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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第3章 ゴブリン編

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第52話 オークの戦士

「この……人間がー!!」


 そのオークが振り返り、俺に斧を振りかざしてきた。

 予想外の出来事に、一瞬息をのんだ。


(マジか!?)


 俺は咄嗟に剣を抜いた。

 マナを吸った剣で斧を受け止める。

 火花が散り、重い衝撃が腕に伝わった。


「ここで死んでこそ戦士だ! 助けなど不要!」


(こいつッ!)


「……生きてこそ戦えるんだろ!」


 更に剣へマナを送る。

 吸い込んだマナに反応して、灰の古剣は小さく輝く。


 斬撃と斧撃がぶつかり合う。

 力ではオークが圧倒的だ。

 しかし、俺は剣を滑らせて、相手の力をいなす。


 次の瞬間。

 俺は鋭い踏み込みと共に、剣先をオークの喉元に突きつけた。


「……殺せ!」


 その声には、恐怖よりも覚悟があった。


 荒い呼吸がぶつかり合う。

 血と土の匂いが混じる。

 耳の奥で心臓の鼓動が、どくどくとうるさく響いている。


 オークは荒い息を吐き、なおも握った斧を離さない。

 血走った目が俺を射抜く。


(こいつ、まだやる気か……!?)


 もう1人のオークは動く気配がない。

 この状況で助けようともしないのか。


 オークの握る斧はまだ重く構えられていた。

 ほんの一瞬でも油断すれば、逆に首を落とされかねない緊迫。

 互いの眼光が火花を散らす。


 殺さずに、この男を制することはできるのか。


(でも……このままじゃ、もうやるしか――)


 その刹那。

 ラクンの低く柔らかな歌声が、空気を満たした。


 緊張を切り裂くような戦闘の気配とは、正反対の温もりを帯びた旋律。

 耳ではなく、胸の奥に直接触れるような歌だ。


 ――心が、静まっていく。


 俺の腕に伝わる緊張がわずかにほどけた。

 呼吸が整うのを感じた。


 岩陰から様子を見ていたユラも、張り詰めていた肩の力を抜くのが見えた。

 視線の先で、オークの肩もまた小さく震える。

 やがて斧を握る指が緩んでいく。


 沈黙。


 長い一瞬の後。

 オークは奥歯を噛みしめる音を漏らす。

 重々しく斧を手放した。


 土に落ちた鉄の響きが、戦いの終わりを告げる鐘のように響いた。


「……人間」


 押し殺した声が、俺の耳に届く。


「貴様の力、認める」


 その声音に滲むのは屈辱か、あるいは誇りか。

 俺には判然としなかった。

 ただ、今この場で命を奪わずに済んだことだけが、胸の奥を熱くしていた。


(助かった。殺さずにすんだ……)


 剣を握る手の震えを押さえつけながら、俺はゆっくりと刃を下ろした。

 もう1人のオークの戦士も顔を歪めつつ頷いた。


「族長に話がある。案内してくれ」


 俺は剣を収め、睨むように告げた。

 荒い息を吐きながらも、オークは深く頷く。


「……わかった」

「……強いな。貴様ら、名を名乗れ。ゴブリンの歌も久しぶりに聞いた」


「タケル、人間だ」

「ゴブリンの、ラクンだ」

「マヌルネコのユラ」


 ユラが俺の横に来て、小さく会釈する。

 その顔は少しうつ向き加減だった。


「俺はアグラマ、あっちのがベルカジだ。レーイマニへ来い。族長に会わせてやる」

「俺たちはオーク族の先兵だ」


 ベルカジが誇らしく言う。

 しかし、2人とも傷だらけで息を切らしている。


(よくこんなボロボロな状態で俺に挑んできたな)


 こっちが助けたつもりでも、相手にとっては余計なことだったりするんだな。

 死んでもいいと思えるくらいに……。


「その前に、その傷を見せてくれ」


 俺は負傷したオークたちに〈ヒール〉を施した。


「むう、癒しの力まで……」

「変わった人間だ」


 頷くオークたちの姿に、俺には彼らが少し感心したように見えた。

 ラクンは、感心するような表情を見せた。


「ケルに、そんな力、あるの、知らなかった。火と、癒しか……すごいな」


(そういえば、ラクンの前で戦ったことなかったな)


「ラクンの歌だってすごいよ。あんな状態だったのに、心がすごく落ち着いたんだ」

「安らぎの歌だ」


 ラクンの歌は、オークの怒りすら鎮めた。

 それは、力や武器ではない、心を通わせる手段だった。


 ふと目をやると、ユラの表情が暗い。

 自分の手をじっと見つめ、唇を噛みしめている。


「ユラ、どうした?」

「……ううん。なんでもない。大丈夫」


 気丈に振る舞っているけど、その声には力がなかった。


 オークの迫力に気圧されてしまったのかも。


(ゴブリンとオーク、人間と戦うために生まれた種族)


 でも、きっと分かり合える。

 ラクンが俺を信じてくれたように。

 オークとも、きっと。


 ◇ ◇ ◇


 オーク族の先兵アグラマの案内で、俺たちは風の強い高原を歩いていた。

 いつの間にか雪のエリアを抜けていた。


 隣を歩くベルカジは、まだ警戒心を隠さず鋭い視線を向けてくる。


「強い者は嫌いじゃない。だが……族長が話を聞くかは怪しいな」


 アグラマは治ったばかりの肩を回し、その感触を確かめるように言った。


「事情を知ってるのか?」


 その言葉に諦めのような響きを感じて、俺は問いかける。


「知らん。俺たちはゴブリンと別れてから生まれた。昔のことは分からん」


(こいつら何歳なんだ?)


 種族が違うと、年齢感がまるで分からなくなる。

 それは向こうも同じか。

 族長が頑固そうなことだけは分かった。


「ラクンは一度来たんだろ? その時はどうだった?」

「追い返された」


 ラクンがあっさりと言う。


「ぶははは!」


 アグラマとベルカジは腹を揺らして笑った。


(こいつら……)


「そうか、それで他の種族の声なら聴くと思って連れてきたか。族長は強さをとうとぶ。力を示せば、態度も変わるかもしれん」


(強さ……ね)


 さっきまで本気で俺を斬ろうとしてたのに。

 今こうして普通に話してるのは、俺たちの力を認めたからってことか。


 しばらく歩き続けた先、視界に思いがけない光景が広がった。

 岩山の麓に、大麦畑が金色の波を揺らしている。

 その奥には、色鮮やかな花々や見慣れない植物まで、整然と並んでいた。


「オークが……畑?」


 俺は思わず声を漏らす。

 屈強な戦士のイメージしかなかったオーク。

 それが、これほど繊細な農耕をしているなんて。


「レーイマニの地は肥沃だ。麦も花もよく育つ」


 ベルカジが胸を張って答えた。

 黄金色の麦が風に揺れ、灰色のオークの肌に映えて見える。


「ゴブリンの、村にも、畑は、あるぞ」


 ラクンが呟くように俺に言う。


「へえ……」


(ラクンもオークに対抗意識があるのか?)


 案外負けず嫌いなのかも。

 そういえば、泥鍋の根菜とかはゴブリンが育てたものだったのかな。


「……綺麗」


 今まで黙っていたユラが、小さな声を漏らした。

 その瞳に、風に揺れる花畑が映っている。

 さっきまでの暗い表情が、少しだけ晴れたように見えた。


 やがて、石と木で築かれた重厚な門が立ちふさがる。

 オーク族の集落、レーイマニ。


 俺は深く息を吸い、固く口を結ぶ。


 この旅がまだ見ぬ世界を教えてくれる。

 そう確信しながら、足を踏み入れた。

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