が、何をやってるんだあれは。 なんか爆発して一人古典的な焦げ方をしたぞ? あ、運ばれてく。
「あらー、成政くんドボンね。 それじゃ次行くわよお」
それを見て紫苑様が演習場内に何かを放り投げた。 魔術で創った……ボール?
それを全力疾走で受け取ったのは賀茂殿っぽいが、必死な顔して後方にいた別の誰かに投げ渡した。 同時にだだっ広い演習場内に散っていた百余人が一斉に動き出した――おい速いな、二百は出てるかもしれんなあ……。
そうして動き回る魔術師たちの間を、光り輝くボールのようなものが飛び交う。 徐々に輝きの度合いを強めていく球体を見て、私は猛烈に嫌な予感がした。 演習場から響いてくる男女の怒号と悲鳴とヤケクソ気味の声のおよそ百重奏がそれを後押しすることこの上ない。
「……あれは、何をしているのですか?」
若いレポーターは若干引いている。 当然と言うべきか修行が足りないというべきか。 二つの意識がせめぎあう自分に疑問を感じなくもない。
「あれは私特製の……まあ、平たく言えば、爆弾ね」
なんだと。
「”五分の時間経過”、”同じ人が三十秒以上手に持つこと”、”地面に落ちること”によって炸裂するように設定してあります。 で、巻き込まれた人は黒焦げでアフロになるの。 大丈夫、私が余力全部使ってボケ術式を演習場全体に張ってるから死人は出ないわ」
えげつなかった。 「えげつなく」「ろくでもなく」「いやらしい」の頭文字を取って「エロい」という事もあるそうだが、紫苑様は間違いなくエロいお人だ。 どういう意味でかって? 想像のとおりだ。
「それから、地面に落とすことで爆発したら演習場全体に効果が及んで、漏れなく全員アフロ」
鬼か。
つまりそんな爆弾を可能な限り自分のところで爆発させないように、彼らは逃げ回りつつそれをパスし合っているというわけだろう。 誰だってそんなもんが自分のところで爆発するのは嫌だから、必死になるというわけだ。
やんややんやと観衆はそれを見守っている。 何というべきかなあ、この光景。
……あ、新人っぽいのが受け取った瞬間に全員示し合わせたかのように遠巻きになりよった。 受け取った側は必死に駆け回ってるが皆隙がないな。 そんなことで団結示さんでもよかろうに――あ、新人殿がアップになったが泣き笑いじゃないか。 ああ思い出したこの新人つい最近新しく彼女が出来たとか吹聴してたなあ。 しかも巨乳の。 くそ。
「てめえさっさと爆発しろ!」
という声が演習場から聞こえてくるかのようだ。 私も同意したい、爆発しろ。
「畜生それでも人間ですかこの外道ども! こうなったら全員道連れにして僕も死んでやりますよ!?」
「させるかァ!」
「アッー!」
彼がヤケを起こして爆弾を地面に叩きつけようとした瞬間、本多殿が彼の後ろから蜻蛉切に乗って突っ込んできて穂先が尻に刺さった……のか? 滂沱しながら地面に沈んでゆく新人はやり遂げた顔をしていた。 カメラに向けて親指すら立てている。 意外と余裕あるなこいつ……。
そして本多殿が宙にこぼれた爆弾をキャッチし――あ、爆発した。
その瞬間、街頭テレビの周囲がどっと沸いた。 大丈夫かこの国。
……私がしっかりせねばな、うん。 常識人代表として、な。
そんな決意を新たにして、私はいそいそと帰途に戻ることにしたのだった。
試験的にルビを増量。
どういう基準で振ればいいか思案中、良い案などあれば感想にポストください。
……ベ、別に感想欲しいからってこんな事言ってるわけじゃないんだからね!
9/22 一部表現修正、ルビ追加