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その8

「あんた、剣以外に何か趣味ってあったっけ?」

 ある日そんなことを、紫苑様に聞かれた。 趣味……趣味か。

「紫苑様のお世話が趣味と言えるかもしれませんね」

 エプロンに三角巾といういでたちで、片手にはたきを持ちながら、私がそう返すと、

「……何かやってみたい事とかないの?」

 などとおっしゃる。 確かに、こうして紫苑様の身の回りの世話をするか、あとは鍛錬と後進の稽古が私の日々の生活の全てな気はする。 ここらでひとつ趣味を増やして、生活に彩を添えてみるのも悪くはないかもしれない。

「そうですね……」

 とはいえ、何をしたものか。 皇国において広く親しまれている趣味といえば、華道、茶道、楽器、骨董、陶芸、盆栽、収集……思い浮かんだものを列挙してみたが、どれもどうにも、私には似合いそうもないような気がした。 武士の嗜みとして和歌や漢詩の知識はあるし、茶道の心得もある。 風流や雅、詫び寂びといったものの何たるかも少しは理解しているつもりだが、生来の無骨者とあって、どうにも気が引ける。

「盆栽とか渋くていいんじゃない?」

 よし盆栽は却下だ。 自分で想像したが、似合いすぎて逆に癪に障る。

「そうですねえ……」

 ぱたぱたとはたきを動かしながら、生返事。 ふと脳裏にアレスの顔が浮かんで、「脳筋は脳筋らしく身体でも動かしてろよ」とか言って消えていった。 茹で上がった甲殻類のような色合いの分際で……しかし私の脳裏に浮かんだものってことは、私の深層心理の反映ということなのか? いかん、急に気分がげんなりしてきた。

 だいたいその言に一理も二理もあるから余計に腹が立つ。 茶道も華道もどうにも窮屈だし、審美眼や鑑定眼に自身があるわけでもない。 そのあたりは紫苑様の領分だ。 手先の器用さには多少の自信はあるが……。 いや、こういう文化系の趣味でなくても別にいいんじゃないか? 脳内アレスの言に従うようで微妙に嫌だが。

「スポーツとかどうなの?」

 コーヒーをすすって、紫苑様もそうおっしゃった。 うんよしそれ採用。

「……いいかもしれませんね」

 そういうことになった。



 *****



 紫苑様曰く、エクストリーム・スポーツというものがあるらしい。 エル・ネルフェリア発祥の、魔術師のための様々な競技群とのことだ。 競技ごとに定められたルールに従いさえすれば、魔術を使用しても良いのだとか。 あちらでは相当に長い伝統を誇る競技群らしいが、応神では魔術でそういうことをするという発想がそもそもなかったようだ。

 聞けば、なんでも魔導軍の中に、「エクストリーム・サッカー」とやらの同好会があるらしい。 皇国魔導軍は盟友たるエル・ネルフェリア七耀騎士団および飛天騎士団との交流も盛んなので、あちらから直接伝わってきたのだろう。 原型はアルビオンなどの西大陸諸国で大流行している球技だ。

 そんなわけで、私はいま京の郊外にある魔導軍の訓練場――先日私と紅いのがやりあったとこだ――に来ている。 さて、そこには今回白線で四角く区切られたフィールドに、ネットを張った鋼管の構造物、ようはゴールがふたつ置いてある。 一般的なフットボールもしくはサッカーの競技場のはずなんだが……。

 繰り広げらてれいる光景は常軌を逸していた。 何か光ったり爆発したり燃えたりしとる。 これ本当に蹴球サッカーか?

「うおおおーッ! 九頭竜一閃ッ!!」

 なにやら叫んでいるのは弓削殿だ。 九頭竜っぽいオーラを出しながらボールを蹴ったかと思うとボールが九個に増えた。 どういう理屈だ。

「とめる!」

 奈々のやたら鋭い気合と共に、九つあったボールがひとつに戻り、それは彼女の手のグローブの中に綺麗に吸い込まれていった。 おぬしそんな性格だったか?

 ゴールキックから前線の本多忠紀殿がボールを受け取る。 良い感じにゴール前、迫る敵DFを……かわさないのか!? 強引にシュートを決めに行くつもりか! っておい、それ、蜻蛉切とんぼきりか!?

「結べ蜻蛉切! 七星旋墜ーッ!!」

 ええい、さっきの弓削殿といい、なんなんだそのセンスは! あ、DFが吹っ飛ばされた――キーパーも吹っ飛んで、ネットが破れたっていうか槍でボール突くのはアリなのか、それで壊れないボールはなんなんだ、ああもう突っ込みどころが多すぎやせんかコレ。

 しかし大体理解はできた。 なるほど、これは私向き……かもしれん。



 *****



 要はあのボールを使っているからサッカーということらしい。 試合が終わった後、弓削殿がドヤ顔で説明してくれた。 一発頭を叩いてやったが私に罪はないと思う。

 その後私も参戦したいということを話したら、私がどちらのチームに加入するかで少しモメた。 加減はしてやるぞ?

「では剣聖殿、私のほうへ」

 本多殿が手招きしてくる。 その”剣聖”はやめろと言ってるだろうに……。

「お手柔らかに頼みますよ」

 と、弓削殿。 安心しろ、死ぬことはない。

「輝夜様がいらっしゃるなら、私は楽できそうですね」

 奈々、弛むなよ?

「よし、いこうか」

 そしてキックオフの瞬間、私は風になった。


 以下はダイジェストでお送りする。


「抜かせませんよ!」

「阻止するッ!」

「良い度胸だ、ついてこれるか試してやろう!」

「で、でたー! 輝夜様の24分身フェイントだー!」


「最大出力で行くぞ! 避けろよ! 当たるなよ! 死ぬぞ!」

「うわあ音速超過シュートだー! 避けろー!」

「身体のどこかに当たってくれー!!」

「かもくん ふっとばされたー!」


「ここを抜ければ!」

「させん!」

「三分身衝撃破から突っ込んだー!?」

「 ……あのう、すんません輝夜様、もうちょっと加減できませんか」


 試合は私が入ったほうが20対0で圧勝した。

 私は出禁になった。


 ……盆栽でもはじめようかな。

9/5 誤字訂正

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