表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

その6

 紅いのが我が家に逗留しているあいだに、必ずすることが一つある。

「今回も一手願えんか」

「ん? あー、やんのか。 いいぜ」

 このように色よい返事を貰えたので、いま私たちは京の郊外にある、魔導軍の訓練場にやってきている。

 私の出で立ちはといえば、昔懐かしい旧式の皇国軍服を改造した戦闘服と、その帯から飾り紐で刀を提げた姿。 紅いのも紅い軽鎧を身につけ、大剣を背負っていた。

「まさか鈍っちゃいねえよな?」

「さあな。 鍛錬は欠かしてないが、勘のほうはどうかな」

 私はもう戦闘態勢に入っている。 対する紅いのは、大剣の柄の部分に嵌められた紅い宝石、その周囲にあるダイヤルをカチカチと弄っていた。

「これで良し。 やるか?」

 作業が終わったのか、顎をしゃくって、大剣を肩にかつぐ紅いの――アレス。 私は呼吸を整えて、愛刀の鯉口を切った。 刃渡り四尺ほどもある大振りな刀だが、私にしてみれば最早身体の一部のようなものだ。

 すること、つまりは手合わせだ。


 さて、目の前の状況に集中せねばなるまい。 私も、アレスも準備は万端。 周辺の結界強度は三度も念押しして確認した。

 審判役を買って出た勇気ある若い少尉には、開始を告げたらさっさと結界外へ逃げるように言明してある。 魔術で強化した脚力なら、この1000米四方の結界からも、まあ余波が及ぶまでに逃げ出せるだろう。

 全開だ。 それをせずに、勝ちうる相手ではない。

「行くぞ」

「来い」

 これ以上の言葉は要らぬ。 すうと息を吸い、私は全身へと自身の魔力を行き渡らせた。

「はじめ!」

 開始を告げた少尉が、言った通りにすっ飛んで逃げるのを見届け――先手は私が!

 気で形成した四十八の分身たちに気刃を放たせ、私自身は左右へのステップで自身の残像を残しながら、立て続けに衝撃破を放つ。 気刃よりも先にそれらは着弾し、訓練場の地面に次々と穴を穿ってゆく。 巻き起こる土煙、その中に、私は音の壁を感じながら、自身を飛び込ませてゆく。

 砂煙の向こうへと気刃が消え、直後に爆炎が砂煙を吹き飛ばした。 気刃も掻き消されてしまっただろう。 しかし予定通り。

 音速に迫るこの身とこの刃を弾丸として――こちらにめがけ、大剣の刃を向けて突っ込んでくる、アレスにぶつける!

 刃鳴り、そしてその勢いに任せるまま距離を離し、制動をかけながら地面を蹴りつつ旋回。 再びアレスを正面に捉える。 今度放つのは誘導効果を持たせた魔力弾を十二、さらに衝撃破。 無論、この程度で紅いのを倒せるとも思っていない。 誘導弾より高速の気刃も、先程と同じく分身を作り出して撃っておく。

 気刃が炎で掻き消された、そこまでは先程と同じ。 その隙を、誘導弾が襲う――紅いのが、爆音と共に動いた。

 誘導弾の旋回半径の内側に入るように、亜音速で突っ込んでくるアレス。 私は前方に加速術式を多重展開、音速超過に加速し迎え撃つ!

 一度目よりも鋭い刃鳴りが響いた。 紅いのの大質量の一撃を、私は刃で受け流し、すれ違いざまに刀を握る左手の小指を僅かに振った。

 放ったのは収束した衝撃破。 最低限、鎧の脇腹に傷はついているはずだ。 皮膚にまで達していれば御の字。

「痛えッ! 前から思ってたが、最近やる事が姑息だな、お前!」

「格上相手なら小細工を積み重ねて凌駕する! 誰が言った台詞か覚えてるか!?」

「俺だよ俺!」

 口ぶりからして、どうやら皮膚までいったらしい。 こちらとて無傷ではないが。 奴の斬撃を二度も受け流すのは腕にクるものがある。

 それでも二度も真正面からぶつかったのは、少しでも有効打を与えておくだめだ。 一度目の打ち込みはこちらから仕掛け、小指は使わない。 そうして二度目は誘導弾を用いてアレスを動かし、こちらへ誘ったのだ。 そして斬撃を受け流し、小指で一撃を加えてやる。 次はもう使えん策だが、痛みと出血はそれだけで意識を鈍らせ、体力を奪うものだ。

 足を止め、再び誘導弾と気刃、衝撃破をばら撒く。 露骨な誘いだが……ま、乗っては来んだろうな。 しかし、奴より私の方が常に先手を取れるのだから、飽和攻撃で相手に反撃の暇を与えなければいいのだ。 手数ならばこちらに圧倒的な分がある。 ……奴がこのままならば、だが。

 衝撃破が着弾し、土煙を撒き散らす。 そろそろ三次元機動を混ぜるか――そんなことを考えつつ、慣性を殺しながら旋回する私の脳裏を、さっと冷たいものがよぎった。 いかん!

 制動術式を多重展開し、さらに推力を逆転させて急制動をかけた直後、私が一秒後に到達していた場所が大爆発を起こし、砂礫がこちらにも飛んできた。 紅いのが力任せに撃った衝撃破か。

「土煙を逆用されたか……!」

 土煙による煙幕はこちらの攻撃タイミングを予測しづらくするためのものだったが、それはこちらにとっても、相手の動作が見えづらくなるという意味で同じだった。

とはいえ、布石に用いた気刃を爆炎で吹き飛ばさせる策は、土煙で相手の視界を奪わねば成立しえない。 気刃はブーメラン様の軌道を描くがために、読まれやすいのだ。

「さあてと」

 ……ぬかった! 制動に注意を払いすぎたか!

 動き続け、攻撃を加え続け、隙を与えないという戦術を、自ら放棄してしまうとは、不覚……!

「俺のターンといこうかね?」

 背後から声。 急に膨れ上がった熱から逃げるように、急ぎ距離をとる。 反転するあいだに、自ら生み出した爆炎を断ち割るようにして、アレスは猛追してきた。 速力の差はあれど、こちらに動作の無駄が多ければ、それは大した意味を持たないのだ。

 疾駆する荒馬のごとき勢いで、赤熱した大剣が迫る。 刀で受けるは愚策、それこそ折れてしまうだろう。 流す余裕もない。 間一髪、二髪の回避を重ね、気がつけば背後は結界の境界。

「チェックだぜ」

 それは意趣返しのつもりか。

「……生憎と、盤は地上だけではないぞ」

 言いながら、私は背後の結界に足をかけ、推力を下方に振り向け、上方に加速術式を多重展開。 一息に踏み切って、式を突き破って速度を得、空を翔ける!

 宙返りをしながら、下方へと爆撃するように衝撃破をばらまいて牽制し、間合いをとる私。

 とはいえ紅いのの義体は飛べんから、空中戦に持ち込むこともできない。 よって私は爆撃よろしく上空から攻撃するか、地上にまた降りるしかない。

 飛んでいる間も油断はできん。 火炎弾や熱衝撃破はひっきりなしに飛んできている。 飛翔は姿勢制御に意識をもっていかれて弾幕密度が薄くなるのも難だ。空戦機動はさるトップエース仕込みなんだが。

 

 着地すると、紅いのは対空攻撃をやめた。 大剣をこちらに向けてはいるが、動かない。 そして、唐突にこちらに言葉を投げてきた。

「さっきのは徹底してたな。 正直アレは勘だったんだぜ」

「私も迂闊だったが、怖いなまったく。 気刃はどう防いだ?」

「何度戦ったと思ってんだ、軌道はだいたい読めるんだよ。 あとは簡単だ」

「なるほど、改良せんとな。 ……いけると思ったんだがなー」

「対軍、対要塞級の飽和攻撃を俺一人に、だしなあ。 地味に酷くね? ってかさっきのトコがジンジン痛えよ」

「破った奴が言うな。 まあなんだ、たまには一方的に勝ってみたいだろう」

「ガキの頃の借りを返すってか。 じゃあ負けてやりゃあよかったな」

「冗談を言うな。 そんな事をしてみろ、死ぬまで恨むぞ」

「永遠にかよ。 これだから女ってやつは」

「……そこは関係あるのか?」

 軽口を叩きあいながら、私と紅いのは睨み合う。 私は刀を、アレスの方に向けるようにして構えた。

「さ、仕切りなおすか」

「応よ」

 ま、結局最後はこうなるのだな、と思いつつ。


 衝撃破、気刃、分身、残像、誘導弾、飛翔術式……様々な小細工を弄してきたが、結局のところ、私の最大の武器はこの身と、この手に担う刀なのだ。 それはアレスとて同じであり、ゆえに、私たちの戦いの最後は、大抵、泥臭い肉弾戦となる。 むろん、一太刀の速度は亜音速なり遷音速、下手をすれば音速超過。 互いに「寸止め」ができるとの確信があればこその組み手だ。

 もっとも私くらいになると普通にステップするだけで分身めいた残像が出るのだが。

 話が逸れた。 アレスの武器は、冗談のように巨大な刀身をもつ大剣だ。 クリーバーとかいう種別だったか。 斬るというよりはまさに「叩き斬る」、いや、「斬り潰す」とか「叩き潰す」とか、まあもっと過激な表現が相応しい代物だ。 故に単発の攻撃は、どうあっても大振りに、大雑把にならざるを得ない。

 当然、ただ振り抜くだけならば大きな隙ができる。 その隙を、紅いのは「動作を連続させること」によって消している。 大振りの一撃の勢いを殺さず、さらに次の一撃へと繋げることで、武器の欠点ともいえる超重量を利点へと昇華させているのだ。

 一歩踏み込んで刺突、僅かに軸をずらすことでかわされた。 直後にアレスは身体を回転させ、薙ぐように振るった剣閃をこちらに叩きつけてくる。 それを踏み込んだ勢いのまま地面に身を投じ、転がってかわす。 反転した紅いのがこちらに向けて斜め上から振り下ろす追撃を手をついて転がる方向を変えて回避、脚をバネにして跳ね起きる勢いに乗せて片手だけで切っ先を振り上げ、紅いのの前髪を一房断ち斬ってやった。 ざまあみろ。

 そして勢いのままに宙を舞い、ついでに一回転などして着地。 間合いを取ったところから衝撃破を三発打ち込み、それが着弾する前にステップして分身を生み出しながら突撃。 この程度の撹乱に惑わされる紅いのではないが、癖だ。

 しかしこうすると、こやつはは決まって――ほら来た。

 こちらに向けられた大剣の、柄にあしらわれた真紅の輝石がまばゆく輝く。 お得意の全方位爆発だ。 こやつは基本的に面倒くさがりだから、面倒な状況、たとえば全方位から攻撃されてるとか、同時には対処しづらい攻撃が来ているとか……に陥ったらこれで埒を開けたがる。 まあ大抵のものは吹き飛ばせるからな。

 それが、私の勝機だ。

 閃光、爆音、広がる赫炎、その中に私は切っ先を向けて突っ込んでゆく。 紅いのが舌打ちした。 自分の失策を悟ったか?

 体幹を僅かに――音速超過で、動かす。 発生した衝撃破が炎を吹き散らし、僅かに紅いのが体勢を崩し、私は身体をその懐に踊り込ませた。

 精一杯に意地の悪い顔をして、のど元に刃先をあてがってやる。

「取った」

 ……おいこらまじまじとこっちを見るな。 ちょっと恥ずかしいんだ。

「似合わねー」

「だまれ」


 ということで、此度の手合いは私が勝ちを拾えた。

 これであと何回勝てば勝ち星が黒字になるんだったか。 いかん、忘れた。

 まあいい、いつか追いついてやる。 それまで、どこか私らの知らんところで勝手に死んでみろ。

 紫苑様とともに、地獄まで追いかけていって引っ張り戻してやるからな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ