第50話 骨に残る記憶
岩壁に囲まれた奥の広間。
族長の部屋だ。
中央では大きな焚き火が燃えている。
赤々とした炎が、洞窟の天井を照らし出している。
「ケル、そしてユラ。……よく来た。少しは慣れたか?」
低くしわがれた声が響く。
俺は自然と背筋を伸ばした。
族長の周りには数人の若いゴブリンが座る。
彼らは、静かに炎を見つめていた。
まるで儀式の場に招かれたような、張り詰めた緊張感があった。
俺とユラは、焚き火を挟んで族長の向かいに座った。
「驚くことが多いです。今日は知りたいことを教えてくれると……」
「そうだ。我らゴブリンは、死の神に創られた種族だ」
(死の神……)
ラクレスと戦った……敵、だよな。
隣でユラがピクリと反応した。
彼女もレベックで舞台を観ている。
思うところがあるはずだ。
族長の語りが始まった。
焚き火がパチパチと爆ぜる。
その音が、言葉の隙間を埋める。
「かつて、死の神は人に敵対し、我らを兵として用いた。だが、勇者ラクレスが神を討ち、その時から我らは自由を得た。死の神の影から解き放たれ、我らは群れを築き、繁栄を選んだのだ」
("勇者"ラクレスか。人を憎んではなさそうか?)
俺は黙って耳を傾ける。
語りはただの昔話ではなく、重みを伴った歴史の記録のようだった。
ユラも真剣な表情で聞いている。
獣人である彼女にとっても、他種族の歴史は他人事ではないのだろう。
「我らの死は、火に還す。炎と共に歌い、群れの記憶として骨を残す。骨と共に生き、次の代へと伝えられる。こうして我らは、死してなお群れに溶ける」
(火に還す……骨を記憶にする……)
ふと、骨投げで遊んでいた子どもたちの姿が頭に浮かぶ。
(骨投げてたけど?)
実はあれにも、何か意味があるのかもな。
彼らにとって骨は、飾りつけや単なる遊び道具じゃない。
記憶を受け継ぐ象徴であり、共に在るものなのかもしれない。
「だが、人と争わなくなった後も、別の火種がある」
族長の視線が炎を越えて、俺に向けられた。
「オーク族との軋轢だ。食料、狩場、群れの境界……。だが忘れるな。彼らもまた、死の神に創られた種族。かつては共に戦った同胞であった」
「今は……敵なんですか?」
(人と争ってないのは良かったけど)
俺が問いかけると、族長は深く目を閉じた。
「敵であり、同胞である。だからこそ厄介だ。……最近、妙な噂もある」
「噂?」
「死者の骨を喰らう者が現れたという。骨を記憶とする我らにとって、それは最大の冒涜。奴らはボーンイーターと呼ばれている」
焚き火の炎が大きく揺れる。
影が壁を踊った。
俺は背筋に寒気を覚える。
(骨を食らう? モンスターか?)
骨を食べる……。
それは彼らにとって、先祖の記憶そのものを消されるに等しい恐怖なのかもしれない。
族長はしばし炎を見つめ、静かに言葉を続けた。
「お前たちは群れの外から来た者。だからこそ、この争いを見極められる、やもしれぬ」
「……え、俺たちが?」
不意に投げかけられた言葉に、俺は目を瞬かせる。
俺の言葉に、ラクンはわずかに頷いた。
その瞳の奥には、確かな安堵の色が浮かんでいるように見えた。
「ケル、群れの間を歩くのだ。お前の目は、ゴブリンともオークとも違う」
(また妙な役目を……)
でも、オークがどんな種族なのか気にはなる。
「俺が間に入っても解決するかは分かりません。下手すると、もっと大きな争いになるかも知れませんよ?」
「構わぬ。それも流れの中のことだ」
俺は深く息を吸った。
ゴブリンの文化に触れて、その死生観を知った今。
ただの異世界の観光客ではいられない。
ここで出会ったものに、自分も関わるべきだと、心のどこかで感じていた。
◇ ◇ ◇
族長の部屋を出ると、焚き火の残り香が衣服に染みついていた。
(確かに知りたいことは教えてくれたけど)
俺が呼ばれた用件って……。
オーク族とのいざこざを何とかしろってことじゃないのか?
「ラクン、知ってたな?」
「冬の前に、食糧問題を、終わらせたい。それで、ケルを、呼んだのだ」
ラクンは当たり前のように答える。
「まあ、いいけどさ。オークの村ってどこにあるの?」
「我が、使者として、行く。ケルとユラも、来てくれ」
「ラクンが使者なの?」
「オークの、族長は、女のゴブリンとしか、話さない」
「え? 俺だめじゃん?」
「人の声なら、聞く、かもしれない」
「私も行くの?」
ユラが自分を指差して聞く。
「獣人の声なら、聞く、かもしれない」
「……なるほどね。わかった、付き合うわ」
ユラは苦笑いを浮かべつつも、嫌そうな顔はしなかった。
(これってゴブリン的には賭けになってないか?)
それだけ深い問題なのかもしれない。
ゴブリンは人と敵対してないけど、オークはどうなんだ?
ラクレスと死の神の話って300年前くらいの話だから……。
俺は自分の剣の柄を握る。
その手は少し汗ばんでいた。
(戦うことになるのかもしれない)
かつて仲間だったゴブリンとオークが縄張り争いをしている、と。
仲裁って難しそうだよな。
片方に敵意があったら、絶対に解決しないだろうし。
「なんにしても、オーク側の意見を聞いてみないとね」
「今日の夜、戦歌を、やる。明日、出発する」
「戦歌?」
「無事を祈る、儀式だ」
「そんなに遠いの?」
「3日で着く。オークと会うのは、久しぶりだ。そのための、歌だ」
(道中じゃなくて、会った後の心配か)
でも戦歌か。
またラクンの歌が聞けるのかな?
もう気軽に「歌って」なんて、言えなくなったからな。
押し付けられたような仕事でも、俺は新たな旅に胸を躍らせていた。
オークとの対話、そして彼らの生活。
(楽しみだな)




