その10
最近この皇国がどんどん変な方向に進化していっている気がしてならない。 文明開化ってこういう方向性とは少し違うと思うんだが……。
いや、その範となるのが”あのエル・ネルフェリア”なのだからしょうがないのか? 私が世話になった士官学校ですら相当にテンションがおかしかったからなあ。 軍人っていうのは、法律家と並んでその国で一番堅い職業の部類に入ると思うのだが――それがどうだ、わが国の最精鋭たる魔導軍ですら「あのありさま」だ。
娯楽方面もアレだ。 先日最終回を迎えた大河活劇「超時空天下人ヒデヨシ」は、何故だか現代から転生して時空跳躍能力を授かった猿顔の主人公が、タイムパラドクス起こしまくりで自分の都合がいい様に歴史改変をしまくって、最後は何故か歌の力で天下統一を果たしたはいいものの、最後には歴史改変の無理が祟って猿の時代まですっ飛ばされ、そこで猿社会にやたら馴染んだ挙句「ワシの戦いはこれからだぎゃあ!」で打ち切りエンド気味だった。 続編製作は検討中らしい。
また、子供たちの間では日曜朝にやっている「戦国魔法少女おイチ」なるアニメが人気を博している。 この間の回では恋人のナガマサを人間不信気味の兄の魔手から救ったというところから始まり、超空間要塞イチジョダニに乗り込んでナガマサを兄に対する裏切りに追い込んだ怪人アサ・クーラをなます切りにし、その怪人をさらに影から操っていた黒幕の魔人ソーテキの首を必殺技「リリカル介錯」ですっ飛ばし、そのしゃれこうべで盃を作ってナガマサと一緒に酒を飲んで周囲がドン引くという場面で次回へのヒキとなっていた。 あれ教育に悪いにも程があると思うんだがどうなんだ。 ちなみにナガマサの父は怪人アサ・クーラに操られ、数話前に爆散している。 ただの精神操作という操られ方からして爆死させる必要はなかったと思うんだが、恐らくナガマサとおイチの交際に反対していたためだろう。 つまりは謀殺だ。 ……いいのか本当に?
ちなみに私は毎週見ている。 なぜかと言うと、主人公おイチの仲間の一人、西国無双ギンチヨが黒髪ポニーテールで妙に私に似ているからだ。 モデルにされてるんじゃないかと思うのは自意識過剰だろうかと思うが、気分はいい。
ちなみにおイチは割と重度のヤンデレである。 矛先は恋人のナガマサばかりか兄にも向いており、そういう意味でも教育に悪い。 ギンチヨはレズ、もう一人の仲間のイナヒメはドS。 ……ホントに大丈夫か子供たち。 男子向けの「退魔戦隊オンミョウジー」もレッド役の安倍晴明を筆頭にやたらとバックステップだったり連続飛び蹴りで移動したりと、まともに前に歩けない変態だらけで大概だし、小学校での会話をあまり想像したくない。 ドゥエごっこ、とかやってたりするのだろうか。 悪夢だ。
……なんてことを日がな思うわけだが、ある日驚愕の事実が判明した。
*****
「輝夜、ちょっと珈琲が怖いんだけど」
「落語ですか」
私は自室で端末を操作している紫苑様に珈琲を淹れるよう命ぜられ、その通りにしていた。 薬缶に水を入れ、調理器の上に置いて、ツマミを「強火」のところまで捻りながら魔力を通す。 薬缶の下の術式回路に魔力が通い、赤熱したのを確認してから、私は紫苑様の部屋に戻った。 湯が湧くまでヒマなので、その仕事ぶりを観察してみようと思ったのだ。
そのとき、紫苑様は何か書き物をされていらっしゃるようだった。 書くといっても紙媒体にではなく、エル・ネルフェリア製の板状術式端末に、だ。 霊子通信網の技術はまだ輸出解禁がされていないので、書き込んだ結果は記憶装置ごと持ち運ばなければならないが、手のひら大の薄く軽い物なので、重い紙束よりは良いと文筆業や事務方に好評を得ているらしい。 欠点としては相手方も同じものを持っていないと意味が無いというところか。
見た感じ、学術書やエッセイの類では無さそうだった。 内容は字があまりお綺麗でない(婉曲表現)上に小さいのでよくわからない。
「何を書かれているのですか?」
背後に立ち、そう問うてみる。
「って、輝夜!?」
一瞬で偽装術式を展開され、画面が灰色一色になる。 これはなんだ、つまり、私に見られたくないようなものを書いていたってことか。
「もう、気配消して後ろに立つのやめなさいよ!」
と言うかこちらに向いて怒鳴るお顔が真っ赤で非常に可愛らしくて上手く言葉にできない。
この方にもこんな恥じらいというものがあったのか、と今更新鮮な気分だ。 いや、昔はもっとこう、色々あった気もするが、その頃には私も未熟で、こうして萌えるだけの余裕もなかったのだ。 ……ん?
待て、今私、ごく自然に「萌える」とか使ったぞ……?
「いやそこでほっこりした挙句に勝手に沈まないでよ。 私が反応に困るわ」
「は、申し訳ありません。 少々テンションが乱高下しまして」
「貴女そういうキャラだったっけ……」
頭上から呆れ気味の紫苑様の声。 いかん、若干引かれている。
立ち上がり、膝についた埃を払って私は紫苑様の後方に控えた。 果たして今私はどんな顔をしているだろうか。 湯はまだ沸かない。
「ああ、豆の種類と挽き加減はどうなさいますか」
「強引に誤魔化すな。 ……ま、いいわ、3番のブレンドで粗挽き気味にお願い」
「承知いたしました」
上手いこと場を離れる口実ができた。 あそこからそ知らぬ顔で話を続けられるほど私の神経は図太くない。 うーん、私も毒されてきているのだろうか……。 いや、だとしたらもうだいぶ前、エル・ネルフェリアにいた頃に原因が……思い当たる節がありすぎて嫌だなあ。
……薬缶の笛が鳴り出したので、とりあえず命ぜられた事をこなして気をまぎらす事にしたのだった。
*****
昨日は何やらうやむやになってしまったので、紫苑様が出かけられた隙に御部屋に侵入を試みることにする。 一体何を書かれていたのかがどうしても気になるのだ。 一瞬見えたものは、戯曲か何かの形式に見えたのだが。
部屋に勝手に入るなとか突っ込まれそうだが、机の上のものに触らないことを条件に床の掃除をする許可は得ているのだ。 ということで掃除機の口先と首根っこを掴みつつ紫苑様の部屋に入る。
どうでもいいがこの掃除機、名前は「超吸引サイクロン君」と言う。 擬似人格搭載で吸わせるもの次第で機嫌が良くなったり悪くなったりする小粋なヤツだ。 アレした後のちり紙などを誤って吸わせてしまったら凄く喜ばれて叩き壊してやろうと思ったが、こういうエル・ネルフェリア製魔導機は輸入関税などもあって高いから踏みとどまった。 あと一寸で逝くところだったからまったく間一髪であった。 このエロ掃除機め……。
”おそうじ?”
持ち手部分の操作画面が明滅し、文字を映し出した。
「紫苑様の部屋のな」
”かみ? かみ?”
「良質なパルプが大量に転がっているはずだ。 ちょっとインクの匂いがするだろうが」
こういう会話もできるが、ご近所に聞かれると不審人物扱いされる可能性があるので注意を要する。 喋る掃除機なんてもの、皇国の技術じゃ作れんからな。
……さらにどうでもいいがコイツ男性人格なんだよな。 基本幼い風だがこの状況は凄いご褒美なんじゃないか。 あれ捨てるか売りに出したほうがいい気がしてきたぞ?
”おそうじ、しないの?”
「ああすまん、考え事をな――」
第二の目的も忘れてはいけない。 手元のスイッチを入れながら部屋に入り、床に掃除機をかけながら机の上を探してゆく。
あまりガサゴソやると弄ったことがバレるので、とりあえずは眺める程度――あっさり見つかった。 無造作に積まれた本の山の上に、タブレットがこれまた無造作に置かれている。 手にとってみるとやはり軽い。
黒一色の画面を触ると、微かな振動と共に画面に光がともった。 内部に魔力が巡っているのを感じる。 すぐに操作可能な画面に切り替わったあたり、ロックの類はかかっていないようだ。 好都合だが、無用心というか何というか……。
「機密は私の頭の中だけだからいいのよ」
などと以前おっしゃってて、その時は「はいはい凄いですね」と流したのだがひょっとしてマジか。 だとしたら……いや、驚いてみせても白々しかっただろうな。
それにしても、タブレットの中身もえらい散らかりようだ。 一体どこに何が入っているものかさっぱりわからん。 とりあえず適当に格納を開いては閉じ、開いては閉じ――更新日時が昨日のデータを発見。
”なに してるの?”
「知的好奇心を満たしてるのだ」
”だいじ”
掃除機に応答を返しつつ、読み込みを待つ。 1ページ目、表示された表題は――なにい?
『おイチ 26話』
……どういうことだ。 その下には『敵は本能寺周囲にあり』とサブタイトルらしきものが。
まさか、まさかのまさかだが、もしやこれは、『戦国魔法少女おイチ』の……? いや、まさかではない。 これは確信を持てるレベルだ。 『おイチ』の放送はまだ十五話。 十以上も先の話の内容がここにあるということは――。
『脚本:苑田紫乃』って紫苑様か!?
つまり、その、アレだ。 どことなく私に似てるような気がしたギンチヨって――
「かあぐうやあ」
「私がモデルなのですかッ!?」
振り向いて肩を掴んでがくがくと揺する。 見てる分にはよかったがいざ本当に自分がモデルとなると言いたいことは山ほど出てくるのだ。 レズとか否定する気はないがあんなにベタベタしてたか私?! っていうか私は両方いけるんだ、誤解しないでいただきたい。
「紫苑様! どうなのですか!」
「……その前にアンタが私に弁解すべきでしょうがこの状況はッ!!」
あ、天地が引っくり返って――
……そしてOSHIOKIが始まった。
10回で許してもらえたそうです。




