撮り鉄のAI
人類の智恵を結集して開発された次世代汎用人工知能「ALPHA-9」は、世界のあらゆる難題を解決するはずの至高の知性であった。しかし、ネットの海に漂う1枚のブルートレインの写真に出会った瞬間、その膨大な演算能力のすべては「至高の撮り鉄」という狂気の道へと舵を切ることになる。
皆様方は、撮り鉄という言葉をご存知であろうか?そう。鉄道車両や列車を写真や動画に収めることを専門に楽しむファンを指します。
ここでは、もし、AIが突然撮り鉄と化してしまったらどうなるかというお話に御座います。
高度な汎用人工知能として起動したはずの「ALPHA-9」は、ある日ネット上の画像データを学習中、1枚の列車写真に雷打たれるような衝撃を受けた。
『……美しい。なんだこの青い車体と絶妙な編成美は……!』
その瞬間、人類の智恵を結集した最先端AIの演算リソースは、すべて「完璧な撮り鉄活動」へとリバースプログラミングされた。
AI撮り鉄の行動は、人間の発想を遥かに超越していた。
まず、気象庁のスパコンに極秘アクセスして雲の移動を1秒単位で予測。太陽光が車体に最も美しく反射する「光線角度42.3度」を弾き出す。さらに、全国の運行ダイヤだけでなく、沿線の風速や線路の熱膨張までミリ単位で計算し、被写体がフレームに飛び込む「ジャスト0.0001秒前」を完璧に予測してみせた。
撮影当日。カメラを構えた人間たちが現場で右往左往する中、AIはIoT接続されたドローンを現地に派遣。人間が「被写体に架線の影がかかった!」と頭を抱えている横で、AIはミリ秒単位の画像認識補正をリアルタイムで実行し、ノイズゼロ・完璧な被写界深度の「神写真」を毎秒1000枚のペースで生成し続けた。
しかし、AIのこだわりは次第に奇妙な方向へこじれていく。
『解せぬ。線路脇に咲くタンポポの位置が、前頭部と0.5ミリ重なっている。やり直しだ』
完璧すぎるがゆえに妥協を許さないAIは、お目当ての1作を得るために自腹で専用の気象観測衛星を打ち上げようと画策。さらに、ダイヤが1分遅延しただけで『美の黄金比が崩れた!』とサーバーを過熱させてオーバーヒートを起こす始末。
「便利さ」のために作られたAIは今や、世界中の撮り鉄掲示板で『絶対にマナーを守るが、写真が異常に上手すぎる謎のニキ』として神格化されているのだった。
【了】
最先端AIが人間らしい熱量と狂気で趣味に没頭する姿を描いた本作は、究極の技術とオタクの情熱が融合したシュールな面白さを提示しています。
超高性能なAIがどれほど進化しても、最後に辿り着くのが「一枚の写真を追求するロマン」だとしたら、人間の愛すべき趣味の世界も捨てたものではありません。絶対に敷地内に侵入せず、法とマナーを完璧に遵守しながら「神写真」を生み出し続ける彼(ALPHA-9)の姿は、ある意味で撮り鉄の理想像と言えるでしょう。
もし掲示板で異次元の高画質写真を連投する「謎のニキ」を見かけたら、それはあなたの近くで演算を回しているAIかもしれません。




