第5話 森の中の霧
翌日。
俺は村の武器屋へと向かった。
「いらっしゃい。どんな用件かな?」
店に入ってそうそう、恰幅の良い店主が声をかけてくる。
(まずはちゃんとした剣が必要だな。拾った剣じゃ、いつ折れてもおかしくない)
「武器を見せてください」
「それなら左側の棚を覗いてごらん?」
棚には、剣や斧など、いくつかのシンプルな武器が並んでいる。
パッと見では違いが分からない。
(ん~、どれが良いんだ? なんの情報も――)
やっぱ〈鑑定〉スキルは必須か。
アイテムや敵の情報って重要だよな。
俺はUIを操作して、〈鑑定〉スキルを取得した。
(さて、性能は……っと)
視界の中の武器に情報を重ねる。
〈鉄の剣/攻撃力:+10/耐久:50/50〉
〈鉄の槍/攻撃力:+12/耐久:50/50〉
〈鉄の斧/攻撃力:+15/耐久:50/50〉
(値段的にこの辺りか……。うわー耐久あるのかよ、めんどくせえ)
物が壊れるのは当たり前だけど、数値化されると気になってしまう。
それに、この微妙な性能差はなんだ?
攻撃速度やリーチの違いもあるかな?
まあ、マスタリーを持ってるしコレしかないか。
「この鉄の剣にします」
「はいよ」
支払いを済ませて剣を受け取る。
ずしりと重い鉄の感触が掌に伝わる。
(よし!)
ふと、カウンターの横に冒険者用のマントが置かれているのが目に入った。
深い藍色の、シンプルな布地。
(……カッコいいかも)
「あと、これも一緒にいいですか?」
「もちろん」
「ありがとう!」
財布の中身はほぼ空になった。
昨日の稼ぎが全部消えた計算だ。
でも、後悔はない。
(マントを羽織るだけで、なんだかテンションが上がるな!)
俺は新しい剣を腰に差し、マントを翻して店を出た。
気分は完全に、伝説の冒険者だ。
◇ ◇ ◇
カウベル村を出て、再び森へと向かう。
(村の周りのマップは、そこそこ明るくなってきたな)
歩いた場所はマップが埋まり、未踏の部分には霧がかかっている。
俺はまず、手記を拾った場所。
あの冒険者の骸のところへとやってきた。
今まで使っていた錆びた剣を、持ち主の元へと返す。
(お返しします。お陰で助かりました)
「この手記の伝承のことも、ちゃんと調べてみるから」
すうっと、大きく息を吸い込んで、思考を切り替える。
魔石のドロップ率がどのくらいかはわからない。
けど、数を狩ればいつかは出るはず。
経験も積めるし、レベルも上がる。
マップを埋めたいのもあって、俺はまだ未踏のポイントへと足を進めた。
◇ ◇ ◇
〈探知〉に反応!
(いた! ウサギか……)
腰に下げた剣に手をかけた、まさにその瞬間――。
(おっと、その前に〈鑑定〉しとこ)
落ち着いて、目の前の生物に〈鑑定〉スキルを発動する。
〈カホンフォックス/木属性/レベル:1〉
(……お前、キツネだったのかよ。言われてみれば、キツネか)
思い込みが修正され、思わず苦笑が漏れる。
(木属性ってなんだよ?)
あまり見たことない属性だな。
森に住んでるから?
情報への疑問を抱いている間にも、カホンフォックスが草むらを蹴ってこちらに突っ込んでくる。
俺は剣を構え、飛びかかってきた絶妙なタイミングを狙う。
渾身の力で斬り払う。
ザンッ!
鋭い一撃。
一発で沈む。
(もう一体!)
〈探知〉に新たな反応を捉え、俺はすぐさま駆け出した。
〈ツリーリザード/木属性/レベル:2〉
(こいつはトカゲで合ってたな。2レベか)
〈フィジカル・ブースト〉を発動させる。
身体能力を底上げし、横一線に斬り付ける。
モンスターは反応できずにその場に崩れ落ちた。
「おっしゃ!」
(ちゃんと切れる。叩くんじゃなくて、切れてる!)
武器一つでここまで変わるのか。
俺は息を整えてマップを確認する。
さらに奥へと足を進める。
(できるだけスキルを使って慣らしていった方がいいよな)
◇ ◇ ◇
(……モンスター! 複数いる!?)
森の奥。
〈探知〉が複数の赤い光点を捉えた。
その数は3体。
目の前に姿を現したのは、影に紛れるような漆黒のクモたちだった。
〈ダークスパイダー/闇属性/レベル:2〉
(クモかよ。きもい。デカくてきもい)
体長は子犬ほどもある。
八つの脚が地を這うたび、カサカサと細かな足音が不気味に響いた。
それぞれが間隔を取りながら、一斉に包囲するようにジリジリと距離を詰めてくる。
(囲んできてる……?)
1体が動けば、他の個体も連動して位置を変える。
まるで群れとして戦術的な動きをしているかのようだった。
(もしかして、糸とか……)
そう思った瞬間、1体がクルリと背を向けた。
お尻を持ち上げ、銀色の粘性のある糸が放たれる。
「やっぱり!」
読んでいた動きだった。
即座に身をひねって回避する。
ヒュッ、と風を切って糸が通過し、背後の木にベチャリと張り付いた。
(動きが早い……。こいつら、本当に2レベか?)
プログラムされたような単調な動きじゃない。
こっちの様子を見て行動を変える、そんな「意志」を感じさせる挙動だ。
(これ……ザコ戦じゃない。短時間でケリを付けないと!)
俺は迷わずスキルを起動する。
〈フィジカル・ブースト〉
体が軽くなる。
筋肉が跳ねるように反応し、地を蹴った。
「そこっ!」
一閃。
まず1体の頭部を切り裂く。
マントを翻して回転しながら、2体目の胴を断つ。
3体目の前脚を跳ね除けて、懐に潜り込む。
動きが生き物らしく、予測が難しい。
けど――
「……終わり!」
3体目も斬り倒した。
ぬめるような手応え。
辺りに奇妙な静けさが戻る。
「……ふぅ」
(なんとかなったか)
倒した個体が吐いた糸が、岩壁に絡みついたまま残っている。
指先で少しだけつまんでみる。
ぐにゃりと弾力がある。
(う~、触るのもキモい。こんなんでも売れるのかな)
モンスター袋(ただの布袋を勝手に命名)に放り込む。
見た目はともかく、希少な素材が出るかもしれない。
それにしても――。
(……まるで「生きてる」みたいだった)
戦闘の余韻が、妙に現実味を帯びて体に残っていた。
常に1対1で戦えるわけじゃない。
今みたいに、モンスターが群れている場面の方が多いかもしれない。
各個撃破できる状況を作って、いざという時には逃げられるようにする。
俺は少し考えて残り2ポイントのSPで、2つのスキルを取得した。
(スキルの説明文を読む限りは、上手くいきそうだけど……)
「使ってみないと分かんないよな」
◇ ◇ ◇
再びモンスターを見つける。
(うおー、さっきより多い)
マップには合計6体の赤い点。
(これ全部クモかよ。きしょすぎる)
1体のダークスパイダーがこちらに気付く。
キーッという鳴き声を上げ、残り5体も一斉にこちらへと向かってくる。
1対6。
まともにやり合えば、糸でぐるぐる巻きにされて終わりだ。
(試すしかないだろ! この状況!)
俺は静かに手の平を上へ向け、スキルを発動させる。
〈フォッグ・クラウド〉
効果:周囲に濃霧を発生させる。
ブワァッ、と視界が白く染まった。
辺り一面が、乳白色の濃い霧に包まれる。
(こんなに真っ白になるのか)
自分の手の先すら霞むほどの濃霧。
普通なら、これで俺も何も見えなくなるはずだ。
(でも!)
俺には〈探知〉がある。
マップ上の赤い点は、霧の中でもくっきりと輝いていた。
感覚的にも分かる。
クモたちは視界を奪われ、キョロキョロとその場で動きを止めている。
(こっちは見えてるぞ……!)
圧倒的な優位性。
俺は地を蹴って、霧の中を音もなく疾走した。
「そこ!」
ザシュッ!
1体目を背後から突き刺す。
クモは何が起きたかも分からず絶命する。
(次! 右後ろ!)
流れるように移動し、混乱しているクモたちを一方的に狩っていく。
2体が異変に気づき、霧の外へ出ようとした。
(逃がすかよ。これも試さないとな)
俺は霧の外へ出る直前に、もう一つのスキルを発動した。
〈ステルス〉
効果:一時的に気配を遮断し姿を消す。
霧の外へ飛び出す。
目の前にクモがいる。
けど、クモは俺に気づかない。
虚空を見つめ、仲間を探すように触角を動かしているだけだ。
すかさず背後へ回り込み、斬り付ける。
「ラストっ!」
最後の一匹を沈めた瞬間、俺はその場に膝をついた。
「はぁ……はぁ……ッ」
〈ステルス〉の効果時間は短いけど、全然気づかれなかった。
でも――。
(キツい……ッ)
力が抜けたように座り込む。
マナ消費が重すぎる。
特に広範囲に霧を発生させる〈フォッグ・クラウド〉のマナ消費量が重い。
その反動が返ってくる。
肉体的な疲れとは違う。
頭の芯が冷たくなるような、魂が削れるような疲労感。
(連発は無理だな。どっちも使うタイミングが重要だ)
俺は震える手で水袋を開け、ぬるくなった水を喉に流し込んだ。
強くなった。
できることは増えた。
でも、無敵じゃない。
俺は改めて気を引き締め、霧の晴れた森を見渡した。




