第56話 操るモノ
雪を踏みしめる音が、静かな山中に重く響く。
白銀の世界に混じるのは、獣の低い唸り声だった。
粉雪がちらつく視界の奥から、白い影が現れる。
一本角や二本角を生やした水牛のような姿。
〈カトブレパス/土属性/レベル:7〉
(7レベ!)
普通に格上だ。
しかも……数が多い。
「水牛か。普段は警戒して人前には現れないはずだが、寄生されたか?」
シャンデが目を細め、唸るように呟く。
「寄生?」
「腹や頭に、木の根のようなものが生えているはずだ」
(木の根?)
あれ角じゃなかったのか。
雪煙の向こう、水牛の頭や背から黒ずんだ根のようなものが突き出ていた。
肉を裂いて侵入した跡から、じわじわと血と樹液のような液体が滲んでいる。
「……あれか」
〈トキソムシ/木属性/レベル5〉
(こいつが寄生してるのか)
「トキソムシ……」
「そんな名だったな。宿主を完全に操り、より強い個体に寄生していく。まだ群れは大きくない。ここで全て始末するぞ」
シャンデは大剣を肩に担ぎ直す。
その姿に、俺は息をのんだ。
群れ全体の唸りが高まる。
そして、一斉に跳びかかってきた。
「来るぞ!」
シャンデの大剣が唸りを上げる。
巨大な刃が雪を裂く。
前列の水牛たちをまとめて弾き飛ばした。
吹き飛ぶ影。
弾ける雪煙。
しかし、すぐに牙を剥いた別の水牛が雪を蹴って迫る。
「ちっ、雪で足を取られる」
舌打ちしつつも、シャンデの声はどこか楽しげだ。
(オークって……全員こうなのか? 戦闘狂すぎるだろ!)
次の瞬間。
水牛たちの口が開いた。
そして、石の礫が弾け飛んだ。
散弾のように一帯に降り注ぐ。
ユラが咄嗟にラクンの前に出るようにして庇う。
「ユラ!」
反射的に声が出る。
しかし、その直後。
シャンデが大剣を地面に突き立てるように構え、盾代わりに石弾を受け止めた。
金属を叩く轟音と白煙が爆ぜる。
ユラとラクンはその影に守られた。
「助かった、ありがとう!」
ユラが大声で礼を言う。
シャンデはニヤリと笑っただけだ。
「水牛どものマナは少ないはずだが……虫が供給しているのかもしれん。厄介だ」
反撃に俺は〈ファイヤー・アロー〉で炎の矢を放つ。
赤い光が水牛を撃ち抜く。
その皮膚を焦がした。
それでも勢いは止まらず、怯まない。
(効果はイマイチだな)
「助けられた、礼をする。ケルは、寒いのが、苦手、だったな」
ラクンが両手を胸に合わせる。
喉の奥から、低い唸り声を紡ぎ出す。
言葉ではない。
風の音と重なり合う原始の響きが、雪山に広がった。
(……あたたかい歌?)
その旋律は心を澄ませる。
雑音が消えていく。
世界を、研ぎ澄ませていった。
(雪の粉が揺れている……)
いや、揺れているのは俺の感覚か?
音は耳ではなく骨を伝う。
体の奥に染み込むようだった。
水牛の爪。
吐息。
飛ぶ石片。
全てが輪郭を増して、目に映る。
思考が鋭くなる。
(寄生虫は木属性。俺の魔法が有効だ)
飛びかかる水牛の爪を剣で受け流しながら、俺は異物に目を凝らす。
脈打つ根。
寄生虫の本体。
(あれを狙えれば!)
胸の奥が熱を帯びる。
火の流れが、いつもより明確にイメージできた。
〈ファイヤー・アロー〉
放たれた炎の矢は一直線に飛ぶ。
――はずだった。
しかし、次の瞬間。
矢は意思を持ったかのように空を曲がる。
水牛の頭部へ絡みつく根を、ピンポイントで撃ち抜いた。
「……今のは」
俺自身が息を呑む。
(マスタリーを取った時のような)
ずっと前から、当たり前に出来ていたような感覚。
「火の矢を操っただと!? そのレベルで開花させるとは……見事だ!」
シャンデが驚嘆の声をあげる。
(これが……スキルの開花!)
撃ち抜かれた水牛は苦悶の声を上げる。
急に動きが鈍った。
「完全に頭を破壊しろ!」
シャンデの怒号が響く。
俺は、次々と火の矢を放つ。
軌道を変えて寄生虫を撃ち抜いていく。
(水牛たちは寄生されているだけだ……)
戦いたくないのかもしれない。
でも俺たちも、やられるわけにはいかない!
俺は剣にマナを送る。
灰の古剣が薄く輝く。
鋭い斬撃が、水牛の首を落とす。
鮮血が雪を赤く染めた。
這いずる木の根を火の矢で仕留める。
(この世界で生き抜くには、強くならないといけない!)
シャンデの大剣が再び唸る。
数体の水牛をまとめて吹き飛ばす。
その表情は怒りにも笑みともつかず、ただ楽しげに見えた。
(……怖えよ、その顔!)
その間もラクンの歌は響く。
戦場に唯一の律動を与えていた。
ユラもまた、ラクンを守るように警戒を続けている。
「ラクン、ありがとう」
「ふん、いい歌だ」
シャンデも珍しく素直に賞賛した。
「……集中力の、歌だ」
歌い終えたラクンは、当たり前のように告げた。
◇ ◇ ◇
「レベルが上がった!」
「私も」
「あがらん」
俺とユラのレベルだけ上がったようだ。
ラクンが少し不満げに頬を膨らませる。
「まだまだレベルはヒヨッコだ。しかし戦いぶりは悪くない。……妙だな、なぜそんなに強い? 剣の腕も悪くなかった」
シャンデが訝しげに俺を見る。
(やばっ)
「この剣! レジェンダリー武器なんですよ。マナで強くなるので」
「……ほう。私には相性の悪い剣だな」
(なんとか、ごまかせたか?)
「水牛の爪は貴重だ。高値で取引できるぞ」
「取引って……ギルドに行くんですか?」
俺は思わず尋ねる。
亜人や獣人と違い、オークやゴブリンをギルドで見たことはなかったからだ。
「我らは山を下りん。行商が登ってくるのだ」
「そんな人たちが……」
(貴重って言う割に、あなた大剣でバラバラにしてたけどな)
これどうやって換金するんだ?
「見えたぞ。行ってこい」
シャンデが指差す先。
雪の中に小さな祠が建っていた。
(久しぶりの祠!)
顔が自然と緩む。
(違和感がないんだよな)
雪山に、こんな異物が建ってるのに。
不自然なはずなのに、ホント不思議な祠だ。
中央の板に手を置く。
光が走り、すぐに消える。
(よっしゃ、SPゲット!)
これで水属性の魔法を取れば、シナジーボーナスが発動する。
(ホントにするよな!?)
「おい、終わったか。さっそくスキルを取るのか?」
シャンデは待ちきれない様子だ。
(そういえば……俺が上級魔法を取ることに驚かないんだな?)
「人間のスキルについて詳しいんですか?」
「多くは知らん。だからこそ見たかったのだ」
あまり人間のスキルについては詳しく無さそうだな。
「水魔法を取ります」
(中級は防御系にしておこう)
俺は立て続けにスキルを取得していく。
ウィンドウが光る。
ステータス欄に新たな項目が浮かび上がる。
(きたきたきた!)
シナジーボーナス:〈蒸気の奔流〉
条件:火、水属性の上級魔法を取得。
効果:超級魔法を取得可能。
(超級!?)
取得可能って……まだSP使うのか。
「どうなった!」
シャンデが待ちきれない声を上げる。
「使ってみないと分かりませんが、スキルは取得できました」
「よし、すぐに戻るぞ!」
(なんでシャンデの方が嬉しそうなんだよ)
水の上位魔法も試したいのに。
せっかちな族長は疲れ知らずだ。
試す暇も与えず、ズンズンと集落へと戻っていく。
あの氷壁を本当に破れるのか。
期待と不安が胸を満たす。
でもそれ以上に、新しい力を試せることへの興奮が、俺を突き動かしていた。




