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その2


 我が敬愛すべき主である御神楽紫苑という方は、贔屓目を差し引いても掛け値なしの美女だと言える、と思う。 出会って何年経ったかもう数えるのも飽いたが、これまで並ぶほどの美貌の持ち主に出会ったことは数えるほどしかない。 こんなことを私が言うと贔屓の引き倒しとか言われるやもしれんが、私の中での不変にして不朽、永遠の真実なのだ。

 銀を紡いだかのように煌き、絹のように滑らかな御髪。 紅玉を嵌め込んだかのような、意思と活力に溢れる瞳。 名工の手による彫像のごとき、美しく整った面持ち。 水晶の風琴がごとき、涼やかな御声。 長身でありながら、女性らしさをしっかりと主張する肢体。 三体数も、大きさとバランスとの調和を体現したかの如きだ。 いや、ちょっと胸が大きすぎるか。

 先天性の白子ゆえに強い日差しを厭われるし、昔は身体が弱かったためよく病気を患っておられたようだが……。

 まさに完璧。 完璧すぎる程だ。 ――外見は。


 内面はといえば、残念である。 総合すれば世間からの評価は、一言で表現して「残念な美人」というところだろうか。

 ものぐさ、ぐうたら、人の話を聞かない、やたら理屈っぽい、頑固。良く言えば意思は強いし、頭はとても良く回るということになるが、その頭脳はだいたい私にばれると都合が悪いことの隠蔽に使われるから困る。

 私が管理している家計から少しずつちょろまかして高いお酒を買ったりとか、お止めくださいと言っているのに隠れて煙草を吸ったりとか。 ……まるで子供のやることのようだ。

 知性と稚気を併せ持つと言えば聞こえはいいが、側仕えの身としてはそんな美辞で片付けられてはたまらない。 紫苑様が何か騒動を起こしたとして、後始末をするのは私なのだ。 当人はその頃には軽やかにどこかに行っているか、にやにやと私を見ている。

 何度かマジギレしたこともあるが、まあ、それだけである。 私が説教して、紫苑様が謝って、それで終了、後には引かない。 あとは説教した内容を覚えていてくだされば良いのだが。

 ……母親か、私は。 掃除も料理も洗濯も私がしているし。 私の方が年下なのだが。


 というようなことを知人に愚痴ると、半数程度は「辞めちゃえば?」というような事を言われる。 私も何度かそう思ったことはあるが、不思議と実行に移そうとは思わないものだ。 もう半数は、「それはもう、愛だろう」というような返しをしてくる。 「ごちそうさま」とすら言われたこともある。 まあ、自分で言うのも何だが、こればかりは、そう、惚れた弱みだ。


 ときに、諸氏は、私の性別を男女どちらだと思っておられるのだろう。 正解は後に発表するとしよう。

 ……こういった部分で、紫苑様の影響を受けているのだろうな、と思う。 昔の私なら、このように冗談めかす余裕も、多分無い。


 と書いたところで、びりびりとした振動と共に大きな物音が聞こえてきた。 何かが爆発したような、そんな音だ。 筆を走らせる手を止め、油断無く感覚を周囲にめぐらせる。 何が起きた? この時勢に、この場所に、よもや狼藉ということはあるまいが……と思考しながら、棚の上に置いてある愛刀の柄を手に取った。 武門に生まれた身、今でも鍛錬は欠かしていないが、実戦からは離れて久しい。 有象無象相手に遅れを取る気はせぬが、用心するに越したことは無いな、と立ち上がろうとしたところで。

「ただいまー」

 聞こえてきた声に、一気に脱力した。 爆音といえばそうだ、この御方がいた。

 刀を元あった位置に戻し、主を出迎えるために玄関へと向かう。 今日は確か、皇国魔導院の会合に顔を出していらっしゃったはずだが……。

 

 上で紫苑様のことをさながら手のかかる子供のように(というか実際とてもとても手がかかる)書いたが、実はあれで、とてもとてもお偉い立場にある。 私と紫苑様が生まれ、そして今も住まう国は応神おうじんと号するのだが、この国の魔術師の総元締めである魔導院という組織の、終身名誉顧問という、なんともな地位にあられる。 この「皇国魔導院終身名誉顧問」以外にも、幾つものやたらと仰々しい肩書き――たとえば「皇国魔導軍名誉元帥」だの「宰相府顧問」だの「科学省相談役」だの――をお持ちだが、本人は何処吹く風、実に気侭に生活していらっしゃる。 少しは自身の立場を慮っていただきたいものだ。

 極めつけは、なんと皇族であらせられる。 月読宮家という、皇統にもっとも近しい家柄の当主――はもう引退されたが、重鎮には変わりなく、その公的な発言の影響力は非常に大きい。 ならば殿下と呼ぶべきだろうという向きも当然あったし、いつだったか不敬罪に問われそうになった事もあった。 しかし私がそう呼ぶと烈火の如き怒りを頂戴することになるので、とてもそうは呼べないのだ。

 その時に私の罪を鳴らそうとした一条何某という貴族も、紫苑様が指先に真っ赤な炎を灯してひと睨みしたら、黙ってしまった。 何せ、たまに本物の烈火が飛ぶから洒落にならん。

 

 閑話休題。 「おかえりなさいませ」と出迎えた私を尻目に、紫苑様は自身が破壊した屋敷の門を、私では到底扱えない程に高度な術を、また器用に操っていそいそと修理していらっしゃった。

 地面には先程の爆音を引き起こしたと思しき現象の跡が残っている。 石畳と玉砂利と土が吹き飛ばされ、円形にえぐれた地面。 つまりはクレーターだ。 

「逆噴射で制動をかけられたのですね?」

 渋面を作って、私は問うた。 思えば先程文机に向かっている際に、きぃぃ……んといったふうな、妙な音がしていたのだ。 どこか近くで路面工事でもしているのか(舗装された路面を切るカッターのような工具から、そんな音がする)と思っていたが、なるほどこの方が発された音だったようだ。

「だって、ほら、たまに飛びたくなるじゃない。 風を感じて」

「はあ、まあ、解らなくもありませんが……賀茂様も弓削様も安倍様も『やめてください』とおっしゃってたでしょう。 何よりこの国の法で、都市部での音速超過は禁じられているのですが」

 この法、現在本気で適用されるのはこの御方ほかごく少数しかおるまい。 かなり昔からある法律なのだが、そうと知らなければ、この方の為に作られたと言われても納得できてしまう。 あ、私も入るか?

「シールドもちゃんとしたから被害ほぼゼロよ!? 最後は減速タイミング間違えて強引に制動かけたから、これ壊れたけど!」

 白い頬を紅潮させて強弁する紫苑様。 お綺麗だが、言うべきことは言わねばならぬ。

「はいはい子供ですか貴女は。 もういい御歳なんですから、そういう言い訳は見苦しいだけと何度申し上げれば解っていただけるのです? もう少ししたら警察が来ると思いますので、罰金は来月の小遣いから引かせていただきますからね」

「え、何、あれから更に減らすっての? 酷くない?」

「酷いも何も、行為とその結果、まさに因果応報というものです。 大体……」

 くどくど、くどくどと門前で説教をする私。 それを見て笑ってゆく街の人々。


 まっこと得難き日常だが、どうにも心労が絶えんのはどうにかならんものだろうか……。


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